旧優生保護法のもと不妊手術を強制された人たちが国を訴えた裁判で、大阪地裁は国の行為を「明らかな憲法違反」と判断しましたが、賠償請求については20年の「除斥期間」を理由に棄却しました。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』著者でジャーナリストの内田誠さんは、国家による犯罪的な行為に対しても除斥期間の適用を主張する国と、認めてしまう裁判所に疑問を投げかけます。内田さんは、過去にも「除斥期間」で救われなかった事例と改正民法では「時効」が明記されたことを紹介し、忸怩たる思いを記しています。
旧優生保護法(旧法)による不妊手術強制の問題を新聞はどう報じてきたか?
きょうは《毎日》から。これも各紙大きく報じているテーマですが、旧優生保護法(旧法)による不妊手術強制の問題。裁判所は「違憲」判断を重ねましたが、賠償については「除斥期間」を理由に訴えを棄却。「除斥期間」で検索してみると、《東京》の過去記事検索で21件ヒットしました。
まずは《毎日》の1面トップと26面の関連記事。見出しと【セブンNEWS】第1項目の再掲から。
(1面)
大阪地裁も「違憲」
旧優生保護法 2例目 (26面)
除斥適用「納得できぬ」
原告夫婦 手話で怒り
強制不妊訴訟
憲法違反の旧優生保護法で不妊手術を強制されたとして3人が国に慰謝料など計5500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は旧優生保護法を「極めて差別的」で違憲と判断したが、手術から20年の除斥期間を理由として賠償請求は棄却。
判決は「旧法は非人道的かつ差別的。子を産み育てるかどうかを意思決定する自由を侵害し、違憲だ」と述べながら、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」が既に経過したとして、国の賠償責任を認めなかった。
今回の判決は全国9つの地裁・支部で起こされている同種訴訟の3つ目の判決。仙台地裁に続いて2例目の「違憲判断」だが、今回も原告敗訴となった。
「除斥期間」適用について原告側は、障害や差別により裁判を起こすことが困難だったこと、また、甚大な人権侵害が時の経過によって免責されてはならないとして、適用しないよう求めていたが、判決は「裁判を起こせない状況を国が意図的・積極的に作りだしたとは認められない」として、一定期間で権利関係を安定させる除斥期間の趣旨を重視して、賠償請求権が消滅したと結論付けている。
●uttiiの眼
実に裁判所らしい言い方とも言えるが、「裁判を起こせない状況を国が意図的・積極的に作りだしたとは認められない」という言い草には怒りを禁じ得ない。そんな状況を「意図的・積極的」につくり出すなどという、犯罪組織のような国の有り様を想定して議論することにどんな意味があるというのか。
憲法違反の法律に従う形で人の身体に回復のできない傷を付け、そのことをずっと「正しい措置」とみなし、社会的にも被害者を圧迫し続けてきたという事実。これを「特段の事情」とみなして除斥期間の適用を回避し、賠償請求権を認めることはさして難しいことではない。ここが議論の当然の出発点でなければならないと思う。
【サーチ&リサーチ】
《東京》の過去記事検索で引くと、「除斥期間」は2016年3月から2020年8月までに、21件の記事がヒットした。「除斥期間」の問題に逢着するのは旧優生保護法の被害者にとどまらない。様々な立場の人に降りかかる問題であることが分かる。
2016年3月30日付
ハンセン病の強制隔離政策で家族も深刻な偏見や差別を受けたとして、除斥期間内ギリギリで提訴した旨の記事。
2016年9月9日付
「上智大生刺殺事件」では、犯人が捕まらないまま除斥期間が過ぎてしまい、遺族らは「国が賠償金を立て替え、後で犯人に請求する制度の導入を求めている」と。
2017年11月25日付
「海外在住の被爆者と遺族が「被爆者援護法の適用外とされたのは違法」として国に損害賠償を求めている集団訴訟で、国が昨年9月以降、被爆者の死後20年が経過した場合は民法で請求権が消える「除斥期間」に当たるとして、一部の遺族との和解に応じない方向で手続きを進めていることが25日、分かった。原告側は「突然、こうした主張を始めた国の姿勢には反省も誠実さも感じられない」と反発している」と伝えている。
*その他、「B型肝炎」、「ビキニ被爆者」、「大阪小六女児焼死事件」、「高崎一家殺害事件」、「布川事件」、「韓国人被爆者遺族」などでも、除斥期間が裁判などの展開に重要な影響を及ぼしている。
●uttiiの眼
「除斥期間」はもともと明文規定が存在せず、ただ解釈上使われてきた概念。今年4月施行の改正民法では不法行為の損害賠償請求権に関して、次のように明文で規定された。
第724条
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
2 不法行為の時から20年間行使しないとき。
この後段の規定により、不法行為による損害賠償の請求権は、「除斥期間」ではなく、「時効」によって消滅すると規定され、柔軟な裁判闘争が可能になった。時効なら、時の進行を起算点に戻したり、相手の時効の主張に対して対抗したりすることができる。もっと前に改正されていれば…という気がする。
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