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ホンマでっか池田教授による「絶滅とはそもそも何か?」という考察

先日、オーストラリアが東岸一帯に生息するコアラを絶滅危惧種に指定したとの報道がありました。誰もが知る愛くるしい姿が地球上から消えてしまう事態は極力回避したいものですが、長い地球の歴史を見ると、コアラも人類もいつかは絶滅する運命にあるのかもしれません。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、生物学者でCX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田清彦教授が「絶滅とはそもそも何か」を考察。個体の死から単為生殖種の存在や系統の絶滅まで、さまざまな角度から論じています。

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絶滅についてちょっと深く考える

2019年に上梓した『もうすぐいなくなります-絶滅の生物学-』が文庫化された。生物の絶滅についての書と言えば、カンブリア紀以来現在までに起きた5度の古生物の大量絶滅について論じたものか、近年になり人類の活動により絶滅したり、絶滅に瀕していたりしている野生動植物について論じたものがほとんどで、絶滅とはそもそも何かといった本質的な考察にまで立ち入っているものは少ない。

発売直後にアマゾンのカスタマーレビューが2点出ていたが、一つは余りにもヒドイので、無視すればいいとは思うけれども、ここにその全文を載せておく。

「年代順に生き物の歴史をダラダラと並べているだけ。こんなもん誰が面白いと思うのか。買って後悔している」

この人は本当に本を買って読んだのだろうか。そもそもこの本は、生物の絶滅に焦点を当てて、様々なレベルの絶滅について論じたもので、年代順に生き物の歴史を並べてなどいない。どんな罵詈雑言のレビューを書かれても文句はないけれども、悪口を言うためだけに読んでもいない本のレビューを書くのは、さすがに勘弁してもらいたい。

というわけで、本題に入る。絶滅とは集団に起こる現象で、1個体が死んでも絶滅とは言わない。しかし、個体を構成する細胞のレベルで考えると、個体の死は細胞集団の絶滅と考えることもできるのだ。多細胞生物の個体は、通常受精卵から発生する。人の成体は37兆個の細胞の集団である。個々の細胞は基本的に受精卵と同じゲノムを持ち、DNAのレベルではほぼ同質の集団である。細胞をユニットと考えると、個体の死は、受精卵から始まり分岐して多様化した細胞集団の絶滅と考えることができる。

ゾウリムシのような単細胞生物は細胞=個体で、それ以下の生物学的なユニットはないので、ゾウリムシの1個体が死んでも絶滅する集団はない。絶滅とはあくまで、何らかの生物学的な同一性を有するユニットが全滅することで、種の絶滅はその典型例にすぎない。すなわち、同じ種という同一性を有するユニット(個体)が全滅すれば、その種は絶滅したということになるのだ。

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個体の死によって、個体を構成する細胞群が絶滅する現象に似ているのは、創設個体から単為生殖で次々と子孫を増やしたクローン生物の絶滅であろう。マダガスカル島にミステリー・クレイフィッシュという単為生殖するザリガニがいる。北アメリカ原産のスローザリガニ(Procambarusfallax)から分岐したもので、マダガスカル島には人為的に導入された。スローザリガニとは生殖隔離が成立しているので、別種とする意見があり、私も別種扱いで妥当だと思う。別種とした場合の学名はProcambarusvirginalisである。

このザリガニは3倍体(相同染色体が3対ずつある)で、普通のスローザリガニ(2倍体)と4倍体のスローザリガニ(恐らく最初の細胞分裂で染色体は倍加したのに細胞が分裂せず4倍体になり、その後は4倍体のまま細胞分裂が進んで、生体になったと考えられる)が交配して3倍体の個体が生まれ、このたった1頭の個体から単為生殖で次々と子孫を増やしたものと考えられている。3倍体の生物は減数分裂ができないので、有性生殖は不可能だ。

カミキリムシでも単為生殖をするものが知られており、奈良の春日山などにいるクビアカモモブトホソカミキリはメスしかおらず、実験的に単為生殖をすることが確かめられている。単為生殖は交配行動にエネルギーも時間も使わないので、適応的な環境が続く限り、同じようなニッチ(生態学的地位)をもつ他種に比べ有利であり、マダガスカル島のミステリー・クレイフィッシュは他の在来種にとって脅威となっているようだ。

同じ遺伝子組成のユニットが分岐して次々と増えていく様は、受精卵が分裂して多細胞生物に発生する現象と同型である。異なるのは、1個体を形成するすべての細胞は、個体の死と運命を共にするが、クローン生物の個体は、同時に死んだりしないことだ。しかし、DNA組成がほぼ同じクローン生物は、環境変動や病気に対する反応がほぼ同じで、耐性を持たない感染症が流行ったりすると、場合によっては全滅しないとも限らない。

単為生殖はそのクローンが環境に適応している限り、極めて効率がいい繁殖方法だが、ゲノム(DNAの総体)が固定化されているので、次々に起こる環境変動に耐えて生き続けるのが難しいのであろう。有性生殖に比べて一般的な繁殖方法ではない理由は、ここにあると思われる。しかし、ヒルガタワムシの仲間は、全世界に700種ほど産するが、すべて単為生殖をおこない、4000万年程生き続けている。どうやら、他の生物からDNAを取り入れて、ゲノム組成を変更しているらしい。有性生殖の代わりに他の生物を使って、ゲノムをリフレッシュしているのだ。

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種の絶滅は現生種に関してはわかりやすい。少し前にこのメルマガで書いたように小笠原諸島の固有種オガサワラシジミは野生の個体も飼育個体もすべて死に絶えて絶滅したが、この種から新しい種は進化しなかったので、最後の1個体の死をもって、種そのものも絶滅したということだ。

一方、化石種の絶滅は現生種と違って多少ややこしい。例えば、古生代に栄えた三葉虫は、カンブリア紀から始まってペルム紀に絶滅するまで、約2億8千万年もの間生存していたが、種はどんどん変遷しており、同じ形の三葉虫は400万年ほどするといなくなってしまう。ある種は末端種として絶滅したに違いないが、別の種は、次の種に進化して形態が変わったのかも知れない。Aという三葉虫がBという三葉虫に進化したとして、Aは絶滅したと言えるのだろうか。これはなかなか微妙な問題である。

この問題を議論するには、種の絶滅とは別に、系統の絶滅という概念を持ち出す必要がある。A種が分岐をせずに、B種に進化をすれば、A種が絶滅したとは言い難い。系統としては連続的に存続していると考えるほかはない。一方、B種がA種から分岐して生じ、暫く経って母種であるA種が絶滅した場合は、末端種としてのA種は絶滅したが、A種という系統は絶滅してはいないということになる。化石の観察だけからはどちらが起こったかを決めるのはなかなか難しいが、系統が近い先行種と後行種が重ならないで出土すれば前者、多少重なって出土すれば後者、といった判断は可能であろう。(『池田清彦のやせ我慢日記』2022年2月11日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください)

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image by: shutterstock.com

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