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ついに武力行使か?米中衝突の時計の針を一気に進めた中国の暴挙

8月26日、南シナ海に向けミサイル発射を行った中国。同海域で活動を活発化させるアメリカに対する牽制と見られていますが、二国間の軍事衝突に発展する可能性はあるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官で国際交渉人の島田久仁彦さんが、米中間での武力衝突も起こりうるとした上で、交戦があった場合の「世界にとって最悪の事態」を含めたシナリオを記しています。

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デリケートな国際協調の終焉と止められない世界再編のドミノ

ここ数年綻びが目立ってきていた国際協調の流れ。これまで非常にデリケートな力の均衡の上に協調の基盤が建てられていましたが、その終わりを決定づけるきっかけを作ったのが、世界を不安と恐怖に陥れている新型コロナウイルスのパンデミックです。

COVID-19への対策が各国とも決してうまく行っているとは思えない現実は、各国における自国第一主義の“本心”を曝け出し、そして“隣人は助けてくれないのではないか”との疑心まで生み出して、各国を内向き志向に導きました。

歴史的な統一・統合を目指してきたEUでは、イタリア・スペインで感染拡大が広がる中、フランス・ドイツ・北欧諸国は両国からの支援要請を断り、代わりに挙って自国の防衛に走りました。

その隙を巧みに突き、欧州の分断を図ったのが中国です。諸々の批判はあったものの、イタリア・スペイン・ギリシャにいち早く医療物資とスタッフを送り込みましたし、セルビア共和国を代表に中東欧諸国に対しても迅速かつ大規模に支援を行いました。政治的なパフォーマンスともいわれますが、それでも“困ったときに駆け付けた”恩は、今、EU内での中国批判の程度を著しく弱める方向に作用しています(ギリシャがその筆頭格で、対中批判の決議にはことごとく反対しています)。

また、アメリカ・トランプ政権から参加を要請されている対中制裁にも消極的という“欧米の分断”まで作りあげるきっかけを作っていると言えるでしょう。

その典型的なものが、【戦略物資と通商政策を通じて世界を操る中国の戦略】です。

COVID-19に席巻される中、世界各国は医療防護具供給の中国への過度の依存を見直し、国内生産・調達の分散を試みてきましたが、実際には中国がいち早くコロナ禍から“抜けだした”半面、日米欧豪(いわゆる先進国)は未だに落ち着く気配がない中、中国への過度の依存がさらに強まりました。日本については全体の96%、EU平均では93%、そして米中貿易戦争真っただ中のアメリカも92%を中国からの供給に依存しているのが現実です。

その現実をテコに、中国は中国包囲網を敷こうとしている先進国に対して【供給体制の見直し】をチラつかせて揺さぶりをかけています。

中国の基本姿勢は、北京の外交部曰く、business is businessの発想の下、必要に応じて日米欧にも物資を供給するというもののようですが、同時に「パートナー国には惜しみなく供給する」という大前提もあり、「あまり中国を苛立たせるようならば輸出制限をするぞ」とのメッセージが透けて見えるような気がします。実際に以前、日中間で尖閣問題を巡り関係が悪化した際(尖閣諸島の国有化の時期)、日本に対してレアメタルであるコバルトの輸出を止めるという措置に出たという前科もありますし、今回のコロナ禍においては、最近、香港問題などが盛り上がりすぎて報じられなくなっていますが、医療物資の輸出制限をかけるという動きにも出ました。

このまま米中を軸とした対立が激化するようならば、いつまでもbusiness is businessとは言っていられないだろうと容易に推測できます。

これは現在進行中のオーストラリアへの揺さぶりを見れば分かります。オーストラリア政府は米国と共にいち早く、中国共産党が最も忌み嫌う【中国に対する賠償請求訴訟】の可能性に言及し、その後も「コロナの責任は中国の情報隠蔽によるもの」と公言し、香港国家安全維持法がスピード施行されると、対中制裁を厳格にしました。

その動きへの明らかな報復として、オーストラリアからの食肉をはじめ、鉄鉱石や大麦、ワインなどの対中輸出に対し高い関税措置を課し、対中貿易に依存するオーストラリア経済に打撃を与えようとしています。まさに真綿で首を締めるかのような中国の措置ですが、「対中強硬策を止めない場合は、遠慮なくオーストラリア経済に大打撃を与える」という選択を今、迫っています。本当にこれが2択としてなりたつのかというfalse choiceの疑いもありますが、確実にオーストラリア政府は追い込まれてきています。

中国の戦略としてもう一つあげられるのが、ロシアと手を組んで展開中の【ワクチン国家主義】です。

安全性や治験データの分析などは横に置いておいて、新興経済国や途上国に対してCOVID-19のワクチンを安価もしくは無償で提供するという動きに出て、先進国が本格的にワクチン開発をして市場に出してくる前に、途上国での影響力拡大を目論む戦略です。面白いことに中国もロシアも国民の6割以上は、自国のワクチンを接種したくないとの意見が出ているようですが、感染拡大が止まらないアフリカ諸国、中東諸国、ラテンアメリカ諸国では受け入れが進んできています(例えば、今週アルゼンチン政府が中ロのワクチン受け入れに前向きとの情報もあり)。今後、ワクチンを通じた勢力拡大ゲームがどうなっていくのか。今後の国際情勢を占う上では目が離せません。

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次に【協調と均衡の崩壊】を表している例として【中東情勢の不安定化の加速】が挙げられます。

これは先週発表されたイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)との電撃国交正常化に端を発したもので、その波はオマーンやスーダン、バーレーンなどにすでに広がってきています。そしてその波がドミノに変わるか否かのカギを握るのがサウジアラビア王国の動向と言われています。サウジアラビアはアラブの雄を自任し、二聖モスクの守護者・管理者としてアラブ社会でリーダー的な役割を果たしていますが、それゆえに今回のイスラエルからの秋波に乗ってしまうと、それは“パレスチナ人を見放した”とアラブ世界から看做されかねず、それはアラブのリーダーとしての立場上アウトなので、今回のディールからは距離を置く姿勢を取っています。しかし、確実にアメリカからの圧力や、すでにイスラエルと国交があるエジプトやヨルダンからの影響もあり、今後、他国の動き次第では、ドミノは一気に倒れるかもしれません。

ところでこの“ドミノ”、何のドミノだと思いますか?確実に言えることは、アメリカとイスラエルが仕掛けるイラン包囲網の強化です。イランからの攻撃の可能性を仄めかされ(イランによるサウジアラビアの油田施設への攻撃後)、UAEはしばらくイランへの攻撃・非難を止めていましたが、地域に反イランのイスラエルの“後ろ盾”を得ることで、再度、イランからの脅威に対抗する態勢を取ることにしたようです。

同じような心理は、サウジアラビアにも根強くありますし、他のアラブ諸国も同様のようなので、各国とも“イスラエルかイランか”というまたfalse choiceともいえる2択に直面しています。

もちろんその危険性と意図を理解して、イランとトルコは大反発しています。シリアでの天然ガスパイプラインの爆発(8月24日)、相次ぐイラン国内の核関連施設の火災などは、イスラエルによるテロではないかと、イランは主張しています。

トルコについては、中東の再編は自らの手で行いたいと狙っていたエルドアン大統領の企みが、このイスラエルを軸にした再編の試みが拡大すると潰され、トルコがまた不思議な立場に置かれる(そしてエルドアン大統領の覇権は終わる)ことを非常に警戒し、ここにきて、サウジアラビア王国がイスラエル“連合”に加わるのを阻止すべく、以前、迷宮入りしたカショギ氏殺害事件の“証拠映像と音声”を盾にMohamed Bin-Salman皇太子に圧力をかけているようです。

アメリカからの過度の介入と、やはりイスラエルは信用できないというサウジアラビア王国の心理ともシンクロして、今のところは、大きなドミノにはなっていませんが、今後、イランやトルコの出方次第では分かりません。

その危険性を察知したのでしょうか。イラン政府は公式に、これまで【欧米の陰謀だ!】と拒み続けてきたIAEAの査察を限定的に受け入れることで合意するというカードを切ってきました。このことで国際社会からの支持を得つつ、国連で常任理事国の一角を担う中ロ政府と、親イランのフランスからの支持を取り付けて、イランへのシンパシーを作り出そうとしているようです。

どうしてここまでイランが危機感を抱くと思いますか?

これまで数週間にわたって米中対立の激化の危険性についてお話ししてきました。中には核ミサイルが飛び交うシナリオまでありましたが、実際に米中間での武力衝突が起こるケースはあまり現実的ではないと考えています。

また時折話題に上る北朝鮮の核開発と軍拡についても、アメリカ政府と同盟国は、国連安保理決議違反を理由に武力行使の可能性を匂わせて威嚇こそしますが、こちらも100%ないとは言えませんが、トランプ大統領にとってはpriority number oneではないと思われます(もちろん、韓国の文大統領がまた一人で張り切って、アメリカを激怒させなければというbig IFと、北朝鮮が読みを誤って核実験やICBMのテストをしなければというanother big IF付きですが)。

今、アメリカが本気で戦争する気があるとしたら、特に11月3日に控える米大統領選挙に向けて時間がない中でもあえて武力行使に踏み切るとしたら、そのターゲットはイランになるだろうと思われます。

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イランも巧みなので世界を巻き込んだ全面戦争には発展しないものと思われますが、協調と微妙な力の均衡の箍(たが)がイスラエルを軸とした中東再編が起こすハレーションで崩れた場合、中東地域全域を巻き込んだ戦争に発展する可能性は大いにあります。

そして大きな理由が、アメリカ国内の世論を見たときに、70年代にあったテヘランアメリカ大使館占拠事件とイラン革命によってアメリカ国民が犠牲になったという心理的な影響ゆえに、イラン攻撃は実はアメリカ国民の支持を最も得やすいネタであるという分析です。例えるならば、拉致事件ゆえに日本国内にある北朝鮮への不信感やネガティブな感情に比べても、アメリカ国内でのイランへの反感は強いと言われています。

実際にイランがトランプ大統領や歴代のアメリカの政権が言っているほど悪いかどうかは別として、11月3日の大統領選挙に向けて状勢が不利だと言われているトランプ大統領とその陣営にとっては、イランへの武力行使は格好の支持回復のための材料と考えられるため、短期的に起こりうるアメリカによる武力介入があるとしたら、それは対イランだろうと予想します。

とはいえ、もちろん、先述の通り、COVID-19の米国内での感染拡大を受けて、アメリカ国民の嫌中感情の高まりが超党派のうねりになっていることもあり、対中限定戦争も、ここ数日の南シナ海での中国からの軍事的な威嚇行為の連続を見ていると、偶発的な衝突でも起きてしまうと、勃発する可能性はありますが。ここでもコロナ世界の新世界秩序の下、均衡が崩れ、国際情勢が再編されている影響が見て取れます。

そして究極は、東アジアにおける軍事的なバランス(均衡)が大きく変化していることで、微妙な具合に協調体制を支えてきた力の均衡が崩れ、アジアも再編の可能性に直面している事態です。日本も例外ではありません。

今回のCOVID-19パンデミックの始発点であり、(実際にはどうか知りませんが)最も早くCOVID-19の災禍から回復した中国は、アメリカや日本、東南アジア諸国、欧州がコロナ禍で身動きが取れない隙に、南シナ海の軍事化と要塞化(南沙諸島と西沙諸島)を進め、尖閣諸島海域への100日以上に及ぶ領海侵犯を強行した上に、香港の“自治”(一国二制度)を瞬く間に奪い去っていきました。

結果、アメリカ政府の【中国共産党の全面否定】というイデオロギー戦争にまで発展し、アメリカが南シナ海を攻撃するのではないかとの懸念も高まりました。まるで中国を刺激するかのように、アザー長官を台湾に公的訪問させ、台湾海峡有事の際にはアメリカは全面的に台湾を支援する旨伝えたとされ、南シナ海を舞台にした米中の武力対立は不可避とまで言われました(私もこのメルマガでそういいました)。

これがシャレにならなくなってきたのは、中国の軍備の充実度合いが目を見張るレベルにあることでしょう。以前お話しした極超音速滑空ミサイルの開発・配備や空母群の充実、最新鋭の潜水艦とSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)のレベル向上、そして100基を超えるドローンを同時に操る無人攻撃部隊の実戦配備などが典型例でしょう。

そして、その中国やロシア、パキスタン、そしてイランの協力を得て北朝鮮の軍備も近代化されているという情報も懸念材料です。例えば弾道ミサイルに搭載できるまでに小型化された核弾頭の存在、ICBM/SLBM技術の存在、そして、これまで軍事上、禁じ手とされてきた核による電磁波攻撃を行うことが出来る能力なども、東アジア、特に北東アジア地域の力の均衡を根本から変えることになるかと思います。

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そして米中衝突の可能性が一気に上がったのが、8月26日に実施された中国軍による南シナ海(西沙諸島と海南島の間の海域)への弾道ミサイル発射でしょう。当初2発と伝えられましたが、実際には4発発射され、そのうち少なくとも1発は“グアムキラー”と呼ばれるDF26ミサイル(グアムまで届く射程4,000キロの中距離弾道ミサイル)であったことと、少なくとも1発が“空母キラー”と呼ばれるDF21Dミサイル(海上の空母を攻撃できる射程1,500キロの弾道ミサイル)であったことで、中国の本気度(威嚇に対して一歩も退かない)が示されたと思われます。また落ちた海域を見てみても、南シナ海問題にも、最大案件の台湾を巡る争いにも、的確に対応できることを示していますので、これはアメリカが活発化させている台湾と南シナ海における威嚇行為への示威行為と考えられます。

アメリカ、特にトランプ大統領がこれをどう捉えるかにもよりますが、もし明らかなアメリカへの敵対行為であり、このミサイル発射を同海域における偶発的な攻撃と看做した場合には、米中間での南シナ海海域を舞台にした武力衝突も起こり得ます。

しかし、仮に南シナ海で交戦があった場合、アメリカ軍にとっては余裕の戦いとは言えないかと思います。アメリカ軍の攻撃が遠方から飛んでこなくてはいけない爆撃機による戦いと空母からの戦闘機による空中戦と爆撃、そして海軍によるミサイル攻撃という戦い方になるのに対し、中国は地の利を生かし、戦闘機からの弾道ミサイル発射も可能ですし、すでに南シナ海の諸島には様々な軍備が設置されていることから、さまざまな作戦展開が可能だと思われます。ゆえに、簡単には決着しない戦争に、再度、アメリカが泥沼に足を突っ込む羽目になりかねません。もちろん、世界を終わらせるくらいのつもりで大量破壊兵器が投入されたら話は別ですが…。

これまでアメリカなどからの一方的な軍事力の押し付けが行われてきましたが(中国政府の認識によると)、これを機にOne China; One Asia構想の下、中国がアジアでの覇権獲得を狙って賭けに出たとも言えるかと考えます。これもCOVID-19前までは米中間で緊張が高まっても、南シナ海における両国艦船が並行して航行することで暗黙の力の均衡を保ってきていた状況を、コロナを機に一気に中国サイドが“アジア人によるアジアの確立と欧米からの脱却”を旗印に、大いに拡大し近代化された軍備と圧倒的な経済力を持って、アジア地域の力関係の再編と確保に乗り出したと思われます。

新型コロナウイルスの感染がまだ収まらず、かつ第2波、第3波の到来が恐れられる中、協調の下で隠されていた各国の思惑が表出し、微妙なバランスの下で成り立ってきた均衡が破られようとしています。

国連の定義では中東は“西アジア”という表現をされることもありますが、まさにイランから日本に至るまで広く広がる“アジア”を核にした再編が始まっていると考えます。

その帰結がどのような形になるのか私にはまだ分かりませんが、コロナ前に言われていた【21世紀はアジアの世紀】という定義は、これまで予想されていた経済的な意味合いとは別の形で、現実化するのかもしれません。

皆さんはどうお考えになりますか?

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image by: U.S. Navy - Home | Facebook

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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