プーチンにナメられた安倍晋三元首相が「北方領土交渉」で“見誤ったもの”

2022.03.30
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3,000億円とも言われる経済協力を申し出た上に、4島一括返還の原則を「2島先行返還」にまで譲歩するも、結局何の進展もなく終わった安倍政権による北方領土返還交渉。なぜ安倍氏はここまでの低姿勢で、ロシア側との協議に臨んだのでしょうか。今回、その原因を安倍政権がプーチン大統領の演出する「大国ロシア」の幻想に惑わされたためとするのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは当時ロシアが抱えていた4つの問題を解説した上で、その状況を見誤った日本政府を批判的に記すとともに、今後の対ロ戦略の課題を考察しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

なぜ安倍元首相はロシアになめられる弱い姿勢で北方領土返還交渉に臨んでしまったのか

ロシアのウクライナ侵攻で日本が対ロ制裁を科したことへの対抗措置として、ロシア外務省は「公然と非友好的な立場を取り、わが国の利益を損なおうとする国と2国間関係の基本文書の調印を協議することは不可能だ」と主張し、「北方領土問題を含む日本との平和条約締結交渉を現状では継続するつもりはない」と表明した。

また、ロシア軍は千島列島と北方領土で3,000人以上が参加する軍事演習を開始したと発表した。数百台の軍用車両などで、敵の上陸に反撃する演習などが実施されたという。日本は、対露外交戦略の全面的な見直しを迫られているのは間違いない。

2012年、安倍晋三首相(当時)は、「領土問題を解決し、平和条約を締結する。戦後70年以上残されてきた課題を、次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ず終止符を打つ」と訴えた。そして、安倍首相はウラジーミル・プーチン露大統領と個人的な信頼関係を築き、ロシアに対する経済協力を進めることで領土交渉に臨むという戦略を描いた。

しかし、交渉は難航して進まなかった。安倍政権は、ロシアを交渉のテーブルに着かせる為に、次々と譲歩をしていった。2014年のロシアがクリミア半島を併合した時、欧米各国はロシアに対して厳しい制裁を科した。だが、安倍政権は、欧米に比べて緩い制裁にとどめただけでなく、欧米の制裁が続く中、ロシアとの経済協力を次々と進めていった。

2016年5月、安倍首相は「新たな発想に基づくアプローチで交渉を進める」として、エネルギー開発や極東地方の振興策、先端技術協力など8項目の「経済協力プラン」を提案した。12月には、ブーチン大統領が来日して開始された首脳会談で、北方領土での日ロ共同経済活動を提案し、8項目の「経済協力プラン」の推進で合意した。

安倍政権は、北方領土交渉そのものについても、ロシアに譲歩しようとした。2018年のシンガポールでの首脳会談では、首相が「4島返還要求」を封印し、「2島返還」にハードルを下げることを提案した。首相は、北方領土について「日本固有の領土」という表現を使わなくなった。

しかし、セルゲイ・ラブロフ露外相は、安倍首相の譲歩に対して冷淡だった。「第2次世界大戦の結果、合法的にロシアに4島の主権が移ったと日本が認めることが第一歩だ」と主張し、ロシアがこの提案に乗ることはなかった。

それどころか、ロシアは北方領土で軍事演習をし、「領土の割譲禁止」という条項を盛り込んだ「憲法改正」まで行った。それなのに、安倍政権はロシアに明確に抗議をすることはなかった。その後も、交渉がまったく進まないまま、安倍政権は2020年9月に退陣した。

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