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在来線切り捨ては確実。新幹線をゴリ押しする「JR」の傍若無人な企業体質

工事着工から14年、ようやく今年9月23日に部分開業を迎える西九州新幹線。しかしながら1973年の整備計画決定から49年を経た今となっても、全線開通の見通しは立っていません。その原因はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』では著者でジャーナリストの伊東森さんが、西九州新幹線を巡るこれまでの歴史を振り返るとともに、問題の本質を考察。そこから見えてきたのは、公共事業者の顔をしたJRの「傍若無人な企業体質」でした。

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9月23日、西九州新幹線が開業 一方で、未開通の部分も 開業ルート案も3つ存在 問われるJRの“公共”性

JR九州は今年9月23日、「九州新幹線西ルート」と呼ばれた西九州新幹線を開業させる。5月から車両走行の試験が始まっているほか、沿線では開業を見込み開発も進む。

ただ、実際に開業されるルートは、武雄温泉(佐賀県武雄市)と長崎(長崎市)との部分開業にとどまる。九州を南北に貫く九州新幹線と接続する新鳥栖(佐賀県鳥栖市)-武雄温泉との間は、整備方式などをめぐり国と佐賀県との対立が続き、開業のめどは立っていない。

開業する武雄温泉と長崎との距離は、約66キロメートル(*1)。途中新設される駅は、嬉野温泉(佐賀県嬉野市)と新大村(長崎県大村市)、諫早(長崎県諫早市)の3駅。

列車の名称は「かもめ」となった。これは、博多(福岡市)と長崎との間を走る、現在の在来の特急から名付けられた。

車両は、最新型の「N700S」をベースに、白を基調に赤のライン、黒い縁取り。デザインは、豪華寝台列車「ななつ星in九州」などを手がけた工業デザイナーの水戸岡鋭治氏によるもの。

開業していない新鳥栖や博多方面へは、当面、武雄温泉と博多(一部は門司港)との間に在来線の特急「リレーかもめ」で対応する。新幹線の開通により、博多-長崎間の所要時間は、最速で約1時間20分と、従来から30分ほど短くなった。

運賃と料金については、自由席を利用した場合、長崎-博多間が計5,520円。この価格は、現在の在来線特急利用料金から460円ほど高い値段となる。

目次

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残る未開通区間のゆくえは? ルート案も3つ存在

一方、未開業の新鳥栖-武雄温泉との間の整備方式をめぐっては、まったくもって不透明だ。

昨年、佐賀県がフル規格を前提とした3つのルート国土交通省に提示した。従来からあった佐賀駅ルート、そして新たに北回りルート、そして南回りルートを提案してきた。

ただ、このうち、国交省は佐賀駅を通るルートが「ベストな選択肢」(西日本新聞、2021年11月23日)と訴えた。

3つのルートとは、

  1. 佐賀駅を経由
  2. 佐賀市中心部を避け、長崎自動車道方向に迂回する「北回りルート」
  3. 佐賀空港を経由し、九州新幹線筑後船小屋駅(福岡県)を結ぶ「南周りルート」

だ。

想定される建設費は、佐賀駅を経由するルートが約6,200億円。

一方、北周りルートは用地買収費が安くなり、約5,700億~6,200億円。他方、佐賀空港を経由する南回りルートは、トンネル工事費などがかさむとし、約1兆1,300億円と試算されている。

新規に提示された2つのルートをそれぞれ比較していく。

まず南回りルートで佐賀空港と直結した場合、福岡空港の“サブ空港”としての意味合いを持たせる(*2)。もともと福岡空港の発着便数は飽和状態であった。

事実、2024年度に第2滑走路を建設する計画もある。ただ、滑走路間が短いため、同時発着ができない。第2滑走路ができたとしても、現在の16.7万回から18.8万回の処理能力にとどまる。

そうでなくても、佐賀空港は福岡空港の代替空港としてチャーター便を受け入れてきた実績を持つ。ただ、佐賀空港は赤字状態が続く。

そのため、新幹線で博多駅と結ばれれば、北九州空港よりも所要時間が短くなり、佐賀空港の発着便が増え、運営状況が改善されるかもしれない。

北回りルートは、高速道路と接続するという。新幹線駅ができれば、人の動きが活発となり、新しい工場の誘致の可能性も高まる。さらに高速バスの拠点として整備することもでき、佐賀県のとくに北部にとってはメリットがあるという。

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佐賀県の反対

「佐賀県は新幹線の整備をこれまでも求めていないし、今も求めていない…」(杉山淳一(*3)、2019年5月17日)

この発言は、2019年の4月19日、政府与党の長崎新幹線検討委員会においての、佐賀県知事の発言だった。

そもそも従来から佐賀県は、西九州新幹線に反対の立場。費用対効果や負担金が理由でもある。

費用対効果という面では、明らかに佐賀県のメリットは少ない。現在、博多-佐賀間は特急「かもめ」で37分。新幹線が開通しても、22分。

それを実現させるための佐賀県の負担は約1,200億円。実質的な負担金は660億円程度とはいうものの、一貫して佐賀県は新幹線に否定的な立場だ。

西九州新幹線の建設は、1972年の全国新幹線鉄道整備法に基づく。ルートについては、1973年に「博多-筑紫平野(新鳥栖)-佐賀市付近-長崎」と定められた。

1985年には、国鉄がルートの具体案を提示。ただ、当時のルートは早岐経由で、佐世保市への配慮があった。佐世保市は、試験運転中に放射線漏れ事故を起こした原子力船の「むつ」の修理を受け入れたためだ。

しかしながら、1987年に国鉄が分割民営化されると、整備新幹線の建設の枠組みが大きく変わる。国鉄時代は国策に沿って新幹線を受け入れるけれども、JRの時代に入ると、民間会社であるため、国策は強制できない。

まずは新幹線の受け入れについては、JRの合意が必要になることとなった。

すると、JR九州は、「国鉄案では合意できない。早岐経由では遠回りで採算が取れない」とし、現在のような短絡ルート、フル規格新幹線ではなくスーパー特急方式を提案する。

スーパー特急の方式は事業費が小さく、在来線にも直通できるメリットがある。将来は、フル規格への昇格も可能だ。さらに北陸新幹線長野-金沢間、九州新幹線鹿児島ルートもスーパー特急方式で建設予定だった。

1992年になると、運輸省は、博多-鳥栖-佐賀-武雄温泉を在来線経由で、武雄温泉-長崎間をスーパー特急用の新線に直通させるルートを策定。これについては、国とJR、路線自治体の合意が得られた。

一方、新幹線の建設予定自治体からはフル規格での要望が高まる。実際、北陸新幹線と九州新幹線鹿児島ルートはフル規格新幹線で建設が決まった。

しかしながら、鳥栖-佐賀-武雄温泉間はそもそも在来線の直通を念頭に置いているため、このままではフル規格化はできない。

大きな混乱を呼んだのは、フリーゲージトレインの実用化をめぐるトラブルだ。フリーゲージトレインならば、武雄温泉-長崎間をたとえフル規格に昇格させても、あくまで博多-武雄温泉との間は在来線の直通の枠組みは保持できる。

そこでいったんは、フリーゲージトレインの採用が正式に決まり、武雄温泉-長崎間はフル規格となった。ところが、フリーゲージトレインは開発が遅れ、国は実用化を断念。

しかも、もともと実用段階にない技術を前提とした建設計画も甘かった。

すると、佐賀県が強硬な立場に転換。佐賀県としては、フリーゲージトレインが実用化されないならば、「その前の段階」に戻るべきと考えた。

つまり、フル規格の新幹線として工事中の武雄温泉-長崎間をスーパー特急方式に戻せ、と。

佐賀県としては1992年の合意にあくまで忠実であるだけだ。すなわち鳥栖-佐賀-武雄温泉間にフル規格新幹線をつくるとすれば、JR九州との合意はできているだろう。費用対効果の算定もフル規格が有利とする。

しかし、「沿線自治体とJRの並行在来線の処理の合意」について、話し合いすら行われていない。それならば、そもそも整備新幹線の着工条件を満たしていなのだ。

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問題の本質 JRは、本当に公共事業者か?

問題の本質は、JRという企業体質に依拠する。民営化され、国の監督というたかが外れたJRが、さまざまな意味で“アンタッチャブル”の存在になりすぎた。いつしか行政をも越える存在となる。

さらに、そもそも日本の地方のメディアは脆弱。そのため、監視する存在もいない。だからこそ、公共事業であるための“公共”という存在を越えたJRはいつしか自社の私利私欲のために好き勝手できる存在まで成り上がった。

JRの傍若無人さは、リニア新幹線のことの顛末をみればわかる。JR東海は現在、2027年の完成を目指し、東京-名古屋間を40分で結ぶリニア新幹線の建設を進めている。

当初の建設費用は5兆4,300億円。最終的には、2045年に東京-大阪間を67分で結び、トータルの建設費用は9兆300億円にも達する(*4)。

公共事業や大規模事業に詳しい橋山禮治郎氏は、リニア新幹線の事業計画にはさまざまな疑念が付くという。

まず経済的な問題。そもそもリニア新幹線は既存の東海道新幹線と競合するうえ、JR東海に大きな損失をもたらすとする。

環境に対する懸念も。リニア新幹線は高速度も出すため、直線で結ぶことになるが、東京-名古屋間の87%が地下を通り、さらに途中、南アルプスを貫く。

すでに実験線が完成している山梨県では、実験線の周辺では山肌を貫くトンネル工事により地下水脈が分断され、予期しない場所で大量の水が出たり、河川や沢の水涸れが報告されている。

現実に今後、南アルプスの山間部を貫く工事で、思わぬ水の問題に直面する可能性も。だからこそ、静岡県はあれほど反対しているのだ。

他方、リニア新幹線に反対する静岡県をはじめ、西九州新幹線に反発する佐賀県に対しては、ネットメディアを含め批判的な声は大きい。もはやJRの影響力が、インターネット空間まで及んでいる。

一方、JRの立場に立った場合、50年、100年後の鉄道の未来を考えると、メインとしてはリニアや新幹線を柱にし、在来線はもう見捨てるだろう。事実、近年は在来線の苦境が、これでもかと伝えられている。

そして、在来線の部分は、LRTという次世代型路面電車に移行させる可能性が高い。

■引用・参考文献

(*1)「西九州新幹線、武雄温泉─長崎が9月開業 沿線開発進む」大城夏希 日本経済新聞 2022年5月1日

(*2)「九州新幹線西九州ルート、佐賀県が示した3ルートの意味」杉山淳一 マイナビニュース 2021年6月13日

(*3)「こじれる長崎新幹線、実は佐賀県の“言い分”が正しい」杉山淳一 ITmedia ビジネス ONLiNE 2019年5月17日

(*4)「天下の愚策リニア新幹線に待った!」ビデオニュース・ドットコム 2014年8月9日

(『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』2022年7月3日号より一部抜粋)

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image by: Houjyou-Minori [Public domain]

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伊東 森(いとう・しん): ジャーナリスト。物書き歴11年。精神疾患歴23年。「新しい社会をデザインする」をテーマに情報発信。 1984年1月28日生まれ。幼少期を福岡県三潴郡大木町で過ごす。小学校時代から、福岡県大川市に居住。高校時代から、福岡市へ転居。 高校時代から、うつ病を発症。うつ病のなか、高校、予備校を経て東洋大学社会学部社会学科へ2006年に入学。2010年卒業。その後、病気療養をしつつ、様々なWEB記事を執筆。大学時代の専攻は、メディア学、スポーツ社会学。2021年より、ジャーナリストとして本格的に活動。

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