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突然のイージス・アショア停止で判った、安倍首相の戦略的大混乱

これまで政府が頑ななまでにその導入に向け突き進んで来るも、突如計画停止が発表されたイージス・アショアの配備。なぜ当計画はかくも簡単に「頓挫」してしまったのでしょうか。これまでたびたび日本のミサイル防衛計画について否定的な論を展開してきたジャーナリストの高野孟さんは今回、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、イージス・アショア自体が時代遅れかつ日本国民を守るものではないという事実を記した上で、戦略論的大混乱を深めるだけの安倍政権を強く批判しています。

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※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年6月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

イージス・アショアを止めたのは結構なことだけれども――それでかえって深まる日本の戦略論的大混乱

河野太郎防衛相による「イージス・アショア」配備計画停止の発表は、タイミングとしては余りに唐突で、外務省さえ寝耳に水で驚いたほどだったし、理由としては余りに単純で、迎撃ミサイル発射時に切り離されるブースターが辺りに飛び散ることがないかのように米側が嘘の技術的説明をしていたことが露見、その改善には数千億円の追加費用と10年超の期間が必要となることが判明したためである。

日米首脳の盟約により、何千億円もの巨費を投じて一部はすでに予算執行が始まっている最新兵器導入計画が、こんな些末な理由1つでいきなり停止されてしまうというのは、ある意味、河野防衛相はまことに結構な前例を作ってくれたわけで、沖縄県の玉城デニー知事が16日「コストと期間を考えたら、辺野古の方がより無駄な工事ではないか」と、この方式の辺野古新基地建設への応用を求めたのは、当然のことだった。

しかし、裏返せば、トランプ米大統領のご機嫌取りしか考えない安倍晋三首相が、日本に本当に「ミサイル防衛」システムが必要か、必要だとすればどこの国のどんなミサイル攻撃を想定してどれほどの迎撃能力を築こうとするのかという戦略論的思考を欠落させたまま、トップダウンで防衛省にこの買い物を押し付けたことが、このドタバタのそもそもの始まりである。安易極まりない導入計画だったからこそこんなことで簡単にコケたとも言えるのである。

そもそもイージス自体が時代遅れ

イージス・アショアの話は嘘で固められてきた。まず第1に、ロクに当たらない。北朝鮮なり中国なりロシアなりが日本に向けて発射したミサイルを空中で撃ち落とすというのは、ある専門家によれば「荒野の決闘で、相手が撃った弾丸にちょうど真ん中でこちらの弾丸を当てて相討ちにしようというアイデアで、まあ理論的な可能性と思ったほうがいい」という代物である。

第2に、それでも相手が固定された基地で事前に準備が進められているのを見ていて、発射された瞬間に「ホラ来た!」とばかりに弾道計算をし、即迎撃に入るというのであれば、その理論的な可能性が実現することもないとは言えない。しかし、今では北朝鮮のミサイルは山中に張り巡らされたトンネルに隠され、必要な時に忽然と姿を現していきなり発射する車輪付きで移動する発射台であったり、あるいはほとんど探知不能の潜水艦搭載のSLBMであったりして、奇襲攻撃が可能である。また、最近は軌道変更可能なミサイルや操縦可能な巡航ミサイル、多弾頭分裂型、ロフテッド軌道と言って2,000キロ以上の上空まで打ち上げて急速落下させる発射法などもあって、通常の軌道計算に頼る迎撃構想自体がすでに時代錯誤化しつつある。

第3に、さらに新しい事態として、ドローンによる変幻自在な攻撃や、高高度の宇宙空間まで打ち上げたミサイルで小型の核爆弾を爆発させそのマイクロ波の衝撃で地上のすべての電気機器や電子回路を破壊する「電磁波パルス」攻撃なども出現しつつあって、イージスはますます無意味である。

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守るのは日本国民でなく米軍基地

第4に、イージス・アショアを東西2カ所に配備すれば日本列島全体をカバーできると政府は説明してきたが、これがまた嘘で、そもそも安倍首相に日本国民を守るつもりなど毛頭なく、その2カ所を選んだのは、北からハワイに向けてミサイルを発車すると秋田上空を通過し、グアムに向けると山口上空を通過するからで、つまりは、米国領とそこにある米軍基地が北のミサイル攻撃を受けるという時に「口を開けて見ているわけにはいかないじゃないか」という安倍首相流の「集団的自衛権」感覚による対米サービスがこの計画の本質である。

第5に、そうだとすると、考えるべきは北朝鮮のミサイルだけでいいのか。中国の増強著しい核ミサイルも日本・グアム・ハワイの米軍基地と米本土を射程に入れているし、ロシアもたぶん同様。「ミサイル防衛」と言うのであれば、それら全体の潜在的脅威の見積もり、対処の優先順位、可能な手段等々の検討があって、その一環として2カ所にイージス・アショアを置くことの意義が確定されなければならないが、そういう検討が行われた気配はない。

安倍首相は、プーチンとはお友達だし、習近平は国賓に招こうとしている親密な関係なので、そちらからミサイルが飛んでくることは想定しなくていいとでも言うのだろうか。そのような、現政権の首脳がどこの誰と仲がいいとか悪いとかいう話が、軍事戦略とはまるっきり無関係であることは言うまでもない。

米国が問題にしている中国のミサイル

東アジアの軍事バランスに関して、米国が一貫して重視しているのは、北朝鮮ではなく中国である。本誌No.815(2015年12月14日号)でも詳しく伝えた通り、ペンタゴンに直結する軍事政策の研究機関「ランド・コーポレーション」が15年9月に公表した「米中軍事スコアカード/1996~2017年にかけて変化する戦力、地理および力の均衡」では、台湾海峡をめぐって米中が戦った場合に、中国の日本・沖縄、韓国、グアムなどの米軍基地に対する攻撃能力や、中国の潜水艦部隊による米空母艦隊などへの攻撃能力で、17年には中国が「やや優勢」に立つと予測していた。それからすでに3年を超えた今では恐らく「やや」のとれた「優勢」が確保されていると考えられる。

分かりやすいのは、中国の短・中距離ミサイル攻撃能力の1996年、2003年、2010年の変化と2017年の予測を描いた4枚の地図で(図1)これを見ると、96年にはDF-11および15級のミサイル数十発が台湾と韓国のほぼ全域に届く程度であったのが、03年にはそれが数百発に増え、さらに10年になると劇的な展開があって、DF-11とDF-15は数千発、日本全土とフィリピンまでカバーするDF-21とDH-10は数百発、グアムのアンダーソン空軍基地にも到達しうるH-6やIRBM(中距離弾道弾)は数十発を保有し、17年ともなればアンダーソン基地を撃てる数も数百発に増えるというのである。

図1―中国の短・中距離ミサイル能力の進展

これがどういう脅威を米軍にもたらすかを示す一例が嘉手納空軍基地が爆撃された場合で(図2)、中国が108ないし274発の中距離ミサイルを集中的に発射し、嘉手納の2本の滑走路にそれぞれ2個所、直径50メートルの穴を空けられた場合、米軍の戦闘機が飛べるようになるまでに16~43日、大型の空中給油機が飛べるようになるには35~90日もかかる。つまり、修復できた時には戦闘は終わっていて、せっかくの前進配備は何の役にも立たないということである。

図2―嘉手納空軍基地が爆撃されると

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戦略論的な大混乱

そこで、図1の2010年の地図をもう一度見て頂くと、今北朝鮮が到達しつつあるのがほぼこの段階と言える。日本全土に短・中距離ミサイルでロフテッドなども含めた多様な攻撃を仕掛けられるのに加え、グアムやハワイに到達可能なIRBMも持つようになった。だから、秋田と山口でそれを真下から撃ち落とす態勢をとって対米忠誠心の証としようとしたのだが、さてそこで、北より遥かに圧倒的な中国のミサイルについては何も対策を講じなくていいのだろうか。さらに、ロシアは?

こうしたことを何ら論理的に整理せず、一体何から何を守るのかも定かならぬまま「ミサイル防衛」とか言って、国会にも国民にもまともな説明もできないでいるのが安倍政権である。

従って、単にブースターの落ち方がどうかとかのレベルではなく、そもそもミサイル防衛とは何かから説き起こすまともな戦略論へと立ち戻ることが必要なはずだが、それ抜きに、「ならば今度はやはり敵基地攻撃能力だ」とあらぬ方向に暴走していきそうなのが安倍首相の言う「国家安全保障戦略(NSS)」改定論である。イージス・アショア導入論の最初からの間違いの1つが、上記「第2」で述べたように、発射基地が分からないのに軌道計算で打ち落とせると思った時代錯誤なのであるから、それを反省するなら、そのどこか分からない発射基地を攻撃する能力など持っても役立たないと気付かなければおかしい。

このようにして、この国の戦略論的大混乱は安倍首相下ではますます深まっていくのである。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年6月22日号より一部抜粋)

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image by: 首相官邸

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