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プーチンの狂気を悪用する、ウクライナ紛争で“得をした”人物リスト

プーチン大統領の異常とも言える強硬姿勢が、先行きを全く見通せないものにしているウクライナ紛争。多くの命が理不尽に奪われる悲惨極まりない状況が一月あまりも続いていますが、その間に「利」を得ている人物や国家、企業が存在していることも厳然たる事実です。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、政治経済面にフォーカスし、この紛争における勝敗や損得について解説。記事最後部では「ブーイングを覚悟」するとした上で、とあるタブーにも触れています。

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ウクライナ紛争―誰が得をし、誰が損をしているか?

「戦争を損得勘定で表現するとは、けしからん!」

タイトルを見てそうお叱りを受けるかもしれません。

また戦争が継続中であるのに損と得のお話を展開することを不謹慎だとのご批判もあるでしょう。

しかし、これまでいくつもの紛争に直に関わり、調停に携わった身としては、この「損得勘定」の話に常に付き合わされてきました。

一般の市民が多く犠牲になる戦争・紛争が行われている背後で、損得が語られている様はあまり気分がいいものではないのですが、それもまた戦争の現実であり、今回のウクライナ紛争でも実際に話題になっています。

国連のグティエレス事務総長は繰り返し「戦争に勝者は存在しない。皆、敗者だ」と述べていますし、私もそう思います。

しかし、同時に、クリアではないにせよ、「勝者」は間違いなく存在し、「敗者」も間違いなく存在すると考えます。

ただし、軍事的な勝者・敗者という区分ではなく、今回お話ししたいのは【政治的・経済的な“勝敗”や“損得”】です。

では、今回のウクライナ紛争で損をしたのはだれでしょうか?

まず明らかなのは、言うまでもなくウクライナ国民です。2月24日に、予想を上回る規模でロシア軍がウクライナ全土に攻撃を仕掛け、ウクライナにおける穏やかな日常は一瞬にして失われました。

ロシアによる“侵略”に対抗するため、法律で定められたとおり、18歳から60歳の男子は母国防衛のために戦うことを強いられ、それにより家族は引き離されました。2014年のクリミア併合問題以降、軍事訓練を受けた女性も相当数おり、男女の分け隔てなく、母国のために立ち上がり、ロシア軍と戦っています。

結果、ある程度、子供が独り立ちできる年齢の家族では、父母共に戦いに出るという事態も多く起こっています。

もしかしたら二度と生きては再会できないかもしれないような事態に追い込まれてしまったウクライナの人々は、損をしたというよりは、確実に被害を一方的に受けてしまった対象です。

ロシア軍による民間施設への無差別攻撃が頻発する中、多くの市民が生命を失い、美しかった街は跡形もなく破壊されています。

これまでの紛争で何度も戦後復興の任にも当たってきましたが、日々、情報と共に寄せられる多くの映像を通じて破壊し尽くされた街の様子を見て、紛争終結後に待っているさらなる苦難を想像して、唖然としています。

当事者であるウクライナの皆さんはなおさらでしょう。

損をしたという表現を用いるなら、ロシアの一般国民も損をしたと言えます。この見解には、いろいろなご批判もあるかと思いますが、プーチン大統領とその側近たちの下した決断と判断の負の影響をもろに被っているという点では、ロシア国民も被害者と言えるでしょう。

国際社会からの孤立、世界から寄せられる非難の嵐…。

ロシア人であるというだけで非難される状況は、表現は適切ではないかもしれませんが、ロシア人に大きなダメージ、損失を与えたと言えます。

「プーチン大統領を独裁者にしたのは、有権者たるロシア人じゃないか」という批判もあると思いますが、その選挙の公正性への疑念を踏まえると、“プーチン大統領”を信任したともいえない気もします。

今回のウクライナ紛争を見ていて、ロシア政府(特にプーチン大統領)の行動への非難と、ロシア人への非難が一緒くたにされており、勢いでロシア人への排斥感情が各国で高まっていることには、正直、懸念を強く持っております。

「プーチン大統領が自分たちに被害を与えた」とロシアの皆さんが認識し、損をしたと感じるのであれば、選挙制度に期待はできない状況下でも、声を上げて、行動を広げていく必要があるでしょう。ロシアを変えることが出来るのは、ロシア人だけですから(とはいえ、CIAやMI6の工作がすでにロシア国内で展開されているという情報もあり、いくつか思い当たる事案もありますが、それについてはここでは書けません)。

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ではウクライナとロシアを離れて眺めてみたらどうでしょうか?

確実に、私たちを含め、世界各国の消費者は損をしています。生産能力の破壊と運搬手段の喪失といった戦争の直接的な影響に加え、欧米諸国とその仲間たちが一致団結してロシアに課す多重的な制裁の影響は私たちの日常生活を直接的・間接的に容赦なく襲っています。

例えば、ロシア産原油・天然ガスの輸入制限が生み出す地政学リスクは、すでに高騰していた燃料費をさらに高騰させ、ガソリン代やガス代、電気代という形で消費者に負担を強いることになっていますし、製造業も大幅なコスト増に見舞われています。その高騰分が価格に転嫁されることで、消費行動を冷ますことになるかもしれません。

ロシアとウクライナで世界の小麦の約3割を占めるとされていますが、現在、両国の小麦をはじめとする穀物の運送が出来ず、また来季に向けた作付けもできるような状況にないため、今後、仮に早期に紛争が終結しても、しばらく農作物の不足からくる価格高騰と、場合によっては、食糧危機の懸念も高まります。

ひまわり油なども製造できなくなるため、小麦・植物性食用油などは今後、供給困難になると予想されます。

そして、コロナからの回復のエンジンとなると期待されていたインフラ整備や建築・建設部門も、ロシア産の金属・鉄鋼資源の供給が止まり(もしくは調達停止)、建材の不足が深刻化してくると予想されています。コロナ禍ではウッドショックが住宅市場を襲いましたが、今度は商用ビルや道路建設などに用いられる鉄鋼などが大幅な供給不足に陥ると見られており、すでにその影響も見られます。

この金属系は、ロシア産が一気に落ち込む中、トルコやインド、韓国などが必死に穴を埋めようと画策し、これを機にシェアを拡大しようとしていますが、ロシアを代替しうるにはまだしばらくかかるようです。そして、世界的な半導体需要の高まりと競争と相まって、電子機器や自動車などの製造も遅れ気味になります。

コロナ禍からの回復のエンジンとなり得る産業部門の熱をセクター横断的に再度冷やしてしまいそうな懸念が拡大しています。

そのあおりは、巡り巡って私たち消費者に転嫁されることになるでしょう。

ウクライナ紛争は、意外なところにも大きな損失を生んでいます。ウクライナ紛争への対応に各国の様々なリソースが集中投下される中、報じられない多様な紛争の当事国となっているアフリカや中東の国民たちも、損害を被っていると言えるでしょう。

以前より何度もこのコーナーでお話をしているエチオピアのティグレイ紛争の被害者、隣国スーダンでの混乱、チュニジアでの内政不安、コンゴやナイジェリアで燻る紛争の火種、なかなか安定しないアルジェリア情勢などといったアフリカにおける紛争や、イランとサウジアラビアの代理戦争ともいわれるイエメン紛争やシリア紛争には、普段以上に国際社会からの関心が行き届かず、半ば見捨てられている状況です。

【関連】政府による虐殺やレイプも。建国以来最大の危機に陥る「多民族国家」の空中分解

ゆえに、独裁者たちの蛮行やIS関連組織などの蛮行が、見過ごされているという悪循環を生んでいます。これも直接的ではないかもしれませんが、ウクライナ紛争が生み出した人道的な損失と言えるかと思います。

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少し目線を変えると、損失を被っている別のグループがいます。

それは、対ロシアでアメリカと共同歩調を取る欧州諸国と日本です。

EUと日本で共通することと言えば、「エネルギー資源の輸入に対するロシアへの高い依存率」です。

先述のようなエネルギーコストの著しい高騰は、それぞれの経済への打撃となってじわりじわりときいてきます。このショックの大きさは、シェール革命でエネルギー自給自足が可能で、すでにエネルギー資源の輸出国に転換しているアメリカよりもはるかに大きくなりがちだと分析されています。

「プーチンを許さない」という同盟の旗の下、対ロ制裁に乗り出していますが、それによって被るコストに経済がいつまで耐えられるか。そして、それをいつまで国民が「ウクライナの人々との連帯」という大義名分をもって許容してくれるか。先の見えないリスクが黙々と拡大しています。

別のアングルから見てみると、欧州各国(特に東欧諸国)と日米の置かれている状況が違います。

今回のロシアによるウクライナ軍事侵攻によって、これまでに330万人を超える国民が周辺諸国に逃れ、隣国ポーランドに至っては200万人に達するという状況になっています。それらの国に留まる人もいれば、そのままドイツや北欧諸国に移動していくグループもいます。

人道的な配慮から、比較的迅速に難民の受け入れが行われていますが、長引く紛争と難民の流入は、今後、各国内での社会的な不安につながる可能性があります。

2015年のシリア難民受け入れ問題時とは、状況は異なると言われていますが、社会的な不満や不安を煽る勢力が拡大してくると、各国の政治社会的な問題が表出してくるかもしれません(実はこれ、ロシアのお得意分野です)。

その点では、受け入れはゼロではなく、日本に至っては非常に例外的な人数を人道的観点から特別に受け入れていますが、それでも地続きの欧州各国と比べるとはるかに少なく、皮肉を込めて言えば、欧州各国に支援は行っても、口先だけの介入で済んでしまいがちという、コストの偏りが生じがちです。このコストの偏りについては議論が表出してきませんが、ブリュッセルで開催されるNATOおよびG7緊急首脳会議で、何かしらの不協和音が出てくるかもしれません。

難民受け入れ問題以外には、欧州各国、特に東欧諸国は、いつ戦火が広がってくるかとの不安と隣り合わせという心理的なコストも大きいと言えます。

アメリカは、米ロの直接的な核戦争にでもならない限りは、直接的な被害は受けませんし、最近、噂されるロシアによる化学兵器と生物兵器使用の恐れが仮に具体化してしまった場合にも、直接的に悪影響を受けるのは、東欧諸国です。このリスクへの対応も、今後、早急に議論されなくてはならないでしょう。

そして、少しアングルを変えると、日本も間接的な安全保障上のリスクに直面します。直接的な紛争による飛び火はないですが、安全保障上、頼りにするアメリカのフォーカスがウクライナ・ロシアに向けられる中、必然的に北東アジアにおける米軍と国際的な関心が手薄になることで、北朝鮮・中国(そして韓国も)による揺さぶりに直面することになります。

その典型例は、連日報告される北朝鮮によるミサイル発射です。ICBMと思われる弾道ミサイル発射実験が繰り返され、すでに核兵器を保有していると思われる状況下で、北朝鮮が行う瀬戸際外交がはらむリスクはこれまでにないレベルにまで達すると懸念されます。

中国も、期せずしてウクライナ紛争関連でコミットメントの有無が噂されていますが、フォーカスは常に台湾およびアジア周辺に置かれており、実際に、尖閣諸島問題を含み、多様な圧力および威嚇を続けています。日本はG7諸国と歩調を合わせてウクライナ問題に対するとのことですが、それと並行して北東アジア地域における自国の安全保障に対しての配慮が、これまでになく必要になってきています。

ウクライナへのロシアによる侵攻が、期せずして、国家安全保障問題の懸念増大につながってしまったという、見方によっては“損をした”と言えるのかもしれません。

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そして、“当事者”ロシアも、ウクライナ問題に忙殺されているかと思いきや、しっかり日本に対する圧力は忘れていません。

それは、北方領土問題の“終結”に向けた圧力を強化するという動きです。ここで“終結”というと、日本的には「北方四島の返還」を意味するかもしれませんが、ロシア側の話では、メドベージェフ元大統領の表現を借りると「北方領土問題に関する一切の議論の打ち切り」を意味します。

このような事態に対して日本の国家安全保障・外交的観点からどのような措置を取るのか。しっかりと明確に打ち出さなくてはなりません。

さて、さらにcontroversialな話題に移りましょう。

今回のウクライナ紛争で得をしたのはだれでしょうか?

最初の候補は、アメリカのバイデン大統領と政権です。

2021年1月に大統領に就任後、大方の期待に反し、バイデン大統領のパフォーマンスは芳しくありません。芳しくないどころか、もしかしたら、状況を悪化させているとも思われます。

国内の問題に敢えてコメントはしませんが、コロナ対策をめぐる動きは決して褒められたものではなく、あれだけ批判したトランプ政権での方針を丸のみにしただけとも言われています。

外交面では、America is backと国際協調への復帰をアピールし、欧州の同盟国を安心させたかと思えば、全く相談することなく、アフガニスタン・イラクからの米軍の完全撤退を強行し、アフガニスタンではタリバンの復権を許し、ISを生き返らせたと言われています。

そしてイラクでは、部族間での対立を再燃させ、イランからの影響も強まった結果、国内の治安は悪化の一途を辿っています。

散々、かき回しておいて、見捨てるという“お得意の”外交上の失敗を犯してしまい、「世界の秩序を強引にでも安定させようとした米国の影響力は衰弱した」と揶揄されることになりました。

しかし、今回、憎きプーチン大統領がウクライナへの侵攻を行ったことで、迅速に対応し、矢継ぎ早に制裁措置を発動し、国際社会を巻き込んで対ロ包囲網を掲載しました。

内幕については詳しいことは分かりませんが、ウクライナ紛争の勃発を機に、弱体化がささやかれていた米国のリーダーとしての資質を回復するチャンスを掴んだと見ることができます。

「ちょっと手際が良すぎませんかねえ」と違和感を抱いていることは以前お話ししましたが、実情はともかく、分裂構造が鮮明化していた米国内では、分裂していた議会を一つにまとめるwe are united効果を作り出すことが出来ました。

【関連】プーチンを煽りウクライナ侵攻させた“真犯人”は誰か?炙り出された悪魔の構図

現時点までは、ウクライナのゼレンスキー大統領が切望するウクライナ上空を飛行禁止区域設定するというカードは切っていませんが、状況によっては、いつでもそのカードを切ることが出来る環境を、米国議会および世論、そしてメディアに作り出したと思われます。

それは、結果的に、絶対的に不利が噂されていた今秋の中間選挙に向けての助走が付いたという見方もされています。

まさに議会での生活が長く、いかに議会において波を起こすかを知り尽くしているともいえるバイデン大統領のなせる業と言えるかもしれません。

そして、今回の紛争を“引き起こした”プーチン大統領に対して、断固とした対応をアピールすることで、就任来、ささやかれているウクライナ・ゲートとも言われるバイデン一家(特に息子のハンター氏)の疑惑を覆い隠す役割もあるのではないか、という穿った見方も出てきているくらいです。

単純に「だからバイデン大統領は得をしている」と言い切るのはやりすぎな気もしますが、経済が悪化しても非難の矢面に立たされる環境を回避できていることもあり、あまり損の要素が見当たりません。

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次に「得をした」と考えられるのは、エルドアン大統領のトルコです。

ロシアとはつかず離れずの関係を保ってきたトルコですが、ここにきてNATOの加盟国でありながら、NATOの他の加盟国とは決して良好な関係を保つことが出来ておらず、NATO内での発言力を高める狙いから、ロシアからS400を購入し、NATOの核弾頭が配備されているトルコ空軍基地にそれを配備するという、なんとも大きな賭けに出て、ロシアともパイプがあることを“証明”しています。

その立場を活かして、今回、ロシアとウクライナの仲介役を買って出ました。ここまでの調停は不発と言えますが、なかなか打開策が見つからない中、「トルコここにあり」と言わんばかりに、外交上のプレゼンスを高めたと評価できるでしょう。

これにより、外交的な孤立状態からの脱却と、キャスティング・ボートを握る重要な位置への回帰が可能になり、NATOから顰蹙を買っていた状況から一転、ロシア・プーチン大統領と直に話が出来るリーダーとしての役割への転身を図りました。

実際には、ロシアとの微妙な緊張関係を用いて、欧米とロシアとの間で面白い動きを続け、経済的にもおいしい役回りを獲得しています。

その最たる例が、Kargu2に代表されるドローン兵器のウクライナ軍への提供です。

ここで一点、はっきりとさせておきたいことがあるとすれば、トルコを含め、各国がウクライナに向けて行う軍事支援は、決して無償のものではありません。

各国からウクライナ政府への供与の段階ではコストは発生していないようですが、各国が武器を調達する段階で、兵器製造の企業はしっかりと対価を受け取る、あくまでもビジネスを実施しています。

今回の最新鋭と噂される各種ドローン兵器も、対ロ戦線で効果を発揮させ、その効果を可視化させることで、製造元の軍事産業企業のSTMへの発注がここ2週間ほどで爆発的な増加を記録しているそうです。

まさにちゃっかりと得をしています。

さらには、紛争下でロシアとウクライナの鉄鋼が事実上破綻した状態下で、一気に国際マーケットの主力に上り詰めたのがトルコ鉄鋼業界と言われており、高まる需要を背景に高値での取引を正当化でき、ここでもまた儲かる仕組みが構築されています。

かなり皮肉っぽく聞こえるかと思いますが、学ぶところが大いにあります…。はい。

フランス・マクロン大統領も、実は今回のウクライナ紛争で徳をしたと思われる一人です。「最もプーチン大統領と会っている男」という演出で、フランスのリーダーシップを誇示しています。

今年に入ってプーチン大統領との“会議”の数は20回ほどに達していると言われています。しかし、実際には成果は残すことが出来ておらず、プーチン大統領からはまともに相手にされず、ただウクライナ侵攻の準備時間を稼がせただけという辛辣な分析がされていますが、外交上の“実績”をアピールし、それを自らの大統領選での支持率急回復に利用していると言えます。

一時は極右勢力の候補に対して劣勢が伝えられてきましたが、極右勢力側の内紛も幸いして、今では支持率トップを走っており、このままいけば来月の大統領選挙での優勢が続くものと思われます。

そして、ポジティブな副産物として、予てより主張していた欧州防衛軍の創立を実現する見込みです。

トランプ政権時代に「もうアメリカには頼れない。自らの力で防衛する力を欧州は持つべき」と主張したのが起こりですが、当初、多くの反対に晒されていたアイデアは、今回明らかにされたロシア・プーチン大統領の“狂気”に直面したことで、一気に支持が広がったとされています。もちろんその旗振り役を買って出たことのアピールは忘れずに。

しかし、フランスの立ち位置はとても興味深いものです。欧米諸国や日本などが挙って対ロ経済制裁を決行し、ロシアからの撤退を迅速に行う中、フランス企業はまだロシアに留まり、批判をもろともせず、歴史的に存在しているフランスとロシアの不思議な関係をベースにビジネスを継続させています。言い換えると、制裁の網破りを平然と行い、経済へのリスクを、他国に比べて軽減させることも忘れていません。

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英国・ジョンソン首相に至っては、とても皮肉を込めた言い方をすると、ウクライナ紛争は、コロナ自粛下での度重なるパーティー疑惑と、身内からの辞任要求という、自身にとっての政治的な危機を覆い隠し、難局を乗り切る手助けをしたと考えられます。

乗り切ったのか、それとも先送りされたのかは定かではありませんが、ひとまず、危機は乗り切ったようです。

他には、脱メルケル路線を許されたショルツ独首相、イラン核合意交渉の佳境に達していたところで、対欧米の揺さぶり材料を、ロシアへの支援という形で得たイラン政府、そしてアフリカや中東地域で国内紛争を遂行中の各国(例:エチオピア)は、国際社会の非難の矛先がロシアに一斉に向いているうちに、“大願成就”を果たそうとしている状況…などが“得した人たち”リストに挙げられます。

そしてもちろん、国際経済がコロナウイルスのパンデミック以降スランプに陥り、忍耐モードに入っている中、軍需産業のみなさんはしっかりと利益を増加させています。

ところで今回のウクライナ紛争・危機において、あまりプレゼンスが見えない中国・習近平国家主席は、得をしたのでしょうか?それとも損をしたのでしょうか?

個人的な感触では、損得を両方経験し、そのバランスのとり方に苦慮していると思われます。

まず損をしたとしたら、【プーチン大統領の本心を読み違えたことが生み出したもろもろの不都合】を被ったことでしょうか。

例えば、2月4日に北京冬季五輪の開幕に合わせて訪中したプーチン大統領と首脳会談を行った際、かねてより噂されていた中ロ軍事同盟の締結を上回る表現で【特別な関係をアピールし、対米共闘を誓った】ことで、ここまでの全面的な侵攻はないと踏んでいたようですが、24日の開戦を受け、事実上、顔に泥を塗られるという事態になりました。

【1】のコーナーでもお話ししている中国流交渉術の秘密の一つにも【面子をつぶさないこと】を挙げましたが、まさにそれを“盟友であり、特別な関係にある”プーチン大統領にやられたことは、何とも言えない大きな批判の材料を、彼を警戒する共産党の長老たちに与えてしまったと言われています。

今秋開催の5年に一度の共産党大会で、異例の第3期目の国家主席任期を得たい習近平国家主席としては、怒り心頭でしょうが、UNやその他の外交舞台において、ロシアに対して【大きな貸しを作ること】で、いずれ実行する台湾侵攻・併合時のバックアップを取り付けようとしています。

まさに今損をしておいて、後日、利子をつけて恩は返してもらうというスタイルでしょうか。

得をしたとすれば、欧米がプーチン大統領との対話に苦慮する中、プーチン大統領が唯一いうことを聞きそうな相手という認識を国際的に作り上げ、対プーチン大統領問題におけるフィクサー的な役割と認識を得たと思われます。

それをきっかけに、アメリカからの圧力を弱めさせ、台湾問題への欧米の注意力が削がれている間に、いろいろと工作できる素地を作っていると思われます。ここでは、ウクライナの悲劇の背後で、ちゃっかりと得をしていると言えるでしょう。

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では、当事者の一人であり、今回のウクライナ戦争を激化させている張本人、プーチン大統領はどうでしょうか?

ハッキリと言えることは【損はしているが、自業自得である】ということでしょう。

ここ数年、国内での支持は下降線をたどり、以前ほどの威光はないと言われてきましたが、それにさらなる陰りがみられ、背後から刺される(クーデター)可能性が大きくなってきていると言われています。

それゆえでしょうか。疑心暗鬼のレベルはマックスに対しており、側近でさえ粛正することを厭わないとの脅しを明らかにかけるようになってきたように見えます。

身内がプーチン大統領にネガティブな情報をあげることを恐れ、対ウクライナ侵攻についてよい情報しか伝えなかったことで、想像以上の苦戦を強いられていると思われますが、自身の権力の保持のためには退くことは一切許される状況になく、とことんウクライナを攻めるしかない状況に追いやってしまいました。

この追い詰められる度合いが高まると、彼の中で決してブレることがない大ロシア帝国再興の夢と、「ロシアの国土の終わりはない」との信念に支えられて、昨今、ささやかれる核兵器、生物兵器、そして化学兵器の使用の可能性が高まると思われます。

話はずれますが、この“信念”の内容、どこか台湾統一に賭ける習近平国家主席の信念に似ているような気がします。

損得のお話で、皆さんからのブーイングを覚悟しながら、最後にタブーに触れておきます。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、政治リーダーというキャリア的には得をした一人だと思われます。

就任時に約束した公約をことごとく覆し、7割を超えていたとされる支持率も紛争直前では一けた台まで悪化していた中、ロシアからの全面侵攻を受け、戦時のリーダーとしてのイメージで、最低と言われた支持率を一気に回復どころか爆発的に増加させました。

SNSを通じて発信される国民へのメッセージ。「私はキエフに留まり戦う」と宣言し、国民と命運を共にする姿勢のアピール。Tシャツ姿で語り掛け、無精ひげの顔のまま、非常事態下にあるイメージを演出。各国の議会に向けて行われるリモートでありつつ、Liveで行われる演説の内容は、それぞれの対象に合わせて綿密に内容が練られているという卓越したコミュニケーション戦術。

そして、映像と言葉を駆使して悲壮感を漂わせ、必死さのアピール、そしてピンポイントの支援要請を駆使して訴えかけた結果は?

彼の支持率とイメージ回復、そして戦う不屈の精神のリーダーというイメージは最大の得点ですが、実質面で、欧米の最新鋭の武器を無償で提供してもらっただけでなく、膨大な資金が無償供与されたことで、彼の政権下でスランプに陥っていた経済状態を救うことが出来たとの分析をここでご紹介するのは、行き過ぎた内容でしょうか?

この問いへの答えがどのようなものであったとしても、今回起こっていることは、ゼレンスキー大統領にとっても予想外の事態になっていることと思いますが、欧米からの支援は、プーチン大統領による蛮行への対抗力を強化しただけで、問題の解決には至っておらず、結果としてウクライナ市民の犠牲を増大させ、ウクライナ市民に想像を絶する大きな損失を強いています。

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このメルマガを書いている今、ブリュッセルではNATOおよびG7の首脳会議が開催され、対プーチン包囲網の強化が協議されていることと思いますが、2月24日以降、不変の事実として分かってきた「やはり各国それぞれの事情があり、対ロシア制裁の厳格化を徹底できない」というジレンマを超えることが出来ず、結果として、プーチン大統領に対して決定打を見つけられないと感じています。

外交的な圧力よりは、プーチン大統領に対して本当に効果がある一撃は、ロシア国内、それも彼の取り巻きの戦線離脱と反攻によってしか加えられないと考えます。

その意味で、真偽のほどは分かりませんが、プーチン大統領の権力基盤を強固にしてきたオリガークたちの離反傾向が報じられるのは、変化を感じることが出来るエピソードではないでしょうか?

もちろん、彼らとて、ピュアに損を取ることはしないはずですから、今、さまざまな圧力に面して、緻密な損得計算が行われているものと期待しています。

今回もまた思いが溢れて長い内容になってしまいました。いろいろと入ってくる“現場”からの情報をベースに、ぎりぎりの線で論じてみました。いろいろとご批判もあるかと思いますし、不適切な表現もあったかもしれません。

皆さんにいろいろと一緒に考えていただける材料になれば幸いです。

どうか一刻も早くウクライナ市民に平穏な日常が戻りますように。私もそのためにできることを尽くします。

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image by: Yanosh Nemesh / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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