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軍事アナリストが指摘する「2月8日の真相」海自潜水艦事故で何が起きた?

2月8日、高知県沖で浮上した海上自衛隊の潜水艦が全長200mを超す貨物船に衝突するという事故が起きました。2006年に宮崎県沖で同様の事故を起こして以来、安全対策を厳重にしてきたにも関わらず再び起きた事故。その原因について、メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんは、「人」の問題が根底にあると指摘します。それは、艦艇勤務が若者に嫌われているために起こる「緩さ」が招くもので、他の組織に比べれば進んでいる女性登用をさらに推し進めるべきと提言しています。

潜水艦事故の根底に「人」の問題

2月8日昼前、高知県の足摺岬沖で海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」が香港船籍の貨物船「オーシャン・アルテミス」に衝突、潜水艦側の3人が軽傷を負い、司令塔の一部と海中を上下動するときに使う潜舵が壊れました。2月13日配信の朝日新聞のニュースサイトwithnewsで藤田直央編集委員は次のように詳報しています。

「(前略)相手は全長200mを超える貨物船。こんな大きな船になぜ気づけないんでしょう、と海自に聞くと、『そう思われても仕方ありませんが、大小の話ではないんです』と悩ましげです。そこには、海中では音だけが頼りの潜水艦の特殊な世界がありました。(中略)

 

『水中の世界では、相手が大きいから見つけやすいとは限らない』(潜水艦勤務経験者)からです。どういうことでしょう。暗い海中を行く潜水艦には、艦船の敵味方を音だけで判断するプロが乗り込んでいます。付近の民間船についても、エンジンやスクリューの音、その高低などによって大きな商船か小さな漁船かといった判断をします。ただ、海中での音の伝わり方は水温や塩分濃度、流れの向きや速さなどによります。

 

『小さい船の音でもよく聞こえたり、大きい船の音でも聞こえなかったりする。だから浮上時には船を大小関係なくとにかく探知し、ぶつからないことに徹します』と先の潜水艦勤務経験者は話します。つまり、視覚にも頼れる海上の世界からは『こんな大きな船になぜ気づけなかったのか』と思えても、音が全ての海中の世界の感覚は違うのです。だからといって気づけなくても仕方ないという話ではもちろんなく、逆に海面へ向かう潜水艦には小さな音の聞き逃しや過小評価が命取りになるわけです。(後略)」(出典:2月13日配信 ニュースサイト『withnews』巨大貨物船にぶつかった潜水艦 再発防止へ避けられぬ「音の戦い」

ご存じの方も少なくないと思いますが、私の独立第1作は、潜水艦のオペレーションに迫った『原潜回廊』(講談社)というハードカバーで、1984年に出版されました。その本で詳しく述べたのは、藤田記者も書いているような「音の戦い」の世界です。人間に例えると、潜水艦は目がまったく見えず、耳も極端に聞こえにくい状態。まさに手探りで海中を動き回るのです。その環境で事故を起こさず、必要な機能を発揮するためには、行動する海域の状況を何十年もかけてデータベース化し、さらにソナー担当者の練度を高めるなど、不断の取り組みを欠かすことができません。

とりわけ、乗員の練度は重要です。マスコミが書かないので簡単に述べておきますが、海上自衛隊は艦艇の部隊に深刻な問題を抱えており、それが今回の潜水艦事故にも影を落とした可能性は否定できないのです。

2008年7月末、私は続発する防衛省・自衛隊の不祥事に関する検討会に招かれ、石破茂防衛大臣(当時)から意見を求められました。その中で海上自衛隊については、事故・事件などの不祥事が艦艇の部隊で発生していること、その背景には艦艇勤務を嫌う若い隊員の問題があることを指摘しました。

一般社会の風潮に自衛隊も無縁ではいられません。企業などの若手社員と同様に、自衛官も定時に出勤し、夜は必ず自宅に帰る勤務パターンを望む傾向は避けられません。出港したら、任務によっては長期間、自宅を留守にする艦艇勤務は嫌われ、それが嫌で退職する隊員もいるほどです。そうなると、いま艦艇に勤務している隊員を大事にしなければ海上自衛隊の機能を維持できず、当然のこととして訓練に手心を加えたり、多少の規律違反にも目をつぶったりする傾向が生まれてきます。それが不祥事や事故につながったのです。

個々の不祥事について具体的に問題を指摘したあと、私は艦艇部隊の半分を女性隊員にするほどの改革が必要だと提言しました。女性は、ほかの組織に比べて自衛隊が最も処遇面などで男女の格差が少ないことを知っており、有能な人材が集まりやすい。出産、育児など人生設計のバックアップが充実する中では、艦艇部隊の質を維持するうえで新たな打開策になるのではないか、というものです。

横にいた赤星慶治海上幕僚長が熱心にメモをとっていたのが印象的でした。赤星さんの考えていたことと重なっていたのだと思います。その直後、赤星さんは既に建造が始まっていた大型護衛艦「ひゅうが」に女性用の個室17室を設置するよう命じました。

護衛艦の女性の比率は20%を目標とされ、私が「ひゅうが」を案内してもらった2013年11月時点でも10%を超え、新しい戦力として期待が高まっていました。艦艇部隊への女性の配置はどんどん進み、護衛艦の艦長はもとより護衛隊司令まで誕生するに到っています。潜水艦への女性の配置も解禁されました。女性の進出は単に少子高齢化対策にとどまらず、自衛隊の水準を維持するうえでも不可欠で、新たなモデルも次々に生まれていくと思います。もちろん、潜水艦部隊が抱える課題も改善の方向に進むことは間違いないでしょう。

世界有数の海上自衛隊の対潜水艦戦(ASW)能力は水上艦艇、哨戒機、潜水艦の三者で成り立っていますが、今回の事故を契機として潜水艦部隊の能力回復が進むことを期待しています。(小川和久)

image by:viper-zero / Shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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