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お役所のくだらない美学。日本の給付金支給が混乱する当然の理由

「オンラインよりも郵送による申請のほうが給付が早い」などとも言われ、政府の言うところの「スピード感」とは程遠い有り様となってしまった個人向けの特別定額給付金。なぜここまでの大混乱が起こってしまったのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、日本に比べスムーズに支給されたアメリカのケースを紹介しつつ、その原因を考察しています。

給付金10万一律支給、どうして日本では混乱するのか?

個人向けの「特別定額給付金」の支給が上手く行っていないようです。アメリカでは、所得制限をかけるなど条件付きでやっていますが、とりあえず最速で制度決定から4週間でカネが届き始めて、6週間でほぼ完了していますが、日本では市町村ごとに、かなり混乱しているようです。

勿論、アメリカ式が100%良いとは言えないのですが、どこに違いがあるのかを検証しておくのは意味があると思います。

まず、支給金額ですが、日本は成人だろうが子どもだろうが一律10万円とシンプル。一方でアメリカは、とりあえず成人は1,200ドル(12万9,000円程度)、子どもは500ドルと差をつけています。

またアメリカの場合は所得制限があります。つまり、単身世帯では年収75,000ドル以下で満額、75,000を超えると徐々に減っていって、99,000ドルを超えるとゼロになります。つまり、日本のほうがずっと単純です。

手続きですが、日本はネットもしくは紙で申し込みます。一方で、アメリカは原則として「何もしなくていい」という対応です。

つまり、アメリカの場合は何もアクションは起こす必要はなく、それで自動的に自分の銀行口座に1,200ドル(単身者)、3,400ドル(夫婦と子供2人)、といった金額が振り込まれたのです。ちなみに、現在はこの「第2弾」を行うかどうかの議論が進んでいます。

事務仕事ということだと、アメリカの場合は実にいい加減で偉そうで、しかも非効率…そんなイメージがあります。一方で、日本の場合は迅速で正確な…はずでした。ですが、この給付金に関しては、日本の方が金額は一律で所得制限もないなど、はるかに単純であるにも関わらず、手続きは複雑になっており、かなりトラブっているようです。

一体どうしてなのでしょうか?

まず、アメリカの場合は、原則として居住者は全員が確定申告(タックス・リターン)を行います。また、確定申告は原則として電子申告。また申告の際の還付金は銀行振込、追徴金は銀行引き落としです。

ですから、国税庁(内国歳入庁=IRS)は、原則として全ての納税者の毎年の課税所得と銀行口座を知っているわけです。今回は、これを利用して「課税所得額」を根拠に、所得額のチェックを行い、また持っている銀行情報に振り込みの手続きを行いました。ですから、何の申請も必要はなく、しかも迅速に振り込みがされたのです。

また個人の特定には、ソーシャルセキュリティー番号という一種の国民総背番号があり、これで特定をすることが可能でした。というのは、この番号は本来は年金番号なのですが、大昔からこれを個人向けの納税者番号として使ってきた蓄積があるからです。

勿論、所得の低い人、社会保障年金(ソーシャルセキュリティー)だけしか収入のない人など、例外もありますが、その場合はネットで情報を入力すればいいことになっています。また、小切手で受け取るとか、銀行口座のない人はプリペイドカードでもらう選択もできますが、その場合は受け取りは遅れて完了は今月中旬になっていました。

一方の日本の場合は、全く違う制度になっています。まず、国民全員が確定申告を行うということはありません。確定申告の場合も、勤務先を通じた年末調整の場合もマイナンバーとの紐付けがあるようですが、100%徹底はしていません。銀行口座も同じです。

ですから、今回のような給付の場合は全国一律で、「全員に全ての必要な情報をインプット」してもらう必要が出るわけです。

そうではあるのですが、現時点では各市町村で膨大なエラーチェックが発生しているようです。本人が自分と家族の名前と、銀行情報を出すだけなのに、どうして膨大なエラーが出るのでしょうか?また、オンライン入力の場合はエラーだらけになるので、郵送のほうが速いというような報道も出ていますが、仮にそうだとしたら何故なのでしょう?

それは、オンライン入力というのが厳密に言うと「システムへのオンラインでの入力」ではなく、「システムに入力する元データをオンラインで作成」するだけだからです。つまり、入力時にはエラーチェックがかからずに、何でも通ってしまうのです。

例えばですが、入力時に住民基本台帳との照合ができて、おかしなデータはエラーで弾くとか、正規の情報に自動修正されるのならいいのですが、そんなことはなくて、何でも通ってしまうわけです。また銀行情報の場合、オンラインバンキングの場合は、全銀協のDBを見に行って「正しい支店・口座・名義人情報」に誘導されるのですが、それもありません。

その背景には「プライバシー問題があるので、正規データにアクセスできない」という問題、そして「正規データにアクセスできて、しかも情報の機密性が守られるようなシステム設計をするカネもノウハウもない」という問題があるわけです。

一方で、やたらに厳格な事務作業の「美学」があるということも問題です。例えば、東京都のA区のBという住所に住民票のある「高田C」という人が申請をしたとして、その「高田」を「ハシゴ高」つまり真ん中の口の部分が上下にくっついている「異体字」なのか、それとも一般的な「高」なのかというのは、「本人特定にはどうでもいい」問題です。

そのCさんの親が、やたらに「はしご高」にこだわって、戸籍をそうしていたが、Cさん自身は「こだわりがない」ので、「高田」と記入したが、住民基本台帳とは相違になった、そうすると「目チェック」でエラーにしなくてはならない、というのは、全く意味がないと思います。それで不正支給や二重支給になることはありません。ただひたすらに役所の「書類は正確でなくてはダメ」という美学、もしくは前例に従ってやっているだけです。

銀行口座の姓名の間の「一字アケ」というのも、これも意味がないわけで、「サイトウ ジロウ」さんのことを「サイトウジロウ」としたからといって、誤支給にはならないはずです。この辺は、役所というより銀行サイドの問題もある思いますが、そうした意味のないエラーチェックというのは、誰のトクにもならないと思います。

アメリカの場合ですが、例えば銀行口座の場合は本人が死亡した場合は口座閉鎖になるので、行き違いはまずないのですが、小切手の場合は死亡した人の名義で届いてしまうことはあります。その場合は「返送してください」という運用で済ませているようです。また、IRSの把握している銀行口座とは別の口座にもらいたい場合には、オンラインで口座変更もできるようになっています。

とにかく、オンラインで入力する際に、何のエラーチェックもかからず、役所ではそれを紙にプリントしてシステムと照合、エラーを弾くための膨大な作業をしている、しかもそのエラーの多くは「誤申請、二重申請」につながるものではなくて、形式要件のみというのは、バカバカしいを通り越して、全く理解不能です。最近は「日本人はITが苦手だから仕方がない」という言い方もあるようですが、このままでは経済も国家も消滅してしまう、そのぐらいの非効率であり、バカバカしさであると思います。

どうしてトランプはマスクを拒否するのか?

トランプの「マスク嫌い」は有名ですが、とにかく各州でガイドラインを決めて公共の場所ではマスク着用をという規制をかけても、大統領自身が守らないのですから、話になりません。

一体どうしてなのかと問われた際に、トランプの答えは2パターンあるようです。1つは「うるせえな。お前らフェイクメディアの見てないところでは、ちゃんとしてたんだ」と開き直るもの、そして最近出てきた2つ目のものは「俺様は、お前らフェイクメディアの喜ぶようなネタをやる気はないね」というものです。

とにかく頑固なまでに「公衆の面前でのマスク着用は拒否」ということなのですが、一体どうしてなのでしょう?

まずは、アメリカの保守カルチャーの中にある「マスク嫌い」というのがベースにあります。そのルーツは、そもそもは西部劇だと言えます。つまり、マスクをして顔を隠しているのは「悪漢だから撃たれても仕方がない」というのが常識であり、反対に「信じていい人間だというアピール」のためにはマスクはしないということになります。

究極は、赤いバンダナを巻いて口を隠すファッションで、西部劇では鉄道ギャングの定番スタイルということになっています。正義の存在である合衆国大統領としては、絶対にイヤだと言うわけです。

また、マスクをすると「偉く見えない」ということがありそうです。世界の指導者や元首の中でも、「自分を偉く見せたい」という輩(やから)に限って、他の人々にはマスクをさせるくせに、自分はしないというのがありますが、トランプの場合はその典型例だと言えます。

もっとも、例えば日本の天皇皇后両陛下などは、マスク姿を公開しており、そこでも決してカリスマ性を失ってはいません。お二人の場合は、目線の向け方、立ち居振る舞い、背筋の伸ばし方など、アーチストのレベルと言っていい訓練を受けているので、マスクをしても存在感を損なわないわけですが、トランプの場合はそうした訓練とは無縁ですから、余計に気にするのでしょう。

後は、トランプが自分の「コア支持者」は、「ロックダウン反対」で「マスクも反対」だということを知っていて、これに迎合しているということもあると思います。とにかく、もう経済活動の規制には飽き飽きしたし、初夏になったので、ビーチに行きたい、バーで馬鹿騒ぎがしたい、スポーツ観戦で騒ぎたいという層が、自分の支持層だというわけで、徹底的にそこに馴れ合うことで、支持母体を固めようという作戦だと思います。

ここへ来て、各州の知事は、かなりリベラルな民主党知事でも、このような流れに「逆らうのを止める」動きを始めています。そしてトランプホワイトハウスの「専門家チーム」にあって、大統領の意向に対して全く妥協を見せなかったファウチ博士も、ロックダウンの継続による国民の「心身への悪影響」を考慮すべきだとして、トランプの方針を追認する方向になってます。

ファウチ博士の場合は、人命優先ということについては「筋金入り」であり、それに人生を賭けてきたという信頼があるわけですが、例えば何も考えずに民主党のバイデン候補が「国民はもっとファウチ博士の言うことを聞くべき」などと発言して、自分と大統領の間の矛盾を暴こうとしていることに危機感を持ったのかもしれません。ここで自分が突っ張って、トランプ政権との関係が「ブチ切れ」になっては「第二波対策」が全部破綻してしまうとして、「暫定的に大人の判断」をしたようです。

いずれにしても、「マスク嫌い」で「経済優先」というトランプは、この「メモリアルデー連休」を契機に社会の再オープンへ踏み込みました。これで、改めて感染拡大の悲劇が起きるのか、それとも季節的な要因も効いて事態が好転してゆくのか、現時点では誰にも分からない、それがアメリカの現状です。

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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