菅義偉首相が脱炭素社会の実現を打ち出したことを受け、2030年代半ばには国内でガソリン車の販売を禁止する方向で検討していると伝えられています。これにトヨタ自動車の豊田章男社長が自動車工業会の会長としての会見で反対を表明し、行政のトップと日本の基幹産業のトップとの間で意思疎通がないことが明らかになりました。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』著者でジャーナリストの内田誠さんが、豊田章男社長の過去の言動から今回の政策批判の意図を探っています。
政府を批判したトヨタ社長と電気自動車について新聞はどう報じてきたか?
きょうは《毎日》からです。1面左肩に、トヨタの豊田章男社長が、「脱ガソリン」に反対して政府批判を行ったとの記事。豊田氏は自動車工業会の会長としてオンラインでの取材に応じたもので、電気自動車(EV)の問題性を指摘した、なかなかに刺激的な内容です。
検索用語としてはどうかと思いますが、一応「豊田章男」と「EV」で検索を掛けると、33件ヒットしました。きょうはこれで行きます。まずは《毎日》1面左肩の記事、見出しから。
「自動車業界のビジネスモデル崩壊」
「脱ガソリン」反対
トヨタ社長、政府批判
自動車工業会会長の豊田章男トヨタ自動車社長は、オンラインでの取材に応じ、政府が30年代に新車のガソリン車販売をなくすことを検討していることについて「自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」と懸念を示したという。
火力発電の割合が大きい日本では、自動車の電動化だけでは二酸化炭素の排出削減につながらず、製造や発電段階で二酸化炭素を多く排出するEVへの急激な移行に反対する意向を示し、国のエネルギー政策の大変革なしには目標達成は難しいとも。
●uttiiの眼
先日、政府はハイブリッド車を「電動車」に含めて、2030年以降も新車販売できるようにして、自動車産業やガソリン産業を守ろうとしていると書いたばかりだが(※参考:「電気自動車で負け組。トヨタは燃料電池車で勝ち組になれるのか?」)、ハイブリッド車を巡る新たな綱引きが起こっているのだろうか。あるいは、やがてはハイブリッドも禁止される日がやってくることを見越して、トヨタ社長が時間稼ぎで抵抗しようとしているのか。
豊田氏が原発比率を高めよと言っているかどうかは分からないが、少なくとも、依然として石炭火力に頼るようなエネルギー構成では、クルマが電動化されても、二酸化炭素排出量は減らないのは全くその通りだ。先に出すか後に出すかの違いしかない。今回の発言は、ハイブリッド王国を築いたトヨタの社長としては当然の内容と言える。だが、国内でのEV開発で先行する日産も抱える自動車工業会の会長としてはどうなのか。そこには疑問も残る。
豊田氏の発言の裏には、二酸化炭素排出について、自動車業界が「主犯」のような扱いをされたことに対する反発も感じ取れる。確かに総排出量の16%という数字は小さくない。しかし、石炭火力を放置したままで、二酸化炭素排出をクルマのせいにするな!ということなのだろう。EVを走らせる電気を、石炭を燃やして作っていてもいいのかという問いかけは、痛烈だ。
それでも、再生可能エネルギーが火力発電に代わった世界では、EVは温暖化ガス問題での優等生になり得る。そのことが分かっていて、「脱ガソリン車」に反対するのは、EVあるいは燃料電池車の開発を進めるための“時間稼ぎ”なのかもしれない。
それにしても、自動車工業会の会長があからさまな政府批判を行ったのはなぜだったのか。想像だが、菅氏は「脱ガソリン車」方針の表明をする前に、自動車工業会への根回しもせず、思い付きでしゃべってしまったということなのではないだろうか。少なくとも、会長との擦り合わせさえできていなかったということになる。このような形で批判されるようでは、自民党内からも批判が出てくるのではないか。余計なお世話だが。
【サーチ&リサーチ】
トヨタとEVの関係を、少々時間を遡って見ていくことにする。
2016年6月16日付
株主総会での豊田章男氏は「環境対応車」について「現在はハイブリッド車(HV)などがエコカーの主力だが、将来的には水素で動く燃料電池車や電気自動車(EV)が中心になるとの見方を経営側が示した」
*燃料電池車だけでなく、EV開発も視野に入れている。ところが1年後…。
2017年6月3日付
「トヨタ自動車が、保有していた米電気自動車(EV)メーカー、テスラの株式を2016年中にすべて売却し、業務提携を解消していたことが分かった」という。テスラと共同開発したEVを米国で販売したが、「EVの本格開発は自前で行う意図があり、14年10月にはテスラ株の一部を売却したほか、16年12月には商品化を加速するため豊田章男社長が直轄する社内ベンチャーを新設した」とある。
2017年8月4日付
EV技術の共同開発を目的の1つとして、マツダと業務提携を行い、株の持ち合いまで。世界的な規制の強化やEVシフトに対応する形で。
*マツダとの提携は、EV技術の共通化を狙うとの意味があったようだ。
2017年10月26日付
東京モーターショーにて。「「電気自動車(EV)は近い将来、重要なソリューション(解決策)の一つになる」。人工知能も活用するEV「コンセプト・アイ」シリーズの試作車2種を発表したトヨタ自動車のディディエ・ルロワ副社長は、力を込めた」
*EV化は加速する。
2017年12月13日付
「トヨタ自動車とパナソニックは、全固体電池など電気自動車(EV)向けの次世代電池の開発で提携する方針を固めた」
2018年1月9日付
「米家電見本市「CES」が9日に米ネバダ州ラスベガスで開幕するのに先立ち、出展する自動運転機能を搭載した商用の次世代電気自動車(EV)「e-Palette(イーパレット)」の概要を発表」。豊田氏は「トヨタを自動車メーカーから移動(の手段を提供する)会社に変えることが目標」と発言。
2018年4月19日付
「経済産業省は18日、電気自動車(EV)の普及に向けた課題を官民で協議する「自動車新時代戦略会議」の初会合を開いた」との記事で、海外でのガソリン車規制強化がEVへの転換や技術革新を促す効果があるとして、国内規制の在り方を議論する、としている。
*その後、自動運転でのソフトバンクとの提携、スズキとの資本提携など。また2019年のモーターショーでは、各社がEV開発をアピールする中、主催者でもある自動車工業会会長、豊田氏の発言は少し違う色を帯びていた。
「自動車業界の枠に閉じこもったままでは「100年に一度の大変革期」(トヨタの豊田章男社長)に取り残されかねないという危機感」を表明している。
*その後さらに、静岡にAI実証都市の建設話。NTTとの資本提携の記事などが続く。
●uttiiの眼
テスラと提携していた時期に、小型のSUV(RAV4)を土台にEV車を作り、2500台ほど米国で販売したトヨタは、それ以降、通常の乗用車の世界でのEV開発を断念したようにみえる。
ただでさえクルマが売れない時代に、日本で高価なEV車を作っても意味が薄い。自動運転やAIを組み込んだ「移動手段」としてなら、コミュニティー内の定常的な短い移動や、荷物の運搬のようなことに使えるが、ハイブリッドの普通乗用車と置き換えられるようなものではないと。
日本国内ではできるだけハイブリッドの政治的な寿命を長持ちさせること。普通車の環境対応は、水素による燃料電池車に担わせ、まずは水素インフラ構築に熱心な中国で販売する。そのような戦略ではないかと思われる。
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