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香港の次は、台湾。「一国二制度」を崩した中華人民共和国の横暴

各国からの猛批判をよそに、香港国家安全維持法の施行に踏み切った中国。6月にはインドと国境付近で衝突、海洋進出を巡っても周辺諸国との対立を繰り返すなど、習近平政権の「暴走」が止まりません。この先、中国はどのような動きを見せるのでしょうか。そして世界は中国とどう対峙してゆくべきなのでしょうか。元国連紛争調停官で国際交渉人の島田久仁彦さんが、自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で考察しています。

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中国が仕掛ける国際秩序への“最後”の挑戦

自国で新型コロナウイルスの感染拡大が一段落してからというもの、他国が新型コロナウイルスの感染拡大への対応に苦慮しているのを尻目に、中国は2018年年初に掲げたOne China; One Asiaの実現のために一気に多方面に攻勢をかけています。

最近、激化の一途を辿り、アジアの大国同士の戻ることが出来ない戦いの始まりと言われたインドとの国境線での武力衝突、南沙諸島と西沙諸島を行政区画化し、島々に軍事拠点やレーダー設備を配備して実効支配を目論む南シナ海、そして日本と台湾とのトライアングルで争われている尖閣諸島問題にケリをつけるべく、空母・遼寧を中心とする空母攻撃群に琉球海域を通過させたり、海警局の能力と装備を格段に上げて海軍化を進めたりして、太平洋進出の海路の獲得に乗り出した東シナ海。

アメリカをはじめ、欧州各国、日本、そしてアジア諸国が十分に対抗しきれない状況を受け、ここぞとばかりに中国は縦横無尽にアジアを席巻し、支配を確立しようと考えているように見えます。

その極めつけが、7月1日付で施行された通称「香港国家安全法」でしょう。5月28日に全人代で突如法案が可決されてから約一か月という異例のスピードで制定され、香港返還23周年を祝うはずの7月1日に施行されました。

英国の最後の提督であったパットン卿の言葉を借りれば、「香港の一国二制度は今日終わり、中国に対する民主主義国家群の願いは今日潰えた」と日本を含む民主主義陣営では表現され、温度差はありますが、中国への一斉非難に繋がりました。

もちろん北京政府そして香港行政府はそのような批判は物ともせず、あくまでも「内政問題」として扱い、そして「一国二制度の堅持」という建前を繰り返すだけです。

このメルマガでも何度もお話ししてきましたが、一国二制度と表現される体制が向かう矛先は【台湾の併合】となるでしょう。

香港も台湾も市場主義・資本主義の自由国家としての地位を確立してきましたので、どちらも中国が「中国化」を図ったとしても、社会主義を押し付けて変革することは不可能だと思われますが、台湾を中国の管理下に置きつつ、独立を阻む“唯一の策”として示されているのが「一国二制度」というわけです。

しかし、アメリカ・ポンペオ国務長官曰く、「一国二制度は終焉し、香港はついに中国の一国一制度の餌食になった」とのことですが、習近平国家主席が「必ず中国を統一する」として標的に据えている台湾併合問題も同じ運命をたどるのでしょうか?

これまでお話ししてきた方向性を守るとすれば、「そうに違いなく、中台海峡は近々究極の緊張に見舞われるだろう。今の中国の実力を以てすれば、残念ながら台湾が中国と統一される日は近い。なんとしてもそれを食い止めねば!」という論調になるのですが、今週、北京や香港にいる“友人たち”と議論していてふと「本当にそうだろうか?」と不思議に感じるようになりました。

「もしかしたら、中国政府が言うように、アメリカや英国、日本などが挙って中国批判をし、“香港の自由を守れ”と叫ぶのは、本当にただの勝手な干渉なのではないか」と。

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1997年に英国と中国政府が合意して香港が中国に返還されました。その際に署名され合意された「香港の自治に関する合意」によると、2047年までの50年間は香港の自治を尊重し、言論の自由を保障すると同時に、経済活動の自由も保証するとの内容が含まれています。

この合意に忠実に沿うのであれば、2047年を待たずに2020年に約束を反故にする内容を香港に押し付けるのは国際法違反(注:中英両政府は、この合意を国際条約として国連に登録したから)という解釈になり、アメリカや旧宗主国英国が行う中国への非難は当然というように捉えることが出来るでしょう。

しかし、そもそも香港がアヘン戦争(1839年)の結果、英国領として植民地化された歴史まで遡り、第2次世界大戦後は中国共産党への対抗として1949年以降、米欧が民主主義と自由経済のシンボルとしてのステータスを香港に押し付けたという史実を考慮した際、「不当に英国に奪われた自国の土地を取り戻し、現政権が中国への復帰をcompleteするのは当然の結果であり、それを過去に横暴に奪い去った者たちから批判される謂れはない!」という北京の主張も一理あるように感じたのです。

それでも、今回、施行された香港国家安全法は行き過ぎた“賭け”だと考えますし、民主化運動への激烈な弾圧行為に対しては全く支持しませんし、中国本土でずっと繰り返されている人権弾圧(新疆ウイグル自治区など)は絶対に看過できませんが、私たちが日々メディアを通して見聞きする中国批判も、100%純粋に人権擁護や自由の確保という理由からなされているものではないと感じています。

それは欧米や日本にとっては、政治・外交的な立場表明でしょうし、何よりも長年築き上げてきた【アジア市場への窓口】としての自由経済・香港の維持という経済的な既得権益の保持という側面は否めず、こちらはこちらで自国中心的な思惑が透けて見えます。

例えば、7月2日に菅官房長官が明かした数字によると、香港には在留邦人は約2万4,000人いて、約1,400社の日本企業がビジネスを行っているとのことですので、「在留邦人の安全の確保」という大前提に即せば、中国に対して邦人保護を要請する観点から“懸念の表明”は適切だと思いますし、尖閣諸島問題などと一緒くたにせずに、懸念の的を香港国家安全法とその邦人保護の観点に対するimplicationsに絞っているのは日本外交の賢明な姿だと思います。そのことは北京も重々承知で、邦人が不条理に危害が加えられることはないとのことですが、香港の扱いについて外国から難癖をつけられる謂れがないとの立場については明確に主張を繰り返し、批判的に捉えられる要素については日本に対して反論しています。

しかし、アメリカや欧州各国については、日本と同じような“冷静な”対応は、国内世論的にも、ビジネス的にも、そして歴史的にも取ることが出来ず、YESかNOかという二元論的な視点で中国と真っ向から対立する他ありませんが、ご存じの通り、コロナ禍で課せられる諸々の制限ゆえ、中国政府に対してのcritical hitを打ち出せていません。英国はBrexit問題を今年中にケリをつけないといけないというジレンマを抱えていますし、欧州各国も国内での分裂に悩まされ、そしてアメリカは大統領選挙を11月に控えており、必ずしもトランプ大統領有利とはいえない状況ですし、Black lives matter(BLM)に代表される分裂が政府にunified actionsを取らせていない混乱に陥っています。

今回、急ピッチで習近平国家主席と政権が進めた香港国家安全法の制定と施行は、内容的には褒められたものではないと思いますが、中国政府にとっては、恐らく、国際的な批判を浴びせられたとしても、One China構想を一気に前進させる契機は“今しかない”との判断から、アメリカをはじめとする諸国が中国に対してのcritical hitを打ち込んでくる前に押し切った感が満載だと考えます。

習近平体制が苦々しく感じてきた香港における民主派を抑え込むには、9月の立法府選挙の候補者申し込みが始まる7月18日までに法施行を強行し、民主派の一掃を目論み、香港の中国化を現実にするとの狙いが見えますし、香港国家安全法による“恐怖”を演出して、香港市民の政治意識を削ぎ、「北京の言うことを聞いていれば、無用な批判をしなければ、香港市民の繁栄は保証される」といううま味を見せることで、長年の狙いを完成させるものと考えます。

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そしてその目の先は、中国統一のための最後のパズルである台湾でしょう。2日に一度は台湾の防空識別圏に中国軍機が侵入してくるという威嚇も活発化していますし、総統選挙への工作では失敗したようですが、今後、内部分裂を起こさせるために、さまざまな牽制球が投げ込まれるものと思われます。それにいかに台湾当局が対処するか。非常に興味津々であると同時に、行き過ぎた対立が生み出し得る結果への懸念も有しています。

中国が仕掛ける国際秩序への“最後の賭け”は、香港や台湾に留まらず、One Asia構想の完成のため、アジア全域と太平洋への進出にも広がっています。

これまでに何度も触れている南シナ海への進出とASEANとの対立もその一つですし、昨今、再開された中印国境における武力衝突によって“国境問題”の終結を狙っているという動きもその一つです。

南シナ海での実効支配の確立に向けた動きはASEANからの猛反発を受けていますし、台湾同様、防空識別圏での飛行権利を巡る論争もありますが、中国政府お得意の情報戦の多重攻撃によって、ASEAN内でも分裂が起きています。

最も強硬に中国に対抗するのが、同じ社会主義を堅持するベトナムで、ここでは、かつて戦争で“勝った”アメリカを後ろ盾に付けて同じ社会主義国に対抗するという、国際政治上面白い構図を作り出しています。

ただ、その“アメリカの後ろ盾”が今、諸事情によりうまく機能していないため、中国の進出を招いているのですが、その穴を一時的に埋めるべく、フィリピンやインドネシア、タイを味方につけて中国と対峙しようとしています。しかし、カンボジアやミャンマーは親中国で、ASEAN会合でも中国に不利な条件に付いてはブロックする側に回るなど、ASEANも有効な対抗勢力とはなり得ません。

インドについては、中国と並ぶアジアの大国で、核保有国であり、次の世界経済の成長の中心と言われてきた南アジアの雄ですが、終わりの見えない新型コロナウイルス感染拡大により完全に国力を削がれ、長期にわたるコロナウイルスの感染拡大第1波は結果として、インドとその周辺国に「失われた10年」を経験させることになり、それは南アジアとしてのintegrityを一気に弱め、One Asiaを目論む中国の試みに負けて、結果として【アジアは分裂する】ことになり、【アジア】と大きく区切られる経済ブロックであり、また世界最大の人口を有数地域は、中国のsphere of influence (勢力圏)となってしまう可能性が高くなります。

それに対抗できるアジアの国は、日本と韓国のみですが、韓国については、文大統領の中国への擦り寄りにも表れているように、すでに中国のred teamに組み込まれていると考えられますので、有効な対抗策を打つことは不可能といえ、頼りになるのは、実は我が国日本だけと言えるでしょう。

その日本ですが、これまでのところ、米中2大国体制の国際秩序の中で、両にらみの非常にデリケートなバランスを保ちつつ、懸命な外交を展開していると考えます。

尖閣諸島問題は根強い対立軸として残りますが、経済面や朝鮮半島情勢という外交安全保障上の懸念事項においては、歴史上稀に見るほど協調体制が取れていますし、評価は分かれるかと思いますが、トランプ大統領のアメリカとの関係も、トランプ大統領から安倍総理への信頼の厚さもあり非常に良好ですので、米中両方に顔が効く非常に稀な存在として評価できると考えます。中国政府が北朝鮮の金王朝の首根っこをしっかりとつかんで暴発を避け、朝鮮半島有事を緊張高まる中でも抑止でき、トランプ大統領の続投かバイデン大統領の誕生かは別としても、アメリカが対アジア戦略をきちんと強化し、かつ中国との直接戦争を思いとどまることができるのであれば、今、日本が置かれている非常にデリケートで、かつ稀有な存在は、米中間の高まる緊張の狭間で重宝されるものと思われます。かつての米ソ冷戦時代の鉄のカーテンのような物理的な壁は築かれることはないでしょうが、例えるならば、日本列島が米中冷戦または緊張の均衡のラインとして位置づけられるのではないでしょうか。恐らく決して居心地のいい状態ではないと思われますが。

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現在の国際情勢は、COVID-19という目に見えない敵の存在の“お陰”で、中国にとっては長年の願望をかなえる千載一遇のチャンスと映っています。この【COVID-19の脅威がいつまで世界を席巻するのかという時間軸】は、つまり【覇権的ポジションを確立し、アジア・太平洋地域でアメリカと対峙したい中国にどれほどの時間が与えられるのか】という意味でもあります。そういう観点から、「新型コロナウイルスは中国が撒いた戦略的な兵器ではないか」との“疑い”が消えないのではないかと推測します。まあ、完全な陰謀論に基づいた主張だと私は思っていますが。

新型コロナウイルス感染拡大に世界が追われる中、進められていく中国の賭けとも言える世界への挑発。香港国家安全法施行を機に、世界は「中国との今後の付き合い方、対中外交策を根本的に再考しなくてはならないタイミング」に直面しています。

現時点での中国の強硬姿勢の連発は、まだまだ戦略的に纏め上げられたintegrated operationsとは言えない非常に危なっかしい大きな賭けに思えますが、各国に与えられている【対中外交策の根本的な再考】に与えられている時間はさほどないような気がしています。それはもちろん、日本にとっても。

今回はあえていつもとは違う視点から中国を巡る案件を論じてみました。どのようにお感じになったでしょうか。

またまぐまぐLiveの際やメッセージなどでご意見をお聞かせください。

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image by: Neo Siu / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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