MAG2 NEWS MENU

ガチ切れの本妻に完敗。遺言があっても内縁の妻が相続ゼロになったワケ

「死」とは、誰にでも平等にやってくる決して避けられないものですが、その日はいつどのような形で突然やってくるのか誰にも分かりません。そこで、自分がいつ死んでも良いように、家族や親族らに「遺言」を残しておきたいと考える人は多いのではないでしょうか。無料メルマガ『10年後に後悔しない最強の離婚交渉術』の発行者で、開業から6年で相談7,000件の実績を誇る行政書士の露木幸彦さんは、実際に依頼された「遺産相続」に関する相談をもとに、離婚が成立していない本妻と30年連れ添った内縁の妻の間で生じた、「遺言」と「遺産相続」のトラブルについて解説しています。

たとえ「遺言」があっても相続できない? 内縁の妻と本妻の間で起きた遺産相続トラブル

このコロナ禍では誰がいつウイルスに感染し、重症化し、命を落としてもおかしくありません。そんな中、誰しも一度は「遺産相続」のことが頭をよぎったことでしょう、「万が一のことがあったら」と。

残された遺族に負担をかけたくない、相続で揉めて欲しくない、葬儀を円滑に進めて欲しい。心配事の中身は人それぞれですが、基本的には新型コロナ以外の病気も同じです。さらに、年を重ねれば重ねるほど不慮の死を遂げる確率は上がります。

だからこそ「遺言」という形で、せめて生前の気持ちを残したいところ。しかし、最後まで遺言の通りに遺産分割が行われたのかを見届けたくても、本人はすでに亡くなっているため、それは不可能です。どうしても遺言の通りの分割をおこないたいのであれば、遺言の運用は執行人(相続を取りしきる人)に託すしかありません。

しかし最近は、生前の人間関係が災いして、故人の遺志を尊重しない遺族が増えているような印象です。遺言がある場合の相続とは、誰かが得をすれば、その分、誰かが損をするというゼロサムゲーム。すべての相続人が遺言に従ってくれれば良いのですが、「損する遺言」を目の当りにした場合、その心中は穏やかではありません。遺言の通りに遺産分割を行うのは執行人の責任ですが、相続の結末には執行人と反対者の力関係が影響します。

例えば、執行人が反対者より立場が悪かったり、気が弱かったり、声が小さかったりしたら、どうなるでしょうか? 反対者に押し切られ、遺言の内容が捻じ曲げられ、故人が望まざる結果に至ることが少なくありません。何が明暗を分けるのか、今回は残念ながら遺言が守られなかったケースを取り上げたいと思います。

乗り込んできた本妻、認知症の進む内縁の妻……遺産相続の行方は?

「遺言を作りたいんですが、本人は施設に入居中です。それでも大丈夫ですか?」

そんなふうに依頼をしてきたのは高城紀夫さん(仮名、88歳)。筆者は施設を訪ねたのですが、施設の一室にいたのは老男(飯尾一成さん。仮名、88歳)と老女(高城節子さん。仮名、86歳)。紀夫さんは老女の兄でした。老男老女2人は一見すると「夫婦」ですが、実際には内縁関係。30年前に一成さんが駆け落ち同然で家庭を捨てて家を出て、節子さんと一緒になったそう。2人は30年間、夫婦同然の生活を送ってきたのです。そして3年前には自宅の売却金を元手に、2人そろって施設に入居したそう。

しかし、一成さんは未だ本妻との離婚が成立しておらず、戸籍上の妻は節子さんではなく本妻のまま。節子さんの存在は一成さんにとって「内縁の妻」なのですが、法律上、内縁の妻に法定相続権(法律で定められた相続権)は認められていません。そのため、一成さんに万が一のことがあった場合、節子さんは何も相続できない可能性があります。

そのため、内縁の妻が遺産を相続するには遺言が必須です。とはいえ、一成さんは捨ててきた家族(妻と長女)には罪悪感があるといいます。さすがに「節子さんへ全財産を渡す」という内容には抵抗がある様子。本妻3分の1、長女3分の1、そして節子さん3分の1、そして節子さんの兄・紀夫さんが執行人という形の遺言を残すことを望んでいました。

遺言を用意した直後におとずれた突然の死

そうして、一成さんは公正証書遺言の手続を無事、終わらせることができました。一成さんは高齢のため、立ったまま靴の着脱をするのも難しく、椅子に腰をかけて靴を脱いだり履いたりしていましたが、トイレには自力で行き、用を足して戻ってくることができるほどには元気でした。しかし、遺言を残したことで気が緩んだのでしょうか? 手続きを終えた5日後に突然倒れて、救急車で搬送され、そのまま帰らぬ人に。筆者が一成さんに会ったのは2回だけですが、どんな事情でも依頼者が亡くなるのはショックなことです。

一方の節子さんは認知症の症状が進み、判断能力が著しく低下しており、日常生活にも支障が出ていました。そのため昨年、兄・紀夫さんは家庭裁判所へ後見開始の申立をし、節子さんの成年後見人に指定されたそうです。紀夫さんは節子さんに代わって一成さんの家族へ連絡をしたのですが、数日後、戸籍上の妻(本妻)と長女が紀夫さんの自宅に乗り込んできたのです。

「あの人に主人の遺産を渡すことはできない」本妻の言い分にたじろぐ執行人

「生前は主人がお世話になりました。主人の最後を看取れなかったのは『あの人のせい』ですよ。2人のことは今でも許していません。主人の遺産をあの人に渡すなんて納得いきませんから!」

と、本妻は恨み節をぶつけてきたのですが、ここで言う『あの人』が節子さんのことを指しているのは言うまでもありません。節子さんのせいで向こうの家族は苦しんできたこと、夫であり父であった一成さんが出てゆき、「普通の家族」でいられなくなったことを実感せざるを得なかったのです。 

紀夫さんは「すみません。妹が迷惑をかけまして」と頭を下げるので精一杯。そして本妻は内縁の妻(節子さん)には相続権がないことを再確認するよう迫ってきたのです。

それは「(節子さんは)一切の相続権を放棄する」という遺産分割協議書。これに署名するよう求めてきました。成年後見人は本人に代わって署名することが認められています。紀夫さんが署名しても、それは節子さんが署名したのと同じこと、相続権の放棄は有効になります。

もちろん、遺言がなければ本妻の言う通りなのですが、今回はその限りではありません。紀夫さんは遺言の存在、妹・節子さんにも3分の1の相続権があることを示しつつ、毅然とした態度をとり、本妻からの申し入れを断れば良かったのですが、「内縁の妻の兄」ではあまりにも弱い立場です。

そのため、紀夫さんは本妻が用意してきた遺産分割協議書に後見人として署名するしかなかったのです。さらに本妻は「(遺産を)すべて出しなさいよ!」と要求。紀夫さんは一成さんから預かってきた通帳や証書、証券を目の前に置いたのです。そうすると本妻は「うちのものなんだから!」といいながら通帳等をすべて持っていってしまったのです。 

踏みにじられた「内縁の妻」への遺言

節子さんが入居中の施設は、終身の一時金方式です。節子さんが入居している間、追加の費用は原則、発生しないので一成さんの財産がなくても金銭的に困窮することはないでしょう。しかし、一成さんが最後の力を振り絞って残した遺言です。筆者は生前、一成さんの気持ちを直接お聞きました。しかし、生前の人間関係によって「(内縁の)妻が困らないように」という一成さんの遺志が踏みにじられることになるとは……。

「無理が通れば道理は引っ込む」という悲劇を目の当りにし、自分の力が及ばなかったことを悔やむばかりです。

ここまで、遺言が守られなかったケースについて見てきました。執行人の存在は極めて重要です。相続時に反対者が現れることを想定し、毅然とした態度で遺産協議に臨めるような人に執行人を任せなければなりません。

もちろん、遺言の中身も大事です。一方で執行人として適任かどうかを総合的に判断した上で「誰に任せるのか」を慎重に検討してください。

image by:Shutterstock.com

露木幸彦この著者の記事一覧

行政書士の露木幸彦が夫婦の離婚、不倫、未婚出産、婚活の法律、交渉術、会話技術を解説明石家さんまさん司会のホンマでっかTV,ブラマヨさん司会の世界のこわ~い女たち、小倉さん司会のとくダネ、バナナマン設楽さん司会のノンストップなどに登場。11冊の著書を持ち累計部数は
5万部を突破。日本経済新聞、朝日新聞電子版では連載を担当。開業から16年で相談2万件の実績。

注)離婚手続に関する一般的説明や経済的観点から必要な離婚条件に算定を超え、個別事情を踏まえた離婚手続や離婚条件に関する法的観点からの助言が必要な場合は弁護士に依頼してください。

各都道府県の弁護士会

法テラス

無料メルマガ好評配信中

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 10年後に後悔しない最強の離婚交渉術 』

【著者】 露木幸彦 【発行周期】 ほぼ 月刊

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け