昨年11月20日、首相在職期間が日本憲政史上最長となった安倍晋三総理。しかしながら国内外に問題は山積状態と言っても過言ではなく、2021年9月末までの任期どころか、今月開会する通常国会での野党の激しい追求に耐えうるかすら定かではありません。元全国紙社会部記者の新 恭さんは今回、自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、安倍政権のこれまでを振り返るとともに、首相の年頭記者会見を挨拶程度のセレモニーで済ます記者クラブと政権のなれ合いを批判しています。
安倍首相のおだやかならぬ年明け
今年の「桜を見る会」は中止になったが、「桜の咲く季節」に、安倍首相は中国から「国賓」を招くそうである。
もちろん、国家主席、習近平氏だが、ただの訪日ではお気に召さず、宮中晩さん会にて天皇、皇后両陛下の手厚いもてなしを受ける「国賓」でなければならぬらしい。
かつて民主党政権は、国家副主席だった習氏のたっての願いを受け入れ、なんだかだと抵抗する宮内庁を説き伏せて、天皇との会見をセットしたが、この時は当然、国賓ではない。
当時の習近平氏の目的は、次期国家主席に就くことを念頭に、中国国民へ向けて権威性を高めることにあった。
あたりまえながら、国家主席として世界を睥睨する習近平氏の今春の訪日には、覇権争いの相手国と張り合う気持ちも含まれているだろう。昨年5月、トランプ米大統領が国賓として招かれたのと同じ待遇を中国側が求め、日本政府がそれを受け入れたということは、とりもなおさず、習近平氏を米国大統領と同格だと認めたことになる。
目下、貿易、IT技術、安全保障をめぐり激しく米国とシノギを削る中国は、日本をいかに減速気味の自国経済に取り込むかに腐心している。IT、AIの分野で米中に大きく後れを取り、国内消費の不振で将来不安の強い日本の産業界もまた、巨大な中国マーケットへの依存症を脱することができない。それどころか、ますます病いが高じている。
チベット、ウイグルへの人権弾圧を強め、香港の自由を脅かす習近平氏の頭の中には、台湾はもちろん、日本までも、いつかは中国の配下におさめたいという野望があるだろう。それと知りつつ、目先しか見ようとしない日本の財界人グループは、安倍首相の尻を叩きまくる。
トランプ大統領と表面的な蜜月関係を築いたことをもって、地球儀俯瞰外交とかなんとか自賛してやまない安倍首相は、蜜月のためなら、不利な貿易協定や、不要なイージス・アショア購入に莫大な国費を投入することを厭わない。
同じように、安倍首相は、財界からそっぽを向かれたくないため、中国の独裁者にも、すり寄るのだ。
安倍首相は12月23日、日中韓サミット出席のため北京に飛び、人民大会堂で習近平国家主席と会談した。そのさい安倍首相は「習主席の国賓訪日を有意義なものとし、日中新時代にふさわしい日中関係を築き上げる」と述べたが、心中は複雑であったに違いない。
なぜなら、自民党内に、習近平氏の国賓来日に反対する声が上がっているからだ。しかも、その声はこれまで安倍首相を支持してきた右派系議員たちから発せられた。
昨年11月13日、「日本の尊厳と国益を護る会」を名乗る約40人の自民党議員が次のような決議を行った。
政府は、日中関係は完全に正常な軌道に戻ったと繰り返し、表明している。…真の日中関係を表しているとは言い難い。尖閣諸島周辺海域への中国船の度重なる侵入…香港市民の民主的政治行動に対し、強権によって弾圧する姿勢は…断じて許されない。…自由・民主主義・法の支配という国際社会の普遍的価値観に基づく日中関係構築のため…中国政府が具体的で明確な対応をとることを求めるよう政府に対し強く要望すると共に、これらの諸懸案に改善がない場合は、習近平国家主席の国賓としての来日に反対する。
要するに、国賓としての来日には反対だというわけである。代表幹事が青山繁晴氏、幹事長が山田宏氏、他のメンバーには杉田水脈氏、和田政宗氏らが顔をそろえているところを見ると、現行の平和憲法に異を唱え、安倍首相による憲法改正に過剰な期待を抱いている面々なのであろう。
安倍晋三という人は、敵対者とみれば子供の喧嘩のように攻撃するが、支持してくれる人々や友達には異常なほどに気を遣う。
仏頂面を崩さない習近平氏と北京で握手したさい、国賓来日に反対する議員の顔が頭に浮かび、「俺だってやりたくないよ」と内心、叫びたかったかもしれない。
新聞の首相動静欄を見る限り、安倍首相は公邸や私邸での日常を離れ、ホテル「グランドハイアット東京」のスイートルームで、静かな年末年始を過ごしたようである。
家族や大学時代の友人らと食事を楽しみ、大好きなゴルフにたびたび出かけ、映画『決算!忠臣蔵』を昭恵夫人と鑑賞するゆとりを番記者たちに見せびらかした。
だが、その心のうちは穏やかだっただろうか。中国滞在中に、中国のカジノ企業からワイロを受け取った疑いで秋元司自民党衆院議員が東京地検特捜部に逮捕されたうえ、大みそかには、日産自動車前会長、カルロス・ゴーンに司法権、出入国管理を侵害される国外逃亡を許し、日本国のトップとしての面目を失った。
おまけに、トランプ大統領の指示でイランの革命防衛隊司令官が殺害され、中東情勢は緊迫の度を増している。
秋元議員らに対する強制捜査の着手については、行政機関の一つである検察、あるいは法務省から安倍首相に連絡があったはずで、あらかじめ覚悟していたことではあろう。
秋元議員がカジノ法を強行採決したさいの衆議院内閣委員長であり、国交省や内閣府の副大臣をつとめたことがあるとはいえ、世間的な知名度は低い。政権への影響は少ないと高をくくっていただろう。安倍首相と親しいジャーナリスト、田崎史郎氏も「秋元氏ならやりかねないという声を聞く」と、あくまで一個人の資質のせいであるかのごとくテレビで吹聴していた。
ところがその後、ほかに自民党4人、日本維新の会1人の国会議員が事情聴取を受けていたことがわかり、維新の下地幹郎氏は中国企業から100万円を受領し政治資金収支報告書に記載していないことを認めた。事件は意外な広がりを見せている。
事情を聴かれたなかには、前防衛大臣、岩屋毅衆院議員が含まれている。岩屋氏はカジノとパチンコ換金の合法化をめざして発足したIR議連の幹事長でもあり、かりに岩屋氏が逮捕されるようなことがあると、成長戦略の一つにあげる安倍首相肝入りの政策そのものが、汚れた利権と不可分に発案されたと見ざるを得ない。
じわじわと、自民党内でさえ、ポスト安倍をにらんで微妙に風向きが変化しつつある。本心からアベノミクスが成果を上げていると思う議員など、立場上お世辞が求められる場合をのぞいて、誰もいないのではないか。
憲法改正を唱え続けながら、今のところ、時間切れで終わりそうな雲行きでもあるが、そうなるとさぞかし安倍応援団はがっかりすることだろう。右派知識人のなかにも、“安倍離れ”の兆候が見られる。
安倍政権は結局、何を成し遂げたのかわからない。スローガン先行の見せかけ政治にすぎないのに、「結果を出してきた」と強弁するのみだ。そればかりか、傲岸不遜な官邸政治をあまりに長く続けたために、いわゆる官邸官僚の堕落をはじめ、あらゆる部門でタガが外れかけている。
「桜を見る会」という恒例行事の参加者名簿や、招待状送付事務の詳細を頑なに隠そうとする官邸の姿勢は、モリ・カケ問題など未解決な情報遮断案件も相まって、この国の民主主義をすこぶる怪しいものにしてしまった。1月20日に開会されるであろう通常国会で、野党の追及が再び活発化するのは必至だ。
安倍首相は仕事始めの1月6日、伊勢神宮に参拝し、恒例の年頭記者会見にのぞんだ。新年の抱負を述べたあと、内閣記者会と三重県政記者クラブの、あらかじめ決められた記者から、予定通りの質問が出され、安倍首相は用意された答弁を読み上げた。年始だからといって、あいさつ程度のセレモニー会見でいいのだろうか。
国民が聞きたいはずの諸問題。ゴーン、習近平、消費税の影響、カジノ疑惑などに関する話は、いっさい話題に上ることはなかった。あいかわらず、記者クラブと政権のなれ合いを感じる。
世界は大きく動き、国の政治経済にひび割れが広がっている。正月気分に浸かっている場合ではないだろう。
image by: 安倍晋三 - Home | Facebook