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ロシア国民30万人が出国か。ウクライナ侵略の祖国に見切りをつけた人々

到底許容することができない詭弁を弄し、ウクライナでの殺戮行為を続けるプーチン大統領。しかしロシア国内では、国の存亡にかかわる深刻な事態が進行しているようです。そんな動きを取り上げているのは、東京新聞の元モスクワ支局長で現在ロシア・ウクライナ担当デスクを務める常盤伸さん。常盤さんは今回、ロシアで国民の「海外脱出ブーム」が加速している事実を紹介しその理由を解説するとともに、プーチン大統領の発言から見て取れる、ある「危険な兆候」を指摘しています。

プロフィール:常盤伸(ときわ・しん)
1961年、静岡県生まれ。同志社大学法学部政治学科卒。名古屋大学大学院法学研究科博士前期課程(政治学専攻)修了。産経新聞社に入社。1994年より東京新聞(中日新聞社)に移る。外報部記者、論説委員、モスクワ支局長、外報部次長などを務め、現在ロシア・ウクライナ担当デスク。2021年から日本国際フォーラム上席研究員。アジア・ユーラシア総合研究所客員研究員も兼任。主要論文は「プーチンの対日戦略」「ロシアにおける『市民社会』の台頭」など多数。

衰退への道をひた走るプーチン・ロシア

ロシアのウクライナ侵攻は開始から24日で2か月。軍事作戦は、プーチン大統領の思惑通りには進まず、ロシア軍の損害も甚大だが、国内ではロシア国家の基盤にかかわるような深刻な事態が進行中だ。人口減に拍車がかかる可能性が高いうえ、国民の国外脱出が加速しているからだ。侵略によってロシアの国力衰退は決定的となったといえるだろう。

人口問題、急激に悪化

戦況や経済制裁の直接的な影響に注目が集まる中で、やや見過ごされがちなのが、ウクライナ侵攻が、ロシアのアキレス腱ともいえる人口問題に及ぼす深刻な打撃だ。

実は、ロシアでは昨年1年間で、既に人口が100万人も減少(約1憶4,580万人)していた。新型コロナ感染による死者の増加が原因で、減少幅はソ連崩壊以降、最悪を記録したのだ。

ロシア政府は、自国産ワクチンを外国に供給し影響力を拡大するワクチン外交に熱心だが、足元では国民の国産ワクチンへの不信感が拭えず、接種率の低迷が改善されなかったからだ。

「偉大なロシア」の復活を目指してきたプーチン氏が、何よりも重視すると公言してきたテーマこそ人口問題だ。プーチン氏は、16年前の第2次プーチン政権発足時から、出生率の向上を優先課題に掲げ、第2子とそれに続く子供の出産に現金を支給するなど、一連の優遇措置を打ち出してきたが、対症療法的な効果しかなかった。結局現在も1人の女性が一生涯で産む子どもの数(合計特殊出生率)は平均で約1.5人にとどまっている。

ロシア軍がウクライナ国境に部隊を結集しつつあった昨年11月30日、モスクワで行われたVTBキャピタルの投資フォーラムでプーチン氏は、いみじくも「今後10年で最大の問題は人口問題だ」と喝破。「人道的な理由、国家の強化、経済的な理由から、人口問題の解決は主要な課題の1つである」と強調していたのだ。

ところが、それから3ヶ月も経たないうちにプーチン氏がウクライナを全面侵攻したことで発動された、前例のない規模の国際的な対露経済制裁は、すでにロシア経済を直撃しており、国民の生活水準の低下は免れない。そうした厳しい状況にあっては、出生率の向上など夢物語に近いというべきだろう。

同フォーラムで、プーチン氏は、ロシアは「人口動態の推移において二つの衰退を経験した。一つは大祖国戦争、もう一つはソ連崩壊後である」と述べた。プーチン氏のウクライナ侵攻は、ロシア史の文脈においても人口激減をもたらした二つの歴史的大事件に匹敵するほどの大事件である。その意味では皮肉にもプーチン氏はロシアの人口減少を決定的にした指導者になる可能性が高いと思われる。

人口増の「奇策」

ただこうした客観的な予測とは正反対に、ロシアの人口を急増させる方法が存在しないわけではない。それはまさに現在進行中のウクライナ東部での戦闘に関連する。ウクライナ側によればロシア軍はドンバス地域、つまりドネツク州とルガンスク州の全領域を支配しようと大攻勢をかけている。ロシアは開戦直前に「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を名乗る親ロ派武装勢力の支配領域を一方的に「独立国家」として承認、ロシアの傀儡である親ロ派武装勢力は先月下旬、ロシア編入方針を示している。ロシアが両州を全面制圧した場合、クリミア半島同様、ロシア併合を強行する可能性は排除できない。国際法的にも違法でウクライナにとっては到底容認できるものではないが、侵攻前の親ロ派領域だけでも計300万人以上の人口を抱えており、莫大な経済的負担を度外視して一方的に併合すれば、一気に相当な「人口増」となることは確かだ。ただ、米欧など国際社会の支援を受けたウクライナ軍の抵抗を打ち破るのは容易ではなく、現時点ではあまり現実味はないが、非合理としか思えない行動様式を示す現在のプーチン政権ならこの「併合シナリオ」を検討している可能性は高いだろう。

国外脱出

さて侵攻直後から、ロシアでは非常事態や戒厳令導入のうわさが流れ、モスクワやサンクトペテルブルクなどの空港や鉄道駅から若者を中心に多数のロシア人が大急ぎで出国した。ますます強権化し、孤立する祖国に見切りをつけたのだ。脱出する国民がどれくらいいるのか。正確な数は不明だが、国外に脱出したロシア人を支援する団体「OKロシアンズ」は、既に30万人がロシアを出国したと推計。厳しい対ロ制裁のため、入国できる国は限られており、隣国フィンランドや、旧ソ連のアルメニア、ジョージア、或いはトルコ、イスラエルなどが主な出国先だが、一部の富裕層は、中東のドバイなどにも移っている。

あくまで推計とはいえ、2ヶ月足らずで30万人という出国者数は尋常ではない。ロシアがウクライナ南部クリミア半島を併合した2014年の年間国外移住者数にほぼ匹敵する。OKロシアンズが出国した1,000人に対して行った聞き取り調査の結果によれば、ロシアを離れた人々の多くは、モスクワなど都市に住む高学歴者で、IT人材が多いほか、自営業、科学・文化・芸術関係に従事する知的労働者の割合が多い。ロシアのIT企業の業界団体は、国外に出たIT人材は3月までに5~7万人としている。これまで見られなかったものとしては、ウクライナの前線に派遣されるのを恐れ、徴兵年齢に達した若い男性が招集前にロシアから退避するケースもあるが、当然ながらその実態は明らかになっていない。

ロシアのジャーナリスト、マーシャ・ゲッセン氏は、「旧ソ連に不気味なほど似ている得体の知れない新たな国に閉じ込められることを恐れ、戦争を繰り広げている国に留まることは、ウクライナ人に向かって爆弾を落としている航空機の中にいるようで不道徳に感じるからだ」(米ニューヨーカー誌)と指摘した。ゲッセン氏は、プーチン氏を批判的に描き国際的に評価される著書『顔のない男』(邦題『そいつを黙らせろ』)の出版後、身の危険を感じ、事実上米国に亡命しており、脱出するロシア人の心情を知り尽くしている。

プーチン体制で海外脱出ブーム

注目すべきは、侵攻以前に、プーチン政権下では歴史的な「海外脱出ブーム」が起きていたことだ。それには構造的な原因があった。旧KGB(ソ連国家保安委員会)出身のプーチン氏は、「強い国家」の再建を掲げて、2000年に大統領に就任し、混乱したロシアに安定と発展を取り戻す「救世主」として、国民から絶大な支持を受けた。実際には、民主化が後退する中で、汚職は悪化し、巨大な利権構造の壁に阻まれ、石油・天然ガスなどの資源に依存した産業構造の改革は、いまだに手付かずのままだ。若者らの海外移住が増え続けていた背景にはこうした閉塞的な状況があった。

海外脱出ブームがとりわけ顕著になったのは、「体制内リベラル」といわれ2008年から大統領を務めたメドベージェフ氏(現安全保障会議副議長)が再選を目指さず、プーチン氏が翌2012年に大統領に復帰してからだ。

都市部の中流層を中心に保守化、反動化するロシアの行く末に、強い不安を覚える人々が急増したのだ。その後、2018年のギャラップの調査ではロシア人の2割が外国に永住を希望すると回答した。

ロシアからの脱出者がもし30万人に及ぶとしても侵攻されたウクライナからの避難民数と比較すれば、微々たる数字かもしれない。ただしウクライナ人の場合、停戦が実現すれば、帰国を希望する者が大多数と推測されるのに対して、脱出したロシア人の大半は、帰国する意思をもたないと思われる。ロシア政府はIT人材を引き留めようとあの手この手の優遇策を示すが効果は薄いだろう。ロシアではさらに統制が強化される可能性が高いからだ。

「浄化」と豪語

これに対して、プーチン氏は、侵略戦争を拒否し政権を批判する人々を「裏切り者」と断罪している。とりわけ3月16日、経済制裁への対策を話し合うオンライン会議でのプーチン氏の冒頭演説は衝撃だった。「ロシアの人々は、常に真の愛国者と悪党、裏切り者を見分けることができ、偶然口に飛び込んできたハエのように、簡単に吐き出すことができる」と言いながら、実際に何かを吐き出す仕草をして見せた。そのうえで批判者の排除は「自然かつ必要な社会の自然の浄化作用」だと言い切った。

プーチン氏はこれまでも政権批判派を、ロシア人でありながらロシアの「敵」、つまり欧米に影響された「第5列」「裏切り者」などと非難してきた。最も荒々しい表現といえば、2011年の冬に、首都モスクワなどで吹き荒れた大規模な反プーチンデモの参加者を、キップリングの小説に出てくる、「猿の群れ」と猿呼ばわりしたことだ。しかし今回のように、国際社会と価値観を共有する批判的なロシア国民を「ハエ」呼ばわりしたうえで、彼らがロシア社会から排除されるのは、「社会の自浄作用だ」とまで表現したのは初めてである。22年間、プーチン氏をウオッチし続けてきた者として、この表現は衝撃的だった。

独裁政権に反対する国民を人間以下の存在とする暴言を吐いた現代ロシアの指導者といえば、ソ連を生み出したレーニンや、スターリン以来だろう。レーニンはロシア全土を収容所群島に改造。忠実なレーニンの弟子を任じていた独裁者スターリンは、農民への戦争ともいうべき強制的な農業集団化や、数百万人以上の国民を銃殺する「大粛清」(大テロル)を行い、ロシア社会は今もその後遺症に苦しんでいる。その意味では、政権を支持しない国民を「ハエ」呼ばわりするプーチン発言は、危険な兆候とみるべきだ。さらなる決定的に暗い展開を予感させるからだ。プーチン政権が今後、さらなる破滅的な政策を打ち出す恐れも排除できない。ウクライナへの歴史的、地政学的な「妄想」に囚われたプーチン氏が侵略戦争に踏み出した結果、ロシア国家の衰退が加速度的に進行する事態はもはや避けられそうもないようだ。

image by: ID1974 / Shutterstock.com

常盤伸

常盤伸(ときわ・しん)プロフィール:1961年、静岡県生まれ。同志社大学法学部政治学科卒。名古屋大学大学院法学研究科博士前期課程(政治学専攻)修了。産経新聞社に入社。1994年より東京新聞(中日新聞社)に移る。外報部記者、論説委員、モスクワ支局長、外報部次長などを務め、現在ロシア・ウクライナ担当デスク。2021年から日本国際フォーラム上席研究員。アジア・ユーラシア総合研究所客員研究員も兼任。主要論文は「プーチンの対日戦略」「ロシアにおける『市民社会』の台頭」など多数。

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