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なぜオンキヨーは経営再建ではなく、いきなり「破産申請」を選択したのか?

かつては国産高級オーディオの雄として名を馳せたオンキヨー。その直系とも言えるオンキヨーHEが先ごろ破産申請を行い、多くのファンから悲嘆の声が上がっています。なぜ同社は経営再建ではなく破産申請を選択したのでしょうか。その疑問に答えてくださるのは、財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズ代表取締役で、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授の村上茂久さん。村上さんは今回、オンキヨーHEが破産申請に至った理由を会計とファイナンスの視点から探るとともに、同社破産後も2つの「オンキヨー」の名を冠する企業が残る理由を解説しています。

プロフィール:村上茂久(むらかみ・しげひさ)
株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。

破産申請のオンキヨー。その後に残る2つの「オンキヨー」の名前がつく会社とは

オーディオ機器で有名なオンキヨーホームエンターテイメント株式会社(以下、オンキヨーHE)が2022年5月13日に大阪地方裁判所に対して、破産手続き開始の申立を行い、同日破産手続きの開始を受けたと発表をしました。負債総額は31億円です[1]。

オンキヨーHEの過去5年間の売上は図表1のとおりです。年々売上は下がっていたことに加え、慢性的に赤字の状況で、2021年8月には業績不振で上場廃止にもなりました。

図表1 オンキヨーHE売上の推移

出所:オンキヨーHE 有価証券報告書を参考に筆者作成

図表2 オンキヨーHEの営業利益及び当期純利益の推移

出所:オンキヨーHE 有価証券報告書を参考に筆者作成

とはいえ、今回の破産申請には気になる点が2点あります。第一に、民事再生や会社更生といった経営破綻後の企業再生手続を申請するのではなく、いきなり会社そのものが無くなる破産を申請した点です。過去、英会話学校のNOVA、航空会社のJALやスカイマーク、半導体メーカーのエルピーダ等のように大企業が経営破綻したケースは多数あります。これらの企業において、NOVA、JAL、エルピーダは会社更生、スカイマークは民事再生といった法的整理を通じて、経営を再建していきました。

しかしながら、オンキヨーHEは会社更生や民事再生といった法的整理を通じた経営再建を行わず、いきなり破産申請となっています。なぜでしょうか。

2つ目は、負債額が31億円と売上と比べてそれ程大きくないことです。図表1にあるとおり、2021年3月期においてもオンキヨーHEの売上高は89億円ありました。この売上規模からみると、負債総額31億円というのはそれ程大きくありません。売上高を踏まえると、31億円の負債額でいきなり破産ではなく、民事再生等の法的整理を通じて事業を継続しても良いように考えてしまいます。

本稿ではこれら2つの疑問に答える形で、オンキヨーHEの破産の背景を探るとともに、オンキヨーHEが破産したあとも残る「2つのオンキヨー」について解説を行います。

[1]オンキヨーHE 破産手続開始の申立てに関するお知らせ (6/2現在閲覧できず)

今回破産したオンキヨーHEは2代目オンキヨー

まずはオンキヨーHEの変遷を見ていきましょう。オンキヨーHEの始祖となる初代オンキヨー株式会社は、1946年に創業されています。元々松下電器産業(現パナソニック)のスピーカー製造工場で工場長を行っていた五代武が創業し、オーディオ機器等の製造や販売を行いました。

その後、2010年に、持株会社として設立されたのが2代目となるオンキヨー株式会社です。2代目のオンキヨーは、初代オンキヨー(その後社名変更し、後のオンキヨーサウンド&ビジョン株式会社)から単独株式移転により設立された会社です。この2代目オンキヨーは、図表3のようにオーディオ・ビジュアル事業(AV事業)、PC事業、OEM事業等を行う子会社の純粋持株会社として存在することで、オンキヨーグループは、持株会社制へと変わったのです。

図表3 2代目オンキョー持株会社の体制

出所:オンキヨー株式会社2011年3月期 有価証券報告書を参考に筆者作成

さらに、2015年3月には、パイオニアのホームAV事業とデジタルライフ事業を譲受け、図表1にあるようにAV事業、デジタルライフ事業、そしてOEM事業の3つを事業の柱としていきました。

その後、2019年5月にホームAV事業をSound United LLCの持株会社であるViper Holdings Corporationに譲渡する合意をしました。このことを通じて、オンキヨーHEは、AVハードウェア提供企業からブランドと技術でエクスペリエンス(体験)を提供する企業への進化を図りました。

しかしながら、2019年10月に当該譲渡が中止となり、その後、2020年10月に2代目オンキヨーは社名を現在のオンキヨーHEに変更するとともに、図表4のような組織再編を行いました。

図表4 オンキヨーHE 組織再編体制(2020年10月時点)

出所:オンキヨー株式会社 2020年3月期 決算ハイライトを参考に作成

このような再編を行うことで、独立採算を徹底するとともに、資本提携を模索していったのです。その後、2021年6月に定時株主総会を通じて、ホームAV事業をシャープとVoxx社に譲渡することが決まるとともに、国内販売、OEM事業、マレーシアの製造子会社を残し、以下のとおり、その他の事業は売却していきました。

このような事業譲渡を通じて30億円以上の売却益もあったことで、2022年3月期の上半期においては、8.3億円の当期純利益(親会社に帰属する中間純利益)の計上をしました。ですが、これら再編を通じてオンキヨーHEに残った事業は国内販売、OEM事業、マレーシアの製造子会社のみです。今回オンキヨーHEが民事再生や会社更生を申請せずに、いきなり破産申請をしたのは、これら事業のみだと中々キャッシュを生み出すような企業体ではないからだと考えられます。

現に、2022年3月期の上半期において、最終利益(親会社株主に帰属する中間純利益)が8.3億円だったとはいえ、これはホームAV事業の事業譲渡益30億円を含む、特別利益が34億円もあったためです(図表5)。事業構造に目を向けると、売上は半年間で35億円でこれに対して、売上原価は32.6億円もかかり、粗利はわずか2.7億円です。これに対して、販売費および一般管理費は19.8億円で、営業利益は17億円の赤字となりました。P/Lの構造的にここからの再建はかなり難しかったといえます。

図表5 オンキヨーHE 2022年3月期半期 P/L滝チャート(単位:億円)

出所:オンキヨーHE半期報告書を参考に筆者作成

実は有利子負債は少なかったオンキヨーHE

図表1や図表2にあるように、ここ数年売上は右肩下がりで、経常的に赤字の状況でしたが、オンキヨーHEの経営陣は何を重要指標として経営をしていたのでしょうか。実は、オンキヨーHEは売上も利益も目標にしてはいませんでした。目標にしていたのはネットデットです。ネットデットとは、借入金や社債のような有利子負債から現預金を控除した値です。事実、有価証券報告書の「3【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】」の箇所には2017年3月期から、次のような記載が書かれています。

(3)目標とする経営指標
当社グループは、キャッシュ・フローの最大化を目指して経営を進め、当面の目標として有利子負債から現金及び現金同等物を控除したネットデットをゼロとすることを目標といたします。この目標を実現するため、グループ全体での的確な市場予測に基づく生産・販売・在庫計画の精度向上を推進するとともに、他社との協業をさらに深化させることによる新しい価値提案と固定費の削減を両立させるべく目標達成に取り組んでまいります。

この経営指標自体は順調に達成されてきました。図表6は、オンキヨーHEの有利子負債とネットデットの推移を示したものです。直近の2021年9月時点(2022年3月期上期)におけるネットデットはわずか1.8億円です。この期における売上高は、35億円だったこともあり、ネットデットは経営目標の通り、かなり少なかったといえます。

図表6 オンキヨー 有利子負債及びネットデット

出所:オンキヨーHE 有価証券報告書を参考に筆者作成

経営指標をネットデットのみにするというケースはあまり見たことはありませんが、ファイナンス的な視点からみるとネットデットを経営指標に置くということ自体は合理性があります。というのも、企業が倒産するケースの多くは、借入金を中心とした有利子負債があまりに大きくなりすぎて返済が滞ってしまうからです。このようなケースでは、経営破綻をした企業は会社更生や民事再生を通じて有利子負債を大幅にカットして経営再建に取り組むことが多いです。

他方、オンキヨーHEは、ネットデットを経営指標にすることで、ネットデットの残高をうまくコントロールし、2021年9月末時点では1.8億円というわずかなネットデットしか有していませんでした。

買掛金の支払いの遅延がオンキヨーHEの経営を苦しめた

ですが、課題はありました。確かに有利子負債をベースとするネットデットは少なかったのですが、負債自体は2021年9月時点で48億円もあったのです。そのうち、流動負債が占める割合は、93%の44億円で、多い順に支払手形及び買掛金16.4億円、未払金10.1億円、短期借入金5.8億円と続きます。長期借入金は負債全体の2.5%程の1.2億円でした。

これら負債の中で、有利子負債は全部で7.4億円。一方、現金等は5.6億円近く持っていたので、確かにネットデットは1.8億円しかありませんでした。これだけ見れば借金が多くは見えませんが、短期の流動負債である支払手形、買掛金、未払金、未払費用を合計すると30億円もあったのです。

対して、換金が比較的早くできる流動資産としては、現金が5.6億円、受取手形及び売掛金9億円、未収入金4億円の合計18.6億円しか有りませんでした。いくら有利子負債が少なくても、これだと資金繰りがとてもではないですが、まわりません。

さらに買掛金については、支払いの遅延という別の課題もありました。図表6にあるように、支払いが遅延している営業債務が2020年には60億円以上あったのです。

図表7 オンキヨー 営業債務の推移

出所:オンキヨー株式会社 2020年3月期決算ハイライトより作成

図表5でみたように、2020年3月末時点の有利子負債は15.8億円で、ネットデットは8.6億円と、ネットデットは順調に下がっていましたが、65億円の遅延している営業債務があると、経営には大きな影響をきたします。

どういうことかというと、営業債務の支払いが遅延をしたため、十分な部品の調達が出来ずに、売上の機会を逃してしまったのです。実際、2020年3月以降は、新型コロナウイルス感染症により、マレーシア工場の稼働が限定的になったうえ、営業債務の支払いの遅延が継続したことで、取引先から取引条件の見直しを求められ、部品の調達に影響が出て、生産を縮小・停止せざるを得ない状況になりました。その結果、図表1にあるように、売上も大幅に下落してしまったのです。

ネットデットという経営指標自体は改善傾向にあったのですが、流動負債の改善が出来ず、その結果調達にも影響が出て、生産が縮小し、売上も大幅な下落につながってしまいました。営業債務に関しては、デットエクイティスワップと言った負債を純資産に転換する金融手法も行ったものの、最終的に資金繰りに窮し、オンキヨーHEは、破産申請を余儀なくされたのです。

法的整理を通じた経営再建ではなく、破産申請に至った理由

ここまでの話をまとめるために、本稿の最初の問いに戻りましょう。今回のオンキヨーHEの破産申請には2つの論点がありました。第一に、なぜ民事再生や会社更生といった経営破綻後の企業再生手続を申請するのではなく、いきなり会社そのものが無くなる破産を申請したのか。第二に、負債額が31億円とそれ程大きくないのはなぜなのか。

まずは第一の問いについてです。民事再生や会社更生を行うためには再生計画が必要であり、この再生計画では通常有利子負債や営業債務のカットと、返済計画が記載されるケースがほとんどです。

しかしながら、オンキヨーHEの場合、そもそも有利子負債がそこまで大きくなく、経営を圧迫していませんでした。営業債務は確かに多い状況だったので、営業債務をカットすることで、経営は楽になることは間違いないですが、事業譲渡を軸に実態のある事業を個別に譲渡してきたこともあり、残った事業でもキャッシュを生み出せるような事業はほとんど残っていなかったといえます。実際のところ、粗利ベースでもほとんど利益が出ていない状況です。つまり、多くの事業譲渡を経て残されたオンキヨーHEでは、事業再生が難しいという判断が行われたと考えられます。

次に、第二の問いについてです。そもそもオンキヨーHEがネットデットを経営指標としていたため、有利子負債額は少なかったことがあげられます(図表6)。事実、2021年9月末時点では負債の93%が流動負債で、その半分以上が営業債務というほどです。

ここで、改めての説明になりますが、有利子負債とは金融機関から借りる借入金等のことを言います。企業が借入金に代表される有利子負債を活用する目的は大きく分けて2つあります。一つは、設備投資等のための借入れで、もう一つは、短期の運転資金のための借入れです。オンキヨーHEの有利子負債が少ないということは、これら2つの借入れをあまりしていなかった、もしくは返済をしてきたということです。ネットデットが経営指標になっているので、意図的なところもあるでしょう。

かたや営業債務とは、仕入先に対する支払いの債務等のことです。営業債務が多いということは、仕入先に対する支払債務が多く残っていたということです。事業がきちんと回っているならば、これら営業債務に関する資金繰りは、通常金融機関からの短期の借入金で賄うことができるはずです。

ですが、オンキヨーHEの場合は、多くの事業譲渡を行ったことで、十分にキャッシュを生み出すことができる事業を有していない状態だったといえます。このような状況では、オンキヨーHEの経営指標や意図とは関係なく、営業債務の資金繰りを手当するための運転資金を金融機関から借り入れするのは難しかったと予想されます。実際、図表5のような営業損失の状態だと、運転資金のためのローンの提供を金融機関がためらうのは当然でしょう。そのため、営業債務支払いのための借入も出来ず資金繰りに窮したといえます。

第二の問いに戻ると、確かに2021年3月末時点の売上高89億円から比べると、負債総額31億円はそれ程大きくはないです。一方で、2021年8月以降の多くの事業譲渡を経て、残った事業から生み出される売上やキャッシュのことを考えると、31億円という負債総額は決して小さくないどころか、とてもじゃないですが支払可能な金額ではなかったと思われます。

オンキヨーHEが破産申請をしても「オンキヨー」の名前が残る2つの会社

これまでオンキヨーHEが破産申請を行うに至った経緯を会計とファイナンスの視点から見てきました。オンキヨーの破産の報道がなされた時、SNS等では「オンキヨーがなくなることに対して悲しいと感じる」等といったコメントが多数ありました。

確かにオンキヨーHEという会社はこの世から残念ながらなくなります。けれども、「オンキヨー」の名前が付く会社と事業は少なくとも現時点では2つ残ります。

一つ目は、2021年9月にシャープとVoxx社に譲渡が完了したホームAV事業です。図表8にあるように、オンキヨーHEのホームAV事業をVoxxとシャープが合弁で設立したオンキヨーテクノロジー株式会社に譲渡しました。株主は変わりましたが、「オンキヨー」の名前はまだ残る予定です。

図表8 オンキヨー ホームAV事業の譲渡スキーム

出所:オンキヨーHE 2021年9月8日付「事業譲渡の概要および今後の事業体制について」を参考に筆者作成

もう一つは3代目の「オンキヨー株式会社」です。3代目の「オンキヨー株式会社」は、図表4にあるように主にオンキヨーHEが行っていた新規事業を担っていた事業を引き継いだ会社です。この3代目のオンキヨー株式会社の株式は、MBOを通じて、TK-FUND合同会社に譲渡されました。その後、三代目のオンキヨー株式会社は、東証プライムに上場する、機能性食品素材の開発・販売を手掛ける株式会社ファーマフーズに対して、第三者割当増資を施し、株式会社ファーマフーズの持分法適用関連会社になっています。

図表9 3代目オンキヨー株式会社MBOスキーム

出所:株式会社ファーマフーズ2022年5月23日付「オンキヨー株式会社の持分法適用関連会社化に関するお知らせ」を参考に筆者作成

オンキヨーテクノロジーも三代目のオンキヨー株式会社も、今回破産申請を行ったオンキヨーHEとは資本関係は全くありません。そのため、今回の破産も直接的には大きな影響はありません。

長年オーディオファンを中心に愛されたオンキヨー。今回の破産申請を通じて、創業から引き継がれてきた直系とも言えるオンキヨーHEはなくなることになりますが、オンキヨーの名前が残る会社は2つ残りますし、AV事業では引き続きオンキヨーブランドが使われると言われています。存続する会社は変わるものの、日本を代表する世界的な音響メーカーだったオンキヨーの今後の活躍に期待したいものです。

image by: 360b / Shutterstock.com

村上茂久

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