日中戦争で日本は中国に敗戦しましたが、それには意外な原因が潜んでいたそうです。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、ある一冊の本を引いてその原因について詳しく語っています。
日本軍が中国で負けたのは、〇〇がなかったから!?
『経済と安全保障』
田村秀男 渡部悦和 著/扶桑社
このメルマガを創刊して、もうすぐ23年になります。基本世界情勢の話をしていますが、たまに「自虐史観を捨てましょう」という話もしつづけています。なぜでしょうか?
私は28年モスクワに住み、数えきれないほどの外国人と会ってきました。それで、「日本は悪い国だと思われている」とか「日本人は悪い民族だと思われている」というのが、「大うそだ」と知っているからです。
そして、自虐史観には、「実際的問題」もあります。たとえば、「第2次世界大戦で、日本はなぜ負けたのでしょうか?」という質問。自虐史観に染まっている人たちは、「それは、日本が悪い国だからです。日本人が悪い民族だからです。以上!」で終わらせてしまう。これ、本当に困ります。
日本が全然悪いことをしなかったとはいいません。しかし、いわゆる戦勝国は、本当に「善の国」なのでしょうか?イギリスは、「世界一広大な植民地」をつくり、「日の沈まない国」と呼ばれていましたが。果たして善の国でしょうか?アメリカは、原爆を2発落とし、数十万の民間人を大虐殺しましたが、果たして善の国?ソ連は、北方領土を奪い、約60万人の日本人をシベリアに抑留した。それだけでなく、スターリンは、自国民を2,000万人殺したといわれています。本当に、戦勝国ソ連は、「善の国」?
こう考えると、「戦勝国は善の国」というのは、ずいぶん「いいかげんな話」であることがわかるでしょう。
それで私は、先の大戦について、「善悪論ではなく勝敗論で考えましょう」と提案しています。なぜでしょうか?「勝敗論で考え、負けた原因をきっちり分析しなければ、次に戦争が起こった時、また負けてしまうから」です。
これ、数年前までは、「必要ないです。だって、日本は、もう戦争しないのですから」という人がほとんどだったでしょう。
しかし現在は、安倍さんも麻生さんも、「台湾有事の際、日本はアメリカと一緒に、台湾を守るために中国と戦う」という発言をされています。そう、日本が戦争と無縁でいられた時代は、もう終わっているのです。
そこで、私は、「日本が負けた理由」について考えつづけています。日本が負けた理由は、いろいろあります。たとえば、
・日ロ戦争の後、満州利権を独占し、アメリカを敵にまわしたこと
・第一次大戦時、日本がイギリスの「陸軍派兵要求」を無視したこと。それが原因で、日英同盟を破棄されたこと。これでイギリス、アメリカが、反日に転じた
・満州国について、昭和天皇は「リットン調査団」の勧告
をそのまま受け入れるつもりだったが、側近の反対で、国
際連盟脱退にむかったこと。
・そもそも、国際連盟を脱退する必要はなかったが、脱退したこと
・1941年アメリカは、対日石油禁輸に踏み切ったが、日本が真珠湾攻撃をする必要はなかった。直で、インドネシアなど東南アジアの石油を確保していれば、アメリカは対日開戦の口実を見つけることができなかった
などなど。いろいろいろいろあります。最近も、一つ興味深い事実を知りました。
日本軍が中国で負けたのは〇〇がなかったから
最近、『経済と安全保障』という本を読みました。
田村先生は、産経新聞特別記者ですが、経済の専門家です。私は長いこと田村先生の記事に注目していますが、「いつも正しいことを主張しておられる」と感じています。安倍元総理も、田村先生のいう通りにしていたときはうまくいき、先生のいうことを無視するようになったらうまくいかなくなった。渡部先生は、元陸将。つまり安全保障の専門家ですね。この二人の大物が、「経済と安全保障」について対談している、とても面白い本です。
この本の中で、田村先生が、「日本が中国との戦争に負けた理由」について、とても興味深いお話をされています。それは、「〇〇がなかったから」だと。なんでしょうか?すこし考え、紙に答えを書いてみてください。書きましたか?
答えは、「お金」がなかったからです。といっても、今あなたがイメージしたお金とはおそらく違います。すこし田村先生の言葉を引用してみましょう。
問題は、なぜ日本軍が中国大陸で優位に立てず、泥沼のなかに入っていってしまったのかです。その大きな原因が、中国大陸で日本の「円」が通用しなかったことにあります。
(52p)
いわれてみれば、当然のような気もしますが。なぜ、それが問題なのでしょうか?
他国を占領すると派遣している兵士を養っていくためにも現地で物資を調達する必要がありますが、それには、お金が必要になります。日本軍は軍が発行する「軍票」を貨幣の代わりに使えるようにしようとするのですが、これが、うまくいかない。
(同前)
なんとなくわかります。外国の軍隊が来て、「これお金の代わり。よろしくね」といわれても、「こんな紙切れ、信用できるか!」となりそうです。
では、当時中国の貨幣状況は、どうだったのでしょうか?
中国国内では、1935年11月に蒋介石による幣制改革によって政府系銀行が発行する銀行券(不換紙幣)である「法幣」が強い力を持っていました。法幣は、蒋介石の政府発行ですが中国の政府が信用を保証している。だから中国国内のほとんどの地域で通用します。
(同前)
蒋介石政府の発行する「法幣」は、信用を獲得していたのですね。
では、日本軍の「軍票」はどうだったのでしょうか?
つまり、日本の軍票は通用しない状態だったわけです。そうなると日本軍は物資の調達にも困ります。
(同前)
そして、田村先生は、この「お金問題」が日本軍が勝てなかった大きな理由だと見ておられます。
日本軍が蒋介石軍を破って「点」を確保しても、その点を面へと広げていかなければならないわけですが、占領統治を拡大していくためにはお金が必要になります。軍票は通用しないので、法幣が必要なのですが、日本軍には法幣の持ち合わせはない。戦線が奥地に広がれば広がっていくほど、法幣を持たない日本軍の窮状は深刻なものになっていき、泥沼状態になっていくわけです。
(53p)
なるほど~。正直、今まで考えたことがない視点でした。そして、「いわれてみれば、まさにその通り」なお話です。この『経済と安全保障』、ここまでは、歴史のお話でした。
しかし、本のほとんどは現代にかかわる話です。
・デジタル人民元てうまくいくの?
・中国の切り札「デジタル・シルクロード」とは?
・ドル体制の未来は?
・中国政府がアリババをいじめる理由
・日本の課題
・日本と経済安全保障
最近、「経済安全保障」「地経学」という言葉が流行っています。詳しく知りたい方は、この本をご一読ください。いろいろ意外な視点があって、面白いはずです。l
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年2月20日号より一部抜粋)
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