プーチンにナメられた安倍晋三元首相が「北方領土交渉」で“見誤ったもの”

2022.03.30
 

3つ目は、欧州との天然ガス・パイプラインのビジネスが、ロシアにとって深刻なリスクになっていた。通説では、天然ガス・パイプラインのビジネスでは、供給国であるロシアが、需要国であるEUに対して有利な立場になるとされてきた。しかし、実際には、供給国と需要国の間に有利不利はない。

パイプラインでの取引では、物理的に取引相手を容易に変えられないからだ。パイプラインを止めると、供給国は収入を失ってしまう一方で、需要国は瞬間的にはエネルギー不足に悩むものの、長期的には天然ガスは石油・石炭・原子力・新エネルギーで代替可能である。つまり、国際政治の交渉手段として、天然ガスを使うことは事実上不可能で、それをやればロシアは自らの首を絞めることになる。2014年のウクライナ危機以降、天然ガス・パイプラインは、ロシアの強力な交渉材料ではなく、むしろ大きなリスクとなっていた。

そして4つ目だが、ロシアは極東地域の石油・天然ガス開発を重要視し、中国に接近していた。価格面で折り合いがつかず10年越しの懸案であった、総額4,000億ドル(約40兆円)に上る歴史的な天然ガスの供給契約を中国と結んだ。しかし、中国とのシベリアにおける関係強化も、ロシアにとって悩ましい部分があった。

中国がシベリアの開発に関与すると、中国からビジネスマン、技術者が来るのは当然だが、それだけではない。政府の役人から大労働者、掃除婦のようなエッセンシャルワーカーまで大量の中国人がやってくる。アフリカへの中国の進出でもみられた得意の人海戦術が展開されて、シベリアに「チャイナタウン」ができてしまうのだ。

ロシアは、中国にシベリアを「実効支配」されてしまうことを恐れていた。これを回避するため、ロシアは、日本の極東開発への協力をなによりも望んでいたのだ。

要するに、当時ロシアには、日本との経済協力をなんとしても進めなければならない切実な状況だったということだ。だから、プーチン大統領は北方領土問題について「引き分け」という日本語の言葉を持ち出してリップサービスしてまで、安倍首相を交渉に引き込もうとしたのだ。

だから、安倍首相からすれば、積極的に経済協力を提示したり、北方領土そのものについて譲歩したりする必要などなかったのだ。ロシアが日本を必要としているのだから、日本から動かなくても、いずれロシアから近づいてくる。ロシアから近づいてくれば、それだけ日本に有利な外交交渉ができたはずだ。

ところが、わざわざ安倍首相から働きかけたために「北方領土で成果を出そうと、安倍首相が焦っている」とロシアに見透かされた。そして、ロシア側では「領土問題が解決せずとも日本はやってくる」との認識が広がってしまった。ロシアになめられたということだ。

なぜ、安倍首相はロシアになめられる弱い姿勢で交渉に臨んでしまったのか。それは、プーチン政権下で「ロシア大国主義」が復活しているという現状認識があったからだと思う。それでは、「大国ロシア」とは何だったのか。

ソ連崩壊後、ロシア人には様々なコンプレックスが残り、明確なアイデンティティがなくなっている。明確な国家的思想もなく、国家を団結させる唯一の路線もない。社会はソ連のアイデンティティから、新しいロシアのアイデンティティを探し求めながら揺れ動いてきた。

プーチン大統領は、2000年の就任演説以降「大国ロシア」という言葉を頻繁に使用してきた。2000年代前半には、エネルギー価格の高騰もあいまって急速な経済力の回復を実現させたことで、プーチン大統領の掲げる「大国ロシア」は、自信を取り戻したロシアの新しいアイデンティティとなった。

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