「スクールソーシャルワーカー」という言葉を聞いたことはありますか?あまりピンとこない人の方が多いかもしれませんが、いじめや不登校、暴力行為など教育現場における諸問題に対処するため、保護者や教員と協力しながらその解決を図る専門家のことです。各自治体によって多少異なりますが、スクールソーシャルワーカーは教育委員会に配置され、各校に派遣されたり、複数校を担当して巡回するケースもあります。なかなかデリケートな問題を扱うだけに、その仕事内容は大変です。自らもスクールソーシャルワーカーで、無料メルマガ『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』の著者でもある堀田利恵さんが、スクールソーシャルワーカーについて詳しく語っています。
いじめを解決するのはだれなのか。─スクールソーシャルワーカーの心がけ─
これまで、スクールソーシャルワーカーとして、「子どもがいじめにあい、解決したいのでどうしたら良いか」という保護者からお話を聞き、相談にのり、解決への道筋を示し、保護者をエンパワーメント(勇気づけて行動を起こさせる)するということを長年してまいりました。でも、「私が解決した」のではなく、「保護者たちの熱意」こそが、いじめから子どもを守ってきた、と言っても過言ではありません。実際のところ、いじめを解決できたのは、学校現場の教師たちの努力であり、学校長のリーダーシップであり、保護者やPTAの理解と協力があってこそだと言えます。
社会の要請を受けて、教育委員会や市町村の所属である、この職種(スクールソーシャルワーカー)が、これからも増え続けていくと思われます。元教員だけでなく、本来は医療や福祉の分野で活躍する社会福祉士、精神保健福祉士といった国家資格を持った方が基盤になります。
そのため、「社会福祉士国家試験」では毎年のように、スクールソーシャルワーカーに関する問題が出題されています。その中には、いじめを題材とした出題も少なくないのです。
昨年度(第31回)の社会福祉士国家試験の問題をご紹介します。
問題96 事例を読んで、Fスクールソーシャルワーカー(社会福祉士)のチームアプローチに基づいた対応として、適切なものを2つ選びなさい。
〔事例〕
小学生のG君(9歳、男児)は、同じクラスの児童から、「気持ち悪い」と言われたり、仲間はずれにされたりするなどのいじめを受けていた。G君の友人から学級担任に、「G君がいじめられている」と心配が伝えられたため、学級担任が休み時間や放課後の様子を観察したところ、いじめの事実が明らかになった。学級担任は校長に報告し、その後、教育委員会からFスクールソーシャルワーカーが派遣されることになった。
1 いじめた児童の保護者に連絡し、G君への謝罪を求める
2 警察署に通報し、いじめた児童を指導するために援助を求める
3 加害児童を他校に転校させるよう管理職に助言する
4 児童が相談しやすい環境づくりについて学級担任の相談に乗る
5 情報収集とアセスメントをもとに、校内ケース会議で対応を協議する
正解は、4番と5番です。しかし、読者のみなさんは、「なぜかしっくりいかない」、「もやもやした感じ」をお持ちになられたのではないでしょうか。なぜ、いじめの相談をしたら、教育委員会からスクールソーシャルワーカーが派遣されるの?その人が派遣されないと、イジメは解決できないの?
もともと、チームアプローチ(多職種連携)とは、医療や介護の世界で、医師や看護師、ソーシャルワーカーや介護士など多くの専門家が力を合わせて、患者もしくは利用者の利益のために行う連携のことです。イメージとしては、学校が「ワンチーム」となって、いじめ問題にあたる体制が推奨されており、そのためのコーディネーター役として、多くの専門家の力を引き出し、福祉の専門家としてアドバイスをする立ち位置がスクールソーシャルワーカーといえます。人と環境との間に介入するソーシャルワーカーらしく、問題の背景にある、家庭の貧困や児童虐待、人間関係や制度に変化をもたらすために粘り強く活動していく…。
たしかに、いじめから長期の不登校になってしまった、あるいは精神疾患となってしまったなどの困難なケース等には必要な仕事かもしれません。しかし、少し考えてみてください。困っている人はだれですか。大事なことは、早く解決することではないでしょうか。子どもたちも当然、早期解決を望んでいます。
担任の相談にのって、担任を励まし、支持していくこと、先生に元気になっていただくことはたしかに必要ですが、いじめを解決するためのノウハウを教えることのほうが、より重要なのではないでしょうか。
そして、誤解を恐れずに言えば、一番、不可解に感じるのは、「ケース会議」です。もちろんワンチームになるため、目標を明確化することが目的なのですが、いじめがあったと認めたうえでのケース会議は、利益相反する人をメンバーとするという、ストレスフルな状況をつくり出すこともあります。ときには不参加という残念な結果をもたらすことがあります。学校組織における意思決定者は校長ですので、校長が不在であれば、会議そのものが意味を持ちません。また、守秘義務とそれぞれの職責との兼ね合いは、いかがでしょうか。つまり、ケース会議と言っても、ピンからキリまであるということです。
介護のためのケース会議では、病状やかかりつけの医師などの情報共有が大切です。サービスの契約なので本人の意思は明確です。反対に、非行・犯罪や児童虐待のために集まるケース会議のメンバーは、それぞれ専門家で公務員であり、守秘義務は守られ、問題を解決しようというタスク機能があります。個人情報を取りあつかう明確な根拠があります。
一方、いじめ問題では、高い人権意識が求められます。被害児童をケース会議の中心に置く、つまり、被害を受けている子に、どのようにアプローチするかという観点や、被害児童がなぜいじめられたか、被害児童の家族関係などといった観点から会議をすると、児童やその家庭の了解を得ないまま、プライバシーを話し合うことにもなりますので、非常にあやういのです。しかしながら、この場に、児童委員や民間の組織を参加させるには高い壁があります。また、だれがどのように職責を果たすのか、不明瞭です。
その結果、「被害児童の家庭に問題がある」、「本人がおとなしすぎる。性格の問題だ」などと、いじめられた被害者に責任があるとされてしまい、「様子を見ましょう」とか、「被害者をサポートしていきましょう」などという提案がなされ、結果、「いじめは解決しない」ということになります。
これまでの経験では、ほとんどの場合、「加害児童」やその家庭をケース会議の中心議題に置くというのは見たことがありません。加害児童は指導されることもなく、通常のごとく登校し、家庭での不満を学校で解消し、いじめを繰り返します。被害児童は、不登校になります。被害児童を中心に置くと、学校は「楽」なのです。加害児童に対しての指導スキルのない学校では、対応に困りますから、被害児童を中心に置きたがるのです。
けれども、本来の教育の使命、つまり加害児童を反省させ、謝罪に持っていくためには、教育的な力量や経験が必要です。それは先生の仕事なのです。
実際のところ、いじめが起きた小学校で、効果が上がった方法は、
1 予算をつけてもらい補助教員を採用する。または、シフト体制をとり別の教員(OBでもよい)に応援にきていただく
2 クラスを半分に分けたり、教科別に生徒をわけたりして、加害者と被害者の学習環境をわける
3 毎日が学校開放日(つまりは授業参観)とし、PTAや保護者に教室にお越しいただき、大人の眼がつねに光っている状態にする
4 スクールソーシャルワーカーは、休憩時間には、すすんで子ども達の遊びに入り見守る(自然な形で被害者のガードをする)
5 PTAや地域の方々の協力を得て、登下校時には大人が子ども達と一緒に歩く
上記は一例ではありますが、このような方法で、これまでの環境をかえて、子ども達が静かに学習でき、運動や遊びができるようになりました。子ども達の心も安定し、いじめはなくなりました。
これらを決断し、教育委員会を動かし、保護者にはたらきかけたのは、校長先生です。そして、校長先生を支えたのは、決してあきらめない、教育の使命を知る良心的な教員たちでした。大切なことは、手順や方法ではありません。いじめから被害者を守り、いじめられない環境をつくり出すことなのです。スクールソーシャルワーカーは影の根回し役でよいのです。
子どもをいじめから守るのは、保護者、親のつとめです。そして、学校で、いじめを解決するのは、先生なのです。それを忘れないでください。
いじめを解決する相談を受け付けています。ご遠慮なくご連絡いただければと存じます。
社会福祉士・精神保健福祉士
元保護観察官
前名古屋市教育委員会 子ども応援委員 SSW
現福祉系大学 講師 堀田利恵
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