G7サミット終了後の6月16日、大統領就任後初となる米ロ首脳会談に臨んだバイデン氏。融和ムードは演出されたものの大きな収穫はなかったと評されるこの会談ですが、「対中包囲網」の観点から考えると、非常に意義深いものであったようです。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、バイデン―プーチン会談の「大戦略的意義」について詳しく解説しています。
バイデン―プーチン会談の【大戦略的意義】
スイスのジュネーブで6月16日、バイデン―プーチン会談が行われました。今日は、この会談の【大戦略的意義】について考えてみましょう。
まず、簡単に「米ロ関係の現状」を見てみましょう。「現状」といっても、過去の話になりますが。まず、ソ連が崩壊したのは1991年12月。新生ロシアの初代大統領は、エリツィンさん。彼は1999年末まで大統領でしたが、米ロ関係は、概して良好でした。
2000年、KGB出身のプーチンが大統領になった。以後、米ロ関係は、「概して悪い」状況がつづいています。とはいえ、2000~2021年までに、「比較的良好だった時期」もありました。2009~2011年です。この時、ロシアの大統領はメドベージェフ(プーチンは首相)で、アメリカの大統領はオバマさん、副大統領はバイデンさん。この時代を、一般的に「米ロ再起動時代」といいます。
2012年、プーチンが大統領に返り咲いた。米ロ関係は、またもや悪化しはじめました。2014年2月、ウクライナで革命が起こり、「親ロシア派」のヤヌコビッチ政権が倒れました。2014年3月、プーチンは「クリミア併合」を断行。
2014年4月、ウクライナで内戦勃発。これは、ウクライナ新政権を支援するアメリカと、ウクライナ東部親ロシア派ルガンスク、ドネツク州を支援するロシアの「代理戦争」。アメリカは、欧州、日本を誘い「対ロシア制裁」を科しました。
2017年に大統領になったトランプさんは、「親プーチン」「親ロシア」でした。しかし、全民主党と共和党議員の大多数は「反プーチン」。それで、彼の時代、米ロ関係は改善されませんでした。
そして、バイデンの時代がはじまったのです。
米ロ間の問題点
では、米ロ間には、どんな問題があるのでしょうか?
■ウクライナ問題(=クリミア問題)
米ロ関係が決定的に悪化したのは、ロシアによる「クリミア併合」が原因です。
アメリカは、ロシアに「クリミアをウクライナに返せ」と要求している。さらに、「ロシアは、ウクライナの内戦に干渉するな!」と主張している。
これに対してプーチンは、「クリミアは正当な手続きを経てロシア領になった」としています。「正当な手続き」とは、2014年3月、クリミアで住民投票が行われ、住民自身がロシアへの併合を望んだという話。
■ナワリヌイ問題
「反汚職基金」の創設者で、ロシア一の政治系ユーチューバー、アレクセイ・ナワリヌイさんは、刑務所にいます。アメリカや欧州は、彼を助けたいと考えている。なぜ?欧米にとって、ナワリヌイは、「とても有用な存在」なのです。なぜ?ナワリヌイはこれまで、ロシア政府高官の汚職を次々と暴露してきました。最大の暴露動画は、「プーチンのための宮殿」です。あなたも見てみよう。
● プーチンのための宮殿(Дворец для Путина. История самой большой взятки)
この動画、すでに1億1,700万人が視聴しています。ロシアの人口が1億4,600万人ほどですから、1.2人に1人が見た。子供と老人以外は全部見たと言えるほどの数です。この動画で、ナワリヌイは、プーチン政権に「大打撃」を与えることに成功しました。それで、今刑務所にいる。
■サイバー攻撃
ロシアのサイバー攻撃が、アメリカで問題になっています。代表的な例は、米「コロニアル・パイプライン」に対する攻撃。これによって、アメリカ南東部で、広範囲にわたって石油供給が停止する事態になりました。
アメリカ司法当局は、ロシアのハッカー集団「ダークサイド」の犯行としています。そして、「ダークサイド」も犯行を認める声明を出している。
■新戦略兵器削減条約(新START)
アメリカとロシアは2011年、「新戦略兵器削減条約」を締結しました。これは、主に「核兵器削減」条約です。2021年1月、バイデン新大統領とプーチンは、この条約を2026年まで延長することで合意しました。「その後はどうするのか?」という問題があります。
■スパイ交換
アメリカはロシアのスパイを、ロシアはアメリカのスパイをしばしば捕まえます。そして、首脳会談があると、「スパイを交換しよう」という話になる。
■大使を戻すこと
今年3月、バイデンは、「プーチンは、殺人者だと思うか?」と聞かれ、「そう思う」と正直に答えてしまいました。それで、ロシア政府は激怒して、大使を帰国させた。アメリカも4月、ロシアから大使を帰国させました。
とまあ、アメリカとロシアには「山ほど」問題があるのです。
会談の成果は?
では、会談の成果は、どうだったのでしょうか?
- バイデンは「ナワリヌイが刑務所で死んだら、ロシアにとって破滅的な結果になるぞ!」と脅す
日本と違って、アメリカ大統領は、いうべきことをいいますね。 - アメリカ大使はモスクワに、ロシア大使はワシントンに戻る
これは、「外交が正常化する」ということ。 - 新START後について、米ロ対話が開始される
人類にとってめでたいことです。しかし、米ロは削減して、中国は増やしたいだけ増やせる状態は危険です。 - サイバー攻撃について、米ロ対話が開始される
- ウクライナ問題について、「ミンスク合意を堅持すること」で合意
「ミンスク合意」とは、2015年2月ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスが締結した、ウクライナ内戦の「停戦協定」です。
こう見ると、
- 大使は戻り
- 戦略兵器削減をどうするかの対話がはじまり、
- サイバー攻撃をどうするかの対話がはじまり
ということで、「まあまあの結果」といえるのではないでしょうか。
バイデンープーチン会談の【大戦略的意義】
とはいえ、バイデンがプーチンに会った理由は、これらの成果が欲しかったからではありません。
2018年から「米中覇権戦争」がつづいています。バイデン政権も、この戦争を継続していく意志を示している。それどころか、トランプさん以上のスピードで中国を追いつめています。どうやって?トランプは、「アメリカファースト」で、同時に「アメリカ単独主義」でした。彼の時代、アメリカは「一国だけで」中国バッシングしていた。そして、トランプは、NATO加盟国に「軍事費を大幅に増やせ!」と要求し、嫌われていました。
ところがバイデンは、「同盟戦略」に回帰し、着々と「中国包囲網」を拡大、強化しています。まず、日本、アメリカ、インド、オーストラリアの「クアッド」がある。彼は、ここにイギリス、フランス、ドイツを加えたい。そして、この欧州の三大国は、参加する方向になっています。今回の欧州訪問で、彼はG7、NATOとの関係を修復した。そして、「反中で結束させること」に成功したのです。
米中覇権戦争の帰趨は、何が決めるのでしょうか?実は、「その他の大国」の動きで決まります。「その他の大国」とは、具体的に、日本、欧州、インド、ロシアです。日本は、米中の間をフラフラしながらも、なんとかアメリカ側にとどまっています。欧州は、つい最近まで「チャイナマネー」欲しさで中国側にいました。しかし、2019年~2020年にかけて「香港問題」「ウイグル問題」があり、反中に動いています。インドは、昨年5~6月に中国と国境紛争が再燃。インド兵20人が亡くなったことで、完全に反中になりました。
残っているのはロシアだけです。もしバイデンがロシア取り込みに成功すれば、中国の敗北は決定です。あせった中国は、こんな声明をだしました。
テレ朝ニュース 6月16日
米ロ首脳会談が16日にスイスで開催されるのを前に、中国外務省は「中ロの団結は山のように動かない」と述べ、ロシアとの結束を誇示しました。
中国外務省は15日の会見で、プーチン大統領がアメリカメディアとのインタビューで中ロ関係の緊密ぶりを示したことを「高く称賛する」としました。
そのうえで、「中国とロシアの団結は山のように動かない」とし、「協力に天井はなく関係の発展に自信を持っている」と強調しました。
一方で、「中ロ関係を引き裂こうとする者に忠告する」と述べ、「いかなる企みも思い通りにはならない」としました。
「中ロの団結は山のように動かない!」(^▽^)
そうです。
ですが、歴史を見ると、「そうではない」ことがわかります。アメリカは第2次大戦時、ナチスドイツに勝つために、「殺人者」スターリンのソ連と組みました。第2次大戦が終わると、今度はソ連に勝つために、かつての敵ドイツ(西ドイツ)、日本と組みました。それでも状況が不利になると、今度はもう一人の「殺人者」毛沢東と組みました。そして、今は中国を打倒するために、「殺人者」プーチンと組むのです。
中国は今、ますます孤立の道を進んでいます。「友達」といえる国は、ロシアとイランぐらいしかいません。ロシア経済は、「クリミア併合」後7年間の経済制裁でボロボロになっています。人口1億4,600万人ロシアのGDPは、人口5,000万人韓国より少ないのです(世界GDPランキングで、韓国は10位、ロシアは11位)。
プーチンの願いは、「バイデンと仲良くして、できれば制裁を解除してもらうこと」です。だから、中ロの団結は「山のように動かない」のではない。中ロの団結は、「ヒトラーとスターリンの独ソ不可侵条約」のように脆いのです。
image by: The White House - Home | Facebook