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習近平のスーチー潰しか。中国がチラつくミャンマー軍事クーデター

2月1日に発生したミャンマーのクーデターですが、ここにも中国が深く「関与」しているようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者の島田久仁彦さんが、クーデターで実権を掌握した国軍を習近平政権が「支援」する動機を解説。さらにアメリカを始めとする今後の各国の動きを予測するとともに、混乱する国際社会で日本が果たすべき役割についても考察しています。

【関連】ミャンマーのクーデターは「ロヒンギャ問題」にどう影響するのか?

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ミャンマーを襲ったクーデターが崩す地政学バランス

国民議会開会を控えた2021年2月1日。国軍によるクーデターが発生し、アウンサンスーチー国家顧問兼外務大臣やウィン・ミン大統領ほか、NLD(国民民主連盟)の幹部の身柄が拘束されました。

クーデターにより、即時に国軍のミン・アウン・フライン総司令官が全権を掌握し、軍閥のミン・スエ第一副大統領を大統領代行に据えてNLD出身の11名の閣僚を罷免し、軍閥のメンバーと入れ替えました。

事の発端は、昨年11月の総選挙でNLDが8割を超す票を集めて大勝利を収めたことでしょう。選挙での大勝は、アウンサンスーチー女史の求心力とカリスマがまだ衰えていないことを国内外に知らせました。

NLDと民主派勢力によって、軍部が絶対的な優位をもつ憲法の条項を改正されることを恐れた国軍は、選挙後すぐに選挙における不正の可能性を示唆し、抵抗を試みてきました。

1月26日まで国軍とNLDとの話し合いは続けられたようですが、主張は平行線で合意の可能性が見えず、国軍が国民議会開会前に大ナタを振るったことになります。

国軍との話し合いが平行線に終わったことから、スーチー女史とNLDの幹部はクーデターも予測していたようで、「独裁に屈してはならない」という内容のメッセージを国民と諸外国に向けてしっかりと用意していました。しかし、邪推だと思われるかもしれませんが、あまりにも用意周到なのが、少し私には引っかかります。

今回のクーデターを受けて、国連事務総長、そして欧米諸国から相次いで軍部への批判が行われました。

「クーデターは民主主義への冒涜」
「ミャンマー国民の意思を踏みにじった」
「11月の総選挙は、国連の選挙監視団も参加して行われたが、不正や疑わしい内容もなく、非常にスムーズかつ民主的に行われた。国軍の主張は間違えている」

というように大変厳しい批判ですが、クーデターに最も怒りを感じたのは、アメリカのバイデン大統領ではないかと思います。

オバマ政権時代、アメリカの外交は、その焦点を中東地域からアジア全域にシフトさせる政策を展開しました。方向性としてはよかったとの評価をされていますが、オバマ政権が功績を挙げた唯一のケースが、ミャンマーの民主化と自由選挙による政府樹立だったと言われています。

結果として、スーチー女史が率いるNLDが政権を奪還し、憲法上(亡夫と息子たちが外国籍のため)、大統領にはなれないものの、国家顧問と外務大臣として、スーチー女史が実質的なリーダーに君臨することになります。

同時に、オバマ大統領のビルマ訪問に多くのアメリカ企業のトップが随行したことで、民主化の見返りとして、アメリカからの投資と外貨獲得手段を獲得しました。

ホテルチェーン、生産拠点、そして証券取引所などがその代表例です。日本企業もその恩恵を受け、多くの商社や企業が進出し、初めての企業団地をつくったというプラス材料も多くありました。

どうしてオバマ大統領のアメリカは、ここまでミャンマーに肩入れしたのでしょうか?

それは、「ミャンマーは、中国とインド、東南アジアの結節点という地政学上の要衝に位置する」というポイントにあります。

成長著しい中国の勢いを止め、かつアメリカの環太平洋地域における利権を確保するには、この要衝が必要だと判断したのです。

言い換えれば、中国の影響力を削ぎつつ、最後の経済フロンティアの成長力を取り込むことは国益にかなっていたということです。

残念ながら、国軍主導で進められた2017年以降のロヒンギャ問題を機に、欧米及び日本からの投資熱に陰りが出だしましたが、そこに今回のクーデターがトドメを刺したように思います。

経済発展のラスト・フロンティアとまで言われたミャンマーですが、今回のクーデターを受け、欧米企業および日本企業にとっては、10年前までのように、投資のカントリーリスクが一気に高まったと言えるでしょう。今後、バイデン政権がどのような対応を取り、欧州各国や日本がどのような対策を取るのか、注視する必要があります。

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米中の“いいとこ取り” で4大国際通貨の獲得に成功

欧米および国連などからクーデターへの非難が高まる中、ミャンマーが位置するASEAN各国は、懸念は表明するものの、あくまでも“内政不干渉”の原則に基づいて、国軍に対する辛辣なコメントは控えています。

例えば、お隣のタイ王国は、ちょうど国内で大規模なデモに直面しており、その矛先は軍主導型の政府と王室に向いています。今回のミャンマーにおける国軍の行いに対して政府がコメントすることで、そのまま批判が自らに跳ね返ってくる恐れから、沈黙を決め込んでいる様子です。

インドネシアやシンガポール、マレーシアなどは「一刻も早い状況の鎮静化を望む」程度のコメントに留めていますし、フィリピンについては完全に突き放しています。

またベトナムも、現在、国連安全保障理事会の非常任理事国を務めていますが、2月2日に開催されたオンラインでの安保理緊急会議(英国の呼びかけによる開催)では、中ロと共に「結論を急ぐべきではない」とコメントし、ASEANが定める内政不干渉の原則に従った模様です。

NLDへのシンパシーと国軍の行いへの批判が存在するのは、ASEANのメンバーではないインドのみです(そして遅ればせながら、日本も今回のクーデターを引き起こした国軍を非難しています)。

ASEANはどうしてお隣の国ミャンマーとこんなに距離を置くのでしょうか。

その理由の一つに、欧米と中国の“綱引き”に見事に巻き込まれているASEAN諸国の事情があります。

南シナ海における中国の領有権問題では真っ向から対立し、中国の力の伸長を恐れる半面、一帯一路政策を通じたチャイナマネーと経済力の恩恵も受けているのが東南アジア諸国です。

安全保障上の懸念が燃え上がった際、東南アジア諸国はアメリカを頼りにしましたが、その際の政権の主はトランプ前大統領で、口先では“アジアシフト”を唱えつつも実際には東南アジア軽視の側面が鮮明でした。

「アメリカは口先だけで頼りにならない」と判断した各国は、米中の狭間で“いいとこ取り”を念頭にした方針に切り替えました。

コロナのパンデミックに際して、中国からの医療戦略物資やワクチンの提供を受けることで密接な関係を演出しながら、自国の安全保障については、米艦隊の通過を黙認することで、アメリカへの依存を維持したと思われます。

同時に、欧米諸国からの投資や企業の進出は、これまで通りに歓迎し、ドルとユーロ、中国元、そして日本円という4大国際通貨の獲得に成功しています。

それは、今回、クーデターに見舞われ、再び世界の注目の的になったミャンマーも例外ではありません。

先述の通り、オバマ政権下で民主化を勝ち取ったミャンマーは、その後、世界最後のフロンティアと目されて、海外から多くの投資を惹きつけてきました。アメリカも欧州各国も、そして日本も挙ってヤンゴン、そしてネピドーに進出し、残された果実を得ようとしてきました。

その機運が一気にしぼむ結果になったのが、2017年に“発覚”した国軍による少数民族ロヒンギャ族への武力行使と虐殺・虐待の事件です。

本来はその問題を十分に承知していながら、国軍との軋轢は自らが目指す憲法改正と民主化プロセスを後退させる可能性があると認識して、国際法に違反する可能性があると言及しつつも、スーチー女史は「虐殺はなかった」と国軍に配慮する選択をしました。

その結果、投資条件の中で人権を重んじる欧米諸国からの投資熱は冷め、その穴を埋めるために隣国である中国が代わりに進出してきました。

一帯一路政策の重点国に認定し、ミャンマーにおいて鉄道や港湾、発電所などのインフラ事業の支援を拡大集中投資し、その見返りに外交的な支持を取り付けるという戦略に出ました。ごく最近までは「ミャンマーはすでに中国の衛星国になった」という噂まで流れたほどの密接ぶりです。

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クーデター直前にビルマを訪問していた中国外相

その中国との密接な関係は、NLDの成果と思われてきましたが、その密接な関係の下でも、常に国軍と中国との強い絆は存在しました。

新型コロナウイルスの感染がミャンマー国内でも広がる中、各国はNLD主導の民主化プロセスを止めてはならないと、支援を続けました。ロヒンギャ問題は懸念として残る中、欧米と中国の綱引きがここでも行われてきました。

欧米側のテコ入れの証がクーデターの前週にスピード決済された3億5,000万ドルに上る対コロナ緊急支援です。昨年に供与された3億5,000万ドルと合わせ、合計7億ドルが、他の国相手では起こりえないほど迅速に決済されたのは不思議です。中国もIMFの主要国ですので、この緊急支援には全面的に賛成し、後押ししたとのことですが、何か疑問が湧いてきます。

今回のクーデターを受けて、国軍が全権を掌握した今、NLD時代に受け取った7億ドルの緊急支援をIMFが回収することは不可能と思われますが、ここで得をするのは誰でしょうか?

間違いなくミャンマーの国軍とその政権は得をします。そして、本当に得をするのは、借金の焦げ付けを、IMFからの支援で補填できる可能性がある中国ではないかと考えるのは、私のうがった考え方でしょうか?

私は今回のクーデターに中国の色濃い影を感じてしまいます。

まず、今回のクーデターに対して「我々はミャンマーの有効的な隣国」と発言して静観し、中国の外交方針でもある内政不干渉の原則を明確に示しました。

また、2月2日に英国の呼びかけで開催された国連安全保障理事会の緊急会合(オンライン)の議論の中身を非公開に留めることを主張し、会合でも反国軍の議決を時期尚早で危険とまで発言して、葬り去りました。

国連安保理決議を背景にした対ミャンマー制裁は一応回避しましたが、欧米諸国及び日本やインドが独自に制裁を課す場合には、中国は国軍の後ろ盾として支援し、より関係、そしてコントロールを深めていくものと思われます。

もちろん、実際にどう動くかはわからず、国軍の勝手な淡い期待に終わる可能性も否定できません。

しかし、クーデター直前に中国の王毅外相がネピドーを訪問し、また、ミン・アウン・フライン国軍総司令官も何度も中国を訪問していることで、何かしら事前の打ち合わせがあったのではないかと勘繰りたくなります(一応、北京サイドはノーコメントとしつつも、「あくまでもコロナ対策での協力を申し出ただけ」ではないかとの非公式コメントを得ることが出来ました)。

では、中国サイドにはどのような思惑があったのか?

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習近平の思惑

先述の通り、2017年のロヒンギャ問題以降、欧米がミャンマーへの投資を渋る中、一気呵成にミャンマーへの接近を図り、実際に支援の手を差し伸べたのは中国でした。

しかし、アウンサンスーチー女史が率いるNLD政権は、次第に高まり続ける中国の影響力と、それに伴う支配への警戒から距離を置くケースが増えてきました。地政学上の戦略的な位置を米中対立の狭間に置くことで、中国支配の伸長に歯止めをかけたいとの思惑も見え隠れしました。

つまり、中国依存からの脱却です。

NLDの心変わりを受け、東南アジアや南アジアへ抜ける要衝としてのミャンマーを自らの陣営に留め置くことが、中国の一帯一路政策、そして影響力(支配力)の西進には不可欠と踏んだ中国・習近平政権が、今回の国軍によるクーデターと政権奪取を“黙認”したのではないかと思われます。

表面的には、「隣国として、友人として、一刻も早く情勢が落ち着くことを望む」という中立的なコメントに終始していますが、国連安全保障理事会をはじめとする国際舞台においては、“盟友”ミン・アウン・フライン総司令官およびその政権にネガティブな影響が及ばないように、ことごとく対ミャンマー批判・クーデター批判をブロックして、“支援”しています。

隣国の安定という安全保障上の関心ももちろんあるかと思いますが、国内に、ミャンマー同様、国際社会から批判される人権問題を多く抱える中国としても、ミャンマーに恩を売っておくことで、国際的な批判から身を護るための味方を得るという別の目的も果たすためには、関係維持を重んじた国軍をサポートするという決定に至ったのでしょう。

加えて、先述の通り、IMFからミャンマー政府に異例のスピードで提供された合計7億米ドルの緊急支援(対コロナ)を、ミャンマーの対中債務の返済に充てるという“密約”が国軍と中国政府の間であったのではないかとさえ勘繰りたくなるほど、見事なタイミングでの政権奪取とクーデターだったように感じます。

国軍は、政権奪還後、アウンサンスーチー女史をはじめ、NLDの幹部に対して次々と訴追を行い、国民に対して「あなたたちが信じてきたNLDは、隠れて私腹を肥やしていた」といったネガティブなイメージを与えようとしているように思われます。

NLDのメンバーで、軍によって拘束された人たちは、皆、自宅軟禁に切り替えられましたが、これも国軍側のイメージ戦略ではないかと思います。あくまでも「状況を平常に戻そうとしている」というイメージを与えることで、国内外の批判、特に国内で予測される大規模デモと国軍との衝突による被害に備えようとしているように見えます。

現時点では、暴力的な反発には繋がっていませんが、スーチー女史たちの拘束と軟禁が1年ほど継続すると見られていることから、ミャンマーの安定は失われたものと思われます。そして、その結果、ロヒンギャ問題の解決も遠のいてしまったと言えます。

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日本に国際社会の混乱解決は可能か

今回の事態には、中国の影が色濃く見えるのですが、バイデン大統領のアメリカはどうするのでしょうか?

バイデン大統領は非常に難しいかじ取りを迫られると考えます。

民主化を達成した10年前以前の状況に戻り、権限が再び軍事政権の影響下に置かれたことで、バイデン政権は対ミャンマー制裁の再開に出るかもしれません。

それに加えて、対中外交における人権問題のクローズアップに影響されて、アメリカの対ミャンマー制裁でも人権問題が大きな理由となるものと思われます。

しかし、バイデン政権による対ミャンマー制裁の再発動は、これまで10年間に培ってきた友好的な経済関係と、ミャンマー国内のアメリカの資産を一瞬にして失う危険性を秘めています。

特にクーデターを引き起こし、迅速に政権奪取を行った国軍には、中国の後ろ盾があることが明白である状況下で、欧米資本が撤退した穴は、迅速に中国が埋めにかかり、ミャンマーはもちろん、周辺国における中国の影響力と支配力は格段に上がることになると思われます。

ミャンマーを舞台に、世界、特にアジア太平洋地域で明確化する【台頭する中国と衰退する米国】という図式がさらにはっきりと見えてきます。

今回の国軍の行いをクーデターと認定したアメリカ政府と多くの欧州各国。そして、それに追随するかのようにクーデター認定した日本政府。

事態による混乱を懸念しつつも、肯定も批判もしない東南アジア諸国。

明らかにクーデターの背後にいる中国。

そして、中国への牽制と警戒、そして南アジアでの権益の死守のために声を上げるモディ首相のインド。

小さく、貧しいながら、ミャンマーはその地政学上の戦略的位置ゆえ、世界の大国間の争いの主戦場に躍り出てしまいました。

ミャンマーとは友好関係が強いと思われる日本。そして、多くの商社やメーカーが挙って進出した日本。

この未曽有の混乱とパワーゲームの中で、どのような役割を果たしていくのか。米中双方にモノが言え、東南アジア諸国からも大事にされる日本。

もしかしたら、この混乱を解決するカギを日本が持っているかもしれません。

皆さんはどうお考えになるでしょうか?またご意見、ぜひお聞かせください。

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image by: kan Sangtong / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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