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大阪都否決が縁の切れ目。なぜ菅首相と大阪維新の共同戦線は崩壊したか?

1万7,000票という僅差ではあったものの、有権者から2度目のノーを突きつけられた大阪都構想。「党是」を失ったこととなる大阪維新の会としてはこれ以上にない打撃となったわけですが、菅首相にとっても大きな計算違いだったようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、一度は頓挫しかけた都構想を後押ししてきたのが菅義偉氏だったという事実を紹介するとともに、その裏にあった菅氏の思惑を暴露しています。

住民投票敗北、大阪都構想を支えた菅首相に大打撃

大阪市を廃止して4つの特別区をつくる、いわゆる「大阪都構想」は11月1日の住民投票によって否決され、大阪市は存続することになった。

ふたたび「維新の会」の悲願を拒絶した大阪市民の意思。それは、同党代表の松井一郎氏に敗北を突きつけるとともに、「都構想」を名乗る根拠法の成立に尽力して松井氏や橋下徹氏を後押ししてきたこの国の首相、菅義偉氏の思惑を打ち砕いた。

「維新」が住民投票で勝利し、その余勢をかって間近に迫る衆議院選で党勢を拡大すれば、必ずしも自民党内の基盤が固くはない菅氏にとって、心強い味方となるはずだった。

「大阪都構想」の根拠法。略称は「大都市法」だが、正式名称は「大都市地域における特別区の設置に関する法律」といい、2012年8月28日に可決、成立した。この法案作成に中心的役割を果たしたのが、当時の野党・自民党の菅義偉議員である。

「維新」はもともと自民党大阪府議団から派生した。2009年4月、府庁の移転問題を機に、松井氏ら6人が府議団を飛び出し新会派「自民党・維新の会」をつくったのが源流だ。

菅氏と松井氏。二人が急接近するきっかけは、2011年11月に行われた大阪府知事・大阪市長ダブル選挙での勝利だ。大阪府知事だった橋下徹氏が鞍替えして市長に、維新幹事長、松井一郎氏が府知事に、それぞれ当選した。

松井氏はその前年4月、橋下氏らとともに大阪維新の会を立ち上げ、看板政策として「大阪都構想」を打ち出していた。しかし、大阪府全域を「大阪都」とし、政令指定都市である大阪市を廃止するというその構想の根拠となる法律がなかった。

東京だけは1943年に、東京府と東京市が統合して、東京都になった。ただそれは、戦争遂行にあたって集権的な体制を整えるのが目的であって、経済発展をめざすための再編ではない。

それでも、戦後から今に至る東京の繁栄が、都区制のたまものと信じて疑わない松井氏らは大阪府知事・大阪市長のダブル選を制した実績をひっさげて「大阪都構想」実現のための新法制定を国政政党に働きかけた。

おりしも「維新」の勢力を取り込もうとはかる与党・民主党と、最大野党・自民党は、その願いをかなえるべく動いた。そして、与野党7会派の議員立法として提案されたのが「大都市法」である。

提案者代表として民主党議員の名が使われていたため目立たなかったものの、実のところ、この法案を主導したのは現首相の菅義偉氏だった。

10月29日に開かれた衆院本会議の代表質問で、日本維新の会の馬場伸幸幹事長は冒頭から以下のような発言をした。

「いよいよ11月1日、大阪市を4つの特別区に再編する大阪都構想の是非を問う住民投票が実施されます。…大阪都構想への道を開いたのは…二重行政にメスを入れようと、当時野党だった自民党有志議員が立ち上がったことでした。改革をけん引した自民党のプロジェクトチームで座長として議論をリードされたのが菅総理でした」

松井氏は、父の代からの大阪府会議員だ。たたき上げの菅氏は松井氏とウマが合ったのだろう、野党議員という気軽さも手伝って、維新への支援に力が入っものとみえる。

2015年5月17日、最初の住民投票で、大阪市民の反対の意思が示され、失意に沈んでいた松井、橋下両氏を励ましたのも菅氏だった。

橋下徹氏が政界引退を表明し、ふつうなら大阪都構想はこれで幕引きだ。ところが、菅官房長官は橋下氏と松井氏を東京に呼び、安倍首相とともに同年6月14日夜、都内の料理店で会食した。

当時、いわゆる安保法制などをめぐって与野党の対立が激化し、安倍官邸にとって野党分断に欠かせないのが維新という存在だった。

「大阪都構想、まだあきらめることはない」「国政でも協力し合おう」

その会合では、おそらくこんな話が安倍首相、菅官房長官の口から出たのだろう。

その後、日本維新の会は国政において、安倍政権の補完勢力をみごとにつとめあげ、大阪は、官邸の支援で「大阪・関西万博」の開催地という褒美を手にした。

ただ、政権を手助けするだけの今の路線では維新の国会活動に焦点が当たりづらく、加えて人材難もあって、大阪地区以外での党の人気は一向に盛り上がらない。住民投票に勝利して、政策の1丁目1番地である「大阪都構想」実現に一歩を踏み出すか否かが、党の将来を決めると言って過言ではなかった。

まさに背水の陣だったが、その気負いが悪いほうに出た。安倍・菅の流儀を見倣ったわけでもあるまいが、二重行政の解消などメリットを徹頭徹尾アピールする一方、都合の悪いことは隠し通した。

メリット、デメリットをはっきりさせたうえで、それでもなおメリットが大きいという説明をすれば、もっと説得力があったかもしれないが、そうではなかったため、市民に胡散臭く受け取られた。選挙をめぐる取引で公明党を自陣に引き入れたのも、決してプラスには働かなかっただろう。

2025年をもって、大阪市民ではなくなり大阪府北区、中央区、天王寺区、淀川区、いずれかの区民となる。政令指定都市・大阪市が持っていた財源、権限を府に差し出して、特別区に格下げされる。それを甘んじて受け入れなければならないとなれば、誰しも二の足を踏むだろう。投票の日が近づくにつれ反対の市民が増えてきたのもうなずける。

大阪市の職員の気持ちもさぞかし複雑だったにちがいない。特別区の庁舎の新設はせず、現在の区役所を活用するが、執務スペースの不足が見込まれる淀川区と天王寺区は、北区の庁舎となる現大阪市役所を間借りするという変則配置だ。腰の落ち着かない仕事環境になりそうだった。

職員の気分が、ある種の反乱めいた動きとなってあらわれたのが、毎日新聞が先んじて報じた市財政局のコスト試算ではないだろうか。

大阪市を四つの自治体に分割した場合、標準的な行政サービスを実施するために毎年必要なコスト「基準財政需要額」の合計が、現在よりも約218億円増えることが市財政局の試算で明らかになった。(毎日新聞2020年10月26日夕刊

「大阪市を4分割するのと、特別区にするのとでは前提条件が違う」と怒った松井市長は東山潔財政局長を呼びつけ、罵倒した。

記者たちを前に、東山局長は額に汗をにじませ、こう言って肩を落とした。

「市長から、捏造だと言われた。単純に割って人口だけ変えるということは(試算の)ルールに基づいていない、公務員がやるべきことではないと。財政局が誤った考え方に基づき試算した数値が市民の皆様に誤解を招く結果となった。あらためまして誠に申し訳なく深くお詫びします」

松井市長は「政治的意図はなかったと信じたい」と言い、東山局長も素直に詫びた形だが、市長と職員の間の亀裂を垣間見たような気がする場面だった。

さて、「維新」はこれからどうなっていくのだろう。松井氏は大阪維新の会代表を辞任、残り2年半の任期いっぱい市長をつとめるが、その後は引退すると言明した。コロナ対策で全国に名を知られるようになった吉村知事が代表を継ぐとみられるが、党務についての技量は未知数だ。

大阪都構想はこれで立ち消えとなり、「維新」から橋下氏に続いて松井氏も去る。看板政策を失った吉村氏が国会議員団も含めて党を率いていけるのかどうか。当面、日本維新の会代表には松井氏がとどまるとはいえ「維新」の先行きが不透明になってきたことは間違いない。

菅首相は、政治状況しだいで「維新」との連立も視野に入れていただろうが、動きにくくなったかもしれない。

image by: 首相官邸

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