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南シナ海の緊張「尖閣」にも。日本に降りかかる米中対立の火の粉

地球上のあらゆる価値観を覆したと言っても過言ではない、新型コロナウイルスによる感染症。その収束に世界規模の協調の必要性が訴えられる中、混乱に乗じ自らの存在感を強めるため、大きな賭けに出た国があるようです。元国連紛争調停官で国際交渉人の島田久仁彦さんは自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で今回、トルコと中国の動き及びその思惑を解説。両国が「賭け」に勝つようなことがあった場合、極限の混乱を世界にもたらしかねないとしています。

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中国とトルコが選んだ欧米との決別─新しい世界秩序へ!?

新型コロナウイルス感染拡大により、私たちはこれまでの国際秩序や体制について考える機会を得ました。

経済面では、戦後、技術の革新と移動の自由化がもたらした経済合理性に基づいた効率の良い経済活動を享受してきましたが、移動が止まり、医療物資や食料といった戦略物資の調達がままならない中、新しい経済発展モデルが必要ではないかとの声が出ました。

アメリカ・トランプ大統領が仕掛けたAmerica Firstの政策は、コロナ以前から各国に経済発展モデルの再考を促してきたといえますが、COVID-19のパンデミックはそのスピードと必要性を一気に高めました。

内向き志向の傾向が顕著になる中、コロナ対策については、十分に発展したICT技術を用いた国際的な協業(グローバルな生産・経済活動)が加速してきました。

そして、外出制限が世界にもたらした温暖化効果ガス排出の削減、久々の青い空、澄んだ川…これらはグリーンリカバリーの機運とクリーンエネルギーへの転換への流れを一気に高めました。

また移動の制限の下、人とのつながりの貴重さもこれまで以上に実感され、その“つながり”を保つためにSNSやICTが大いに活躍しています。

新型コロナウイルスとの戦いを通じて、各国がまた結びつきの大事さを実感し、国際協調の上に立脚する安定へと進もうとしていた中、COVID-19によって引き起こされた混乱に乗じて、自国の影響力の拡大のため、世界に対して大きな賭けに打って出た国がいくつかあります。

その典型例は、このコーナーでも“もう一つの覇権国”として取り上げている中国と、中東・北アフリカの要を自負するトルコでしょう。

互いに行っていることは似ているところもありますし、全く違うところもありますが、共通点が一つあります。

それは【欧米との決別を辞さない】方向に舵を切ったことです。

まずトルコについては、最近しばらくニュースになり、世界が固唾を飲んで見守っていた世界遺産アヤソフィアの“性格”についてトルコ・エルドアン大統領が仕掛けた挑戦です。

1934年のアタチュルク派の内閣決定により政教分離のシンボルとして博物館に認定され、イスラムとキリスト教の融合という類まれなる性格はUNESCOの世界文化遺産として認められてきました(キリストのモザイク画とイスラム教の装飾が共存しています)。私もトルコ政府とはいろいろと仕事をしてきましたので何度も1,000トルコリラを支払ってアヤソフィア博物館に足を運び、毎回のように感動してきたのですが、それが今回、再モスク化されることが決定しました。

トルコ政府の発表では、「イスラム教の礼拝中を除いてはこれまで通りに見学も可能だが、礼拝中はキリスト教のモザイク画は光線かカーテンを使って目に触れないようにアレンジする」「モスクゆえ、見学は無料とする」といった内容を伝えていますが、欧米諸国は揃って遺憾の意を表明し、「トルコの国際的な評価を損ねることになるだろう」と述べ、最近、関係悪化が進んでいたEUからは“トルコ国民に与えていたEU域内への入国・就業に関する特別ビザを廃止するべき”との声も出るほど批判が高まっています。

またそれを受けてUNESCOもコメントを発表し、「今回の決定により、世界遺産認定の前提条件に変更が加えられるようなことがあれば世界遺産認定を取り消す必要があるだろう」と述べ、保存状態を今後確認し、都度審査する必要があるとしています。

欧米およびUNESCOの反応はもちろん政治的な意図も見え隠れするのですが、エルドアン大統領とトルコ政府は「アヤソフィアをいかに用いるかはトルコの主権問題であり、他国や国際機関が口出しする問題ではない」とのコメントを出し、対抗姿勢にでました。

しかし、なぜこのような賭けに出たのでしょうか。

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一つは、エルドアン大統領とその周辺がかつてのオスマントルコ帝国への憧れを抱いており、オスマントルコ帝国崩壊後、自らのsphere of influenceであったはずの地域を欧米諸国に好き放題にされたとの思いが、昨今、アメリカや欧州各国、そしてロシアから投げつけられるトルコ批判にうんざりしたという表れかと考えられます。

欧米とは長年にわたりNATOの同盟国として、対ソ包囲網の一翼を担い、アメリカの核ミサイルを配備するなど、思いきり“西寄り”の国として振舞い、新興国発展のモデルとまで持て囃されるまで力を取り戻してきましたが、オバマ政権時代のアメリカが行った米軍のリバランスにより、エルドアン大統領が希望した戦闘機とミサイルの購入をアメリカが無碍に断ったことと、そのリカバリーをトランプ大統領も迅速に行わなかったことで、アメリカに“失敗の代償”を見せつけるがごとくロシアに接近してS400の購入を行ったことで、アメリカから制裁対象になるというネガティブな影響を生みました。

しかし、それはエルドアン大統領の頭の中に「米ロ間の中東・北アフリカ地域での勢力拡大・維持のcasting voteを握る立場になれるのではないか」とのアイデアを授け、米ロ間の“争い”に割って入ることで地域の実権を取り戻そうとの動きに出ていると思われます。

同時にロシアともべったりするのではなく、シリアの体制については対立していますし、以前お話ししたリビアでの内戦でもロシアとは逆の勢力への支持を鮮明にすることで、策略家のプーチン大統領に呑まれてしまわないように、適度な緊張関係を保っています。

とはいえ、イラン支持では同調してアメリカを苛立たせていますし、中東のアメリカと言われるイスラエルや、“アメリカの一の同盟国”を自負しそれを権力基盤にしているサウジアラビアに対しても圧力をかけることで地域におけるデリケートなバランスを保っています。

首相時代から「アラブの父」とまで称され、その調整力を高く評価されてきたエルドアン大統領ですが、このところ先ほどお話ししたような賭けを多方面に対して打つようになってからは、若干微妙な評価になっているようです。そこに止めを刺したのではないかと思われるのが、今回のアヤソフィア問題です。

トルコ政府とエルドアン大統領としては、象徴的なアヤソフィアをイスラム化し、キリスト教的な要素を薄めることで周辺国からの支持を取り付け、代わりに欧米との決別を図ろうとしたと聞きますが、欧米との決裂は避けられない見込みですが、アラブ諸国もトルコを評価してはくれず、地域のバランサーで雄として君臨しようと目論んでいたプランは早くも崩れる恐れが高くなってきています(宗教絡みだと絶対にプーチン大統領も支持はしてくれませんし)。

全方向に敵を抱えた・圧力を抱えたエルドアン大統領のトルコがどのように存続を図ろうとするのか、非常に注視しています。

同じ欧米との決別でも、トルコとは違い、日米欧との緊張を高めながらも「最後のチャンス」とばかりに自らのsphere of influenceを高めているのが中国です。

東シナ海、南シナ海、黄海で軍事演習を同時に行い、アジア・太平洋地域での武力でのプレゼンス拡大を図っているのはこれまでにお話ししてきたとおりですが、COVID-19の感染に苦しむ東南アジア諸国(ASEAN)に対して経済的な支援を惜しみなくつぎ込む姿勢を示すことで影響力を高めようと必死です。

ASEAN各国からは「COVID-19感染拡大の元凶は中国」と非難を浴びつつも、「しかし、ASEANが危機的な状況に陥って苦しんでいる際に真っ先に助けの手を差し伸べたのは中国であり、アメリカでもヨーロッパでも、残念ながら日本でもない」と言わせ、中国勢力圏に取り込もうとしています。

まさにこれぞ一帯一路によるOne Asia政策の実施です。

アメリカや日本が自国内のコロナ対策に翻弄されている間に、ASEAN諸国との輸出入のボリュームを拡大し(2020年1月~6月の最大の貿易相手が中国)、次々と中国企業の生産・製造拠点をASEAN各国に集中移転して、中国経済の供給網のハブに取り込もうとしています。主に、マレーシア、ベトナム、シンガポールなどがその相手と言われています。カンボジアとラオスを取り込み、ミャンマーもすでに中国圏と言われる中、諸々の緊張は継続するものの「困ったときに駆け付けた中国」というパフォーマンスは中国と距離を置こうとしている各国(特にベトナムとフィリピン)の国内世論を動かそうとしています。

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それを阻んでいるのが、中国の南シナ海への進出と領海・領有権問題の存在です。南沙諸島海域で度重なるベトナムとの衝突、フィリピンとの軍事的な緊張、そして度重なる“領空侵犯”によって防空識別圏の設定を強行しようとする中国の姿は、まだASEAN内での中国警戒論の網を破るほどのサポートを形成していません。

そこに目をつけて一気に動き出したのがアメリカのトランプ政権です。2016年7月にICJ(国際司法裁判所)裁定で、南シナ海における中国の領有権は認めないとの内容が出てから、「問題は当事者間で国際法に則って解決すべき」と中立の立場を保ってきたアメリカが、この度一気に方針変化し、一線を超えた対中威嚇に乗り出しました。

7月14日から連日続くポンペオ国務長官の「南シナ海における中国による威嚇および暴挙を黙認することはできず、ベトナム、フィリピン、マレーシアが主張する立場を全面的に支持する」という発言は、米中対立における新たな戦端を南シナ海にも広げるというアメリカ政府の覚悟が見て取れます。

このポンペオ国務長官発言に呼応するように、米軍艦隊も中国海軍と同海域で軍事演習を強行し、アメリカの覚悟のレベルを誇示しはじめています。これまでは南シナ海海域では、アメリカの艦船と中国の艦船が平行に航行して圧力を掛け合っていましたが、今後は、ベトナムやフィリピンの保護のために、有事には一線を超えることも辞さないとの姿勢が窺えます。

このアメリカの積極介入が見据える先は、“同盟国”台湾の守備でしょう。香港が香港国家安全維持法の制定・施行によって中国化がすすめられ、一国一制度の下、香港民、そして自国の企業の行動の自由が奪われるとの認識をアメリカ・欧州各国は共有していますし、【今、香港で起こっていること、起ころうとしていることは、近いうちに台湾に対して中国が仕掛ける内容だろう】との認識から対中圧力を強めています。

しかし、アメリカとしては欧州の対中制裁への参加は期待できない状況であるため、香港自治法の制定によって対中金融制裁を課すカードをチラつかせ、貿易戦争、武力的な緊張、人権カードの使用などと共に、習近平国家主席に最大限の圧力をかけようとしています。南シナ海における中国への威嚇行為の強化もその一環でしょう。

一応、習近平国家主席は「南シナ海における中国の立場は“確信的利益”」と位置付け、表向きは重要視しているように見せていますが、アメリカとしては、習近平国家主席にとって念願のOne China実現のために不可欠な香港・台湾の重要性に比べたら南シナ海の重要性は低いとみて、今回の南シナ海における対中威嚇姿勢を選択したのだと考えます。

このまま偶発的な衝突に至らないことを切に祈りますが、北京の情報筋によると「何らかの交戦が行われた場合は、中国人民解放軍は覚悟を以て応戦する」とのことですし、ペンタゴンによると「(アメリカが勢力圏として実力確立している)太平洋地域において、これ以上中国が縦横無尽に勝手な動きをすることは看過しない」と述べて対決姿勢を鮮明化しています。

同じような状況が日本と中国(そして台湾)が争う尖閣諸島問題でも起こり得ますし、実際に米中ともにその可能性に言及していることから、日本にとっても関係のない話ではないことを、私たちは認識しておく必要があるでしょう。

これまでは香港という金融ハブを設置することで欧米とのチャンネルを開いてきた中国ですが、昨年の民主化デモの鎮圧失敗と民主派の拡大への危惧と、習近平国家主席が掲げるOne China/One Asia戦略の確実な実施のために(特に台湾の併合と中国への統一)、アメリカや欧州各国がコロナ禍で苦しみ、フルスロットルで中国叩きに来られない間に一気に足場固めをしに来ているといえます。

その点で「香港国家安全維持法の制定と施行」は欧米各国との決別・決裂を指すのではないかと考えます。

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もちろん、トルコにしても中国にしても、この賭けが失敗した際には大変な悪影響の波が国内外から押し寄せ、それぞれの政治体制にとてつもなく大きな根本的な変化がもたらされることは言うまでもありませんが、もし逆に賭けに勝ったと思われる場合には、すでに新型コロナウイルス感染拡大によって変えられている世界の風景は一変することになるでしょうし、長く欧米諸国にリードされてきた国際秩序も根本からその性格や形式、構成を変えることになるでしょう。

そしてそれは恐らく極限の混乱を世界にもたらし、分断とブロック化の歴史を経て、また新たなグローバルを生み出すのではないかと思います。

結果がどちらに傾くかは分かりませんが、大きな変化の波は確実に私たちを飲み込もうとしていることだけは確信できると思います。

皆さんはどう思われますか?

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image by: Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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