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世界が感嘆した「日本流交渉術」なぜ日本人は海外要人を操れるのか?

欧米人に比して「交渉下手」であると言われる日本人。しかしそれはあくまで「イメージ」であって、国際交渉の現場での日本人に対する評価は、一定以上どころか恐れられるレベルにすらあるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、現役の国際交渉人として肌で感じた日本的交渉スタイルの強みを紹介。さらに中国や韓国、中東諸国と交渉する際のポイントや、我々日本人が交渉術を身につける際に大切にすべきことを記しています。

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日本人は本当に交渉が下手なのか!?

今週、あるメディアから「交渉や駆け引きについて」の取材を受けました。「アフターコロナの混乱を生き残るための交渉術」というようなトピックでした。

「アフターコロナの時代を生き抜くには、自分の考えをちゃんと伝え、相手の考えや思いをできるだけ正確に理解する必要がある」と考え、「そのためには究極のコミュニケーション術である交渉術を磨く必要がある」とお話ししている身としては、素敵な“問い”に思えました。

ところがお話しの前提となっていたのが「日本人は交渉が総じて下手である」という“思い込み”。

予てより「日本人は交渉が下手・苦手」「外交下手・弱腰」というステレオタイプが語られてきて、特にメディアを通じての刷りこみにより、情報を受ける私たちまでそれが事実であるかのように信じるようになってきました。

以前、交渉のお手伝いをすることになったとある日本企業の重役の方が、「いつも欧米や中国の企業に言いくるめられてしまう。やっぱり日本人は交渉が下手なんですね」と自虐的に言いつつ、どこか言い訳にしか聞こえないなあと感じたことを思い出しました。

ここでは私が嫌いな“日本人は”というステレオタイプは用いたくないのですが、あえて総合的な傾向として“日本人は”という表現を使うことをお許しください。

さて、まずこの質問に対する私の答えから申し上げると【決して日本人は交渉下手ではない】ということです。

もし“下手”という表現やイメージを持つのであれば、【欧米、特にアメリカで教えられる交渉、そして交渉スタイルとは、異なる“だけ”】と申し上げておきます。

私たちが抱く欧米スタイルの交渉は

【ロジックを立てて、言葉巧みに自分の望むように結果を作り出していく】
【強引で、せっかち】
【どこか高圧的】
【Agreement is agreementという思考で動かない】

といったイメージかと思います。それに対して、ステレオタイプ的に語られる日本人の交渉スタイルは、

【結論がハッキリしないか、結論を出そうとしない】
【「ねえ分かるでしょ?」的な行間を読む文化が交渉事にもある】
【どちらかというと勝敗をはっきりさせることよりも、その後の関係を重視して意図的に内容を曖昧に保っておく】
【責任の所在が分かりづらい】

というように描写されることが多いかと思います。

欧米のスタイルが“交渉事のあるべきスタイル”であるのであれば、確かに日本人の交渉スタイルは弱く見られるのかもしれません。

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非常に厄介で、かつ強力な交渉

しかし、実際の“国際”交渉の現場ではどう思われているかご存じでしょうか。すべてではありませんが、多くの場合、日本(人)の交渉スタイルは、理解しきれず、都合の悪いところは上手に交わすことが出来る【非常に厄介で、かつ強力な交渉】というように見られています。

例えば、商談の際に、欧米企業の交渉官からすると「よし、これでほぼ内容に合意ができたぞ。あと一押しだ!」と思ってニコニコしていると、日本側から「では、内容については上の者に(本社の重役に)相談したうえで、お返事いたします」という返事が返ってきて唖然とするというケースが多くあります。

最近では、さすがに日本の特徴をしっかりと研究していたり、日本側も欧米型の交渉スタイルを取り入れたりしているので、その認識・思考のギャップは狭まっていると感じていますが、今でもこの【本社に諮ったうえで、またお返事いたします】は、相手を天国から地獄に叩き落す心理効果があるそうです。

政府間交渉でもよく見かけるこのケースですが、この際に用いられる「本省と協議の上」的な切り返しは、多くの交渉の場合、同じく脅威や不安を相手の心理に埋め込む効果があるようです。

それを避けるためでしょうか。

以前、私がまだ日本政府にいて気候変動交渉でいろいろな案件を一手に引き受けていた際、アメリカ国務省の国務次官補(その時の交渉団長)から「I’m the Washington DC. I have the authority to say yes or no now. Can you do the same?(俺がワシントンDCだ。この場で決定を下す権限を与えられている。お前はどうだ?)」とすごまれたことがありました。

もちろん私にそんな権限が与えられているはずなどなく、通常ならば怯んでしまいそうですが、私はニコッと笑って、「すばらしい。であれば、こちらから出す提案に対してもこの場でYesかNoかお答えいただけるということですよね?すぐに東京のdecision makersに繋いでお伺いを立てることが出来る人たちに連絡をするので、しばしお待ちを。私は今、ここでYes or Noはお伝え出来ないが、それを決めることが出来る人とそこへのアクセスラインは知っている。2週間も待てたんですから、もう少し待てますよね?」と答えました。

実は私自身、どう言ったか定かではなかったのですが、この元国務次官補の方がこのやり取りをとてもよく覚えていまして、最近話した機会に懐かしく話してくれました。

彼曰く、「あの一言で形勢を一気に逆転された。そのまま押せば、アメリカ政府からの出資は抑えつつ、日本政府からもっと資金を提供してもらえると思ったが、見事にはぐらかされた。『で、結局どうなるんだ?』と交渉団の中でも話題になり、実際に答えをもらうまでは大騒ぎだったんだよ」とのことでした。

日本的な交渉術がポジティブな武器として作用したよい例ではないかと手前味噌ながら思います。

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【地獄が凍るまで私は動かない】作戦

同じようなケースは、民間企業のコンソーシアム(日本サイド)と相手国政府との間の紛争の調停でも役立ちました。起こっていた問題の責任は、相手国政府の曖昧な態度とコロコロ変わる政治的な判断にあるのですが(そして支払いを拒否した)、その際、困っているはずの日本サイドも、いったい誰がコンソーシアムも決定権者であるのか分からず、相手国政府から次々と打ち返される回答にすぐに答えることが出来ませんでした。

先ほどのI’m Washington DC的なことを、実際に私も紛争調停の際には使うのですが(『私にはここで決定を下し、署名する権限が与えられていますが、あなたはどうですか?もしその権限がないのであれば、ある方が出てこられるまでは、これ以上議論はいたしません』という発言ですが、覚えていらっしゃいますか?)、このケースでは、この【誰が決定権を持っているのか分からない。もしかしたら誰も持っていないのではないか】という、欧米的な交渉術では避けるべきと考えられる状況を逆手に取ることにしました。

実際にはコンソーシアム内での議論に手間取っていて、なかなか意思調整が出来なかっただけなのですが、それを“不気味な沈黙”というように演出し、相手を不安にさせる作戦に出ました。

「提案をしたけれど、待てど暮らせど答えが来ない」

そういう心理状態に相手を追い込み、頼んでもいないのに、沈黙を破るために勝手に向こうからいろいろと妥協案を出してきました。実際には、何とも言えない組織間の力関係ゆえ、また決めることが出来ない時間が必然的に生まれるのですが、実際にはコンソーシアムサイドに次第に有利な内容に提案が変わってきました。

これは「相互の提案内容がかけ離れており、簡単には歩み寄ることが出来ない状況に陥った際、または、先方の要求内容が明らかに常識を逸している内容である場合、こちら側の要求内容を整理し、はっきりとした形で立場の表明をした後はひたすら黙り括る」という応用編の行動心理学を用いた交渉術に繋がります。

この戦略は、説明が難しくなりますが、私が交渉術のトレーニングをする際に用いる表現では【地獄が凍るまで私は動かない】作戦と呼んでいます(キューバ危機の際、国連安保理の場でアメリカの大使だったアドレイ・スティーブンソン氏がロシア大使に用いた表現で、“アメリカは絶対に退かないぞ”との覚悟を示したものがオリジンですが、その後、相手から不条理な内容を突き付けられた際、what if作戦と共に、よく用いる作戦をこう名付けてみました☆)。

なかなかここまでの覚悟を決めて、梃子でも動かぬ!と我慢比べをするのは大変ですが、これまで私自身いろいろな面白いケースを日本の企業や団体とご一緒させていただいて見えたことは、日本側のほうが比較的にこの我慢比べに強いということでしょうか。多くの場合、相手側が業を煮やしてほぼ自動的に妥協ゲームをスタートしてくれます。

そのような際、私がクライアントにアドバイスするのは、ひたすら【うーん…】と唸っていてください、ということです。

提案内容が受け入れ可能なのか否かについてははっきりさせず、あくまでも“考えている”“吟味中”“難しい”“ん?もう一歩!”と、どうにでもとれるように振舞ってもらうようにしています。【これでよし!受け入れ可能だ!】となったら、一気にYESと言って決めてしまってもOKですよ、という作戦です。

もちろん、ここで【本社に確認のうえ、最終的なお返事は…】を交えると相手はズッコケますが、もしそうするならくれぐれも気を付けてください。それが通用するのは、相手がこの案件での合意を何が何でも得たいという心理が強く働いている時のみです。

もしそのような状況でないなら、【今回の合意内容を互いに記し、確認後、基本合意としたい。ただし、こちらにも事情があり、最終決済は本社・本省で行うことになっているため、そのプロセスを急ぎ踏みたいが良いか?】という説明をした上で、一旦仮合意をして交渉をまとめるというのも大事な作戦かと考えます。

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中国や韓国、中東諸国と交渉する際のポイント

他に日本流交渉術の強みがあるとしたら、今回の交渉結果の良し悪しのみに囚われず、【相手との今後の付き合い・良好な関係を保持すること】も“大事な交渉目標”に含めて、中長期的な視点からの提案や合意を描くことが出来ることでしょう。

アジアといってもなかなか一般化して語ることはできませんが、唯一特徴として共通している“交渉文化”があるとしたら、この【中長期的な付き合いを非常に重視する】(相手の顔を立てて、良い関係を維持する)という点です。

中国の企業や政府相手でもそうですし、東南アジア諸国との交渉でも同じような傾向があります。そして国連の地域割りではWestern Asiaともいわれる中東アラブ諸国でも同じです。

欧米型は契約書がすべてとの考えですので、非常に細部まで内容や表現を詰め、合意した内容を履行することがすべてになりますが、“アジア”的に重要視される内容は少し異なります。

例えば、イスラムのアラブ諸国との交渉時には、契約書の取り交わしはもちろん大事ですが、最後に署名に続いて“きちんと固い握手を交わしたか”が合意における最重要マターです。

中国については、一般的な傾向を申し上げると、【トップダウンではなく、きちんと実行担当者との間で合意された内容か否か】というポイントと、【合意した相手が長年付き合う友人か否か】というポイントだと言われています。

韓国では、担当者間の友情と信頼が絶対だと言われました。一緒に焼酎を煽り、いろいろと議論をし、最後は肩を組んで笑いあえる相手に対しては、それぞれが背負う立場を超えた“約束”が存在します。

日韓関係では、もろもろ政府間での“約束事”が反故にされる場面を多く見かけますが、合意の際に【彼が(彼女が)そういうんだから、そうなんだろう。だから信じて守るんだ】というレベルでの合意にまで至っていないのではないかと、韓国のステークホルダーとも多く交渉をしてきた身としては、勝手に思ってしまいます。

そのような心理や信頼に根差した関係も重要な合意内容に含めるというのも、実際には日本流の交渉術の妙なのではないかと、私は今、感じています。

この点も、先ほどの“分からない・読めないが故の怖さ・不安”と共に、【絶対に交渉を決裂させず、どこかに軟着陸させる術を提供する】というように、地域関係なく理解されていることも分かってきました。

私の交渉術は、いろいろな種類のものが混じりあい、最終的には私ならではのスタイルを確立していますが、国際舞台で【最後の調停官】と呼んでいただけるのは、私の日本人的なスタイルが大きく作用しているのだと確信しています。

日本人は決して交渉下手ではありません。大事なことは、ご自分のタイプをきちんと認識し(他人のことを調べつくすように、自分のことを徹底的に調べつくし分析してくださいね)、その上でご自分のコアになる交渉スタイルを作り出されることをお勧めします。

コアがあれば、あとはいろいろな応用編を作りやすくなりますし、きちんと設定された交渉スタイルは、“弱さ”や“苦手”という心理とは無縁です。

今回は思いの丈を語ってしまったような気もしますが、少しでも参考になりましたでしょうか?

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image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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