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ホンマでっか池田教授が懸念、GPS利用が「認知症」を加速させる可能性?

地図アプリやカーナビさえあれば、初めての場所に行くのも不安なく、迷うことなくたどり着ける。GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)の恩恵ですが、文明の利器にプラスマイナス両面あるのはGPSの場合も同じ。CX系「ホンマでっか!?TV」でもお馴染みの池田教授は、自身のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』で、GPSに頼りっきりでいることにはリスクがあると警鐘を鳴らします。池田教授は、太古の人類がどうやって方向を把握していたかや、脳が場所を記憶する仕組みを解説し、そうした能力が不用のものとなる先に「ボケの加速」があると見ています。

GPSはボケを加速する?

自動車にGPSナビゲーターが搭載されるようになって、どこにでも行けると喜んでいる人は多いと思う。最近はタクシーの運転手でも行き先をナビに打ち込む人もいて、プロなんだからナビに頼らず運転しろよと思うことも多い。ナビの性能にもよるのだろうが、わざわざ狭い道を選んだり、そうかと思うと、何が何でも国道のようなメインの道を走らせようとしたり、よく分からない指示を出すカーナビも多い。

行き先の住所をナビに入力して一番困るのは、「目的地に近づきました。案内を中止します」と言われた場所が、目的の建物の裏手で、入り口は遥か反対側という場合だ。先日も渋谷にある東京ウィメンズプラザホールで講演を頼まれて、タクシーで行ったのだが、地図を渡したのにもかかわらず、運転手は住所をナビに入力していた。途中メインストリートから外れて、狭い道を右に左に曲がっていたので、大丈夫かなと思っていたら、案の定、入口の方ではない建物の裏手に行ってしまい、辿り着くのに苦労した。知らないところに行く時は、住所ではなく、地図上のピンポイントで行き先を指示した方が安全である。

ところで、貴方は運転席に付いているナビをノースアップ(北が常に上になる)にしますか、それともヘディングアップ(進行方向が常に上になる)にしますか?人は常に前を向いて歩いているので、進行方向が上になるように設定してあるナビは人間の生理的な感覚によくフィットして、方向音痴の人でも使いやすいと思う。というよりも、むしろ地図が読めない人はヘディングアップのナビがないと知らない場所には行けないんじゃないかしら。車の操縦が出来て交通規則を知ってさえいれば、安全かつ確実に目的地まで誘導してくれるという点で、ヘディングアップは大変優れたシステムである。

ノースアップにすると、例えば南に走っている時には、進行方向を示す矢印が下に向いていて、右(西)に曲がる時は矢印が左向きに出て、左(東)に曲がる時は矢印が右向きに出るので、慣れないと戸惑うのではないかと思う。私が乗っている車にもカーナビが付いていて、一応ノースアップに設定してあるが、実はカーナビはあまり使わないのだ。ノースアップのナビの画面は、私にとっては地図と同じなので、画面を見て自分で道を選ぶことも多く、ナビの指示を無視することも度々ある。ナビの指示通りに行くよりもその方が早いことの方が多い。

私は18歳の時に免許を取って以来、55年間、車の運転をしているがカーナビが搭載されるまで、自分の記憶力と地図だけが頼りであった。ところで、地図は紀元前2000年頃、中国とバビロニアで世界図が作られたのが嚆矢らしい。現存する世界最古の粘土板の世界図は紀元前700年頃、バビロニアで作られたものだ。道路地図はローマ帝国が作ったものが有名で、おそらく軍事上の理由で作られたのだろうが、今日われわれが用いる道路地図と同じように、道路の接続関係や都市、宿場、目印などが記されている。ローマの人々はこの地図を頼りに旅をしたのだろう。

それでは、地図を持たないさらに昔の人類は、何を目安に方向を探り当てていたのだろうか。人間以外の動物の中には方向感覚が極めて優れているものがいる。渡り鳥や蜜蜂などがとくに有名である。渡り鳥は、長い間、太陽や星座の位置を頼りに渡る方向を決めると言われていた。私が山梨大学に勤めていた時、同僚で鳥類学者の中村司先生は、実験室に小型のプラネタリウムを設置して、渡り鳥が本当に星座を頼りに飛ぶ方向を決めているのかどうか研究していた。40年も前の話で、まだ鳥が磁場を察知する体内コンパスを持っているという説は、エビデンスがないとして大方の研究者には受け入れられていなかった頃だ。

最近になって、鳥の網膜にある青色光受容体が磁場を感知しているという研究結果が発表され、その候補としてCry4(クリプトクロム4)が挙がってきた。おそらく渡り鳥は体内コンパスをメインの道具として使い、太陽や星座を補助的に使い、細かい位置を知るためにランドマークを覚えているのだろう。

ヒトも潜在的には磁場を感じているという報告もある。被験者に外部の磁場を完全にシャットアウトした、人工的に磁場を作り出せる部屋に入ってもらい、暗闇のなかで磁場の向きを変える実験を行ったところ、地磁気逆転のシミュレーションで、脳波のアルファ波の振幅が減少した人が34人の被験者中4人いたということだ。この人たちには再現性があり、何か月か経ってやっても結果が同じになったという。アルファ波は安静にしている時に発せられる脳波で、急に刺激を与えられたり、考え事をしたりすると減少することが分かっているので、アルファ波が減少したということは、磁場の変化を脳が感じ取っている証拠になる。但し、「磁場の変化に気づいた」という人は誰もいなかったとのことだ。

ヒトも大昔は磁場を意識的に感じる能力を有していたのかもしれないが、いつからか行き先を決めるのに磁場を頼らなくなって、その能力を喪失したのかもしれない。オサムシの翅の退化を研究している大澤省三先生によれば、ラマルクの用不用説の、用の説はともかく不用の説は正しいということなので、人類もまた、定住生活をしているうちに、磁場を意識的に感知する能力を喪失したというのはあり得ない話ではない。

10万年ほど前から波状的にアフリカを出立してユーラシアに渡ったホモ・サピエンスは、1万年前までには5大陸すべてにその棲息域を拡げた。陸地の地図も海図もなかった時代、磁場を感知する能力がなければ、これだけ広範囲に移住できたとは考え難い。移住した土地で、定住生活を始めると、自分の住処の周りの地図が必要になる。自分の脳以外に記録媒体がなかった時代、地図はもちろん脳内に作られたわけだ。

脳内地図の存在する場所は大脳辺縁系にある海馬だ。海馬は灰白質の領域で、記憶の中枢としてもよく知られる場所でもある。脳内地図を作るためには場所の記憶が必要で、記憶能力と空間認知能力は深く関係しているのだ。ある時、何処に居るか分からなくなり、自宅に帰れなくなってアルツハイマー病を発症していることが分かる場合があるが、アルツハイマー病では脳の中でも特に海馬が委縮するので、記憶障害ばかりでなく見当識障害も現れる。

カーナビが出現する前のロンドンのタクシー運転手は海馬が平均より大きかったと言われているので、脳内地図がしっかり作られてナビゲーション能力のある人は簡単には呆けないかもしれない。海馬には、例えば場所細胞というのがあって、一つの場所細胞は一つの場所をコードしており、その場所に行くと興奮する。そのことによって自分が今何処に居るかはっきりと認知できるのだ。新しいところに移住して、暫く周りをうろつくと、以前の場所細胞はリセットされて、それぞれの場所細胞は新たな場所をコードするという。場所細胞以外にも海馬にはいくつかの細胞群があり、これらが動的に機能してナビゲーション能力を支えているのだ。(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』より一部抜粋)

image by: Shutterstock.com

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