そもそも過労死は、高度成長期に生まれた言葉です。
1970年代後半から、中小企業の管理職層で心筋梗塞発症が急増し、1980年代に入ると、サラリーマンが突然、心筋梗塞・心不全、脳出血・くも膜下出血、脳梗塞などの命を失うという悲劇が相次ぎました。
最初に「過労死」という言葉を使ったのは、日本の医学者であり、旧国立公衆衛生院の上畑鉄之丞名誉教授です(2017年11月9日没)。
上畑氏は遺族の無念の思いをなんとか研究課題として体系づけたいと考え、1978年に日本産業衛生学会で「過労死に関する研究 第1報 職種の異なる17ケースでの検討」を発表し、過重な働き方による結末を「過労死」と呼んではどうかと提案したのです。
新しい言葉は常に「解決すべき問題」が存在するときに生まれます。
そして言葉が生まれることで、それまで放置されてきた問題が注目されるようになり、悲鳴を上げることができなかった人たちを救う大きなきっかけになります。
「過労死」も例外ではありませんでした。
上畑氏が学会発表した翌年から事例報告が相次ぎ、「過労死」という言葉は医師の世界から弁護士の世界に広まり、1988年6月、全国の弁護士・医師など職業病に詳しい専門家が中心となって「過労死110番」を設置。すると、電話が殺到したのです。
ダイヤルした相談者の多くは、夫を突然亡くした妻。それをメディアが取り上げ「過労死」という言葉は、一般社会に広まりました。
しかし、40年以上も経った今も、過労死があとを絶ちません。働き方改革が叫ばれ、残業に罰則規定をもうけた時も、「残業100時間未満」などと、「死ななきゃ、別に過労死ラインなんて関係ない!」とでもいうような、とんでも基準を決めたのですから。
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