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失われた6兆円。日本の自動車産業が陥る「半導体不足」の自業自得

元々は機械の単純な仕組みで走っていた自動車も、いまではさまざまな電子制御が施され、電気自動車や自動運転など最先端の車でなくとも、半導体なしでは成り立たなくなっています。そんな自動車産業が、コロナ禍による減産を経たいま、半導体不足に陥り苦しんでいます。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、著者で「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんが、「半導体不足」を招いた構造的な理由を詳しく解説。自動車産業にとっては「カイゼン」が見えてこない危機的な事態で、注意が必要と伝えています。

日本の自動車業界「半導体不足」という大問題

現在、自動車業界では半導体不足が大きな問題になっています。必要な半導体が入手出来ないために、各社が減産を強いられた結果、6兆円以上の売り上げが失われてしまったと試算されています(半導体不足のスパイラル、自動車業界以外に拡大か-一段と深刻化)。

この件に関しては、トランプ政権時代の中国に対する制裁が原因だとか、半導体の製造で大きなシェアを持つTSMC(台湾セミコン)が悪い、新型コロナによる一過性のものだ、などのさまざまな説がありますが、問題の本質は自動車業界と半導体業界をまたいだビジネス構造そのものにあり、かなり危機的な状況にあるように私には見えます。

今回の事件の背景には、マーク・アンドリーセンが2011年に書いた「Why Software Is Eating the World」に書かれた世界が現実になりつつあるという事実があります。マーク・アンドリーセンは、このメモで、ソフトウェアはあらゆる業界に大きな構造的変化をもたらし、ソフトウェアを上手に活用できない会社(今はやりの言葉で言えば、デジタル・トランスフォーメーション[DX]が起こせない会社)は、どんな業界であっても生き残ることができないことを指摘しました。

その波は、自動車業界にも押し寄せており、その先端を走っているのがTeslaであることは何度もこのメルマガでも指摘してきました。しかし、Teslaが象徴するような、電気自動車・人工知能・自動運転などの最先端の話が始まる以前の話として、自動車業界には既に何年も前からデジタル・トランスフォーメーションの波が押し寄せていました。さまざまな電子制御装置の導入です。

典型的な例が、EFI・EGIなどと呼ばれる電子燃料噴射装置です。昔の自動車は、運転手がアクセルを踏むと、その力がワイヤや油圧を通じてキャリブレータと呼ばれる燃料噴射装置に伝わり、それが燃料と空気を混ぜる弁の角度を変えることにより、エンジンの出力を変化させるというとても単純な(アナログな)仕組みでした。

しかし、それだと気温・湿度・気圧などのさまざまな環境に対応出来ないという欠点がありました。昔の自動車が、寒い日にはしばらく暖機運転をしてからでなければ、まともに走らなかったのはそれが理由です。

導入されたのが電子燃料噴射装置です。電子燃料噴射装置は、アクセルの角度を一度デジタルな数字に置き換えた上で、各所に設置されたセンサーからの数字に基づいて最適な燃料の混合比を決めて燃料を噴射することにより、どんな環境でもエンジンが高い性能を発揮出来るように調節します。

デジタル化の波は、燃料噴射装置、パワーステアリング、クルーズコントロールなどのアナログ装置を置き換えるだけでなく、アダプティブ・クルーズコントロール(前を走る自動車との距離に応じて自動的にスピードをコントロールする仕組み)、自動ブレーキ、電子キーなど、アナログ技術では不可能だった機能の導入すら可能にし、次第に自動車にとってなくてはならないものになって来ました。

さらに、カーナビ、ドライブレコーダ、後方確認カメラなどを搭載した「車載機」が、最初は高級車に、そして次第に普及車にも標準で装備されるようになりました。後方確認カメラが米国で義務化されたことも、「車載機」の標準装備を推し進めました。

この手の電子装置には、マイコンと呼ばれる半導体が必須です。マイコンとはマイクロコントローラ、もしくは、マイクロコンピュータの略で、昔はパソコン用のCPUのことを指していましたが、今では組み込み機器向けのCPUもしくは(CPUを含めた)SoC(System On Chip)のことを指します。

IntelやAMDが提供しているパソコン向けのCPUとの本質的な違いはありませんが、必要とされる計算能力が低いために、集積度も低く安価で、カーナビ用の車載機を除けば、OSすら搭載されていないシンプルなものが大半です。今回、自動車産業全体を停滞させるまでの影響を与えたのは、このマイコン不足なのです。

現在起こっているマイコン不足の直的的な原因は、新型コロナの影響による自動車の減産と、それに伴う、マイコン需要の低下です。去年の2月ごろに新型コロナの経済に与える影響が明らかになると、各自動車会社は需要予測を大幅に下方修正し、減産に踏み切りました。

当然ですが、自動車向けのマイコンを製造している半導体メーカー(ルネサス、NXP、Infineonなど)にもその情報は伝わり、各半導体メーカーは、それに応じてマイコンの生産を抑えるようになりました。

トヨタ自動車の「カンバン方式」で知られる通り、自動車メーカーは、部品の在庫を極力抑え、部品は必要になった時にベンダーに納入させるという方法を採用しているため、自動車の減産が決まったら、ベンダーは素早く部品の減産をする必要があるのです(さもなければ大量の在庫を抱える羽目になります)。

今回の半導体不足は、ワクチンの摂取も始まり、需要が回復し始めたことを受けて、自動車会社が増産を始めようとした時に、その需要の急上昇に半導体メーカーが十分に答えられない状況に陥ったために起こったのです。

では、なぜ需要の急上昇に半導体メーカーは答えることが出来なかったのでしょう?そこには複数の要因があります。一つ目の原因は、自動車会社が採用しているカンバン方式と、自動車会社と半導体メーカーの上下関係にあります。

カンバン方式とは分かりやすく言えば、自動車メーカーが持つべき在庫を下請けのベンダーに持たせることにより、自動車メーカーの在庫コストとリスクを減らそうというものです。ベンダーたちは、必要な部品を詰んだトラックを自動車会社の近くに待機させておき、注文が入ったらすぐに届ける、などの体制を持つことを余儀なくされて来たのです。

その結果、自動車向けの半導体ビジネスは、半導体メーカーにとっては魅力の薄い「儲からないビジネス」になっていたのです。そのため、減産が決まった時にも(将来の増産に備えて)在庫を抱えるようなことをせず、速やかに製造ラインをストップしてしまったのです。

二つ目の原因は、半導体技術の進歩により、製造ラインを構築するために必要な設備投資額が莫大になり、多くの半導体メーカーが、製造をアウトソースし始めたことにあります。ほとんどの半導体メーカーは、レガシーと呼ばれる90nm以上の半導体に関しては自社で製造ラインを持っていましたが(nmは半導体上に描く線の幅です)、40nm、28nmと微細化が進むにつれ、技術も設備投資が追いつかず、徐々にTSMCなどに製造を委託(アウトソース)するようになっていったのです。

特に28nm未満の製造ラインに至っては、Intel、TSMC、Samsungの3社しか作れない状況で、自社で作れるIntel、Samsung以外の全ての半導体メーカーが、製造を委託しているのが現状です。

幸いなことに、マイコンは、パソコンやスマホのチップほどの集積度が必要なく、28nm~90nm程度の(枯れた)プロセスで十分ですが、それでもアウトソース化はかなり進んでいたのです。

買い叩かれて儲からなくなっている上に、(パソコンやスマホと比べて)数量も少ない自動車向けの半導体のために、新たな設備投資をして生産ラインを作りたくない、と考えたのも当然です。

そんな状況の業界に、新型コロナによる自動車の減産と、それによるマイコン需要の低下が起こったのです。その時に、各半導体メーカーが、(TSMCなどに)生産委託をしていた生産ラインをすぐに止めたのは当然です。そんな柔軟性を持つことが出来るからこそ、自社工場で作らずに、アウトソースしているのですから。

TSMC側から見れば、それは自動車向け半導体の生産に必要な28nm~40nmプロセスの生産ラインへの需要が急激に低下したことになります。TSMCとしては、製造ラインを遊ばせておくわけには行きません。しかし、これからの需要の大半が、パソコン・スマホ・ゲーム機器向けの(iPad Airや新型MacBookで使われている)微細加工のもの(28nm未満)になることを考えれば、需要が減ってしまった28nm~40nmのラインをそのまま維持するよりは、5nmなどの最新の半導体の製造ラインに切り替えてしまった方が、良いことは明らかです。

そんな事情もあり、TSMCは、数ヶ月かけて製造ラインを刷新し、「コロナ後」に伸びると予想される、パソコン・スマホ・ゲーム機器の需要に備えるという積極的な設備投資を行ったのです。結果的に、それまで自動車向けの半導体を生産していたラインが大幅に減少してしまったのです。

そんな事情もあるため、今頃になって自動車メーカーが自動車向けのマイコンを増産しろと要求したところで、半導体メーカー自身には余分や製造ラインを持っていないし、彼らがTSMCに委託生産しようとしても、そもそも製造ラインの数が足らないので、どうしようもないのです。

自動車用のマイコンも、5nmなどの最先端のプロセスで作ることは技術的には可能ですが、その製造ラインは、パソコン・スマホ・ゲーム機器向けの半導体の製造をするために何ヶ月前も前から抑えられてしまっているのです。

TSMCにとって見れば、自動車向け半導体の売り上げは、売り上げ全体の3%程度しかなく、いまさらそんな小さなマーケットのために積極的な設備投資をする義理はないのです。

表面的には、新型コロナによる自動車の生産調整が招いた半導体不足ですが、マクロ的に見れば、パソコン・スマホ・ゲーム機業界と自動車業界の間で製造ラインの奪い合いがあり、市場規模が大きく、単価も高い前者が圧勝した結果の半導体不足と言えるのです。

今後、自動車業界は、電気自動車や自動運転により、さらなるデジタル化が必須な状況ですが、そこに出てきた半導体不足は、その成長に大きな足枷になる可能性が大きいので要注意です。自動車産業が日本の主要産業であることを考慮すれば、今後ますます増える自動車向けの半導体の製造設備を国内に持つべきという意見が出てきて当然だと思います。

トランプ政権は、TSMCにアリゾナ工場を作ることを約束させましたが、これは米国の産業にとって要ともいえる半導体のサプライチェーンを米国内に持つべきという戦略的な政治判断の結果です。

これまでは、「エネルギーの自給率」、「食の自給率」ばかり注目されて来ましたが、これからは「半導体の自給率」にも注目すべきなのかも知れません。

【参考資料】

image by: Lerner Vadim / Shutterstock.com

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マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

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