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平和ボケした国民と政治家たちの罪過。ウクライナ侵攻で明らかになった日本とドイツの類似点

国内の消費エネルギーをロシアに依存しすぎていたことで、方向転換を迫られているドイツ。ウクライナ侵攻の思わぬ余波を受ける形となりましたが、そんなドイツはことあるごとに「日本と似ている」と言われます。しかし、似ているのは国民性だけではなく、国民も政治家も平和ボケしてしまっているところまでそっくりなようです。ドイツ在住の作家、川口マーン惠美さんが2国を比較し、その現状を危惧しています。

綱渡りの国家政策でも危機感は全くなし

これまで「ドイツと日本は似て非なる国である」と言い続けてきた私だが、最近、この2国はまさにそっくりだと思うようになってきた。何が似ているといって、とにかく国民も政治家も平和ボケなのだ。本当に危機感を持たなければならないところで、全然、触覚が働かず、どうでも良いことばかり熱心にやる。

たとえば、安全のためにと思い込んでいきなり原発を止め、今では電気代の高騰、さらには停電の恐れまで招いているが、さほど気に留めない。

また、原発や石炭火力の代替として不安定な再生可能エネルギーを増やし、その調整にガス火力を使ったせいでCO2が増加したが、「環境のためには止むを得ない」とあっさり論理破綻しているところも同じ。

その他、レジ袋の有料化や、使い捨て歯ブラシの排除や、ゴミの微細な分別など、実際にはまるで環境の役になど立っていないことを、政治家が環境のためだと勘違いする点も似ている。

また、安全保障には興味がなく、米国から国防費を上げろといくらせっつかれても、のらりくらりとかわし続け、国民も、自分たちは平和を愛しているから、そうすることが正しいと信じている。

だから、ドイツ連邦軍も日本の自衛隊も、洪水の時に土嚢を積んでいれば褒められるが、武器を手にして外国に行こうとした途端、叱責される。国民の認識では、「こういう戦争好きの輩がいるから戦争は無くならない」。要するに軍隊など税金の無駄遣いに過ぎない。

ところが2月27日、つまり、ロシアがウクライナに攻め込んだ3日後、ドイツのショルツ首相は緊急臨時国会を開き、1)今年、1000億ユーロ(約13兆円)を軍事費に追加投入する、2)今後は国防予算をNATOの要求通りGDPの2%に増加するなどという政府の方針を発表し、世界を驚愕させた。

日本でも、かねてより国防の強化を主張していた人たちが、「ようやくドイツも目覚めた。いざ、日本も」と勢いづいたが、私が見ている限り、肝心のドイツ国民は大して目が覚めたようには思えない。

次に攻め込まれるのは自分の国かと真の危機感を覚えているのは、かつてソ連の衛星国であった東欧の国々とバルト海3国、そして、ロシアと長い国境を共有しているフィンランドだけだ(現在、スウェーデンもNATO加盟を希望しているが、これはフィンランドとの連帯が主な理由ではないか)。

ドイツ人は物心両面でのウクライナ支援は惜しまないし、ウクライナの勝利を熱望しているが、自分たちに物理的な軍事的危険が及ぶと考えている人にはお目にかからない。

ここのところが、しょっちゅう北朝鮮のミサイルが日本海に落ち、毎日のように中国船が尖閣諸島周辺を我が物顔で航行していても、いたって呑気な日本人と酷似している。

そんな両国だから、当然、エネルギー安全保障も欠落しており、特にドイツでは、ガスは55%、石炭は45%、石油は34%と、どっぷりとロシアにエネルギーを依存していたのに、誰も別に何とも思わなかった。

それどころか、ウクライナ戦争が勃発していなかったら、今頃、ロシアからドイツへの2本目の直結海底ガスパイプライン「ノルドストリーム2」がつつがなく稼働し、ロシアへのガス依存は70%を超えていたところだ。

ドイツのガス需要はそうでなくても大きい。発電や各種産業だけでなく、一般家庭の半分が暖房に使っているから、ひとたびガスが逼迫すれば、産業は2週間で瓦解し、冬なら凍死者が出る。そういういわばライフラインの70%をロシアに任せようとしていたわけだから、やはり常軌を逸していた。

しかも去年の暮れ、すでにガスの逼迫・高騰が始まっていたというのに、ドイツは6基残っていた原発のうちの3基を予定通り止めてしまった。そして、現在稼働している3基も、やはり今年の暮れに止める方針を変えていない。

原発の稼働を延長するくらいなら、石炭火力を動かした方がまだましというのが、現在、ドイツの与党を仕切っている緑の党の闇だ。

ただ、残念ながらここでも日本は似ている。経済はすでに落ち込み、食糧の自給率は壊滅的に低く、外国資本に土地も産業もどんどん買われていく。

その上、賃金が増えないのにインフレが来そうだし、もうすぐ電力不足で工場を止めなければならないかもしれないというのに、それでも「原発は危険すぎる」のまま思考停止。すぐに動かせる原発さえ動かさない。自ら国を疲弊させているとしか言いようがない。

ドイツでは、2月の臨時国会から3ヶ月が過ぎた5月31日、ようやく国防費1000億ユーロが国会を通った。最初の勢いは少し削がれ、1000億ユーロは5年で使い、また、国防費をGDPの2%に保つための予算もここから捻出することになった。

それでもこれで、飛行機は飛ばない、戦車は動かないという何十年も続いていた連邦軍の惨状は次第に改善されるだろう。

なお、特筆すべきは、この1000億ユーロが「特別財産」と銘打たれていることだ。初めてそれを聞いた時、予備費か、あるいは政府の隠し財産でも出てくるのかと思ったら、何のことはない、「特別ファンド」という名の新たな借金である。

ただ、そのままでは財政赤字が拡大し過ぎて、財務省を受け持つFDP(自由民主党)の「緊縮財政」という公約が守れなくなるため、呼び方を変えて通常の予算に計上されないようにしたらしい。つまりドイツでは、時に「借金」が「財産」になる。

日本にも借金は山ほどあるが、幸か不幸か、なかなかこういう真似はできない。ドイツと日本にも、やはり似ていないところはあった・・。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : 内閣官房内閣広報室CC-BY-4.0

川口 マーン 惠美

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