だが、繰り返すが「大国ロシア」は虚構に過ぎなかった。現在のロシアには、どこかを征服し、失った領土を再併合しようという国力はない。隣国に対する関心はあるがそれも「ソフトに」優位に立ちたいということであって、厳格にコントロールしようとするものではない。「大国」という概念は、過去の遺物でしかなかったのである。
それでも、プーチン大統領が「大国ロシア」の虚構を演出していたのはなぜか。経済の好調により、国内批判を容易に抑え込めた第一次・第二次政権期(2000~2008年)と異なり、ウクライナ危機以降の経済停滞による国民の不満が広がり、大規模な反プーチン・デモを経験した第三次プーチン政権(2012年5月~)では、国内世論の動向に従来以上の注意が必要になっていた。プーチン大統領は「大国ロシア」を訴え続けることで、国内の保守層・大衆層の支持を確保し続ける必要があったのだ。
要するに、「大国ロシア」はプーチン大統領が国内外に振りまいた幻想であり、虚構に過ぎなかった。だが、それを見誤ったことで、安倍政権の対露交渉姿勢が必要以上に腰の据わらないものとなったしまったのだ。
現在、欧米や日本などは、ロシアのSWIFTからの排除など経済制裁を強めている。シェル、BP、エクソンモービルなど、英米の石油メジャーなど、ロシアへの投資を撤退する民間企業も続出している。日本企業も、サハリンやシベリアの極東開発から撤退せざるを得なくなるだろう。
だが、ロシアから欧米や日本が投資を引き揚げてしまえば、極東ロシアは中国の影響下に完全に入ってしまうだろう。中国は、ウクライナ紛争に対して、表向きは静観を装い続けるだろう。しかし、「民間企業の活動」という「建前」をとれば、どんどん極東ロシアに入っていける。その建前は、ミャンマー国軍に対する中国の裏での支援にもみられるものだ。一方、ロシアは、強硬な言動を繰り返しているが、中国の影響下に入りたいわけではない。いまだに、日本の技術と資金を必要としている。
ロシアによるウクライナ軍事侵攻という「一方的な力による現状変更」は断じて容認できない。それが大原則だ。だが、このまま紛争が泥沼化し、ロシアが経済的に孤立し、困窮する事態になるとどうなるか。極東ロシア、中国と近接する日本は、そこから遠い欧米とは地政学的にまったく違う戦略を考える必要がある。岸田政権は、対露政策について、難しいかじ取りを迫られることになる。
<参考文献>
- 木村汎ら(2010)『現代ロシアを見る眼―「プーチンの十年」の衝撃』NHKブックス
- ドミトリー・トレーニン(2012)『ロシア新戦略-ユーラシアの大変動を読み解く』作品社
image by: 首相官邸