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稼げぬ大学は見殺しに。大学ファンドで世界トップを目指す日本の能天気

新しい制度は、研究力低下が叫ばれる日本を救うことになるのでしょうか。5月18日に国会で成立した、10兆円規模のファンドで世界最高水準の研究成果が見込まれる大学を支援する「国際卓越研究大学法」が、大きな議論を呼んでいます。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では著者で健康社会学者の河合薫さんが、この「大学ファンド」は学問の世界にトリクルダウン理論を適用するもので、経済分野同様、学問の世界にもトリクルダウンは起こらないと断言。さらに当制度がもたらしかねない「負の効果」を指摘しています。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

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「学問トリクルダウン」は起こらない

世界最高水準の研究成果が見込まれる大学を支援するために、10兆円規模の大学ファンドを設ける新しい制度「国際卓越研究大学法」が国会で成立し、スタートすることが決まりました。

大学ファンドの運用は科学技術振興機構が行い、利益を「国際卓越研究大学」に認定された大学に2024年度から分配します。国際卓越研究大学の認定や計画認可は、政府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の意見が反映されます。

CSTIは岸田首相が議長を務め、6人の閣僚、および大企業の会長や役員、大学の教授など、計14人のメンバーで構成されています。また、認定には「産学連携や寄付などで、年3%の事業成長」「重要事項を決定するための、学外者が多数を占める合議体の設置」などの条件があるとのこと。

大学ファンドの背景には、世界と伍する研究力を強化支援することで、世界と戦える大学を作ろう!という思いが存在する。つまり、選択と集中。稼げる大学には大枚をはたくが、それ以外は…というのが本音なのでしょう。

このような政府の姿勢に対し、全国の国公私立大学の教職員らで作るグループが、反対する考えを示す記者会見を行ったり、有識者からも、「大学間格差が広がる」「稼げる研究だけが行われることになる」「研究力の底上げにはならない」「一部の大学だけに人材が集中する」「基礎研究がおろそかになる」などの異論が噴出しています。

一方で、国際卓越研究大学に選ばれれば、一校あたり年数百億円の支援を受けることができるため、期待の声も少なくありません。公的資金がつぎ込まれるわけですから、厳しい条件を突きつけられたり、さまざまなステークホルダーからあれこれ意見を言われようとも、それは仕方がないだろうとの意見です。

ちなみに、今回の大学ファンドは世界でも珍しい国が元手を貸す「官製ファンド」です。上手くいけば世界から評価されること間違いない、との声もあがっています。

ご承知のとおり、日本は先進国の中で唯一、低学歴化が進んでいる「博士後進国」。この問題は、本コラムでも度々取り上げてきました。

ノーベル賞を受賞した研究者たちが、日本は自由に研究ができない、研究する環境が整っていない、このままでは日本は沈没する、と苦言を呈してきましたし、海外の研究者からも、日本の若手研究者は研究室主催者(PI: principal investigator)になる意欲が低く、研究者の育成も期待できないという有り難くない指摘をされたこともある。

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また、2005年~15年までの10年間で、日本からの論文がほぼすべての分野において減少。日本の世界における科学分野の相対的な地位が年々低下し、ネイチャー・インデックスという高品質の自然科学系学術ジャーナルのデータベースに含まれている日本人の論文数は5年間で8.3%も減っているのです。世界全体では論文数が80%増加したのに対して、日本からの論文はたったの14%しか増えていません。

こういった状況を鑑みれば、日本の研究力を高める支援を国が進めることは必要であり、大規模投資にも大賛成です。

ただ、研究に大規模な税金を投入することと、稼げる大学を支援することは同義ではない。しかも、今回にようにごく一部の大学だけを支援することが、日本の大学の研究力向上につながるとは、到底思えません。

これまで政府は、「ニーズ至上主義」を学問の場に取り入れてきました。学問とお金は本来「水と油」なのに、カネ、カネ、カネ、を優先させたのです。

2015年には、既存の文学部や社会学部など人文社会系の学部と大学院の廃止や分野の転換の検討を求めました。L型だのG型だのに大学を分類し、「ニーズに合った知識」「ニーズに合った技術」「L型では学術研究を深めるのではなく、社会のニーズを見据えた職業教育を行う」と、ニーズ、ニーズ、ニーズと言い続けてきました。

一方で、グローバルで通用する高度なプロフェッショナル人材を養成する「G型大学」はごくごく少数の大学だけでいい、と。一部の出来るヤツさえいればいいとばかりに、学問の場にトリクルダウン理論を適用したのです。

が、経済でトリクルダウンは起こらなかった。全く起こりませんでした。

富裕者がさらに富裕になると、経済活動が活発化することで低所得の貧困者にも富が浸透し、利益が再分配される…としていたのに、富裕層だけが潤い、中間層が没落。低所得者が増えていきました。

なのに、いまだにトリクルダウンを妄信してる人たちがいる。

日本の大学は東大でさえ世界35位、京都大学は61位です。世界トップ100にたったの2校しか入っていません。

政府としては東大と京大に稼ぐ大学になってもらうことを期待しているのでしょうが、そんなに簡単に世界トップに躍り出るほど学問の世界は甘くない。「学問に王道なし」という言葉があるように、長い月日をかけ、一つひとつ積み上げることでしか、世界で戦う力が大学に育まれることはないのです。

選択と集中を学問の世界に持ち込むことは、地盤沈下に拍車をかけることになる。多くの大学の研究力が低下するリスクの方がむしろ高いと、個人的には考えています。

そもそも日本が世界的な経済国になったのは、100年以上前の“未来に向けた”投資があったからです。1906~1911年、日本全国の市町村予算の5割近く(43%)が、教育費に充てられていました。当時、日本人の識字率の高さに、欧州の人たちが驚いたという話は、誰もが一度は聞いたことがあるはずです。

強固な土台なくして、研究力の向上も、経済拡大も国の発展もあり得ない…。極論をいえば、日本は「チーム力」を高めることでしか、世界と戦えないのです。果たして、大学ファンドに「チーム力」という発想はあるのでしょうか。

みなさまのご意見も、ぜひお聞かせください。

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image by: Shutterstock.com

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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