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絶体絶命の独裁者。「プーチンが核シェルターに移動」が意味するもの

3月29日、トルコの仲介により対面方式の停戦交渉に望んだウクライナとロシア。ロシア側はキーフ周辺での軍事行動の大幅な縮小を表明しましたが、未だ攻撃が収まる気配はありません。この紛争を巡る非公式な協議に参加したという、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんは今回、その席上で驚きを禁じ得なかったという各国参加者の「関心」の推移を記すとともに、世界の目がウクライナに向いている間に悪化の兆しを見せる、北東アジア地域の安全保障環境の変化を解説。さらにプーチン大統領が核シェルターに移動したという、「最悪の事態発生を意味する可能性のある情報」を紹介しています。

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ウクライナ紛争が引き起こした混乱の国際情勢

「いったい何がしたいのだろうか?もう分からなくなってきた」

これは私自身も抱く疑問と違和感なのですが、ロシアでもウクライナでも、そしてロシア包囲網を固めようとする国際社会でも、この疑問がそれぞれのコンテクストで大きくなってきているようです。

ロシアのプーチン大統領周辺の絶対的忠誠を誓う人たちと、国内で行われるプロパガンダ戦に影響されるプーチン大統領支持者という例外を除き、共通している点は【ロシアによる武力侵攻は、2月24日以前の環境に鑑みて、いかなる理由があったとしても、許されるものではない】というものです。私もその立場を取っています。

しかし、それ以外の点については、必ずしも統一された視点が存在していないようです。

特に顕著なのが、当事者たちも、各国の政府も、メディアも、そしてビジネスも、冒頭に挙げたように「いったい何がしたいのか?何のためにこんなことに付き合わされているのだ?」という違和感と疑問です。

この疑問は、ニューヨークにいるロシア人・ウクライナ人も含むかつての同僚から投げかけられました。事務総長以下、ロシアによる軍事侵攻に対して国連は激しい非難をロシアに加えていますが、同時に「ウクライナはよく持ちこたえている」と抗戦の健闘を称えるような見解に対して複雑な心境を隠せないそうです。

私自身、CNNのプログラムでコメントをした際、ウクライナ人の女性が2人の子供たちを避難させ、自らは対戦車砲を抱えて交戦し、欧米メディアのカメラの前で、嬉々として「私はキエフやウクライナのためのみならず、民主主義のために戦っている」と語っている姿を見て、とても複雑な気持ちになりました。

最近、よく話されている“もう一つの桃太郎”のお話ではないですが、この女性がミサイルを撃ち込む先にも“だれか”がいるわけで、物理的には見えなくても、確実にミサイルの先にいる生命や安全を脅かしているのも事実ですが、どこかその“事実”は、戦時特有のハイな感情でしょうか?それとも、旧ユーゴスラビア戦争以降、盛んになった情報戦のなせる業なのでしょうか?決して語られることはありません。

もちろん“最初に手を出した”のは、ロシアの国家安全保障への脅威を理由に武力侵攻したプーチン大統領とロシア軍ですが、今、ウクライナによる抗戦状況を称え、「ロシアは衰退している」という論調をベースに、善と悪という二分化が明確になってきていることに懸念を覚えます。

私自身、紛争調停の現場において、紛争現場ゆえのハイな感情と“自分の行動を正当化し、都合の悪いことは切り捨てる”という【確証バイアス】が戦争においてなせる業を何度も観てきましたが、今回も「憎きロシア人を殺してやった!!!」という論調を見るにつれ、何とも言えない気味悪さを感じています。

直接的な被害に遭い、終わらない悲劇に苛まれているのは、もちろんウクライナの一般市民で、そんな彼ら・彼女たちと連帯し、支援しているのは他国の一般市民ですが、それ以外の人たちの目的って何なのでしょうか?

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さて、ロシアによるウクライナ侵攻から5週間が経ちましたが、国際政治の関心事が、戦況よりも、どちらかというと、この紛争後の世界に向かっているように感じます。

その最たる例が、米中対立が一層激化し、そしてこれまでの対立から性格を変えつつあることです。オバマからトランプ政権に至り、バイデン政権にも受け継がれた対立は、アメリカ側からの視点で見ると、経済的な対中脅威論がベースにあり、経済的な対立が実際の姿だったと言えます。バイデン政権になり、AUKUSの結成といったように安全保障面での観点も強調されだしましたが、実際のところは、クアッドがカバーする経済安全保障的な観点が主たる観点だったように考えます。

しかし、今回、ロシアと欧米諸国に引っ張られる国際社会という構図になって、中国に踏み絵を迫る機運ができていますが、これにより、これまで冷戦構造とは違うと指摘されてきた米中対立の構造が、よりイデオロギーベースの対立、それもかつての米ソ冷戦的な性格も加味しだしたと言えます。

その表れが、中国による“志を同じにする国々の囲い込みと勢力圏の拡大”の動きです。中国にとって、中央アジア・コーカサス地方への拡大においてウクライナは重要な拠点ですので、ウクライナを直接的に攻撃することなく、何とも言えない距離感を保ちつつ、主眼をアジア諸国と中東・アフリカ諸国の囲い込みに映しています。

アメリカからもアプローチがかかるフィリピンやマレーシア、インドネシアなどは、ロシアの武力侵攻に対しては非難するものの、対ロ包囲網からは距離を置き、いつものように欧米と中ロの間で何とかバランスを保って生き残ろうとしているように見えます。

今週、シンガポールのシェンロン首相が訪米し、アメリカとの密接な関係をアピールしていますが、このシンガポールも、ロシアの行動に対しては非難の輪に加わるものの、ルーツを同じくする中国とはつかず離れずの立場を取り、また物流拠点という強みを損なわないように、ロシアに対する経済的な制裁には参加していません。独自の対応を選択しているのか、もしくはまだ選べないというのが正直なところなのでしょう。

これはアメリカと近いとされるイスラエル、サウジアラビア王国などの中東諸国、アフリカで“親米国”と目される国々(エジプト、スーダン、ケニアなど)も同じです。今、これらの国々に中国・王毅外相を正面に立てて、新国家資本主義陣営の拡大運動を展開しています。安保理でのロシアに対する非難決議への反対または棄権に始まり、特別緊急総会においても、賛成に回った国もいくつかありますが、実際には反対ではないが、棄権するというぎりぎりのラインで、生き残った国々もまだ多くあります。

このような外交ゲームが繰り広げられている中、刻一刻と一般市民の被害が拡大していますが、関心は今、ウクライナで起こっている直接的な悲劇・被害よりも、「ポスト・ウクライナの世界で、いかに主導権を握るか」に移っているように見えてしまいます。

今週、非公式な協議に参加しましたが、その場で参加者が最初に尋ねた質問が「中国は何を考え、どうしようとしているのか教えてください」というものでした。

参加者の中には、ロシア政府関係者、ウクライナ政府関係者も混じっているのですが、“中国は結局のところどう動くのか”に対する関心が強かった印象を持っています。

停戦協議はファーストトラックと言われる“公式”プロセスで、今後については、セカンドトラックと呼ばれる非公式なトラックでということなのかもしれませんが、皆の関心が「紛争後のウクライナの扱い」と「中国の動き」に集まっていたのには驚きました。

つまり、ウクライナ紛争における議論のフォーカスが、紛争そのものよりも“世界二分化”へ移り、そこで自国はどう振舞うかに移ってきているということなのかもしれません。

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その際、必ずと言っていいほど持ち出されるTermがあります。

それは【国家安全保障】というTerm。

今回のウクライナへの軍事侵攻時も、2014年のクリミア半島併合を狙った際も、そしてジョージアの南オセチアの際も、プーチン大統領が用いた理由(大義名分?)が「ロシアの国家安全保障への脅威」と「同胞ロシア人の保護」でした。

そして今回、プーチン大統領が侵したのが、ウクライナにとっての国家安全保障ですが、この国家安全保障、進軍する側にとってはとても便利な理由に用いられてしまいがちです。

アメリカが主導してきたGlobal War on Terrorも、根本にある理由とされるのが、アメリカ合衆国の国家安全保障を脅かす対象の撃退ですし、この国家安全保障を“同盟国”にまで拡大するケースも多く見受けられます。旧ユーゴスラビアでの戦争におけるNATOという盾を立てて臨んだ軍事介入はその一例だったと思われますし、今回のStand with Ukraineを主導するのもその一例です(もちろん、バイデン大統領が長年抱くプーチン大統領への個人的な嫌悪感と、冷戦時の対ソ感情の影響は否めませんが)。

紛争調停官時代に、イラクのケースやコソボの調停を担当した際、アメリカ政府と協議するのですが、アメリカが介入の必要性について説くとき、必ず用いられたのがこの「国家安全保障への懸念」というtermでした。

話はずれますが、交渉の講義をする際、「一般化するのはよくないけど…」と前置きして紹介する例で、「どうやったらXX人に行動を取らせることが出来るか」というエピソードがありますが、XXにアメリカ人を当てはめる際、国家安全保障に対する危機や懸念というのが、ちょっと偏見がかかった例として用いられます。あながち冗談ではないなあとよく感じました。

この国家安全保障の概念は、米中対立の向こう岸にいる中国政府も、内政問題という理由と同じぐらいよく用います。台湾問題もそうですし、香港をめぐる一連の動きも、新疆ウイグル自治区に対する人権侵害問題も、正当化する際に用いる理由の一つが国家安全保障上の懸念への対応です(台湾の場合、One Chinaへの宿願という理由もありますが)。

今回、中国政府がウクライナ問題に対して微妙な態度を取っているのは、ウクライナを想ってのことではなく、「次は我が身」という感覚からか、ロシアに対する欧米および国際社会からの一方的な批判と制裁に反対するという“国家安全保障上の対応”とも言い換えられるでしょう。その上で、経済力と反欧米体制を盾にした全体主義的レジームの拡大に勤しんでいるとも言えます。

みんなそれぞれに「国家安全保障(National Security)」を盾に、自らの行動を正当化し、敵対するものを“それを侵すもの”として徹底的に叩きに行き、場合によっては攻撃します。

紛争調停官として、国家安全保障が頻繁に語られる場所に身を置いて仕事をしてきたのですが、常にこれには違和感がありまして、その違和感が今回のウクライナ紛争をめぐる一連の動きの中で爆発してしまった気がします。

先述の“非公式な協議の場”で話題が「国家安全保障」に移り、いかにも「それは仕方がない」といった論調になりだしたころ、我慢できなくなって、思わず「もう身勝手な国家安全保障論をやめにしませんか?実際のところ、一体どのような理由や背景で武力行使に至ったのか?を明らかにしないと、何も解決しませんよね」と言ってしまいました(汗)。

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「ああ、やっちゃった」と反省していたら、今週の日経新聞にも寄稿されていたダニ・ロドリック教授(Harvard University the John F. Kennedy School of Government)の「もしメキシコ政府とロシア政府が同盟を結び、ロシア軍をメキシコに駐留させるというアレンジメントが行われたら、アメリカ政府はそれを“民主国家であるメキシコの自由意志”として受け入れることが出来るのか?かつてのキューバミサイル危機の際の反応は、21世紀になっても変化しない。身勝手な国家安全保障論はそろそろ辞めるべきだ」と言っていたのを見て、「もしかしたら、あながち間違っていないのかも」とこちらも、身勝手な解釈を行いました。

これについて皆さんはどう思われますか?

少し国家安全保障論への批判じみた論調になりましたが、実際にウクライナ紛争が当事者以外の国際社会に与えている影響は、広義の安全保障問題と言えるかもしれません。

先週号で損得勘定にちなんだお話を展開しましたが、開戦から5週間経った今、そろそろウクライナ紛争による国際経済や国民経済への本当の影響が表れ出し、国家安全保障上の懸念が出てくるものと思われます。

それは、報道でも取り上げられる

といった経済的なもの、つまり私たちの家計を直撃しそうな影響です。

植物性油脂や小麦製品の品薄と価格の決定的な高騰は5月ぐらいに予測されていますし、ウクライナでの紛争が長引くことになると、さらに影響は広がるものと思われます。この点については、経済の専門家の方々からいろいろとご意見を聞きたいと願います。

そして、日本という観点からは、世界の目がウクライナに向いている間に、北東アジア地域の安全保障環境が大きく変化する兆しを見せています。

北朝鮮によるICBMと思わしき弾道ミサイル発射が頻発しているのも一例ですし、あまり報じられませんが、中国による尖閣諸島周辺への圧力の増大、ロシアの艦隊による津軽海峡の通過という、北方領土問題をにらんだ威嚇…。

それらすべてが具現化するかどうかはわかりませんが、テレビ番組などでいろいろとウクライナ問題について論争するよりは、ネガティブな影響が降ってきたときにうろたえない様にするにはどうするのかを議論・検討・計画しておくべきだと考えます。

最後にハードコアな安全保障の観点から、ちょっと気になる内容を一つ。ロシア軍の撤退や、ウクライナ側の善戦、欧米諸国を中心にしたロシア、およびプーチン大統領とその周辺への兵糧攻め(経済的な対ロ制裁の強化)、ロシアの孤立、そしてメディアを賑わす“対プーチンクーデターの可能性”のお話し…。

例を挙げればもっと出てきそうですが、これらはその内容の真偽のほどを吟味しなくてはいけないことはもちろんとしても、そのような情報が流布されることで確実にプーチン大統領とその親衛隊を追い詰めています。

その際、軍事的な分析として、「プーチン大統領は核兵器を脅しではなく、使うのではないか」といったお話が出てきますが、ここ2週間ほど、ロシア軍の作戦の指揮を執っているはずのショイグ国防相が表舞台に出てこないことで、多くの憶測を呼んでいます。

「プーチン大統領が切れて更迭された」「どうも重病で第一線を離れたらしい」といった根拠のないうわさもありますが、どうもロシアの有事の際、作戦基地となると言われているウファ(ウラル地方の都市)にある核シェルターに執務場所を移動させて、そこから作戦指揮を執っているようです。ここはロシアが核戦争を行う際の作戦基地で、プーチン大統領からの命を受けて実際に核ミサイルの発射を実行する責任者である国防相がそこに籠ったというのも、多くの憶測を呼んでいます。

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そして、最近、当のプーチン大統領もほとんどクレムリンにはおらず、シベリアにあるらしき別の核シェルターに移動しているという情報もあり、それが、ここ数日の“ロシア軍のキエフなどからの撤退”という動きと相まって、いらぬ憶測を呼ぶ結果になっています。

情報戦?
心理戦?
それとも…。

それは残念ながら分かりませんが、「スティンガーがすごい、ジャベリンはロシア軍を撃退するのに貢献した」といった、いかにも軍事産業の皆さんを笑顔にするような内容を語るよりは、「不可解なロシア軍の動き」や「本当にロシア軍はここまでしょぼいのか」といった指摘に対して、批判的に検証をして、「それで実際、何を企んでいるのだろうか?」ともう一歩踏み込んで考えてみてもいいような気がします。

行動心理的には、面子を重んじて、かつ力を持つもの(もしくは持っていると信じている者)ほど、追い込まれたら、振り上げた拳を下すきっかけを失い、思わぬ自虐的な決定を下す傾向が強いとされていますので…。

もちろん、また私の思い過ごしや妄想かもしれませんが…。

ともかく、一日も早く紛争が終結し、まず多くの一般市民の生命が脅かされるような時代を終わりにしないといけません。そして、「紛争による破壊後のウクライナをいかにして復興するか」を議論したいと思います。

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image by: Kutsenko Volodymyr / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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