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細胞数が少ないネコやイヌのがん発症確率がヒトと変わらないワケ

日本人の死因の1位は長年「悪性新生物」いわゆる「がん」です。今年4月19日に亡くなった世界一長寿の田中力子(カネ)さんの死因は老衰でしたが、45歳のときに膵臓がん、103歳のときに大腸がんの手術を乗り越えて歴代世界2位の長寿を全うされたとのことです。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみ、生物学者の池田清彦教授が、がんと年齢の関係について考察。がん細胞が偶然発生するものであれば、ゾウやクジラなど細胞数が多い種ほど発症確率が高くなりそうなのに、そうではない理由について推論を述べています。

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哺乳類の種の寿命に関わりなくがんの発症確率がほぼ同じなのはなぜか

2018年7月22日それまで世界一の長寿者であった都千代さんの死去に伴い、新たに世界一の長寿となった田中力子(カネ)さんが2022年4月19日に亡くなられた。存命期間は119歳107日。122歳164日のジャンヌ・カルマンさんに次いで、世界第2位の長寿記録である。35歳の時にパラチフスを患い、45歳で膵臓がん、76歳で胆石、90歳で白内障、103歳で大腸がんと4度の手術を乗り越え、119歳まで生きたのだから、その生命力は大したものだ。

膵臓がんと大腸がんを克服しての119歳の長寿は常識では考えられないすごさだと思う。103歳の時の大腸がんの手術を執刀した順天堂大学医学部の鎌野教授(当時)は、腸閉塞が進行しており癒着が強く、年齢的にも全身麻酔の加減が難しく、手術は困難を極めたが、何とか成功して、転移もなかったと述べている。100歳以上のがんの手術例はその当時日本では10人くらいしかおらず、良く手術に踏みきったと思う。普通の人であれば、体力的にも、手術死する可能性の方が高いと思う。

膵臓がんの手術をしたのは45歳、1948年のことだ。私が生まれた1年後で、当時の医療水準で、手術をして治るような膵臓がんが良く見つかったと思う。なんか不思議な気がするね。最終的な死因は老衰ということであるが、もしかしたらどこかにがんがあったのかもしれない。歳をとれば遺伝子に異常が蓄積して、がんが発生したり細胞が多少異常になったりする。がんについて言えば、いくつかのがん関連遺伝子が突然変異を起こして、細胞ががん化するわけだが、例えば、7つのがん関連遺伝子があるとして、生まれた時にすべて正常な人は、すべてが異常になるまでには時間がかかる。しかし十分長生きすればいずれすべて異常になるだろう。

そういうことを考えれば、がんの発症確率は歳とともに増加することになる。実際、日本における年齢別の10万人当たりのがんの発症数は50歳辺りから急激に上がるので、基本的には老化と共に発がん確率が上がることは確かだと思う。但し、必ずしもすべてのがんで、年齢と共に発がん確率が上がるわけではない。

例えば、女性の乳がんや子宮がんは65歳辺りをピークに発がん確率は下がってくる。これは恐らく、生まれつき発がんしやすい遺伝的組み合わせの人がいて、それ程高齢にならないうちに、当該のがんのがん関連遺伝子がすべて異常になってがんが発症するのだろう。その極端な例は家族性のがん(familialcancer)で、生まれつきがん関連遺伝子のいくつかに異常があり、比較的若いうちにがんを発症する。BRCAというがん抑制遺伝子が生まれつき壊れている家族性の乳がんと、APCというがん抑制遺伝子に生まれつき異常がある家族性大腸がんがよく知られている。

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一方、がん関連遺伝子がほぼ正常な人は、高齢になってもがんが発症しづらいため、ある年齢までがんにならなかった人の発がん確率はそれ以外の人に比べて低くなり、結果的に乳がんや子宮がんの発症確率は65歳以上では下がってくるのだろう。

ところで、遺伝子の突然変異は偶然起こるというのが、現代遺伝学のパラダイムである。がんは細胞の中の遺伝子の突然変異によって起こり、突然変異が偶然起こるならば、ある組織に発生したがんはもともと1個の細胞ががん化してこの細胞が増殖したものだ。隣り合った複数の細胞ががん化してここから始まったわけではない。突然変異が偶然であるならば、複数の独立の細胞が同時に同じ突然変異を起こすとは考えづらいからだ。

がんが個々の細胞に独立におこるならば、1個体の細胞数が多い動物はがんの発症確率が増えると予想される、例えばゾウは、ヒトの100倍の体重があり、細胞数も大凡100倍の3000兆個あると言われている。しかし、ゾウはヒトよりもはるかにがんに罹り難い。p53というがん抑制遺伝子はがんになりそうな細胞を見つけ出して、アポトーシスで殺して、がんの発生を未然に防いでいるが、ヒトでは2つしかないp53のコピーがゾウでは38個もあるという。クジラもゾウより大きいがゾウとは別のがんを抑制するメカニズムがあって、がんになり難いと言われている。

マウスはずっと小さく、体細胞の数が300億個と言われており、がんの発症確率は低くてよさそうだが、特別にがんの発症確率が低いということはなさそうである。ネコやイヌの体細胞数もヒトよりもずっと少ないが、がんの発症確率はヒトと余り変わらない。これは個々の細胞の遺伝子が突然変異を起こしてがん化する確率は種によって大きく異なっていることを意味している。(『池田清彦のやせ我慢日記』2022年6月24日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by: Shutterstock.com

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