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パンデミックで変わる世界には、どんな未来が待っているのか?

新型コロナウイルスの感染拡大は、各国の経済に大きなダメージを与え、問題を抱える地域や国家間の関係にさまざまな変化が生じています。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、国際交渉人の島田久仁彦さんが、米国とイランの関係、米中関係に加え、ウイルス対策の間隙を突いてIS復活の情報など、国際情勢に表れている多重的影響を解説。ウイルスの脅威が去ったあとの世界を見据えた対策も必要だと伝えています。

世界銀行は「パンデミック債」初適用に言及

COVID-19と名付けられ、SARS-COV-2と専門家の間で呼ばれる新型コロナウイルス。この見えない敵は、WHOと各国が把握しているだけで、3月26日現在、あっという間に42万人以上の人たちを感染させ、2万人を超える生命を奪いました。

ヨーロッパの名だたる都市は最低2週間の閉鎖・外出禁止に追い込まれ、その波はついに大西洋を渡り、アメリカ全土に広がりました。新型コロナウイルスの蔓延がアジアで叫ばれる頃、アメリカでは新型インフルエンザが猛威を振るい2万人以上の死者を出したばかりですが、今度は新型コロナウイルスの蔓延に晒されています。

先の新型インフルエンザもコロナウイルスだったのではないか?との声も聞かれますが、その真偽は別として、アメリカは2020年前半だけで数万人単位の死者を出しかねない危機的な状況に追い込まれています。

欧米諸国での未曽有の危機を受け、欧米在住のアジア人が本国への帰国を行ったわけですが、この人の移動の波が、アジアにおける大規模な感染の再拡大という最悪の事態を作り出しています。インドはモディ首相が演説で「3月25日から21日間、全土を封鎖し、生産活動を止める」という措置をしましたし、タイもマレーシアも、そして他の国々も次々と都市封鎖や外出禁止、自宅勤務の義務化などの措置に踏み出し、街中からは人影が消え、各国経済は停止状態に陥りました。

結果、世界中で20億人を超える人たちが移動の制限を受け、経済・移動の自由を奪われ、そして懸念されるのが雇用保持の危機に直面しています。日本の報道でもよく街の声として伝えられる「このままこの状況が続くと、とてもじゃないけどやっていけない」という状況がまさに今、世界中の国々を例外なく襲っています。

そして、それは世界中でのGDPへの大幅な下げ圧力となっています。それにつれ、世界的な株安が止まらず、経済活動がストップするという状況から、さらに消費者心理を冷やしていますが、そのような中、G7諸国を中心に大規模な緊急財政措置を発表し、何とかショックを和らげようとしています。

共和党と民主党の相剋が続くアメリカ議会でも、トランプ大統領が提案した2兆ドルの支援が可決されたことで市場心理を上げる効果がありましたし、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国が国民経済の救済策を立て続けに打つことで、何とか見えない敵と対峙する不安を払拭しようと必死です。

そして世界銀行は、2014年のエボラ出血熱への財政出動の遅れを反省して作ったパンデミック債(2016年以降すでに3億2000万ドル(約350億円)規模)の初適用の可能性に言及することで、新興国と発展途上国における対策を後押ししようとし、暴動が起きないように心理面でのケアを行おうとしています。

新型コロナで風向きが変わった米イラン関係

世界におけるゲームの流れを変えたのが、今週発表されたTokyo 2020の1年程度の延期決定でしょう。日本政府として、COVID-19の封じ込めに全力を尽くすとの姿勢を示すことが出来たのは評価できますが、COVID-19への対策にかかるコストに加え、オリパラのリスケが生む新たなコストはまだ予想が出来ないようです。オリパラの実施には大いに意義があるとは思いますが、リスケにかかる追加コストの規模によっては、COVID-19への対抗に悪影響を与えないか心配しています。

国際情勢の観点からもCOVID-19は確実に大きな脅威ですが、いくつかの国際案件に変化をもたらしています。その一例がイラン核合意を巡り対立が続き、また年始のソレイマニ司令官殺害によって全面戦争一歩手前まで緊張が高まった米・イラン関係です。いまだにイラクを舞台にした報復合戦は継続中ですし、相互に批判の手を弱めてはいませんが、両国とも今はお互いを叩く余裕を失っていることも確かです。

今週、イラン政府が公式にIMFに対して50億ドルの緊急支援要請を行いました。実は1962年以降初めてのケースで、今、アメリカと全面的に衝突し、緊張が高まるイランが、アメリカの影響下にあるIMFに支援要請をするという事態にまで、COVID-19の感染はイランの首を絞めているのだといえます。

革命防衛隊をコロナ対策の責任者に据え、国内的にはハーマネイ師率いる政府への支持を何とか保つために、「こういう状況に陥ったのはアメリカの陰謀だ!」という姿勢を表に出しつつ、国際社会を通じてアメリカに対し経済制裁を撤回するように求めるという戦術を用いて、何とか統一性を保とうと必死です。イラン国民の多くはそのような小手先の策には乗りませんが、指導部への反感を募らせてまたデモに訴えかけることが出来ないほど、新型コロナウイルスの蔓延はイラン国民を恐怖に陥れていることが分かります。

これで急転直下、米イラン間の高まる対立と緊張が緩和されるとは考えづらいのですが、約60年にわたる宿敵への反抗は、米イランともにしばし休戦と見ることが出来、武力衝突の危機はしばらく棚上げできるかと考えます。

新型コロナウイルスでも火花散らす米中両大国

ここ2年ほど世界を懸念させている国際情勢と言えばなんでしょうか。そう、米中間での争いです。貿易・関税の報復合戦に始まり、南シナ海での軍事的な緊張、One China-One Asia外交と、アジア太平洋の勢力圏堅持を狙う米外交との鬩ぎあい(主に同盟国の確保)、アフリカ・中東地域での覇権争いなど、例を挙げれば次々出てくるほど、米中間は、現代の2大国として、争っています。

その争いに今回、『どちらが新型コロナウイルスを持ち込み、ばら撒いたか』という責任転嫁合戦が、メディアやSNSを通じて繰り広げられています。

「新型コロナウイルスは米軍が武漢に持ち込んだのだ」と40万人以上のフォロワーを持つ中国外務省の副報道官である趙氏が言えば、「けしからん!全くの言いがかりであり、断じて許すことはない。もともとこれはChineseウイルスだ!」とトランプ大統領やポンペオ国務長官が応戦する事態になっており、対立がエスカレートする一方です。

つまり、私がよく話す交渉術の緒なしに絡めると『一度上げてしまった拳を降ろすきっかけを双方とも失った状況』と言えるでしょう。一応、駐米中国大使の崔天凱氏が趙副報道官のSNSでの言論を「狂った言論だ!」と批判することで、何とかエスカレートを止めようとしていますが、アメリカ国内で感染が爆発的に広がる中、崔大使の努力もうまく作動していないような気がします。

ちなみに、今回の新型コロナウイルスの蔓延に対する戦いは、世界の2大国として、一旦戦いの矛を収め、休戦したうえで、見えない敵である新型コロナウイルスの蔓延に対する協調姿勢を取り、並んで対策に当たるという、『国際情勢の緊張緩和と信用の回復に寄与する絶好のチャンス』ではなかったかと思います。

もし、それぞれが知見と資金を持ち寄り、世界レベルでの新型コロナウイルスの蔓延の封じ込めに乗り出すことが出来たら、自国第一主義の高波が国際社会を襲い、協調が絵空事とまでこき下ろされるようになった世界の潮流を、再度、国際協調の拡大と深化の方向に戻すことが出来たかもしれませんが、その代わりに、両国は、すでに十分すぎるほど険悪になってしまった米中関係の緊張を極限まで高めることになってしまっているような気がします。

パンデミックで生じたIS復活の隙

いつになるかは分かりませんが、いずれCOVID-19が封じ込められた際、世界はもう協調など考えられないほど疲弊し、相互不信と嫌悪がはびこるような世界になっているかもしれません。考えるだけでも恐ろしいことです。

COVID-19が時期をずらす形で次々と世界を恐怖と不安に陥れていく様は、約1年前に『完全制圧』が謳われた恐怖の渦の再興を思い起こさせます。それは、イスラム国(IS)が独自の協議を盾に“国家樹立”し、その影響と恐怖を世界にじわじわと広げていったあの恐怖です。

2019年3月にトランプ大統領は「ISは100%制圧した」と誇らしげに演説しましたが、それから1年間、実際にはどうだったでしょうか?かつてISが掌握していたイラクも、シリアも、別の戦いと国内の状況不安定に苦しめられています。

イラクではいまだに政府樹立に至らず、シリア・イドリブ県では、アサド政権軍とトルコ軍が直接的に対峙し、イドリブに追いやられていたシリアの反政府武装組織(アメリカに支援されたクルド人勢力)が、シリア政権軍とトルコ軍から挟み撃ちにあうという悲劇も生んでいます。

COVID-19の蔓延が本格化し、その牙が欧米に到達するまでは、シリア・イドリブ県での衝突は、多かれ少なかれ、アメリカとロシア、そしてEUを巻き込んだ国際的な案件だったはずで、それ故に、ISの残党が入り込む隙間はなかったのですが、COVID-19の欧米諸国上陸により、各国がその対策にかかりきりになり、中東でのプレゼンスが疎かになった隙にISが混乱に乗じて復活してきているとの情報があります。

その例として、ここ数週間ほどでイラク各地でのISによる米軍やイラク政府への襲撃が相次ぎ、実際に米軍が大被害を受ける事態になっています。年始には報復戦として、イランの革命防衛隊によるミサイル攻撃を受けたイラク米軍基地ですが、イラン革命防衛隊とその下部組織からの攻撃に加えて、今やISからの襲撃も受けるようになり、混乱が増しています。

またイドリブ県でも、ISの旗がはためいているとの情報があり、シリアからもトルコからも見捨てられたイドリブ県の人々が、ISに参加しているとの恐ろしい情報も入っています。もしそうだとしたら、一度消えたとされるISの恐怖の種がそこに芽生える事態になっているといえるでしょう。

他には混乱極まるアフガニスタンの首都カブールでISによる襲撃がここ5日ほどで頻発していて、和平合意について話し合わないといけないタリバンも、アフガニスタン政府も、再びISへの対抗を行うため、状況が混乱しているようです。

加えてモザンビークをはじめとするアフリカ東部でもISの影が濃くなってきており、東アフリカを舞台に繰り広げられるアメリカと中国の“国盗り合戦”に非常にややこしい影響を与え、それが地域の不安定化に寄与しているという情報も入ってきました。(ただでさえバッタの大発生で大変な地域ですが、そこにCOVID-19の脅威とIS復活の脅威が同時に襲い掛かり、東アフリカ(アメリカのグローバルテロリズムへの対抗拠点の一つ)の政治的な安定を根底からひっくり返しかねない事態になっています。

ロシアが仕掛けたチキンレースとパンデミック後の世界

そして、COVID-19の世界的な蔓延は、意外なところでプーチン大統領の権力基盤の強化に役立っているとの見方もあります。その武器は彼の20年にわたる当地で築き上げてきた権力と、3月初めに仕掛けたOPEC Plusの強調の終焉です。

協調減産の下、高い原油価格(先物価格)の維持を可能にし、それがアメリカでのシェール革命を大いに後押しし、アメリカをエネルギー輸出大国に復帰させましたが、ロシア国内からの多重の不満を抑える手段として、3月1日のOPEC Plus会合の場で、ロシアは協調の終わりと増産へのかじ取りを行いました。

ロシアのエネルギー当局の読みでは、そのころ、ロシア政府が目標値としていた原油先物価格は1バレルあたり42ドルであり、協調減産の終焉により40ドルほどまで下降すれば、40ドルを下回ると採算が取れなくなるアメリカのシェール企業に痛手を与えることが出来ると踏んだようですが、ここで予想外にもサウジアラビアが大幅な増産を行ない、他のOPEC諸国も増産で追従したことで、原油先物価格は1バレルあたり20ドル弱にまで下がりました。

この結果、アメリカのシェール企業は操業を中止しましたが、同時に増産と原油価格の著しい下落は中東諸国のオイルマネーの引き上げという2次的なショックももたらし、それがコロナウイルスの蔓延で生まれていた市場への不安と相まって、一気に全世界株安に導くきっかけとなったことはこれまでにもお話ししましたが、これはサウジアラビアとロシア双方にとって、血を流しながら行うチキンレースとなってしまっています。

結果、サウジアラビアでは、ムハンマド皇太子への王位継承のタイミングが遅れるという政治的なリスクを増大させ、ロシアでは憲法改正によって強固になったはずのプーチン大統領の権力基盤の維持のために用いる財源を枯渇させるという恐れを作り出しました。

それにも関わらず、まだこのチキンレースは終わる気配がないのですが、この困った事態で両リーダーが用いた『言い訳』が「新型コロナウイルスの蔓延に対抗するためには強力なリーダーシップが必要」との解釈で、「だからプーチン大統領(ビンサルマン皇太子)の存在が必要なのだ」と見せることで何とか、チキンレースで負う傷のイメージを覆い隠し、ギリギリの線で権力基盤の維持に努めようとしている姿が浮かび上がります。

実際にロシア国内でも、サウジアラビア王国とその周辺諸国でも、新型コロナウイルスの蔓延は大きな恐怖を生み出していますが、その対策の財源を傷つけてでも、体制の維持に走っている危険な賭けの様相が見えます。

新型コロナウイルスの蔓延が収束した暁には、恐らくこのチキンレースで負ってしまった傷が、取り返しのつかない事態を両国はもちろん、中東地域、そして世界のエネルギー事情に大きな悪影響を与えることになるでしょう。これが、いくつかある“今、語られていないCOVID-19がもたらす国際情勢への危機の種”の1つではないかと考えています。

ここまでいろいろな視点からCOVID-19のパンデミックと国際情勢への多重的な影響、そして『新型コロナウイルス後の世界』について見てきました。どうお感じになったでしょうか。

様々な反応やお考えがあるかと思いますが、私たちは現在進行形の新型コロナウイルスの蔓延をいかに食い止め封じ込めるかという世界的な戦争を戦うと同時に、終息・封じ込め後に訪れる世界的な危機にいかに対応するべきなのかについても考え、対策を用意しておく必要があると考えています。

まずは1日も早くCOVID-19の封じ込めができることを切に祈っています。

image by: shutterstock

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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