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被告は指導者・金正恩総書記。日本初「北朝鮮政府を訴えた裁判」の行方

日本法廷史上初となる、北朝鮮の金正恩総書記を被告とした裁判が東京地裁で開かれていることをご存知でしょうか。今回のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では宮塚コリア研究所副代表の宮塚寿美子さんが、自身が傍聴したこの訴訟の第1回口頭弁論の模様をレポートするとともに、金正恩総書記が訴えられることとなった経緯を解説。さらにこの裁判の注目ポイントを挙げるとともに、北朝鮮サイドの反応を紹介しています。

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北朝鮮・金正恩を訴えた日本の法廷史上初の裁判

2021年10月14日、秋晴れの中、東京地方裁判所において、日本の法廷史上初めて北朝鮮政府、つまり指導者の金正恩委員長を相手に裁判が行われた。これは、2018年8月20日に日本に入国し定住している5人の脱北者が北朝鮮政府を相手に帰国事業から脱北した現在に至るまでの生活に対して損害賠償を求める訴訟を提起したものに対してである。

午前10時の裁判を前に、100人以上が傍聴席を巡って早くから列をなしていた。私は裁判の傍聴自体初めの経験であったが、ビギナーズラック(!?)か、約3倍の倍率を潜り抜けて傍聴券を得た。コロナ禍で座席数は半分以下にされており、30人くらいが傍聴した。日朝関係が膠着(こうちゃく)し、拉致問題の進展が見込めていない中、北朝鮮関連でこれほど多くの関心が集まっていたのは意外であった。

時間通りに裁判官が法廷に入り、始まった。弁護団による弁論が始まるが、向かい側の北朝鮮側には誰も来ていなかった。法廷は中で繰り広げられるセンシティブな内容が外に聞こえないように、ドアを閉めると密閉され換気は良くない。コロナ禍のため、定期的に一時法廷を中止し、換気のためにドアを開けた。

しかし、高齢の原告団の中には、暑さなどで体調を崩す人がいて、それを見た裁判官は、当人の弁論が始まるまでは外で待機しても良いという気遣いがあった。

当初から北朝鮮側は出席しないということを見越してか、午前から午後まで一気に1日で賠償訴訟弁論を行ってしまうということだった。

かつては朝鮮総連を相手に訴訟を起こす

現実的なことを考えれば、北朝鮮政府の金正恩委員長を被告にせずに、日本の朝鮮総連(以下、総連)を被告に訴訟を起こすほうが良いのではないかと考える人も多いだろう。実は、2009年にすでに帰国事業を主導した総連を相手に今回の原告団の1人である高政美氏が大阪地方裁判所に訴訟を起こしていた。しかし、不法行為に対する民法上の賠償請求権は20年で消滅するという「除斥期間」が適用され、「帰国から提訴まで2年10か月経っており、除斥期間を提訴すべき特別な事情があったとも認められない」という判決に終わっていた。

それゆえに、今回の東京での訴訟は、この除斥期間を乗り越えるべくして、帰国事業で北朝鮮に渡り、悲惨な生活から脱北し、日本に入国してからの厳しい生活の現状を含めることにしたのである。そのため、被告を総連ではなく、あくまでも北朝鮮政府であり、指導者の金正恩委員長ということになったのである。

「日本における脱北者」をテーマに私は博士論文を提出している。実際に何人もの脱北者に会ってインタビューを行い、交流している。脱北し、日本に入国して間もない彼らも見てきているが、すぐに訴訟を起こせるほどの日本語力、精神的、経済的余裕はない。ほとんどが日本語がわからず、日本の夜間中学で習い始めるのだ。

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米国で北朝鮮を相手の裁判の先例がある

かつて、北朝鮮政府を被告に行われた裁判は世界を見ると米国であった。それは日本でも話題になった米国の大学生、オットー・ワームビア氏の死に対して、2018年に両親が、米国連邦地裁に北朝鮮政府を相手に民事訴訟を起こしている。2016年1月に観光で北朝鮮を訪問したワームビア氏は、宣伝物毀損の疑いで裁判にかけられ、15年の労働強化刑を宣告された。しかし、その裁判が終わった翌日からワームビア氏は意識不明に陥ったとされ、北朝鮮側は本人が食中毒になり、睡眠薬を飲み昏睡状態になったと説明していた。その後、2017年6月に米国に帰国したが、脳神経に深刻な損傷を受けていたことがわかるという震撼する事件であった。

これに対し、米国世論も北朝鮮に対して批判を強め、5億113万ドルの賠償命令判決が下されている。2020年5月には、米国の3つの銀行にある北朝鮮関連資金の2,379万ドルの詳細な情報が公開された。日本にも北朝鮮政府の資金や財産があれば、それを探し出し、判決によっては、差し押さえることになるかもが今回の裁判の注目ポイントである。

北朝鮮側の反応はいかに

本日、10月21日に至るまで今回の裁判に対する北朝鮮側の反応は出てきていない。北朝鮮メディアは、静観しているということであろうか。脱北者に関して、北朝鮮のメディアは“人間のクズ”のように数多く批判してきている。北朝鮮の労働新聞によると、今年5月2日には金与正副委員長が、韓国で活動する脱北者に対して、「人間のクズとし、不潔な行為に対して不快感を示している」という談話を発表している。

北朝鮮の家族法によると、第6条は「子供と母の保護原則」が定められている。その内容は、「国家は母が子供を健在に養育し、教養することができる条件を保証することにおいて先次的な関心を払う」というものだ。しかし、今回の原告団の1人の川崎栄子氏によると、北朝鮮では食糧事情が悲惨で、子供たちは、食べるものを探して、「赤とんぼを取って乾かして食べた」と証言した。

今回の歴史的な裁判の判決は来年3月に出るようだ。北朝鮮の法律とも照らし合わせてみれば、原告団の悲惨な経験の現状が立証されるはずだ。膠着した日朝関係の中で淡い期待かもしれないが、1人の研究者としても今後も注視していきたい。(宮塚コリア研究所副代表 宮塚寿美子)

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なぜ金正恩はミサイル連射に走るのか?岸田首相は本当に脅威を自覚しているのか?

前号でも北朝鮮のミサイル連射について述べたばかりであるが、北朝鮮は19日、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とみられるミサイルの発射を強行した。SLBMなら2年ぶりだが、北朝鮮が米軍に対する水中からの奇襲攻撃を念頭にSLBM開発を進めてきたことは明らかである。

すでに10月15日に米国防省傘下のインテリジェンス機関の国防情報局(DIA)が、北朝鮮の軍事力を総合的に分析した報告書をまとめ、「米国本土に到達能力のある長距離弾道ミサイルの発射実験を今後1年間で実施する可能性がある」と指摘したばかりである。

報告書は約80ページにわたり、核ミサイル開発を中核に据えた北朝鮮の軍事力を歴史的な変遷も踏まえて包括的に調査したもので、「実行可能な核兵器を信頼できる長距離弾道ミサイルで運搬できることを誇示することが金正恩政権の最優先の国家目標」と指摘していた。これは10月11日に金正恩朝鮮労働党総書記が、平壌で開幕した新兵器の展覧会で、「無敵の軍事力を保有し、強化していくことは、我が党の最重大政策で目標だ」と演説したことを念頭に入れての指摘である。

今回の発射は、韓国が9月にSLBM発射実験の成功を発表しており、韓国への対抗意識も背景にある。しかし、今回の発射は、米側がレッドラインとみなす大陸間弾道ミサイル(ICBM)ではなく、飛距離も600キロメートルと言われるSLBMである。バイデン政権が対話再開を優先させる立場から「短距離なら問題視することはないだろう」と踏んだバイデン政権の出方を探る目的があった。

今回発射された小型SLBMが、11日に開幕した新兵器の展覧会で展示されていた新型のSLBMであった可能性もあり、さらなる分析が待たれる。今回も日本の排他的経済水域(EEZ)の外に落下したとみられるが、磯崎仁彦官房副長官は「我が国と地域の平和と安全を脅かすもので、国連安全保障理事会決議に違反し極めて遺憾だ」と表明。北朝鮮に北京の大使館ルートを通じて抗議したとのことだが、日本政府のこのような紋切り型の抗議に北朝鮮は“屁”とも思わないだろう。

岸田首相は、今回の弾道ミサイルの発射を受け、国家安全保障会議(NSC)を官邸で開き、「敵地攻撃能力の保有も含め、あらゆる選択肢を検討するように改めて確認した」とのことだが、これまた紋切り型の発言である。北朝鮮からの核ミサイルの脅威を本当に感じているのか、日本はいつまでも座して待っているというのか、危機はそこまで迫ってきているということを自覚しなければならない。(宮塚コリア研究所代表 宮塚利雄)

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image by: Alexander Khitrov / Shutterstock.com

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元山梨学院大学教授の宮塚利雄が、甲府に立ち上げた宮塚コリア研究所から送るメールマガジンです。北朝鮮情勢を中心にアジア全般を含めた情勢分析を独特の切り口で披露します。また朝鮮半島と日本の関わりや話題についてもゼミ、そして雑感もふくめ展開していきます。テレビなどのメディアでは決して話せないマル秘情報もお届けします。長年の研究対象である焼肉やパチンコだけではなく、ディープな在日朝鮮・韓国社会についての見識や朝鮮総連と民団のイロハなどについても語ります。

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