「女性向け」サイトの定番といえば、美容・ダイエットの記事やスイーツ紹介記事、恋愛相談コーナー。これらは一見「女性らしい」華やかなコンテンツに見えますが、これに疑問を呈するのは、メルマガ『週刊メディリテ!』を発行するメディア研究者・ジャーナリストの渡辺真由子さんです。渡辺さんは、「一口に女性と言っても、ノーメーク派、時事問題に強い人、グルメ情報より法律情報を求める人、同性愛者の人など多種多様なはずだ」と指摘。世の「女性向け」サイトが、実社会と同様の偏見や性差別をネット上で再生産している現状に警鐘を鳴らします。
偏ったジェンダー構造を再生産する「女性向け」メディア
インターネット上の「女性向け」サイトを覗いてみたことがおありだろうか。多くは「○○ウーマン」と名の付く、20代から30代の独身女性を対象とするサイトだ。
サイバースペースは家父長制を壊し、女性に関する新しい言葉やイメージを創り出し、ジェンダーに縛られない主体性を設計する「理想郷」となり得る、とサイバーフェミニズム(※1)が考えていることは前述した。
理想郷を実現するには、インターネットを使用する女性の数を増やすことが不可欠である。
もちろん現代の日本では、相当数の女性がインターネットを生活の一部として使っている。冒頭のような「女性向け」をうたうウェブサイトも相次いで登場した。
ところが、この「女性向け」サイトが曲者なのである。これらは実社会と同様のジェンダー構造を、ネット上で再生産していると、サイバーフェミニズムは指摘するのだ。サイバースペースにおけるジェンダーの偏りを促進するのは、性的に描写されるサイボーグだけではない。
(※1)サイバーフェミニズム
1991年にオーストラリアで誕生した新しい概念。定義は多様だが、一言でいうと「情報コミュニケーション技術を、女性の立場改善に役立てよう」という学問。インターネットやゲームなどのコンピューター・ネットワーク、すなわち「サイバースペース」の発展で、女性をめぐる政治的・経済的・個人的状況がどう変わりつつあるのかを分析、批評する
見え隠れする「若い女のコってこういうのが好きなんでしょ?」
「女性向け」とされるサイトには様々なものがある。化粧品の口コミ・ランキング、働く女性のためにキャリア相談の掲示板を設けたもの、料理やお菓子作りに関するもの……。
ほとんどのサイトに共通するのは、それらの運営費が企業からの広告収入によって賄われているという点だ。化粧品や日用品メーカーは、自社が「女性に優しい」ことをアピールする場として、女性向けサイトを利用するのである。
このようなサイトは、女性というのがどのような人間で、何に興味を持ち、何を求めているかを理解したつもりになっている。
その「理解」は、綿密な市場調査に基づくというより、サイトの作り手が考える「常識」に拠る部分が大きいと思われる。
例えば近年増えてきた、「女性向け」であることを前面に押し出したコミュニティサイト群を覗いてみよう。
提示される情報の大半を占めるのは「オトコを誘うモテ系メーク」、「どこそこのヘアサロンでセレブ気分に」とか、「あの有名カフェのスイーツをお取りよせ」など、ファッションやビューティ、グルメに関するものだ。
ダイエットや恋占いも定番。もちろんその殆どは、よくよく読めば広告である。
働く女性を意識したキャリアやマネー情報もあるにはあるが、「女性のためのわかりやすいマネー講座」「2分で解決する政治の疑問」といったように、なぜか「わかりやすさ」を強調する。
この手のコーナーで解説するのは大抵が専門家と呼ばれる年配男性で、「若い女のコのために噛んで含めて教えてあげる」態度である。
つまり、これら「女性向け」サイトが想定する女性像を集約すれば、「自分の外見に非常に関心があり、恋人(異性の)を欲しがっている。流行を追いかけるのは好きだけど、経済や政治などムズカシイことはちょっと苦手」。
一口に「女性」と言っても、ノーメーク派、時事問題に強い人、グルメ情報より法律情報を求める人、同性愛者の人、など多種多様なはずだ。
しかしそのような人々をバッサリと切り捨て、特定の情報だけを寄せ集めておきながら、「女性向け」と一般化させた冠をつけているのが恐ろしい。「こういう女性が普通」と決め付けているに等しいのだ。
女性の多様な生き方を否定する「普通」という呪縛
「普通」という基準は、常に文化的な背景のもと、既存の社会秩序を正当化し、また強化するために使われる。情報ネットワークは実社会の延長として、文化的価値観を再生産する。
すなわち、偏った女性像を標榜する「女性向け」サイトが増えれば増えるほど、サイバースペースは理想郷から遠ざかり、ステレオタイプ化されたジェンダー概念がうごめく場となるのである。
ちなみに、ネット上に「女性向け」サイトはゴロゴロあるが、「男性向け」と称するサイトはほとんど見当たらない。たまにあると思えばアダルト系だったり。
一般のサイトがわざわざ「男性向け」とは銘打たれないのに、女性相手のサイトだけが「女性向け」と呼ばれるのはなぜか。
男性は「標準」だからだ。標準のものに呼称を与える必要はない。
強盗事件のニュースで、犯人が外国人の場合は「外国人による……」と報じるが、日本人であればいちいち「日本人による……」とは報じませんね。日本では日本人が「標準」であるためだ。
女性は、サイバースペースでも「異質」扱いなのである。このような現状だからこそ、サイバーフェミニズムの存在意義があるのだとも言える。
サイバーフェミニズムを誤解する若い女性たち
ところで、サイバーフェミニズムはまだ新しい概念であるため、あり方については誤解も招いている。しかも若い女性たちからの誤解だ。
それは、旧式のフェミニズムへの拒絶反応に基づく、フェミニズムそのものへの困惑である。
旧式フェミニズムとは1970年代に広まったもので、反性差別を大声で掲げ、「女性は解放されねばならない」という「ねばならない」調で逆に女性を締め付ける、過激なイメージが持たれてきた。
あなたもフェミニズムと聞くと「なんだかコワい」と思わないだろうか。この旧式のイメージが根強いからだ。
フェミニズムが「過激化」する本当の理由
では、サイバーフェミニズムは旧式のフェミニズムに比べ、もっとソフトなのか?というと決してそうではない。
女性が連携するためのチャットグループ設定、ジェンダーに捉われない女性像を発信するためのサイボーグ作りなど、目指しているのは旧式フェミニズムと同様に「性差別の解消」である。
そもそも、旧式フェミニズムがなぜ過激でなければならなかったのかを考えてみよう。
日本の女性には戦後になるまで参政権が与えられなかった。1970年代はまだ男女雇用機会均等法も成立しておらず、女性はどうせすぐ結婚するから大学なんて行かなくてもよい、などと思われていた時代であった。
社会を支配するそのような固定観念を突き崩すには、女性はことさら大きな声を上げなければならなかったのである。
他方、男性解放運動はほとんど盛り上がらなかったのはなぜだろう。男性はすでに「解放」されていたから、というより、男性はもともと、拘束や解放を「される」対象ではなかったからである。常に「する」側であり続けてきた。
権利獲得のために団結して声を上げる、なんて必要は男性にはないのだ。とはいえ、大黒柱でいなければならない、泣いてはいけないなど、「男らしさ」へのプレッシャーを窮屈に思う男性によるメンズリブの運動も発生はしたが、女性のそれに比べれば明らかに小規模だ。
女性をないがしろにする日本社会の現状
そして時を経て、21世紀現在。若い女性たちには、もうフェミニズムなんて必要ないと思う人もいる。女性と男性はすっかり平等になったのだから、と。
だが、本当にそうだろうか。
世界経済フォーラムが、経済、教育、健康、政治の各分野における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数というのがある。
女性が政治や経済活動にどの程度参加し、意思決定に加われているかを測る基準だ。この指数、2019年の日本は153ヵ国中121位。あれまあ、下から数えた方が早いじゃありませんか。
人口の半分は女性にも関わらず、意思決定の場に女性が少ない。政策や社会全体の価値観において、女性の立場に立った考え方が反映されにくいということだ。
もはや旧式フェミニズムを拒絶したり、ちゃかしたり、怖がったりしている場合ではない。その意志は、サイバーフェミニズムに形を変えても、脈々と受け継がれる必要があるのである。
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