2月29日、アメリカとアフガニスタンの武装組織タリバンの和平合意が成立。条件の履行確認により駐留米軍の撤退を表明しました。ところが、アフガニスタン政府のガニ大統領は、捕虜交換の約束はしていないと語り、和平実現に早くもクエスチョンマークがついています。元国連紛争調停官で国際交渉人の島田久仁彦さんは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、今回の和平合意にはトランプ大統領の意思が大きく働いていると解説。困難に見える和平実現のためには、日本が果たすべき役割は大きいと訴えています。
アメリカ-タリバンの和平合意は何を意味するのか
3月に入る直前、安全保障コミュニティにとっては“めでたい”ニュースが飛び込んできました。それは、アメリカ・トランプ政権とアフガニスタンの武装組織であるタリバン(アフガニスタン全土で実質的な実権を握っている)との間で『和平合意』が成立したというものです。
2001年9月11日の同時多発テロ事件に端を発し、その後、アルカイダのトップであったOsama Bin-Laden殺害を経て、18年間アメリカはアフガニスタンに駐留軍を派遣。アフガニスタン政府の統治が軌道に乗るように、カルザイ氏を大統領とした暫定政府を樹立し、アメリカ軍を駐留させて治安維持に努めてきました。
それに反発してきたのが、2001年まで実質的にアフガニスタンを統治していたタリバンで、アメリカによって作られた暫定政府の正統性を認めず、政府の方針からは距離を置き、アフガニスタン全土に及ぶ勢力の拡大を行ってきました。時にアメリカ軍から空爆を受けて、武力を削がれてきましたが、国内でのタリバンへの支持は衰えることなく、また、カルザイ氏、そしてガニ氏が大統領として行う施策があまりうまく行かなったこともあり、タリバンは、実質的な統治者として存在し続けました。
アメリカではトランプ大統領が誕生し、トランプ大統領が選挙時に掲げていた公約の一つに『海外に展開するアメリカ軍の再編と、紛争地へのコミットメントの減少』があり、その目玉がアフガニスタンとイラクにおける駐留米軍の撤退でした。その公約の実現には、タリバンとの戦いを止める必要があるとの認識から、長きにわたり、タリバン武装勢力との間で和平交渉が行われていました。
去年、ボルトン補佐官が解任されるきっかけにもなったのが、9月11日にキャンプデービッドにタリバンの指導者を招いて和平交渉をしたいとの大統領の意向に反対したからだと言われていますが、この非常にアメリカにとってデリケートな日時に会談を設定しようとするほど、トランプ政権はタリバンとの手打ちを欲していたと言えるでしょう。
2019年年末までは、結局、アメリカとタリバンの相互批判ゆえに和平合意への道が閉ざされたかのように思われましたが、2020年に入り、トランプ大統領側が大きく妥協した形で、先日(2月29日)、和平合意が成立しました。
さて、その主だった中身ですが、
●2021年春までに、12000人規模の駐留米軍が撤退する
●米国はタリバン関係者に対する経済制裁を解除する
●米国は、国連に対して和平合意の支持を要請する
●タリバンは、今後、テロ組織へのサポートは一切行わない
●タリバンとアフガニスタン政府の対話を開始すること
●アフガニスタン政府(ガニ大統領)とタリバンは相互の捕虜交換を3月10日までに実施すること
という内容です。
アメリカサイドは、この合意についての発表後、自らのコミットメント部分については迅速に行動し、発表後すぐに合意への支持を国連に要請し、またペンタゴンに対して14か月以内の撤退案を具体的に練るよう指示を出しました。また経済制裁の解除についても、『アフガニスタン政府との対話が行われ、和平に合意されるという条件』を示したうえで、具体的な検討に入ったようです。
しかし、今回の和平合意の内容に難色を示したのが、アフガニスタン政府のガニ大統領です。なぜでしょうか。
アフガニスタン政府は合意内容に難色
第1に、2018年以降、アフガニスタン政府は和平交渉には参加しておらず、実質的には蚊帳の外に置かれ続けてきたという実情があります。今回、特に問題になったのは、最後の『捕虜の交換を3月10日までに行う』という内容で、ガニ大統領曰く「そのような内容を確約した覚えはない」とのことで、このままでは、アフガニスタン政府とタリバンとの間の信頼醸成の基礎として位置づけられていた“捕虜交換”が成り立たず、いきなり話し合いが暗礁に乗り上げる可能性が高まりました。
捕虜については、アメリカの情報筋とアフガニスタンの情報機関によると、アフガニスタン政府が拘束しているタリバンの捕虜は1万人ほどに上るようですが、今回の“合意”では、その半分が3月10日までに解放されることになっていました。しかし、ガニ大統領サイドはこの内容についても否定的な見方をしているようです。
どうしてこのような齟齬が生じたのでしょうか。理由の一つにアメリカサイドが、この捕虜の交換という要件について、ガニ大統領とタリバンに対して行った説明内容に食い違いがあるらしいということです。
先述のように、アフガニスタン政府は2018年以降協議からは蚊帳の外に置かれ、あくまでも協議内容をアメリカ政府から報告されるという形式だったため、2月29日の合意直前まで内容については知らされておらず、同日、アメリカ政府と共にアフガニスタン政府が出した声明にはあくまでも「捕虜開放についての協議に“参加する”」という内容が書かれているだけで、捕虜交換については確約していないとアフガニスタン政府は主張しています。
今回の合意で描かれた『3月10日に捕虜交換を行ってから、アフガニスタン政府とタリバンの直接対話が開始されるというシナリオ』は、いきなり頓挫する見込みで、和平合意の実現は困難に思われます。
2つ目に、今回の和平合意はアメリカとタリバンの武装組織との間の合意ですが、国際法上、そもそも非政府組織であるタリバンに、アメリカ合衆国という主権国家と、アフガニスタン政府が存在するにも拘らず、合意主体として合意を結ぶ権限があるのかという疑問が、この問題を難しくしています。
先ほど、『アフガニスタン国内で実権を握っているのはタリバンで、タリバンと駐留米軍がともに矛を収めない限り、和平はない』と書きましたが、停戦合意ならいざ知らず、和平合意を、それもどうしてアメリカとタリバンの間で結んだのかが謎に思えます。ちょっと穿った見方をしますと、これは【アフガニスタン政府は、アメリカ合衆国の傀儡にすぎず、実質的な決定権はない】という“噂”を肯定することになってしまい、アフガニスタン政府の顔を完全につぶすことになってしまいます。
もしこの“噂”が本当であれば(まあ、皆、それには気付いているのですが)、3月10日に“予定通りに”アフガニスタン政府とタリバンとの対話が始まったとしても、駐留米軍とワシントンからの“指令”や後ろ盾がない中での合意内容の履行はかなり難題であると言えるでしょう。
タリバンとの和平合意。アメリカの思惑は?
では、そもそもなぜこのタイミングでアメリカはタリバンとの和平合意に踏み切ったのでしょうか。それもまだアフガニスタン国内で治安状態に大きな不安がある状態で、どうして駐留米軍の撤退を約束したのでしょうか。アフガニスタンを巡る現状に鑑みると、時期的に非常に不可解です。
私の見解はこうです。タイミング的には、2020年はアメリカ大統領選挙の年で、これまでオバマ政権(民主党政権)でなし得なかったタリバンとの和解をアピールし、そして自らが掲げた公約を実行するイメージを与えることで、政治実績を作り、11月の大統領選挙本番に向けて、合意の内容が曖昧なまま、合意推進に舵を切ったのではないかと考えられます。
もし、そうだとすれば、北朝鮮と行っている非核化交渉と全く同じで、詳細については特に合意も共通認識もないまま、合意をアピールしてしまったという過ちを繰り返したことになるでしょう。シンガポールでの第1回目米朝首脳会談の実施はとてもセンセーショナルでしたが、事前調整をじっくりと行わず、詳細を事務レベルに丸投げする政治ショーであったがゆえに、今も何一つ具体的な非核化に向けた進展はなく、結果として、金体制に時間稼ぎと核開発・ミサイル開発のチャンスを与えることになっています。
アフガニスタンの情勢は、核ミサイルとは関係ないとしても、18年にわたる戦いの歴史と生じた傷ゆえに、和平を実現するための道はかなり険しくなり、共通認識がないまま“合意”という文言のみが先走り、もしかしたら、さらなる悲劇と衝突を生む可能性が見えます。
とはいえ、ポジティブに捉えられる点もあります。例えば、18年間のアフガニスタン国内での混乱の主要因は、根拠なき(正義無き)アメリカによる侵攻に始まり、その後、アメリカ主導での政府樹立という“国内の意思を無視した”暴挙だと考えられますので、今回、駐留米軍の撤退を行うことで、張り詰めた状況に対する“空気抜き”の効果はあるかもしれません。
イラクもそうですし、アフガニスタンもそうですが、大したグランドデザインや未来像を描いてもいないのに、武力で侵攻するという、アメリカ特有の大失敗と言えますから、アメリカが『タリバンに“負ける”形』で撤退することは、一種の状況のリセットと呼べるかもしれません。まあ、悪く言えば、アメリカが散々かき回してめちゃくちゃにしておきながら、後片付けを押し付けるという典型例にも思えますが、もし、アメリカ軍の撤退が『アメリカの影響力の“撤退”』を意味するのであれば、空気抜きは、アフガニスタンの未来にとっては、時間はかかっても、ポジティブに働くでしょう。
アフガニスタンの和平実現に日本が果たすべき役割
しかし、大変なのは、“当事者”の一人であるガニ大統領の再選を巡る国内政治の混乱で、これは今後のタリバンとの対話の基礎を崩しかねません。彼自身は自らの2期目の就任を高らかに謳っていますが、選挙における不正の痕跡が数多く見つかり、大統領の周辺からも異論が湧きだしていることから、『タリバンとの対話において、アフガニスタン政府側のトップの基盤が揺らいでいる』というとんでもない状況をどうするのか、全く先が見えません。
ガニ氏は自らの勝利を宣言していますが、混乱の中、未だに2期目の就任式を開催できず、現時点では、2期目の就任も延期されている状態ですから、3月10日にスタートするとされているタリバンとの対話も、どこまで実効性があるものか疑わしいところです。
今回、アメリカはタリバンとの間で和平合意を作り、2月29日の発表後、迅速に自らのコミットメント部分については動いていることから、『アメリカがアフガニスタンでの混乱から一抜けする』という方向性には変わりがないと思われます。つまり、だれもアフガニスタン国内でその実施を担保するpowerが存在しないという状態になり、かなりの混乱が予想されます。
では、このような不透明な先行きにおいて、和平を実現するためにはどうすべきでしょうか。一つの方法は、アメリカの離脱を遅らせて、アメリカ政府とアフガニスタン政府、そしてタリバンの三者間で合意内容の詳細を詰め、共通認識をつくという『交渉』を丁寧に行うことでしょう。必要であれば(私は不可欠だと思いますが)調停官を立てたプロセスを走らせることでしょう。
和平実現において、私は、実は日本が果たし得る役割に非常に期待しています。ご存じの通り、戦後のアフガニスタンにおいて、復興支援国会議のホストを何度も日本は務めてきました。また最近お亡くなりになった人道支援のカリスマといってもいい緒方貞子元国連難民高等弁務官が、日本政府代表として、アフガニスタンの復興に向けた努力をサポートされたこともあり、アフガニスタンの和平を取り持ち、復興に向けた努力をサポートする素地が、物理的にも、政治的にも、また現地の心理的にも、まだ存在しています。
昨年末には、アフガニスタンの復興のために長年働き、アフガニスタンでは英雄視されていた中村哲医師が凶弾に倒れました。実行犯についても、その動機についてもわからないままですが、中村先生が遺された精神とインフラ、そしてアフガニスタンにおける信頼は、まだまだ健在で、彼と一緒に仕事をしたアフガニスタン人に引継がれています。
最近、日本政府が人道支援にかける予算が減少していると聞きました。COVID-19との戦いや東日本大震災、台風被害などからの復興をはじめ、多くの難題を抱える日本ですが、【地球儀を俯瞰する外交】、【アジアの友人としての日本】、【協調を重んじる日本】という外交目的を掲げるからには、ぜひ具体的な支援と貢献、そして“武力によらない”国づくりを行うことが出来る実例として、ぜひアフガニスタンの和平の実現に、主導的に貢献してもらいたいと思います。
国連紛争調停官時代、私もアフガニスタンの復興の一端を担うチャンスをいただきました。カブールやカンダハールで観た風景、一緒に国の再興のために奔走した現地の皆さんのことを思い出しつつ、私もできるだけの貢献をしたいと思いを新たにしています。
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