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東大「理3合格」を至上命題にしている限り日本の衰退が止まらない理由

毎年受験シーズンになるとメディアが取り上げ、ネット上でも盛り上がりを見せる東大理3に関する話題。入学者のほとんどが医学部に進むとあって東大の中でも特別視される学類ですが、そんな理3をトップとする日本の教育システムを専門家はどう見るのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、自身も東大出身で、プリンストン日本語学校高等部の主任を務める米国在住作家の冷泉彰彦さんが、「理3合格」を高い基礎能力を持つ若者集団の至上命題としている限り日本の衰退は止まらないとして、その理由を海外との比較を交えつつ解説しています。

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※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2022年1月25日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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東大理3は高IQ人材の成長を禁止するシステム

東大理3の話題がネットを飛び交っています。同じ学年の中で100名の突出した才能を集めるというのは、プロ野球でドラフトにかかるのと同率のエリート集団だとか、入るのにはどうしたらいいとか、そういう種類の雑談ですね。お子さんを2名だか3名だか理3に入れた母親がカリスマになっているという話題も、今でも続いています。

理3に入れそうもないと悲観した高2生が拡大自殺テロに走ったという事件も、「だから理3はダメ」という印象ではなく、「やっぱり理3すごい」という印象を広めているようです。時期ということもあるんでしょう。中学入試など塾産業の「かき入れ時」ですから、塾マネーに汚染された評論家などが、保護者心理に付け込んで適当な話を撒き散らす季節ということもあります。

個人的には、そんなに理3が人気化するのなら、折角なので集めた高偏差値の集団に、工学部電子情報工学科と理学部情報科学科(どうせならこの2つ、合併して拡大したらいいと思いますが)への進学も認めるのが面白いと思います。さすがに、理3に100人もいたら、そのうちの数名は「東大を頂点とした封建システムである医師会」などという団体に関係した人生より、もっと違う道があると最初の1年半に気づくかもしれないからです。

もう一つは、高校レベルで選抜するのではなく、大昔のように理3を理2に戻して、大学の最初の1年半で競争させるのです。そうすれば、少しは医師の適性や臨床に真のモチベーションを持った人間が医学部に行くようになるし、もしかしたら基礎研究で大きな業績を上げる人材が出るかもしれません。

とにかく、理3から医学部というのは、あまりに閉鎖的で教育上よろしくないと思うのです。昨今は、ようやく面接が導入されているので、コイツを医師にしたら自分も周囲も不幸になるタイプは「ふり落とす」ことが可能になっていますが、面接官を仕切っているのが事務方で「最低限の客観性を担保してください」などと妨害していないか、誰かが検証する必要はあると思います。

ですが、理3の最大の問題はそこではありません。

日本の限られた若い人材の中で、相当にIQOSの高い集団を、18歳という高い年齢まで「日本の高校の指導要領の範囲内」で「答えのある問題」を紙と鉛筆で解くという極めて幼稚な作業に縛り付ける、この点が大きな問題だと思うのです。

世界のエリート候補はそんなことはやっていません。

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例えば、アメリカにとっての理3にあたるのは、MIT(マサチューセッツ工科大学)でもなければ、ハーバード(理系はそんなに強くない)でもありません。

それはカリフォルニア工科大学(略称カルテック、カリフォルニア州パサデナ市)です。本来は大学院以上の研究に特化した機関ですが、大学も附設されており、1学年200人前後を入学させています。

理3より多いかもしれませんが、アメリカの人口が日本の3倍、若年人口は4倍ということを考えると、反対に理3より2倍難しい大学という見方もできます。実際は全世界から優秀な科学者の卵を集めているので、入りやすさという点では理3の10倍難しいかもしれません。

そのカルテックに入るためには、どうしたら良いのかというと、学校の成績(内申書)とか、統一テスト(SATなど)の点数だけではダメで、「科学者の卵としての研究テーマと仮説」を持っていることが最低条件になります。

そうした若者は、高校生のうちから学術論文を大量に読み、自分でも書き、多くの年上の研究者と意見交換して、自分の実力を磨いているのです。ちなみに、そんな「早熟な研究者」を評価するのはカルテックだけではありません。他の欧米の大学も、あるいは中国やシンガポールの大学なども、同じようにそうした人材を集めています。場合によったら、飛び級させてでも、あるいは高額な奨学金を用意して、優秀な若者を集めようとしているのです。

サイエンスの場合は研究が第一ですが、日本でいう文系の場合は、必ずしも論文を読んだり書いたりということには限りません。

「起業して実際にビジネスを走らせている」
「社会問題に危機感を抱いて運動を立ち上げている」
「メディアを通じて世論形成のための活動をしている」
「アートの領域で、既に国際的な評価を勝ち取っている」

というような活動を高校生の年齢でも始めている人材は多く、その中で優秀な人材は同じように世界中の大学の間で争奪戦になっているのです。

最先端の部分における人材獲得の大競争は、大卒の人材を世界の企業が集めようとしているだけでなく、高校のレベルの人材についても世界の大学が必死になって集めているのです。

理3を頂点とした日本のシステムというのは、例えば北朝鮮が鎖国して国民を囲い込んでいるのと同じように、日本の基礎能力の高い若者を、世界における「早熟な知識人育成の大競争」と完全に切り離してしまっています。

何が問題かというと、「理3の入試に受かる」ということを至上命題として、高い基礎能力の若者集団が囲い込まれているということは、それだけ世界の知性における大競争から、若者を切り離し、しかも「易しすぎる内容」に押しとどめているからです。

こんなことをやっている限り、日本の衰退は止まらないでしょう。

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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