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菅政権の戦前回帰と言論封殺。任命拒否は日本に2度目の敗戦をもたらす

菅首相が日本学術会議の推薦候補6人の任命を拒否した問題が、さらに波紋を広げています。相変わらず明確な理由を語らないまま、ほとぼりが冷めるのを待っているかのような菅首相。これに対し、元全国紙社会部記者でジャーナリストの新 恭さんは、自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の中で、今回の問題は戦前の学者弾圧と何ら異なるところはないと主張。その上で、安倍前政権から言論監視は顕著だったとし、急先鋒であった菅首相(当時は官房長官)の暴走に警告を発しています。

単眼・狭量の反知性体質をさっそく露呈した学術会議への首相介入    

時の政権が、学問の自由に介入し、言論封殺による軍部独走を招いて、国家を破滅に叩き落とした過去が日本の現代史に刻まれている。

矢内原忠雄は1937年、盧溝橋事件の直後、中央公論誌上で「国家が正義に背いたときは国民の中から批判が出てこなければならない」と説き、東大教授辞任に追い込まれた。

河合栄治郎は1938年に「ファッシズム批判」などの著作が内務省に発売禁止処分とされ、出版法違反に問われて起訴された。

津田左右吉は、聖徳太子の実在性などを問題としたため1940年、「古事記及び日本書紀の研究」「神代史の研究」など4冊の著作が発禁処分になり、文部省の圧力で早稲田大学教授の座を追われた。

学問の自由を奪うことは国から知力を抜き取ることである。その結果が、無謀な戦争であり、悲惨な敗戦だ。政治権力者にとって、耳の痛いことを言ってくれる学者は宝だが、器の小さい権力者の眼には邪魔者としか映らない。

日本学術会議が推薦した新会員105人のうち、6人を菅首相が任命拒否した一件。学問の自由と全く関係ないと首相は言うが、本質において、戦前の学者弾圧と何ら異なるところはない。

なぜなら、6人に共通するのは、国会などの場で、安全保障法制や特定秘密保護法、共謀罪といった個人の自由、人権にかかわる政策に対し、異を唱えた学者たちであるからだ。

芦名定道・京都大教授 (キリスト教学)▽宇野重規・東大教授(政治思想史)▽岡田正則・早大大学院教授(行政法)▽小沢隆一・東京慈恵医大教授(憲法学)▽加藤陽子・東大大学院教授(日本近現代史)▽松宮孝明・立命館大大学院教授(刑事法)。

邪推だというのなら、菅首相はこの6人の任命を拒絶した確たる理由を明らかにすべきである。

ところが菅首相は、内閣記者会のインタビュー(10月5日)に対し「個別の人事に関することについてコメントは控えたい」として、理由の開示を拒み、さらに一方では以下のような言説を垂れて、論点をすりかえた。

「日本学術会議は政府の機関であり、年間約10億円の予算を使って活動している。任命される会員は公務員の立場になる」

「事実上、現在の会員が自分の後任を指名することも可能な仕組みとなっている。こうしたことを考え、推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか考えてきた」

「日本学術会議については、省庁再編の際、そもそも必要性を含めてその在り方について相当の議論が行われ、その結果として総合的、俯瞰的活動を求めることにした。まさに総合的、俯瞰的活動を確保する観点から、今回の人事も判断した」

総合的、俯瞰的活動の確保が何を意味しているのか判然としないが、どうやら、政府の機関である日本学術会議にもなんらかの縦割り構造があり、それを打破するためなら、公務員の立場にある会員の人事に任命者として介入できると言いたいようだ。

もちろん、学者の組織だからといって公正な運営がなされているとは限らない。そもそもの必要性に立ち返って考えてみてもいいだろう。しかし、それと今回の任命拒否は別の問題である。

日本学術会議は内閣の所管ではあるが、独立性を重んじられる。政治によってサイエンスがゆがめられてはならないからだ。もちろん戦前の反省が背景にある。

そのため、会員の選任については、もともと研究者の選挙によっていたが、1983年にこう変更された。

「日本学術会議は、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者

を選考し、内閣総理大臣に推薦し、それに基づいて内閣総理大臣が任命する」

(日本学術会議法7条、17条)

あくまで選考基準は学問的業績であって、政治信条などは関わりがない。それはこの条文ではっきりわかる。ただ、内閣総理大臣が任命するという箇所だけ見れば、独立性は保たれないのではないかという疑問が当然、湧いてくる。

その疑問に明確に答えたのが、1983年5月12日の参院文教委員会における中曽根康弘首相の「政府が行うのは形式的任命にすぎません」という答弁だった。

また、野党議員の指摘で最近判明したのは、国立公文書館に保管されている内閣法制局の「日本学術会議関係想定問答」(83年)の存在だ。

そこには、「実質任命であるのか」との問いに、「推薦人の推薦に基づいて会員を任命することとなっており、形式的任命である」と答弁を記載。学術会議に首相はいかなる権限を持つのかとの問いには、「指揮監督権を持っていない」と回答することと書かれている。

「優れた研究又は業績がある科学者」が会員の資格であり、政治家には研究業績の評価ができないがゆえに、学術会議が推薦するのである。したがって、総理大臣は推薦されたメンバーをそのまま「形式的」に任命するのがあたりまえで、その他の選択肢はありえない。

自分たちの政策を批判したから排除したというのがおそらく本音だろうが、それを言ってはおしまいであって、しょせん、いくら求められても6人を除外した真の理由など説明できるはずはないのだ。

こうした言論監視は安倍前政権から顕著だった。「知性」や「良心」をもとにその政治的暴走を食いとめようとする学者やジャーナリストたちを、蛇蝎のごとく嫌っていた。

官房長官だった菅義偉氏は急先鋒であり、その手足となって動いた杉田和博内閣官房副長官と北村滋国家安全保障局長は現内閣にそのまま留任した。

二人とも、警察庁警備・公安畑の出身だ。邪魔な識者たちのブラックリストは前政権以来、積み上げられている。新政権がスタートし、最初にこのリストが使われたのは、日本学術会議の推薦名簿なのであろう。

官房長官時代の菅氏は、テレビのコメンテーターに圧力を加え、テレビ局の上層部を恫喝して、番組を降板させることくらい朝飯前だった。

TBSの「NEWS23」で安倍政権批判を繰り広げていた故・岸井成格氏が企業幹部を相手に講演した勉強会に菅氏が突然現れて、最初から最後まで聞き続け、終わると「今日はいい話を聞かせていただいて、ありがとうございました」と言って帰っていったという。

岸井氏は佐高信氏との対談本「偽りの保守・安倍晋三の正体」(講談社)で「怖いよな、どこで何を話しているか、全部知っていますよ、ということを見せているわけだ」と語っている。

元経産省官僚の古賀茂明氏も、テレビ朝日「報道ステーション」のコメンテーターを降板した際、当時の菅官房長官からバッシングを受けていたことを告白している。

敵か味方かを分け、敵とみなせば徹底的に排斥する。そんな怖い人物が、何の因果か、この国の総理大臣になった。

とりわけ日本学術会議について、菅首相は複雑な感情を抱いていたのではないだろうか。内閣府の特別機関の一つであり、会員を総理大臣が任命する組織でありながら、政権批判をする学者が目立つことへの憤りのようなものだ。

集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更と新安保法制に対して、反対運動を繰り広げた広渡清吾氏は日本学術会議の元会長だったし、佐藤学氏も同会議の役員であった。

防衛省が軍事研究に資金を出す「安全保障技術研究推進制度」に対する日本学術会議の姿勢に、自民党国防族らが反発しているという要素も、菅官邸の判断を左右した面があろう。

日本学術会議は、2017年3月、以下のような声明を出した。

日本学術会議が1949年に創設され、1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を、また1967年には同じ文言を含む「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発した背景には、科学者コミュニティの戦争協力への反省と、再び同様の事態が生じることへの懸念があった。近年、再び学術と軍事が接近しつつある中、軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究が、学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にあることをここに確認し、上記2つの声明を継承する。

同制度は、軍事転用可能な民生研究の発掘を目的に2015年度にスタート。

当初は3億円の予算だったが、自民党国防族の要求で、17年度には110億円に跳ね上がった。

国立大の運営費交付金が削られ、私立大学も、大学数は増えるのに補助金の総額が増えず、いずれも苦しい運営を強いられている。

喉から手が出るほど研究費が欲しい学者の足元を見て、軍事関連の研究になら資金を出しましょうという政策は、学問の自由をゆがめるもとになるのではないだろうか。

そして、現実に日本の大学の研究力は年々劣化し、世界大学ランキングにおける順位下落に歯止めがかからない。

日本学術会議については、権威主義的傾向を指摘する声から無用論まで、今回のことをきっかけに飛び交っている。しかし先述したように、その問題は別に議論すればよいことだ。

学者を委縮させ、特定の実用的分野に群がらせるように企図する国家の将来は、とても明るいとは思えない。

image by: 首相官邸

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