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オバマの鳩山酷評は本当に「誤訳」か?試される日本人の政治リテラシー

オバマ元大統領が回顧録『約束の地』の中に綴った鳩山由紀夫元首相についての評価が各所で話題となっています。一部「酷評されている」と報じるメディアもありますが、実際はどのような日本語訳が「正答」なのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、前後の文脈等を鑑みつつどのように訳されるべきかについて自身の見解を記すとともに、同回顧録とバイデン新大統領の人事から日米関係の今後の展望を試みています。

オバマの鳩山批判、マイルドな日本語訳ではダメな理由

11月7日(火)、かねてから話題になっていたオバマ前大統領の回顧録『約束の地』が発売になりました。選挙前からこのタイミングは計画されていたわけですが、結果的にバイデン候補に当確が出た後の発売となりました。ですから2021年1月に米民主党が政権奪還をした後にどんな政策が取られるか、そのヒントを本書から読み取る、そんな読み方もできるようになったわけです。

さて、この問題、関わったら面倒だと思ったのですが、やはり黙っていられなくて、Newsweekに書いてしまいました。

【オバマ回顧録】鳩山元首相への手厳しい批判と、天皇皇后両陛下への「お辞儀」の真実

問題は、鳩山氏に関してオバマの使った形容“A pleasant if awkward fellow,”をどう解釈したらいいかです。例えば朝日新聞の(「不器用だが感じの良い男」)はマイルドな訳、一方で時事通信の(「感じは良いが厄介な同僚」)や毎日新聞(「感じは良いがやりにくい」)は辛口ということで、訳し方にも幅があります。また鳩山氏自身は「不器用だが陽気」という訳がお好みのようです。

とにかく、この部分については、その前の部分で「沖縄海兵隊基地の移転問題」が話し合われたとしており、その直後にこの表現が来ています。また、その後には、当時の日本では総理がコロコロ変わっており「硬直して目的を失った政争という病状」が10年近く続いたという厳しい指摘がされています。

ですから、こうした文脈を踏まえると、“A pleasant if awkward fellow,”は、「一緒に仕事をする相手(つまり同盟のパートナー)としては困った存在であるかもしれないが(多少の皮肉も込めて)好人物ではある」という意味になると思うというのが私の見解です。

理解に苦しむのは、ネットの世界では左派だけでなく中道の、それも相当ちゃんとした見識のあると思われる方々(例えば朝日の守氏とか、東大名誉教授のキャンベル氏など)が、「ネガティブな表現ではない」と言い張っておられることです。

言語学的には分からないでもないのです。とにかく、pleasantはポジティブな形容詞、awkwardはちょっとネガティブな形容で、オバマ氏は、その両方を使って「打ち消し合う」ように書いているからで、そうなると前後の文脈をどう感じるかで、ネイティブでも解釈が揺れるようなケースだと思います。

日本語の場合に、例えばオバマ氏のことを「コロンビアとハーバード出のエリートだが、バスケットボールもやる庶民派」だと紹介したとして、アメリカのことをよく知らない日本語話者が読めば、「なるほどエリートだが好人物なんだな」と取るでしょう。ですが、アメリカ事情に詳しく、その上でトラとかQなどに毒されている人が読めば「頭だけでなく、スポーツもエリートだなんて許せない奴で、絶対に腹黒だろう」という取り方をするかもしれません。

ですから、この鳩山問題というのは、結局は政治的な党派性から逃れられない問題であると言えます。

そこで気になるのが次のような感覚です。

「オバマはリベラルでいい人なので、沖縄の辺野古埋め立て反対という気持ちも分かるだろうし、鳩山さんのことはそんなに悪く言うはずはない」

たぶん、ネットの真ん中から左の世論にはそうした感覚があるのだと思います。これはやっぱり問題だと思います。オバマの政府は、明らかに普天間の継続は駄目という危機感を持ち、代替案として辺野古を急ぐべきということを国策にしていました。そのことは否定できない事実だからです。

勿論、辺野古の埋め立てというのは良いことではありません。ですが、普天間を止めて、辺野古も止め、県外もいい場所がないということでは、中国の軍部に対して誤ったメッセージを送ることになります。それは沖縄を含めて、関係する全てのプレーヤを不幸にします。

まして、鳩山式の「辻褄の合わない」ことを続けていれば、より難しくなった現在の2020年から2021年における日米中の3ヶ国関係を、何とか調整尽くして3者にとってメリットのある関係に再構築するということは、より難しくなります。

とにかく2009年に「トラスト・ミー」とか言われて、オバマは困ったのだと思います。その事実から目をそむけても、何も展望は開けないと思うのです。

オバマ回顧録とバイデン人事から今後の日米関係を占う

肝心の回顧録の内容ですが、シカゴ時代や上院議員時代から書き起こし、大統領職にあった8年間に、自分がどのように国際情勢を認識して、合衆国大統領としてどのように判断を下して続けたかが克明に記録されています。勿論、自分の判断が正しかったという観点からはブレていませんが、とにかく情報量が半端ではないので、歴史的な記録として貴重であると思います。

リーマンショック後の金融危機からの脱出、ノーベル平和賞とアフガン戦争の継続、アラブの春とシリア危機、リビア革命とベンガジ事件、更にはビンラディン殺害作戦に至るまで、書き方としては「アメリカ民主党の史観」で一貫していますが、とにかく克明な筆致で後世の批判に耐えうるよう書かれているわけです。

では、そのオバマ氏の副大統領を務めたバイデン氏による政権は、どんな内政と外交を繰り広げるのでしょう?本書から読み取れるのは、やはり同じ民主党政権としてアメリカは国際協調路線に戻るということです。では、バイデンのアメリカは、オバマの8年間へと時間を巻き戻した形になるのかというと、必ずしもそうとも言えないという点も、本書からは見えてきます。

具体的には対中国外交です。アジア外交については、例えばオバマは2009年11月に日本に来て、その後、シンガポールでのAPECに参加後に訪中、胡錦濤との首脳会談を行って、最後に韓国に寄って帰っています。

この訪日の際には11月14日にサントリーホールで行った演説が話題になりました。考えてみると、あれから11年の歳月が流れているのですから、時間の流れの速さを感じます。

それはともかく、この「サントリーホール演説」について振り返ってみますと、とにかくオバマは、アジアにおける「バランスの維持」に腐心する一方で、中国との共存共栄ということを大きな柱にしていました。ですから、演説の中でも再三にわたって「中国とはゼロサムゲームではない」とか「中国を封じ込める意図はない」ということを強調していました。

ニュアンスが変わっていくのは、翌年、2010年7月に、ベトナムのハノイで行われたは、ASEANの地域フォーラムにおいて、ヒラリー・クリントン国務長官が行った演説です。ここでヒラリー・クリントンは南シナ海での米国政府の政策の基礎となる原則として「海洋航行の自由(上空通過の自由を含む)」と宣言したのでした。

この際にヒラリーは、同じく南シナ海問題について「通商への障害は回避する」とか、「紛争は平和的に解決」するのであって「強圧的行為は回避する」というのも原則に入れています。ですから、後の「ペンスドクトリン」のように、安全保障と通商問題をゴチャゴチャにして落とし所を消してしまうようなことはしていません。

ですが、胡錦濤は成り行き上、この「航行の自由発言」には反発し、以降のアメリカは中国を対象とした「リバランス戦略」へと方針転換をしていくことになります。その後、中国はより一層の経済成長を実現する一方で、習近平政権はゾンビ企業の整理や、腐敗高官の摘発など多くの課題を抱えることとなり、結果的に集権的になって行きました。また豊かな中国として求心力を維持するために、海洋戦略ではよりアグレッシブな態度を取り続けています。

そんな中で、2017年以降のトランプ政権は「世論の感情論に対中脅威論を点火」しつつ、「激しい条件を突きつけて通商戦争を展開」ということになりました。

さて、バイデン次期政権ですが、このような過去12年にわたる経緯の中で、基本的には「トランプがブッ壊したものは再建する」というのが内政外交を貫く基本方針になります。ですが、アジア外交、とりわけ対中国外交ということになると、単に「トランプがこの4年間にやったことの裏返し」では済まない問題があるわけです。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

image by: 首相官邸

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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