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泥沼の事態に発展か?スーダン軍部クーデターに見え隠れする中露の“意図”

先日掲載の「性暴力や拷問、虐殺も。タリバン報道の裏で進行するアフガン以上の悲劇」では内戦状態にあるエチオピアの状況をお伝えしましたが、その隣国・スーダンも25日に勃発した軍部によるクーデターにより大混乱に陥っています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、混迷を極める東アフリカで現在起きている事態を詳細に解説。さらにその裏にある米中ロといった大国の意図を解き明かすとともに、スーダン情勢の「飛び火」が招きかねない泥沼の事態への懸念を記しています。

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動き出した東アフリカ再編の波―スーダンでのクーデターとエチオピア情勢

「ああ、やっぱりそうなってしまったか…」

10月25日の夜にスーダンで非常事態宣言が発出されたとの第1報を受けた際、思わずそう、ため息交じりにそう呟きました。

2019年に約30年間に及んだバシル長期独裁政権にピリオドが打たれ、軍民共同統治の下、一日も早い民政移管を目指していましたが、10月25日にスーダンのブルハン統治評議会議長(軍出身)が、ハムドク首相をヘッドとする暫定政権と、統治評議会を解散して、スーダン全土に非常事態宣言を発出しました。

それは、軍民で共同統治してきた体制の解体を意味します。

その際、ハムドク首相および数人の閣僚が軍によって拘束され、27日までの間、行方が分からなくなっており、首相府は「軍によるクーデターである」と宣言し、それを受けて民主化へ期待を寄せていた民衆が暴徒化し、一気にデモが全土に広がりました。

情報省によると、抗議する市民に軍部が発砲し、多数の死傷者がでたとの発表もあり、事態は一気に緊迫しているようです。

ハムドク首相および閣僚は27日には解放され、ハムドク首相はアメリカのブリンケン国務長官と直接電話で会話をしたとのことで、状況は沈静化したかのように見えますが、今後のスーダンの行く末については大変懸念が残ります。

その理由は、クーデター後、ブルハン氏がテレビ演説を通じて2023年7月に総選挙を実施し、民政移管すると発表しましたが、実際には軍が全権を掌握する事態になっており、2019年から続いた民主化の取り組みが挫折し、すべてが振出しに戻ったと解釈することができます。

ここまでの状況は、地域こそ違いますが、2月1日にミャンマーで実施された国軍によるクーデターとその後の状況に似ているように思われます。

ミャンマーも、ミン・アウン・フライン総司令官を暫定首相とする体制が出来ており、同じく2023年頃の総選挙実施を宣言していますが、軍主導で統治が進められていることから、スーダンも同様の道を進むように思えます。

ミャンマーとの違いがあるとすれば、民主化勢力の間であまりいざこざがなく、すべてがNLDの旗印のもとに集っていたミャンマーとは違い、スーダンでは、このところの高インフレによる経済危機とコロナ対策の失敗、そして、隣国エチオピアからのティグレイ難民受け入れによる緊張と、エチオピア政府および国軍によるスーダン内政への干渉が噂されていることなどが重なり、市民の間にも、ハムドク首相の政権への不満が募り、緊張が高まっていたことでしょう。

9月下旬に、バシル前政権とつながりのあった軍将校がクーデターを企てた際には、ブルハン氏の統治評議会とも協力して、クーデターを阻止したばかりでしたが、今回は、スーダンの友人の表現を借りれば、盟友と思われていたブルハン氏の勢力に背後から刺された感じです。

残虐を極めた国内での紛争は、長年の悲劇的戦闘の後、国はスーダンと南スーダンに分断され、その後、それぞれに民主化への道を歩んできましたが、今回、またスーダンが混乱の坩堝に陥りました。

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そのスーダンですが、トランプ政権末期に、イスラエルとの国交を樹立し、その見返りとして、アメリカ政府からの支援(総額約8,000億円)とイスラエルからの投資(特にアグリテック)、そしてアメリカ政府によるテロ支援国家指定解除を得て、今後、民政移管に向けた動きを加速させるはずでした。

その証に、今回のクーデターの2日前の10月23日にはアメリカのフェルトマン特使が首都ハルツームを訪問し、ハムドク首相およびブルハン氏(軍民双方のトップ)と会談して、民政移管への支援について協議したばかりで、その協議の際にもブリンケン国務長官が電話越しに全面的なサポートを約束したようです。

政権発足後、ことごとくバイデン政権は、トランプ政権の外交方針を覆そうとしていますが、例外として、中国への強硬姿勢を継続・強化したのに加え、トランプ政権が行った「イスラエルとの国交樹立」方針も継続し、支援しています。

スーダンへの肩入れもその一つと言えます。

バイデン政権がスーダンへの支援を継続している理由は、東アフリカ地域に手を伸ばしてきている中国の影響力への歯止めとしての役割を期待していることもありますが、隣国エチオピアにおいて、北部ティグレ州での紛争に端を発した国内での泥沼の紛争の影響が、スーダンを含む周辺諸国に飛び火し、アフリカの角(Horn of Africa)と形容される重要拠点である東アフリカの不安定化を阻止するためのパートナーおよび拠点としてみなしていたという戦略的な意味合いもあります。

エチオピア政府が行うティグレ人への人権蹂躙および拷問への懸念と非難に加え、ティグレから流れてくる難民をスーダンに保護してもらうことで、米国はもちろん、UN機関からの支援を行うことで、スーダン政府と体制の安定化を目指してきましたが、今回、それが崩れたと言えるかもしれません。

一応10月27日には、拘束・連行されていたハムドク首相他も解放されたようですが、解放に際し、拘束当初は頑なに拒んでいたクーデターへの支持を与えたのではないかとの憶測も飛んでおり、まだまだ事態は予断を許さないと言えます。

そして、今回の緊急事態宣言下で、私が懸念を抱くのは、国際社会からのアクセスを拒む狙いがあるのか、隣国エチオピア政府がティグレに対して行ったように、軍およびブルハン議長の勢力が、全土のインターネットを遮断して情報の送受信を不可にし、おまけに軍の車両が国内のいたるところで人の移動・通行を制限している状況です。そして、それらに加え、テレビやラジオ局も軍勢力が襲撃して、支配下に置くことで、情報統制を行っているとの情報もあります。

スーダン国内での民衆の状況も大変気になりますが、同時にエチオピアのティグレ州への国際的な支援の基地にもなっているのがスーダンであり、人道支援のミッションへのさらなる悪影響も懸念される事態だと考えられ、事態は予断を許さない状況と言えます。

一説によると、ティグレイ難民用にスーダンに運び込まれていた国際人道支援物資が、今回のクーデター騒ぎの影で軍勢力に奪われたらしいとの情報もあり、それがもし事実であれば、スーダンの国際社会での評判は再度地に落ちてしまうかもしれません。

さらには、今回のブルハン議長によるクーデターの背後に、以前より噂されているエチオピア政府の影がちらついており、もしそれが事実であれば、その背後には別の隣国エリトリア、そして、同じ民族でありながら血で血を洗うような争いを長年繰り広げた南スーダンの影がちらつきます。

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そして、それらの“隣国たち”の背後にいるのが、中国(とロシア)であると考えられます。

今回の事態に対し、米国政府は猛烈に非難し、対スーダン支援を即時停止したほか、EUも最大限の懸念を表明して、対スーダン支援の停止を実施しています。そして国連では緊急の安全保障理事会の招集も計画されており、今年に入ってから活発化しているアジェンダであるPeace and Security in Africaの内容がまた加えられることを意味し、アフリカ、特に東アフリカにおける不安定化が一層加速してしまいます。

スーダンとエチオピア、そしてエジプトとの間での懸案事項であるルネッサンスダム問題も解決の糸口が見えませんが、本来、このような問題を仲裁することを期待されているアフリカ連合(African Union)も、エチオピアのケースを見ても分かるように、完全に機能不全に陥っていると思われます。

「外国勢力による影響力を排除し、アフリカの問題はアフリカが解決する」という理念の下、できる限りAUによる調停・仲裁を試みていますが、このところ、“だれを仲裁官に立てるか”という根本的なポイントで合意することが出来ず、その間に紛争や問題が激化していくという、悪循環に陥っています。

その結果、欧米勢力はもちろん、中ロの勢力もアフリカに進出し、今では、世界でいくつかある米中対立の最前線の一つが、この東アフリカ地域になってしまいました。その中でもエチオピア(とジブチ)がこれまでホットスポットと見られてきましたが、今回、スーダンがその仲間入りをしてしまう可能性が高いと考えられます。それをアメリカ政府は懸命に阻止しようとしているようです。

ハムドク首相他が解放されて緊張が少し弱まったとする見解もありますが、実際には、ブルハン議長の勢力および周辺国(特にエチオピア)の出方を欧米諸国はとても注意深く見守っており、それゆえにしばらくは欧米諸国およびUN関連からの対スーダン支援が再開される見込みはないと思われます。

そのような際に迅速に手を差し伸べるのが、ご存じ中国の外交手段です。中国政府は、今回のクーデターに対して公式のコメントは出していませんが、非公式にはハムドク首相とブルハン議長の勢力双方にコンタクトを取っているようで、すでに欧米勢力と、中ロを中心とする国家資本主義勢力との陣地争いが始まっているようです。

スーダン情勢が再び不安定化し、東アフリカ地域が草刈り場となってしまうことは、非常にデリケートなバランスの下、平和と安定を築いてきた東アフリカ各国全体の情勢不安へとつながるかもしれません。

先述のルネッサンスダム問題によって、地域大国のエジプトとスーダンの結束は深まり、対エチオピア政府の共同戦線が出来ていましたが、軍主導のブルハン議長の勢力が、エジプトとエチオピアのトライアングルをどのように感じて動くかによっては、事態が急変する可能性もあります。

ケニアとソマリアの間での緊張も高まっていますが、今回のスーダン情勢の不安定化が飛び火した場合、偶発的な事件でも起こってしまうと、緊張関係が一気に戦争勃発という事態になりかねませんし、その影響は瞬く間に東アフリカ地域に広がってしまい、タンザニア、ジブチ、ケニア、エチオピア、南スーダン、スーダンなどへと波及して、最悪の場合、地域全体を巻き込んだ大きな紛争に発展しかねないと懸念しています。

それは不安定極まりないコンゴ民主共和国や中央アフリカ共和国などを含むアフリカ中部にも波及しかねませんし、今でもISの影響が強いと思われるリビアやチュニジア、アルジェリア、そしてモロッコへと拡大するかもしれません。

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そして、予想したくはないのですが、北アフリカ諸国の地中海を挟んだ対岸にはギリシャ、イタリア、スペインなどの南ヨーロッパ諸国があり、またその近くには、あのトルコがいます。

東アフリカの対岸には中東アラビア諸国が控えており、スーダンとイスラエルの国交樹立をよく思っていない国々も多々存在することから、もしサウジアラビア王国を始めとする各国が介入を試みるようなことがあれば、おそらくもう収拾がつかない事態に発展することになります。

もしそんな事態になり、かつ中東アラビア諸国の情勢まで荒れるようなことがあれば、日本にとっても遠い国々の火事では済まされず、それはエネルギー安全保障の危機をも意味することになりかねません。

最後のほうに書いたドミノ的な影響の伝播は、もしかしたら私の思い違いかもしれませんし、そう願いたいのですが、いつも以上に危機感と懸念を抱いて、今回のスーダン情勢の悪化を感じ、そして調停の準備に入っています。

皆さんはどうお考えになりますか?

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image by: Wirestock Creators / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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