ガソリン車から電気自動車や燃料電池自動車へと転換が迫られている自動車産業には、既存の自動車メーカー以外から参入の動きが見られます。2月16日、石油元売大手の出光興産がタジマモーターと新会社を設立して電気自動車(EV)を開発販売すると発表し、注目されました。今回のメルマガ『理央 周 の 売れる仕組み創造ラボ 【Marketing Report】』では、発行人の理央周さんが、ガソリンを売ってきた会社がガソリンを使用しない車を作って売る理由を解説。自動車メーカーにはない強みを生かす姿を感じ取っています。
出光興産はなぜEVを開発販売するのか?その勝算と将来の目論見は何か?
出光興産が、超小型の電気自動車(EV)の事業に、参入すると報道されました。なぜこの時期にEVを出すと発表したのか、その背景にある目論見は何か、について、考えていきましょう。
出光の出す電気自動車(EV)とは?
一般社団法人環境金融研究機構のサイトによると、タジマモーターコーポレーション(東京 製造業)と組んで、次世代モビリティとサービスの開発を行う新会社を、4月に設立、新EVを10月に発表し、22年に販売する予定としています。出光としては、全国のガソリンスタンドで、カーシェアや実車販売に乗り出す、と報道されています。
2020年末に政府が脱炭素を掲げ、車の電動化を促す方針を打ち出してから、自動車メーカー以外による本格的なEV進出は初めてとのことで、先日も話題になっていました。
1台あたりの価格は、100万~150万円くらい、大きさは全長が2.5m、幅1.3mくらいとのことで、4人乗りの小型軽自動車になるそうです。これは、トヨタが昨年末に法人ユーザーや自治体向けに出したミニEVの、シーポッド(C+POD)と同じくらいの大きさになります。
トヨタ自動車のホームページにあるように、このサイズの車だと、かなりの省スペースになります。通常の大きさのガレージで駐車するとすれば、このシーポッドを駐車してもその後ろに、数台の自転車を置くことができるスペースがあるとのこと。車庫入れや、ちょっと街に買い物に出かけたりするにも、便利なサイズだと言えます。
値段の方は、トヨタの価格が165万円からとなっているので、出光のEVは、それよりも若干低い価格での発売になるようです。トヨタも出光も個人向けの発売時期は、2022年を予定しているとのことで、来年は、超小型のEVを街中で見ることも増えそうです。
出光はEVに需要はあるとみているのか?
出光興産とタジマモーターがこの超小型EVを開発したのは、公共交通機関があまり行き届いていない地方に、このような移動のニーズがあると判断したからです。
先ほどの記事によると、この2社は超小型EVの開発に際して、岐阜県の飛騨市、高山市と、千葉県の館山市と、南房総市で、2年間にわたって実証実験を実施しました。
その結果として、高齢者層に関しては、免許を返納したあとに、どうやって移動するか、というニーズが急増し、また、運転経験が浅い人たちには、日々の買い物や子供の送り迎えに自動車では不安だし、自転車や原付よりも安全で安心な移動手段が必要だ、といった需要があると予測しました。
一方で、仕事で移動をする近隣の営業職層も、一日の移動距離が15km未満、車両稼働率も20%以下で、軽自動車ほどの性能や装備、機能は必要なく、それらを削ぎ落とした車両への需要がある、と判断したのでしょう。
確かにこの超小型EVは、今ある軽自動車よりも小型で、その分必要最低限のものしかついていなく、さらに最高速度も60km以下、とのことなので、取り回しは楽になることが考えられます。
出光では、このような超小型EVを必要としている層が、全国では100万台分ある、と判断したようで、今回の発表になりました。
出光が電気自動車(EV)を出す意義は何か?
ではなぜ、出光がEVの製造・販売を手がけるのでしょうか?現在でも、出光に限らず全国のガソリンスタンドは、ガソリンを給油する以外のサービスを提供しています。スタンドによっては、洗車機もあれば、タイヤやカー用品も販売しています。
物品のみでなく、サービスも充実しています。車検を取ることもできれば、修理もできますし、スタンドで保険に入ることもできます。また、ガソリンスタンドによっては、カーリースも行っていますし、シェアリングもやっています。さらに、中古車も販売しています。
お客様の立場からすれば、このように車に関することであれば、ガソリンスタンドに行けば、「買える」「直せる」「ガソリンも入れられる」「車検も」…といった具合に、何でも揃っているわけです。
なので、お客様も安心して購入し、その後のメンテナンスも近場のスタンドに任せるなどしていけば、色々と回らなくても、ワンストップで全て済んでしまうのが、ガソリンスタンドの便利さです。それがゆえに、企業によっては、ガソリンスタンドという名称を使わず、サービスステーションといった別な表現を使っているのです。
出光としても、EVを自社から出し購入してくれることによって、以降そのお客様がずっとファンでいてくれることになります。これまで積み上げてきた自動車についてのノウハウも、多く持っているでしょうから、今まで以上のサービスができるようになるでしょう。
出光の電気自動車(EV)発売開始に何を学べるのか?
このニュースをみると、最初は「ガソリンスタンドが電気自動車を売る?」という感覚になるかもしれませんが、こう考えてみると理にかなっています。まず、出光のこのEVの発売に関し考えるべきことは、「事業のコンセプト」の明確化、です。
出光は自社を「単にガソリンを売る場所」ではなく、「車についての問題をワンストップで解決できる場所」を、提供することに定義しています。これにより、カーディーラーには難しい、ユーザーに近い場所で、日常のサービスを提供することによる、大きな差別化ができます。
こうなると、自動車会社のライバルは、もはや自動車会社ではなくなってきています。競合は、常識の外から来る時代になりました。通常企業が売りたいものと、顧客が買いたいものは違います。この場合、企業は車を売りたいのですが、顧客は便利な移動が欲しいのです。顧客が買う車が「製品」、便利な移動が、「顧客が感じる価値」です。
製品で差別化をしようとすると、どうしても最後には価格競争になります。しかし、顧客価値で勝負すると、模倣も困難になり、陳腐化しにくいため、差別化が長続きするのです。そのあたりを見間違わないようにしなければいけない時代になっているのです。
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