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日本の願望か?「オミクロン株流行で中国経済は破綻一直線」の大ウソ

オミクロン株の流行により、上海全域や北京の一部などでロックダウンが実施されている中国。この状況を受け多くの日本メディアは「中国経済崩壊の可能性」を指摘していますが、果たしてそれは正鵠を射たものなのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、習近平政権が取る政策の狙いや具体的な数字を挙げつつ、中国経済の今後を悲観的に見る向きに対して反論。ロックダウンのダメージは認めつつも、中長期的な見通しは決して悪くないとの見方を示しています。

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オミクロン感染によって「中国経済はいよいよ危機」という説への疑問

衛星テレビ「中国東方衛視」によれば上海市の5月6日の新規感染者は4,214人(うち3,961人が無症状感染者)。緩やかだが減少傾向を示している。新型コロナウイルスの変異株・オミクロンの感染拡大で中国の対策が後手に回ったのは無症状感染者の急増のためだ。その無症状感染者の3,961人のうち3,943人が隔離中の発見だ。もしウィズコロナで無症状感染者を野放しにしていたら、感染爆発は避けられなかっただろう。やはりロックダウン(封鎖)は有効なのだ。

新型コロナウイルスによる死者数が100万人に近づいたアメリカでは「コロナ孤児」と呼ばれる子どもが20万人にも達したと報じられている。同じ悲劇が中国社会を見舞えば、その前に深刻な医療崩壊も起きていたはずだ。そうなれば盤石とされる習近平政権にも綻びが生じたかもしれない。

同じ日、シンガポールのニュース番組は上海の工場労働者が騒いで封鎖を突破する映像を流した。封鎖を経験した国で不満の爆発や混乱が起きなかったところはない。

重要なのは政府が封鎖を行う裏側に合理的な計算があるかないかである。

中国が封鎖を選択した理由は、先週も書いたとおり中国の医療体制の脆弱さだ。コロナが依然致死率の高い感染症であれば政府には一択しかない。中国のコロナ問題を比較的正確に報じてきたシンガポールのテレビ記者の言葉を借りれば「国土が広く人口が多いため医療資源が不足する恐れがある」からだ。

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この簡単な話が日本のメディアには通用しない。「3期目を狙う習近平がゼロコロナにこだわる」から封鎖を続けていると解説されるのだから曲解もいいところだ。しかも封鎖の合理性も無視している。

中国が強調してきたのは、「封鎖した方がダメージはより小さい」という点だ。緩い感染対策で長くだらだらと影響を和らげるのがウィズコロナならば、短期間の強い対策で影響を断ち切るのがロックダウンだ。

2020年の成績表では、主要国で唯一のプラス成長を成し遂げた中国のゼロコロナに軍配が上がった。これがオミクロン株にも通用するのかどうかが、いま中国に向けられている問いである。最終的な判断は先週も触れたように数カ月後の収支次第だが、中国の狙いは、メーデーの大型連休は捨てる代わりに、夏の行楽シーズンや10月の国慶節の連休までには日常を取り戻し、普段以上の盛り上がりを期待することだろう。

コロナ疲れの国民にその狙いが理解されるか否かは疑問だが、政権の選択として特段批判すべき要素はない。

要するに収支の問題だ。ロックダウンによって冷や水を浴びた中国経済が本格的な危機へと向かってしまえば元も子もない。

もちろんロックダウンは中国経済に暗い影をもたらしている。今年のGDP成長率の目標値に黄色サインが灯ったのか、と問われれば、答えは明らかに「イエス」だ。習近平政権が目標を達成できなかったことを笑いたければ、願いはかなうだろう。

だが日本で多く見かける「中国経済がこのまま奈落の底へと落ちていく」といった見方には首を傾げざるを得ない。

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中国経済の行方を悲観する報道には、決まって不動産と地方債務の問題が取り上げられている。今回もそれは例外ではない。

まず不動産問題だが、確かに中国には不動産不況と呼ぶべき現実がある。ここ数年都市部を中心に価格も下がり続けている。習近平が「不動産は住むもので投機の対象ではない」と号令をかけたことで業界にはさらに強い逆風も吹いている。

この弱り切った業界がロックダウンに耐えられるのか、という疑問は当然のことで、最悪のシナリオはこれが地方債務問題へと延焼する展開だ。

だが、あらためて言うまでもなく不動産と地方債務の問題は中国にとっては積年の課題だ。当然、政府は問題を熟知している。しかし現在に至るも政府が慌てた様子もなければ対策に奔走することもない。それどころか「脱不動産けん引型の経済」に舵を切る習近平の荒療治が、むしろ加速しているのだ。

中国の不動産バブル対策は、小さな調整弁をたくさん設けて細かく調節するもので、かつての日本が総量規制一発でバブルを吹き飛ばしたのとは対照的だ。ひょっとするとうまく調節すればソフトランディングも可能という判断をしているのかもしれない。そしてその判断はコロナ禍でも変わらないようだ。

一方の債務の問題はどうだろうか。コロナ対策で財政の健全化の流れは明らかにストップしている。これを人体にたとえれば、胡錦涛から受け継いだ肥満体質の改善のためにしていたダイエットを、コロナで一旦放棄、リバウンドしたということだ。中国の総債務は2020年末の時点で対GDP比で289.5%まで上昇したという。現在のようにロックダウンを続ければ、体質改善は遠のく。財政の健全性という意味ではそれだけマイナスは深まったということだ。これが中国が抱えてきた二つの弱点の現在地だ。

だが、これらの問題も世界経済の流れのなかでみれば、むしろ中国の比較優位が際立つのである。

第一、世界経済のけん引役として中国に集まる期待値は高まることがあっても減る要素は見当たらない。とくに今後、ウクライナ戦争の影響が世界を襲うなか、成長エンジンとしての中国の安定感は相対的に高まると予測されるからだ。

中国は「制裁で問題は解決しない」と、対ロ制裁には参加していない。つまりエネルギー不足からインフレが加速する問題や対ロ貿易が絶たれたことで景気が減速するといった問題からは一歩引いた位置でいられる。

経済が比較的安定していれば投資を集められるし、インフレを懸念する国々は中国からのモノの供給に頼らざるを得なくなるのだ。

バイデン政権が国内のインフレ対応策として、トランプ政権下で発動された対中制裁関税の見直しに着手したことでもわかるようにインフレが加速すれば製造基地としての中国の存在も重要になるのだ。

実際、中国の輸出は堅調である。第1四半期の貿易総額は対前年同期比で10.7%の増加(GDP成長率は4.8%)だ。なかでも輸出は対前年同期比13.4%も伸びた。ちなみに輸入は7.5%増で、貿易黒字が膨らんでいることも見て取れるのだ。

中国経済の原動力は消費、投資、輸出入の三本柱によって成り立っている。そしてコロナ禍でダメージを被ったのは、このうちの個人消費である。ロックダウンは旅行業界、小売り、レストラン関連に未曾有の逆風となった。

中国政府はこれらの業界に個別に対処すると同時に、全体としては消費に空いた穴を輸出とインフラ投資で補おうとしているのだ。

事実、固定資産投資の伸びは対前年同期比9.3%と大幅増だ。なかでもインフラ投資は8.5%を占める。同じ数字が昨年末には0.4%だったことを考えれば、政府が肥満体質の改善──つまり財政健全化──を一旦わきに置き、景気刺激に大きく舵を切ったことは明らかだ。

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財政健全化では引き続き重い宿題を背負うことになるが、コロナ対策では仕方がないというほかない。

ただ「転んでもただでは起きない」のが中国である。ダイエットを放棄して行う支援策の中心を減税とし、とくにターゲットを零細企業に──支援は過去3年間で1.5兆元──おいた意図は明確だ。零細企業の育成とその技術力の向上こそが中国の未来だという政府のメッセージが込められているからだ。

習近平指導部の号令の下、中国では経済のデシタル化が進められてきた。GDPに占めるデシタル経済の割合を高めることを目指すものだが、ハイテク分野へ投資誘導も結実しつつある。そのことは統計からも読み取ることができる。今年の第1四半期、製造業全体への投資は前年同期比で15.6%の増加だったが、そのなかでハイテク産業への投資は32.7%と大幅に伸びているからだ。

もちろん伸びたのは政策誘導のためだけではなく実際に業界が成長しているからだ。同期のハイテク分野の製造業は、前年同期比で14.2%も伸びているのだ。そのなかでも航空宇宙分野は22.4%。電子通信設備は15.7%。新エネルギー車に至っては140.8%という驚異的な伸びを記録している。

ロックダウンによる経済のダメージは確かに深刻だ。とくに個人消費が戻らないのは痛い。だが、エース不在の中で出た成績表という視点で見れば、中長期的な見通しは決して悪くないというべきだろう。

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image by: Graeme Kennedy / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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