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メルケル首相のスピーチが心に響き安倍首相の演説は空虚に響く訳

去る3月18日、国民に向けて外出制限や社会的距離を取ることの重要性を訴えたドイツのメルケル首相の支持率は、そのスピーチを機に急上昇したと伝えられています。首相自身や政府の役割と国民、市民が果たすべき役割を整理して話すその内容が心に響いたと語るのは、メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』著者の引地達也さんです。引地さんは一方で、安倍首相のスピーチが国民の共感を得られない理由を厳しく指摘し、分かりあおうとするコミュニケーションの必要性を訴えています。

役割を知る為政者のメッセージと使命

新型コロナウイルスの影響で多くの国の人々が行動を制限されている状態は、当地の為政者が政治的な決定を下し、国民の理解と協力を求めることが必須である。この危機にあって国のリーダーがどんな言葉で国民に語り掛けるかは、国民の安心に直結する。

そんな視点で見ていくと、ドイツのメルケル首相の演説は社会を構成する市民と政治の関係を明確に示し、首相としての自分の責任と市民に果たしてほしい役割が整理されていて、私にとってのそれは深い思索を促す言葉でもある。

2018年にキリスト教民主同盟(CDU)党首の座を降りたメルケル首相であるが、私事として四半世紀も前に訪れた当時、ドイツのボンにあったCDU本部で、つたないドイツ語で移民政策について質問する若者に紙袋いっぱいの資料を渡してくれたCDUの担当者の笑顔とその寛容さ、そして対話するために私が果たすべき知識習得という役割を示された事実を思い出す。そして、この思い出はメルケル首相が語る市民の役割を私自身も胸に刻み実行しようという意思につながってくるから、メッセージは国境を超えるようだ。

3月18日に個人の行動を大幅に制限する厳しい措置を取る決定への理解と協力を求めるドイツ国民向け演説は、民主主義の原則として国民に制限を課すことの重大さを東ドイツで育った自らと重ね合わせ、こう説いた。「私は保証します。旅行および移動の自由が苦労して勝ち取った権利であることを実感している私のようなものにとっては、このような制限は絶対的に必要な場合のみ正当化されるものです。そうしたことは民主主義社会において決して軽々しく、一時的であっても決められるべきではありません」。

その上で「しかし、それは今、命を救うために不可欠なのです」と力説し、とりわけ人と人との交流の機会が失われることを受けて、「今は、距離だけが思いやりの表現なのです」と諭した。テレビ画像で見る彼女の言葉は一つひとつが明確で、カメラを見据え語り掛けてくる。

さらに今後変化が予想される事態に即時に対応し、それを即刻伝えようとする意思を示す点も強調した。「状況は刻々と変わりますし、私たちはその中で学習能力を維持し、いつでも考え直し、他の手段で対応できるようにします。そうなればそれもご説明します。このため、皆様にお願いします。噂を信じないでください。公的機関による発表のみを信じてください。発表内容は多くの言語にも翻訳されます」。

政治の責任で正しいコミュニケーションを行う意思を明確にするのは、実は簡単なことではない。情報公開は政治のプロセスの誤謬を許さず、逃げ道を塞ぐことでもあり、情報をコントロールしようとするのが政治の習性でもある。しかし国民へ正しいコミュニケーションを約束することは、危機の今だからこそ優先されるべきであることを、自由が制限された地で育ったメルケル首相はよく知っている。政界引退を表明している彼女だがこの演説をきっかけに支持率は急上昇している。

日本では非常事態宣言が延長されることを受け、安倍晋三首相が5月4日の記者会見で、国民への協力を呼び掛けたが、どうしても作文の読み上げでメッセージが伝わらず、国民の共感を得られないのは残念だ。

特に中小企業向けへの理解を示したこのフレーズは白々しさを感じてしまう。「感染症の影響が長引く中で、わが国の雇用の7割を支える中小・小規模事業者の皆さんが現在、休業などによって売り上げがゼロになるような、これまでになく厳しい経営環境に置かれている。その苦しみは痛いほど分かっています」。

「分かっています」?おそらく安倍首相は分かっていないだろう。経営環境の激変による多くの不安の一つひとつを誰も「分かる」はずはない。絶望にある人への「分かっています」は欺瞞でしかない。つまりは「分かっていない」のを露呈したようなものだが、本人に自覚なないであろう。分からないから、分かりあおうとするという私たちの原則を考え、この危機の中でコミュニケーションをしてほしいと思う。

メルケル首相の演説はこちら
Merkels Corona-Ansprache im Wortlaut: „Nur Abstand ist der Ausdruck von Fürsorge“ | Kölner Stadt-Anzeiger

image by: Elpisterra / shutterstock

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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