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地域の戦力では中国軍が米軍を凌駕。嶌信彦が解説する「台湾海峡危機」増大の実情

中国と台湾の間にある台湾海峡には暗黙の休戦ライン「中間線」が設けられていますが、ペロシ氏訪台後に中国軍機が100回以上中間線を越えて台湾側に侵入。日本のEEZ内にもミサイル5発が落下するなど、緊張が高まりました。今回のメルマガ『ジャーナリスト嶌信彦「虫の目、鳥の目、歴史の目」』では、著者の嶌信彦さんが増大する台湾海峡危機について解説。インド太平洋地域における中国軍の戦闘機が米軍の5倍に達していること、2025年にはさらなる戦力差の拡大が予想されていることを伝え、米中対立の行方への懸念を示しています。

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増大する台湾海峡危機

アメリカのナンシー・ペロシ下院議長(民主党)の“ひと言”に中国側が激怒し、米・中に緊張関係が走った。ペロシ議長は、7月頃から盛んにアメリカの台湾防衛について発言していたが、8月2日に自ら台湾を訪問し蔡英文総統と会談した。その際「中国の台湾侵攻時には、米国議会はアメリカが台湾を防衛することを支持するだろう」と述べ中国をけん制した。

ペロシ議長は単なる下院議員でなく下院議長を務める大物議員だけに記者会見で「世界で中国の専制主義と民主主義の対立が起きている」と、バイデン米大統領の考え方に歩調を合わせるような言い方をしたので一層中国側を刺激したのだ。しかもバイデン大統領は今年5月の会見で、台湾有事の際に台湾防衛のためにアメリカは軍事的に関与すると示唆していたからペロシ発言に中国側は一層神経をとがらせたといえる。

中国にとって台湾は自国の一部であって、国ではないという立場をとってきた。台湾を含めて“一つの中国”と主張しているのだ。アメリカは1979年の米中国交正常化の時、中国の主張をほぼ受け入れた。このためアメリカは最近まで台湾との高官の往来を止めていたが、このところアメリカはこの約束を破り始めていたため中国を怒らせてきた。

かつて国民党が統括してきた台湾は中国共産党との内戦に敗れたため、国民党が「中華民国」を名乗って台湾を存続させてきた。しかし中国共産党はいずれ中台を統一したいと考えているため、台湾との軋轢は常に存在している。特に太平洋への出口に台湾があることは中国には邪魔で仕方がないわけだ。しかしアメリカにとっては台湾の存在価値は地政学的にとてつもなく大きいため、台湾に武器などを提供して支援してきた。そのことが原因となってこれまでに何度も中国とアメリカの間で“台湾海峡危機”が起こっているのが実情だった。

中国本土と台湾との距離は台湾海峡を挟んで200kmもないので、軍事演習などを行なうと一挙に危機が高まる可能性がある。中国は最近の軍事演習では台湾を取り囲んで封鎖するような形で行なったりすることもあるので、年々海峡危機が高まっているのが実情なのだ。一応、台湾と中国本土の間に暗黙の休戦ライン「台湾海峡中間線」が設けられているが、中国は中間線を超える進出をしばしば行なっているため緊張の度合いが高まっている。

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今回の演習では、中国のミサイル5発が日本の排他的経済水域内に初めて落下し日本にも緊張をもたらした。日本政府が抗議し、これを受け中国は、「日中両国は関連の海域で境界をまだ確定しておらず、日本のEEZという言い分は存在しない」と述べた。さらに、日本を含む先進7カ国(G7)外相が台湾情勢に関する共同声明で「中国を不当に非難」したため、林芳正外相と王毅国務委員兼外相との会談を直前になって中国が中止を申し出た。

また、日米豪の外相が中国による一連の軍事活動を取り止めるよう共同声明を発表したのに対し、中国は米中両軍の幹部同士の電話協議の中止など、8項目の対米報復措置を発表した。さらに8月の4日間で中国軍機113機が「中間線」を100回以上越えており、中国側は「中間線」を徹底的に打ち破ったと報道している。

米軍の資料によると、中国軍が保有する主力戦闘機は米軍がインド太平洋に配備している数の5倍に達しており、2025年には約8倍になる見通しだ。主力戦闘艦艇では、在インド太平洋米軍の約5倍で2025年には9倍を見込んでいる。さらに2025年、潜水艦では6倍強、空母は3倍にまで増えると予想されている。

2006年から世界の軍事力を独自の分析でランキングしているグローバル・ファイヤ─パワー(GFP)の2022年の世界の軍事力ランキングで米軍は1位で、ロシア、中国と続く。米軍は世界各地に基地を持ち、総力では中国を大幅に上回っているが、中国、台湾からの距離は遠く即座に対応することは難しい。

一方で中国は南太平洋の進出に関心を強め、キリバス、ソロモン諸島、フィジー、トンガ、サモア、バヌアツなど王毅外相が島嶼国8ヵ国を訪問し経済協力拡大などを約束してきたばかりで、南太平洋も中国と日本、アメリカ、オーストラリアなどの間で権益争いが激しくなりそうだ。

アジア太平洋でもう一つ気になるのは、インドの台頭だ。インドの人口は14憶1200万人で中国より1000万人ほど少ないが、来年には世界最多の人口大国になることが国連の見通しで明らかにされている。人口は国力の源だ。アメリカがなお力を有しているのは、軍事力や経済力に負うところが多いが、実は世界の人口大国であり、移民大国である点が大きな背景でもあるのだ。

インドと中国は世界一、二を争う人口大国だが、両国は50年以上にわたり中印紛争を抱えている。もしインドと中国が手を結ぶようなことになれば、それこそアジア太平洋どころか、世界の勢力図が大変動を起こすことになろう。しかし、今のところは、中・印より米・中の緊張増大の方が気になるといえよう。

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image by:somkanae sawatdinak/Shutterstock.com

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ジャーナリスト。1942年生。慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、日銀、財界、ワシントン特派員等を経て1987年からフリー。TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務め、TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」に27年間出演。現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」出演。近著にウズベキスタン抑留者のナボイ劇場建設秘話を描いたノンフィクション「伝説となった日本兵捕虜-ソ連四大劇場を建てた男たち-」を角川書店より発売。著書多数。NPO「日本ニュース時事能力検定協会」理事、NPO「日本ウズベキスタン協会」 会長。先進国サミットの取材は約30回に及ぶ。

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