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性暴力や拷問、虐殺も。タリバン報道の裏で進行するアフガン以上の悲劇

収束の見えないアフガン情勢が連日大きく報じられていますが、アフリカ東部に位置するエチオピアが大混乱に陥っているという事実をご存知でしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、内戦状態にあるエチオピアの現状と複雑に絡んだ各国の思惑を解説。さらに今後その緊張が高まった場合には、周辺地域を巻き込んだ国際紛争に発展しかねないとの懸念を示しています。

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アフガンだけじゃない。世界を揺るがす“もう一つの国内紛争”と国際情勢の裏側

国際社会がタリバンによるカブール陥落とその後のアフガニスタン情勢の混乱に驚く中、よく似た状況が遠く東アフリカの地で進行しています。

それはHorn of Africa(アフリカの角)と呼ばれる東アフリカの要の位置にあるエチオピアです。東京オリンピックでエチオピア出身の長距離ランナーたちが快挙を成し遂げて歓声を集めているころ、エチオピアの人たちは非常に残虐な争いの真っただ中で苦しむという状況でした。

昨年11月4日に勃発した政府軍と北部ティグレ州の武装勢力TPLFとの間の武力紛争は、11月29日にティグレ州の州都メケレが政府軍によって陥落し、TPLFのリーダー、ゲブレミカエル氏ほかが山中に逃げ込んだことで、終戦を迎えたと思われていました。

しかし、逃亡前にゲブレミカエル氏が言い残したように、「TPLFは決して停戦など行わず、最後の一人になるまで政府およびアビィ首相の横暴に抵抗する」という言葉はその後現実化しました。

ゲリラ的な戦いを繰り返してメケレを奪還したTPLFは、リーダーであるゲブレミカエル氏が大けがを負うという事態に見舞われましたが、勢いを取り戻し、2021年6月以降、政府軍への反攻を本格化させました。

6月にはコロナ理由で遅れていた総選挙が行われ、アビィ首相率いる繁栄党(Prosperity Party)が圧勝し、盤石の勢力基盤を手に入れたと感じた政府は、TPLF掃討作戦を再開し、その後、各地で非常に激しい戦闘が繰り広げられています。

その結果、各地で政府軍そしてTPLF双方による人権侵害行為が繰り返されており、多くの犠牲者が出ている模様です。

6月以降の戦闘で情勢が大きく変わったのが、TPLFが息を吹き返し、ティグレ州の支配を取り戻したことを機に、アムハラ州およびアファール州に駐留していた政府軍と州軍を駆逐し、あと少しで首都アジスアベバに到達する勢いです。

ここ最近は、アビィ首相に近く統率力が高いと言われる首都近郊の政府軍と、TPLFに打ち負かされたアムハラ州の州兵が協力してTPLFの侵攻を食い止めているとの情報がありますが、そこにアムハラ州の拡大主義勢力が第3の勢力として、政府軍およびTPLF双方に戦いを仕掛けているらしく、ここにきて情勢が緊迫し、非常に複雑化しています。

電話やインターネット回線という情報インフラが、政府によって意図的に遮断され、北部ティグレ州をはじめ、TPLFが奪還したと言われているアムハラ州やアファール州でも情報発信が妨害され、かつ国内外のメディアのアクセスも政府軍が阻止しているせいで、伝えられる情報はほとんどアビィ政権側(とその仲間たち)の見解や主張ばかりであり、TPLF側の主張やアビィ政権に反感を抱く勢力側の情報が伝わらないため、なかなか実情が掴めないのが事実です。

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そのような中、途切れ途切れではありますが、伝えられてくる情報のかけらを集めて分析してみると、いくつかの懸念すべき状況が見えてきます。

一つ目は、各地で繰り広げられる武装勢力による一般市民への虐待や人権蹂躙の横行です。

TPLFが侵攻したアムハラ州やアファール州では、TPLFの構成員による一般市民のリンチや組織的な性暴力、18歳以上の成人男子の殺害、脅迫と拷問の末、無理やりTPLF側の戦闘員にされてしまうという事例が頻発していると言います。それを逃れた者たちが、政府軍側に協力してTPLFへの反攻に加わっていると言われています。

しかし、政府軍サイドも決して正義の味方ではないようです。TPLFが行っているのと同じような内容の蛮行がTPLFとの交戦エリアで繰り広げられており、それを常に情報ルートを使ってTPLFの仕業と非難しているという主張をしているようです。特に政府軍がティグレ州で行っているティグレイ人への拷問や虐殺、集団的性犯罪などは残虐性を極めているという情報があり、それを指示しているか、もしくは黙認しているアビィ首相と繁栄党のTPLFに対する怨念とも感じられる状況です。

そして状況をさらにややこしくしているのが、隣国エリトリアの紛争への介入です。昨年11月の戦闘時には、TPLFによって首都アスマラの空港にロケット弾が撃ち込まれたが、越境はせず耐えたと伝えられていましたが、実際には越境し、アビィ首相と政府軍と協力して、TPLFを挟み撃ちにして、TPLFを山に追い込んだというのがどうも事実のようです。

その後、一旦エリトリア軍は撤退しましたが、今年6月の戦闘激化を機に、また越境し、TPLFのリーダーであるゲブレミカエル氏に瀕死の重傷を負わせ、その後もティグレ州に居座って、州内で一般市民に対する蛮行を繰り返しているということのようです。

情報インフラが遮断され、ティグレ州の情報がなかなか伝わらない中、どのようにそのような実情を掴んだのか。

それは、昨年11月の停戦合意時に、ティグレ州から隣国スーダンに避難した4,4000人以上に上る避難民に対する国際的な支援受け入れをアビィ政権が同意したことにより、欧米諸国およびUN機関による支援体制ができ、多くのスタッフが現地入りしていますが、6月の戦闘再開以降、彼らもスーダンに退避したり、支援スタッフの緊急連絡用のネットワークを使ったりして、北部エチオピアの惨状と、アビィ政権側の蛮行、そしてそれに加担するエリトリアの様子が伝えられてきました。

そして、ここ数か月ほど、ティグレ州とスーダンの避難民に国際的な支援を届けるための主要ルートにあるテケゼ橋が何者かによって爆破され、現在、ティグレおよび避難民への支援が届かない様子とのことで、対象地域における食糧事情や衛生状態が著しく悪化しているという報告がもたらされています。

まさに人道的な危機が発生しています。

政府軍側はTPLFによる犯行との声明を出していますが、TPLFにとってそのような行為を行う理由が見当たらず、支援を行う国際機関や欧米諸国はアビィ政権側の言い分を受け入れず、代わりにアビィ政権軍とアムハラ州軍によるティグレに対する非人道的な行為とみなして、激しく非難するに至っています。

それを受けて、すでにアメリカのバイデン政権は対アビィ首相およびエチオピア政府に対する支援を凍結し、同時にアメリカ政府はエチオピア政府に制裁を課しています。

そして最近、越境してティグレ州の一般市民に対する非人道的な行為を繰り返しているエリトリア軍も、米政府のGlobal Magnitsky Human Rights Accountability Actを適用して、制裁対象としています。

欧州各国政府もそれに続くようで、今後、対エチオピアおよびエリトリアに対する制裁が課されることになりそうです。もちろん、エチオピア政府のアビィ首相も、隣国エリトリアも全面的に非人道的な行為に対しては否定していますが、それが制裁の発動を食い止めることにはならなさそうです。

TPLF側も、政府側も、そしてエリトリアも人権侵害に加担していることは明らかですが、欧米諸国が執拗にアビィ政権などを非難する理由は、さまざまな背景がありそうです。

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一つは、アメリカの政権が、人権尊重を含む原理原則を重んじる民主党のバイデン政権になっていることが考えられます。ミャンマー情勢や対中国非難、そして最近のアフガニスタンへの対応など、人権尊重理念のダブルスタンダードという非難をぬぐうかのように、今回の件を使っているような感じもします。そしてその動きに、同じく人権規定適用のダブルスタンダードと非難されてきた欧州各国も賛同しているのではないかと思われます。

二つ目は、米中対立の舞台としてのエチオピアの位置づけです。エチオピアと言えば、ティグレ人による前政権時代より親中国の政策を進め、中国の支援の下、インフラ案件を進めてきました。それが過去10年以上続いている年率10%平均の経済成長率に繋がっていると言われています。

首都アジスアベバの主要なビルは、アフリカ連合の本部ビルも含め、ほとんどが中国による整備と言われており、最も中国の影響が及んでいる東アフリカの国という位置づけになっています。

隣国ジブチの軍港を中国が獲得し、港からエチオピアの首都アジスアベバまで引かれている鉄道も中国による整備で、今ではエチオピアの貿易とジブチの自立のためには不可欠なインフラと理解されています。

しかしエチオピアには、アメリカも大きな拠点そして戦略的な重要性を置いています。

それは、ブッシュ政権時に行ったGlobal War on Terror(テロとの戦い)を遂行するために設置されたCIAのBlack Siteがエチオピアにあると言われています。

この拠点は中東地域およびアフリカをカバーするとされており、その維持・運営、そして受け入れのために、米国政府もこれまでエチオピア政府の支援を手厚くしてきたという過去があります。

ゆえにアメリカとしても、この戦略的な拠点の目と鼻の先に中国が軍事的な拠点を築き、そして経済的な覇権を拡大しようとしていることを安全保障政策上、良しとしていません。

ティグレイ紛争が勃発して以来、アメリカ政府は我慢強く事態の改善を期待し、アビィ政権をサポートしてきましたが、人権侵害への加担が明らかになった(もしくは強い疑いが生じた)ことと、状況が悪化していること、そして米国の人道的支援スタッフに危険が迫っているとの判断から、どうも堪忍袋の緒が切れたようで、対エチオピア制裁に乗り出したとのことです。

3つ目は、その状況を悪化させた隣国エリトリアへの怒りです。最近出されたブリンケン国務長官の発言を見ても苛立ちが感じ取れますが、「アメリカはすでにエリトリア軍が再介入している事実をつかんでおり、非常に懸念すると同時に、地域全体への紛争の国際化を招く事態になりかねない」と、エリトリアも制裁対象に加えました。

人権重視という哲学があることは理解できますが、エチオピアおよびエリトリアに対して制裁措置まで課すほどの状況の背後には、別のエチオピアがらみの地域(国際)案件が存在します。

それは、中国の支援の下、ナイル川上流(エチオピア)に建設されたグレート・ルネッサンスダム問題です。皆さんもご存じの通り、ナイル川はエチオピアを最上流として、スーダンを通り、最後はエジプトを縦断し、地中海に流れる世界の大河です。

流域国にとっては、主要産業である農業を支える大事な水源であり、また貿易と流通の主要な水路としても使われているのみならず、エジプトにとっては大事な観光資源でもあります。

その最上流にエチオピアが流域国に相談なく、中国の支援を受けて超大型のダムを建設し、取水を強行しようとしています。建設時より、エジプトとスーダンとは外交的、そして軍事的な緊張関係が作り出され、3か国からの仲裁を依頼された米国政府も、それぞれの意見や利害を踏まえたうえで、これまではあくまでも流域国の間で平和裏に解決すべきとの助言を行ってきました。

それが最近、アビィ首相が突如、取水の開始を宣言したことに対し、エジプトとスーダンが怒り、抗議が受け入れられないと悟ると、ダム周辺に向けて軍を展開させ、一気に緊張が高まっています。

エチオピア政府も、ティグレイ紛争を行いながら、エジプトとスーダンからの威嚇に断固として立ち向かうようですが、実はそれを背後で支えているのが、エリトリアのようです。

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そして、その背後には、利害関係者として中国がしっかりとついているという図式が出来上がっており、ティグイレ紛争に加えて、国境を越えた地域紛争に向けた緊張が高まっています。

この案件の調停プロセスに関わる機会をいただいていますが、見えてきたのはエジプトとスーダンの主張をアメリカがサポートし、エチオピア政府の主張を中国がサポートするという、ここでも米中の代理戦争の様相が出てきていることです。

ゆえに米中政府は調停役には使えず、今、地域大国のケニアを仲裁役に立てることにしていますが、これがまた地域の勢力バランスに微妙な影響を与えることになってきました。

Horn of Africaそして東アフリカの地域は、これまでにも紛争を繰り返し、多くの悲劇を経て、今、地域諸国間で非常にデリケートなバランスで共存の体制が出来ています。特にスーダン紛争後、スーダンと南スーダンに分離してからは、新たな紛争を控えようとの暗黙の了解が出来上がっていたのですが、それをエチオピア政府が昨年11月に崩し始めたと、東アフリカでは考えられ始めています。そして、その背後に、米中という、2大覇権国がついており、より情勢を複雑にしているように思われます。

今のところ、ティグレイ紛争を除けば、目立った武力紛争には至っていないのですが、グレート・ルネッサンスダム問題、ティグレイ紛争によりスーダンに流入した難民の扱いをめぐるスーダンとエチオピア政府との間にある緊張と、それに加わるエリトリアという構図は、いつ地域における紛争としてドミノ倒しのように広がってもおかしくないほどの状態になってきていると思われます。

この地域で、大きな尊敬を集め、かつ比較的にバランスが取れていると考えられているケニアによる仲裁・調停が不発に終わった場合、いつ地域が再度混乱に陥り、それがアフリカ諸国や対岸にあるアラビア半島に伝播してもおかしくない状況に思えます。

サウジアラビア王国やUAEなどもそれをよく理解できているのか、再三、エチオピア政府に対して、情勢の安定化と即時停戦、平時の回復を求めていますが、
アビィ政権側の頑なな姿勢(TPLF憎し)の前に大きな成果を収めることが出来ていません。

アメリカも制裁を発動し、中国は内政不干渉の法則を盾に、積極的な介入はしませんので、国際レベルでの大きな図式からの解決も期待薄と思われます。

そのような状況下で、エジプトとスーダン、エチオピア(とエリトリア)を交えた“別の”武力紛争が起きる可能性が出てきている今、アフリカ・中東・欧州などを巻き込んだ国際紛争と混乱への緊張が高まっています。

アフガニスタン情勢の混乱が中央アジア・コーカサス、イラン、トルコなどを巻き込んだ緊張状態を生み出していると時を同じくして、東アフリカ、北アフリカ、中東諸国、地中海沿岸諸国などを広く巻き込んだ別の緊張と混乱が生み出されています。

そのどれかがバランスを崩して、戦争に発展した暁には、国際情勢におけるガラガラポンが起きる可能性は否定できないと懸念しています。

そのきっかけとなり、そして今後の緊張緩和の可能性を秘めているのが、エチオピアで繰り広げられるティグレイ紛争をめぐる情勢だと思います。

関係者がすべて体面を守るために拳を振り上げている状態で、なかなか解決の糸口が見つからないのですが、緊張の緩和に失敗してしまうと、おそらくHorn of Africa発の大混乱が引き起こされるような気がしてなりません。

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日本からは地理的には遠い国ではありますが、直行便が就航している数少ないアフリカの国の一つがエチオピアであり、最近、テレコムセクターの民営化を行う国際コンソーシアムに日本企業が参加している国でもあります。そしてこれまで外交の舞台で日本が議長を務め続けてきているアフリカ開発のための東京会議(TICAD)の具体的な支援先の一つがエチオピアです。

そう、経済的な結びつきや心理的な結びつきでは、決して遠い国ではないはずです。

なかなか日本が独自に、このような非常に複雑な緊張状態を調停するきっかけやスキルはないかもしれませんが、TICADプロセスを主導する国として何か役割を果たせないものかと問うています。

アフガニスタン情勢は混乱を極めていますが、タリバンが追放されてからの20年間、アフガニスタンの復興事業と国際的な枠組みをリードしてきたのも日本で、タリバンが戻ってきた今でも、過去20年で行われた数少ない成功例と理解されているのをご存じでしょうか?

もしかしたらその経験は、今回の複雑怪奇な東アフリカの緊張を和らげる何らかのヒントになるのではないかと考えております。

話が長く、またいろいろなところに飛んでしまって、まとまりのない分析になったかと思いますが、またいろいろなご意見をお聞かせいただければ幸いです。

ぜひ皆さんのお考えをお聞かせください。

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image by: RudiErnst / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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