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大手新聞の終焉。サラリーマン記者の書く記事が中身ゼロな3つの理由

信頼できるメディアの一つとして歩み続けてきた日本の大手新聞ですが、少なくとも近年はその前提自体が揺らいでいるようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、著者で「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんが、トヨタ自動車の個体電池の発表に関する記事を例に上げ、新聞各社が読者のことを考えた記事作成やキュレーションがまともにできない理由を考察。そこには3点の根深い問題がありました。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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パーソナル・ジャーナリズムが新聞に勝てる理由

普段から、漠然とは意識していながら、はっきりと言葉にして説明することが出来なかったことが、誰かの言葉や文章をきっかけに、頭の中のバラバラのピースが繋がって、全体像がいきなりはっきりと見えることがあります(すごく重要な現象なので、こんな現象を表す言葉があっても良いと思いますが、思いつきません。英語で「偶然の発見」を示す“serendipity”が近いと言えば近いと思います)。

今回、まさにそんな「現象」が起こったのですが、そのきっかけを作ってくれたのが、元朝日新聞の山田亜紀子さんの「新聞記者の配置転換は、ジャーナリズムの終わりなのか?」という文章です。

この文章の主題は、ジャーナリズムで稼ぐことが出来なくなった新聞各社が、これまで通常の記事を書いていた記者を配置転換して(より稼げる)「広告タイアップ記事」を書かせていることに関する是非の話題です。

それはそれで、とても面白い議論ですが、私にとって重要なのは以下の部分です。

そのうち、ジャーナリストと言える仕事(アジェンダ設定、発掘、調査報道など「ジャーナリズム」的な仕事)ができる人、サラリーマンライターの仕事をしている人の割合は?という質問を、役員や編集局長から、現場の人まで、いろいろな人に聞いたことがある。

 

その答えは、だいたいみな同じで、ジャーナリストは1割~最大2割。つまりは、他は「言われた職場で、言われた仕事、その時必要な仕事をこなす高い能力を持ったライター」。そちらが、7、8割を占める。

私は普段から、日本の新聞社が書く記事に不満を持っていました。政府や企業が発表したものや、ロイターなどの通信社から得た情報をベースにした、単に「(山田氏曰く)縦のものを横にするだけ」の中身の無い記事ばかりだからです。

分かりやすい例が、先日のトヨタ自動車の個体電池の発表に関する記事です。新聞各社はどこも大きく取り上げましたが(日経は1面トップでした)、どの記事も、基本的にトヨタ自動車の発表をそのまま流すだけでした。

私が記事を書くのであれば、ビルゲイツが大株主であるQuantumScapeという固体電池の会社がSPACを利用して裏口上場したばかりだとか、リチウムイオン電池の最大の生産量を誇るTeslaのイーロン・マスクが、「固体電池はまだ実用化の段階にはない」と宣言したことなどに触れた上で、今回の発表の意味を解説すると思いますが、そんな記述はどこにもありませんでした(少し後に、日経BPがそんな記事を掲載しました)。

そもそも、トヨタ自動車が固体電池を研究開発していることは既に知られていることで、次のステップは、それを搭載した実車の発表であるべきです。私のように、この業界(特に電気自動車)で働いたこともあり(トヨタ自動車向けの車載機ソフトウェアの開発をしていました)、長年追いかけている人間にとってみれば、(今回発表された)プロトタイプと量産車の間には大きな開きがあることを知っており、今回のトヨタ自動車の発表は、「それほどニュース性の無い中途半端な発表」でした。

にも関わらず、この件を新聞社が大々的に取り上げたのは、広告主であるトヨタ自動車への配慮以外の何ものでもないと思います。これは「忖度」のような生やさしいものではなく、トヨタ自動車、もしくは、広告代理店である電通からの「この件は大きく報道するようお願いします」という「要求」に、各社が従った結果だと考えて間違いないと思います。

読者のことを考えるのであれば、もっと深掘をすべきだし、どの記事を大きく扱うべきかの適切な判断(キュレーション)もすべきなのに、どちらもまともに出来ていないのです。

その答えが、上の山田亜紀子さんの文章を読んで明確になりました。その理由は、

の3点に集約されています。

この件に関しては、そもそも記事の目的が広告主であるトヨタ自動車を喜ばせることにあるため、ジャーナリストとして、余計な独自取材(例えば、TeslaやQuatumScapeに今回の発表にコメントをもらうこと)をすることは期待されていません。特に、「まだ実用化までは時間がかかる」などのネガティブなコメントは、ご法度です。

そして、記事を書いている記者も、特に(私のように)電気自動車のことばかりを長年追い続けている人では無いし、そもそも「上手な文章を書ける」ことが強みの文系の人なので、通常のリチウムイオン電池と固体電池の違いをしっかりとは理解出来ていないし、新しい技術の実用化に伴う困難を自ら体験したことなどないので、奥の深い記事が書けなくて当然なのです。

ちなみに、私がこのメルマガを書き始めたのは、福島第一原発での事故があった2011年の少し後です。ブログ「Life is beautifull」に、原発政策や原発技術に否定的なことをいくつか書いたところ、コメント欄が荒れ始めて閉口していたところに、たまたま「株式会社まぐまぐ」から声がかかったので試しに始めたのです。

初めは手探り状態でしたが、読者からの反応の見ているうちに、私が普段から興味を持っていることに関して、「一歩も二歩も踏み込んで書けば良い」ということが分かって来ました。

特に私の場合、一度興味を持ったものに関してはとことん調べるし、その後も追い続けて「大きな流れ」を掴むように心がけているので、個別の事象に対して、その「大きな流れ」の中での位置付けのようなものを語ることが容易に出来るのです。

ある意味でそれは、「うんちく」でしかないのですが、私はテクノロジー業界にエンジニアとして身を置きながらも、MBAというサポジョブ(Final Fantasy XI 用語。用例:「私のメインジョブは戦士だけど、サポジョブは白魔道士なので、白魔法も使える」)も持っているという特殊なキャラなので、「科学うんちく」だけでなく「経済うんちく」も語れる点が「他にない価値」だと考えています。

山田亜紀子さんの文章は、私のそんな考え方が間違っていないことを証明してくれただけでなく、「新聞よりも良い記事が書けて当然」であることを示してくれているのです。

得意なことは、それぞれの書き手で異なると思いますが、新聞社と違って、全ての分野に関する記事を書く必要もないし、配置転換もないし、広告主に気を使う必要もありません。自分が得意な分野、好きな分野のことをとことん勉強・調査し続け、「大きな流れ」をしっかりと掴みつつ、その観点から文章を丁寧に書けば、新聞社のサラリーマン記者に勝てて当然なのです。

とうことで、今後も「私にしか書けない科学・経済うんちく」を書き続けるつもりなので、よろしくお願いします。

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image by: GagliardiPhotography / Shutterstock.com

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