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看板政策に魅力なし。ちっとも新しくない岸田政権「新しい資本主義」

岸田政権が看板政策に掲げその実現を目指す、新しい資本主義。とは言えその内容は一体どのようなもので、目標はどこに設定されているのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住の作家の冷泉彰彦さんが、自身が考えるところの新しい資本主義が目指すべき方向性を提示。さらに先日政府の「新しい資本主義実現会議」が発表した緊急提言を詳細に確認し、その新規性等についての評価を試みています。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2021年11月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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「新しい資本主義」が全然新しくない件

今でも「新自由主義批判」などと言われると「はあ?結局裏では経済合理性がさせているのに…」という疑いの目で見るしかないと思っているのは事実です。そもそも「新自由主義」がイヤなら、自由競争ではなく忖度や出来レースが好きなのかとか、民間が嫌いで公費投入なら「財源は?」という話になるからです。

では、新自由主義(この言葉自体が好きではないのですが)が「そんなに悪くない」としても、この間のアベノミクスというのはどうかというと、やはり問題が積み重なってきているのは事実だと思います。

1)円安で海外で創出した利益と株価が「みかけ膨張」して、ほんの少しだけ円建てのトリクルダウン。

2)でも円安のため、日本国内の低生産性、特に事務機能のオンボロさ加減が、ドルベースで圧縮されるので、改革先延ばしという甘やかしに。

3)それ以前の問題として、空洞化は超高速で加速中。

4)結局は途上国型の利益誘導への疑いが拭えず。オリパラにしても、防衛費にしてもリターンは期待できない中で、結局無駄遣いに。

5)中の下階層の「貧困層への公的助成は不公正」だという感情を悪用して、結果的に「弱肉強食+自己責任+再分配反対」の風潮に。

6)高齢逃げ切り正社員という貴族階層の既得権益にはメスを入れず。

7)地銀疲弊=地方の担保能力激減という中での危機感なし。

8)デジタルと英語に関する生産性向上についてむしろ「足を引っ張る方向」。

ということで、現在の経済的苦境に至っていると考えられます。

そんな中で、仮に新しい資本主義なるものがあるのなら、

a)デジタルによる効率化はマックス。そこで出てくる人員の余剰を、「より本人の幸福感を高め」「より高い付加価値を創出する」ような機能に振り分ける。

b)医療、福祉、教育、農業なども、単により高報酬にするだけでなく、より人間的で、より心身に健康な職種として改革。それが付加価値を産んで経済が回る仕掛けへ。

c)地方こそ、より効率化し、より世界と直結し、「地方への優越感と、海外への劣等感にまみれた通過点都市である東京」をぶっ壊すような圧倒的な、地方による高成長のシナリオへ。

d)再分配は、カネの垂れ流しではなく、苦労した層にこそ「発見」があり「気概」があり、貴族化した大都市正社員グループが壊してしまった日本を再建するような文明すらあるという確信の中で、生きたカネの回し方へ。

というような話になるのではないかと思うのです。但し、この話もあくまで私の観点からの大方針であって、あくまで議論の材料に過ぎません。

そうではあるのですが、少なくとももっと狭い意味で、つまり「安倍+麻生路線」ではなく「岸田路線」として、「新しい」ということを名乗るのであれば、

「従来より思い切ってリスクを取って、より大規模に金を回す」(「投資」)
「従来より、格差是正、再分配に強く配慮する」(「分配」)
「国益が空洞化するのでなく、GDPにしっかりリターンがある」(「国益」)

を追求する、少なくとも「国難であることから財政規律を緩めて」でも、こうした修正をやり切るということになると思います。

そう考えると、今回の岸田政権のいう「新しい資本主義」というのは、それなりに、過去の「安倍=麻生」路線の欠陥を修正するという意味はあるかもしれません。

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そんな中で、11月8日に政府の「新しい資本主義実現会議」なるグループが、「緊急提言」なるものを発表しています。ではその内容を1つずつ確認していくことにしましょう。

1.科学技術立国

これは「投資」の話ですが、本当に真水で増量する気があるのかは、まだ分かりません。

2.DX推進

これは「新しく」ありません。やらねばならない、加速しなくてはならないのは事実です。ですが、「新しい」を名乗るのであれば、徹底的に効率化した後は、人員を事務作業に疲弊させるのではなく、人間的な労働で活躍させる。そこまで考えていただきたいです。菅=河野路線より、改革をスローダウンして「分配」維持などというのはダメです。

3.エネルギー

これは待ったなしなので、「新しい」に含めること自体が不誠実に思います。エキストラの政策でなく、行政の本業として勝負して欲しいです。

4.イノベーション、スタートアップ

これは「投資」の話です。真水で増えるのか、そして妨害行為を徹底的に切れるのかが問われます。ですから「新しい資本主義」とは矛盾するので、これをここに含めるセンスが分かりません。

5.デジタル田園都市

地方衰退を言葉でゴマ化しているように見えます。地方の金融危機への危機感も足りないし、地方の可能性を本気で信じているとも思えません。

6.農林水産業支援

これも「投資」の話かと思いきや、意外とリストラっぽい話も入っています。それも必要だというのは分かりますが、だったら「新しい」に含めるのは不誠実です。

7.防災、運輸インフラ

これも「投資」の話です。真水で増量できるのでしょうか?

8.大阪万博

まだ日本語を公用語にして、日本企業のパビリオンを集めることで成立すると考えているのなら大間違いです。

9.観光業支援

これも「投資」の話ですが、どこまで用意しているのか。国境閉鎖でGoToというのでは限界があると思うのですが。

10.経済安保(技術流出防止)

これは「国益」の話ですが、流出防止したけど資金がないので、技術が立ち枯れというのでは困ります。

11.半導体投資

日本企業には経営力はないので、外資主導の案件に乗るという話ですね。だったら余り国益にもならない感じがします。

12.次世代データセンター

これも施設だけならコモディティなので、全く妙味を感じません。

13.賃上げ税制

これは「分配」の話ですが、原資の必要な話で、そのカネを投入した分だけ、あるいはそれ以上に内需拡大効果があるのかは、景況感の持って行き方によると思います。

14.男女賃金格差解消

残業の強制や、家庭事情の有休消化への権利を保証しないで、形式平等では一向に状況は改善しないと思います。こうした分野は制度設計のセンスが問われるので、岸田政権の今後を占うテストケースになると思います。

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15.労働移動円滑化、人的資本投資

穏やかにジョブ型へ持っていこうという話で、これはこれで筋が通る(ま
ともな改革になればの話ですが)ものの、「分配」の話ではなく「新しい」
というカテゴリには入りません。本業でやるべき問題。

16.フリーランス保護

これも同じです。基本的に非正規をフリーランスに持っていくのは賛成ですし、その場合に制度を整備して発注契約の対等性を確保するのも正しいと思います。ですが、これは「分配」ではありません。全体としては合理化になります。ですから「新しい」というカテゴリには入りません。

17.非正規の正規化

これは「分配」になると思いますが、提言の中身にはヤル気が感じられません。

18.中小企業再構築

話としては正しいですが、菅さんがアトキンソン氏の「思いつき」に乗ったストーリーが、盲腸のように残っている感じもして、政策として未消化です。

19.介護保育の価格見直し

受益者負担になるのなら、そう簡単に「分配」バンザイにはならないと思います。これも岸田政権の制度設計のセンスを確認するチェックポイントになりそうです。

20.子育て支援

10万円問題でウロウロしているのを見ると、深い哲学はなさそうで、先が思いやられます。

21.出世払い奨学金

しかしまあ、将来サクセスすると損だというのは、制度設計としていかにもセンスが悪い感じがします。全部渡し切りにして、大成功したら寄付させるというのがアメリカ流ですが、日本の場合は寄付カルチャーがないので、こうなったのかもしれませんが、とにかく若い世代が参加してしっかり議論して叩かないと、まともな制度にはならない感じがします。

ということで、今回の「新しい資本主義」ですが、本当に中長期の国策として財政規律を緩め、資金を調達して「格差是正」「産業復興」「国益死守」をやるのか、どうも真剣な迫力に欠ける感じがします。

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image by: 首相官邸

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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