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感情論は抜きで議論せよ。安倍氏「国葬」の是非を冷静に考察する

賛成派・反対派ともに一歩も譲る気配のない、安倍元首相の国葬の是非を巡る論争。岸田首相の閉会中審査での説明にも国民の多くが納得せず、内閣支持率も危険水域一歩手前となっています。そもそも何がこのような状況を招いてしまったのでしょうか。今回、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さんは、生前の安倍元首相の政治姿勢にその原因があると指摘。さらに岸田首相が挙げた「安倍氏の国葬を実施する4つの理由」を丁寧に検証した上で、安倍元首相を国葬で送ることが妥当か否かについての見解を記しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

安倍氏「国葬」問題。賛成派も反対派も冷静な議論が必要だ

安倍晋三元首相の「国葬」実施を巡り、世論が二分されている。元首相が死去し、岸田文雄首相が国葬実施を決定した直後は「開催賛成」が多かった。だが、次第に「国葬反対」が増えている。メディア各社の世論調査で、「反対」「評価しない」が多数という結果が相次いでいる。

「国葬」を巡って国論が二分している状況は、「政治家・安倍元首相」を象徴しているように思う。安倍元首相は、「お友達」と「敵」をはっきりと分ける政治家だったからだ。

安倍元首相を知る人は口々に絶賛する。「優しい人だった」「よく人の話を聞いてくれた」「困った時に助けてくれた」という人柄を評価する声がある。「アベノミクスで日本経済を救った救世主だ」「憲法改正、安全保障政策に取り組み日本を守ろうとした」「世界中の指導者に慕われた。日本の世界におけるプレゼンスを高めた」などという経済、外交、安全保障などの成果を評価する声もある。

安倍元首相を手放しで絶賛する「お友達」にとっては、「国葬」の実施は疑うべきことのないものだ。岸田首相自身が元々どんな考えだったかはわからない。だが、少なくとも首相に対して「お友達」が「国葬」実施を強く働きかけた結果なのは間違いない。

一方、安倍元首相は「敵」に対しては徹底的に厳しかった。国会で、民主党政権を「悪夢」だったと発言して憚らず、発言撤回を求められると「私にも言論の自由はある」と拒否した。選挙演説では「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と野党支持者に罵声を浴びせた。「日教組」など野党の支持団体に「反日」と言わんばかりの激しい批判を展開し続けた。首相としては、いささか行きすぎた「敵視」だった。

安倍元首相に「敵」とされた人たちは言う。政策的にも、アベノミクスは大企業、富裕層のみに恩恵があり、格差を拡大した。外交も確たる成果がなかった。復古的な軍国主義を進めようとした。彼らは、安倍元首相に「憎悪」といってもいい感情を持つ。「国葬」の実施に激しく反対している。

野党だけでない。自民党内や官僚組織内という身内でさえも、「非主流派」は人事で徹底的に干し上げた。身内からも安倍政権を批判する自由闊達な議論が消えた。官僚組織には「忖度」が横行した。彼らは沈黙を守っているが、心の中では「国葬」に反対している。

「賛成派」と「反対派」は、安倍元首相に対する評価が極端に分かれている。双方に一致する点がまったくなく、歩み寄ることがない「水掛け論」となっている。論争ではなく、感情のぶつかり合いだ。まさに、国民が「分断」している状況といえる。

この「分断」は安倍政権期に起こったさまざまな問題によって広がってきたものだ。だから、「国葬」を巡る現在の状況は、「政治家・安倍晋三」を、よくも悪くも象徴していると思うのだ。

本稿は、国民を「分断」している感情論と距離を置いて、安倍元首相の「国葬」の是非を検証する。まず、反対派の「国葬の執行についての基準を定めた法律はないので、法的根拠がない」という主張から考える。

岸田首相は「内閣(府)設置法や閣議決定」を根拠として、国葬を実施すると説明している。具体的にいえば、国葬の根拠は「閣議決定」であり、閣議決定の対象となる「行政権に関する事務」を明記している「内閣府設置法」で、「国の儀式に関する事務」が決められている。その中に「国葬義」が含まれているということだ。

これに対して、反対派は閣議決定だけを根拠に国葬の実施はできない、根拠となる法律が必要だと主張している。だが、根拠となる法律が存在しなければ、行政権が発動できないというわけではない。

もちろん、国民の権利を制限する、国民に義務を課す課題については、国会で審議し、法律を制定するのは当然だ。しかし、そこまでする必要がない、閣議決定による行政権の行使も数多く存在しているのだ。そして、岸田首相は、閣議決定のみで国葬を実施できるか内閣法制局と「しっかり調整したうえで判断した」と述べているのである。

国会での審議を経ない首相の決断が「非民主的」というのも言い過ぎのように思う。議院内閣制である日本の首相は、選挙で勝利した議会多数派から選出される。ゆえに、首相の決断に「民主的な正当性」はある。その決断に問題があると国民が考えるならば、次の選挙で政権の座から降ろせばいいのではないだろうか。

逆にいえば、「国葬」実施という行政権の行使を、絶対に国会で議決しなければならないという反対派の主張の法的根拠はどこにあるのだろうか。

要するに、グレーなところはあるものの、岸田首相の「内閣(府)設置法や閣議決定」を根拠として、国葬を実施するという決定は、現行法の運用の範囲内ではあるというのが公平な評価だろう。

ただし、安倍元首相の「国葬」実施の閣議決定に法的根拠があるとしても、岸田首相の決定自体が正しいかどうかには疑問がある。

岸田首相は、国会の閉会内審査で、国葬実施の4つの理由を述べた。

  1. 安倍元首相が憲政史上初最長の首相在任者だったこと
  2. 震災復興や経済再生に尽力したこと
  3. 日米同盟を基軸とした戦略的外交を主導したこと
  4. 諸外国で議会の追悼決議や服喪のほか日本国民へも弔意が示されたこと

である。

だが、戦後吉田茂元首相1人だけだった「国葬」を、安倍元首相に対して実施する理由としては、残念ながら弱い。

まず、1.の首相在任期間が「憲政史上最長」だったことだ。だが、安倍元首相の前に、史上最長の在任期間だった佐藤栄作元首相の「国葬」を実施していない。佐藤元首相は、「沖縄返還」を成し遂げ「ノーベル平和賞」を受賞していた。客観的にみて、安倍元首相よりも大きな業績を挙げていたにもかかわらず、国葬が行われなかったのだ。従って、在任期間が長かったというのは、国葬実施の理由としては弱い。

次に、2.の震災復興に尽力したということだ。確かに、安倍政権下で多大な費用と時間をかけて、着実に東日本大震災の被災地の地域再生が進んだ。例えば、「復興道路」「復興支援道路」の建設など、復興事業の多くは国費負担で行われ、復興予算は32兆円を超える見込みだという。財源がない被災自治体の復興を強力に後押ししたことは評価に値する。

一方で、復興から置き去りにされたままの人々がいる。多くの問題が残ったままの現実がある。東京電力福島第一原発事故によって帰還困難区域に指定された地域では、住民に対する避難指示が出されたままで、その解除は少しずつしか進んでいない。今も災害公営住宅に住み、自宅に戻れないまま孤立や家賃負担に苦しむ人々がいるのである。

また、原発の「処理水」の海洋放出の問題が残っている。処理水の放出は人間や環境に影響がないことが科学的に確認されているものの、中国や韓国などが反対している。風評被害への懸念も根強く、事故後に売上が戻らない漁業関係者や水産加工業者も反対している。

要するに、安倍政権が震災復興を進めたことは評価できるが、いまだにさまざまな懸案を残して批判もある。これを国葬実施の理由とすれば、賛否はさらに分かれるのではないか。

2.の安倍元首相が「経済再建」に尽力したということにも疑問がある。私は、安倍政権の経済政策「アベノミクス」を評価していない。

確かに、アベノミクスは実施した当初、国民から高い支持を受けた。円高・デフレ脱却に向けて、2%の物価上昇率を目標として資金の供給量を劇的に拡大する異次元の金融政策「黒田バズーカ」を断行した「第一の矢」金融政策、過去最大の100兆円を超える巨額の財政出動を断行した「第二の矢」公共事業によって、為替を円安に誘導し、企業の業績が瞬間的に回復した。これが「失われた20年」と呼ばれた長年のデフレとの闘いに疲弊しきって「とにかく景気回復」を望んでいる国民の心情に合致したのだ。

だが、その回復とは、1ドル=70円台から120円台となって、利益が増えたにすぎなかった。既に、日本企業は工場を中国・アジアといった海外に移転していた。円安のメリットを生かして輸出を増やそうとしても、そもそも工場が日本国内に存在しないのだから、増えるわけがない。海外に移転した工場は、日本国内に戻らず、輸出量は増えなかった。

そもそも、「金融緩和」「公共事業」は、あくまで、国民をデフレとの戦いから一息つかせるための、「その場しのぎ」でしかなかったはずだった。本格的な経済回復には「第三の矢(成長戦略)」が重要なのだが、さまざまな業界の既得権を奪うことになる規制緩和や構造改革は、内閣支持率に直結するので、安倍政権にとってはできるだけ先送りしたいものとなった。安倍政権が「成長戦略」と考えた数々の政策は、多かれ少なかれ、今までの政権でも検討されてきたものだった。従来型の「日本企業の競争力強化策」で、基本的に誰も反対しない政策の羅列でしかない。あまり効果が出ないのも無理はないことだった。

結局、安倍長期政権の間、経済は思うように復活しなかった。斜陽産業の異次元緩和「黒田バズーカ」の効き目がなければ、更に「バズーカ2」を断行し、それでも効き目がなく、「マイナス金利」に踏み込んだ。これは「カネが切れたら、またカネがいる」という状態が続き、財政赤字が拡大した。新しい富を生む成長産業が生まれず、なにも生まない斜陽産業を救い続けるだけだったのだから、仕方がないことだ。

そして、成長産業が生まれなかったツケに、日本は今、苦しんでいる。「人工知能(AI)や量子技術などの研究開発」「スタートアップ支援」「デジタル化」「再生可能エネルギー」などへの取り組みが、欧米のみならず、中国・韓国などアジア諸国などと比べて大幅に遅れてしまった。

また、世界的なインフレの急激な進行に、欧米の主要な中央銀行は、利上げで対抗している。しかし、日銀は景気を下支えするという理由で金融緩和の継続を決めた。日銀と欧米と真逆の方向に動かざるを得なかったのは、日本企業が利上げに耐える体力がないからだという。それは、アベノミクスで「カネが切れたら、またカネがいる」のバラマキを続けて斜陽産業を延命させ続けたからである。

このように、アベノミクスは問題の多い政策で、その結果に国民は苦しんでいる。経済政策の成果を理由に国葬を実施するというのは、無理がありすぎる。

3.と4.は安倍外交にかかわることだ。だが、安倍外交は、「北朝鮮拉致問題」「北方領土問題」などで確たる成果を挙げることができなかった。安倍外交で特筆すべきことは、安倍首相の在任期間が長かったということに尽きる。

日本外交は、基本的に誰が首相でも変わらないものだ。それは、歴史的にみても、古くは中国との関係、明治政府から第一次大戦までは「日英同盟」、戦後は「日米同盟」という、覇権国家の補佐役、ナンバー2の役割だと思う。安倍元首相は、長く首相の座にあったことで、その役割をよく果たしたとはいえる。

日本の役割とは、まず世界中の中堅国・小国がなにか困ったことがあれば、相談に乗り、快くカネを出し、支援することだ。それらの国が、米中露など大国に話をしてほしいと頼んでくれば、快く話をしてあげる。大国側も、日本の頼みであれば、ある程度譲歩してくれる。

一方、大国側も、さまざまな中堅国・小国とのさまざまな問題を解決したいとき、日本に仲介に入ってもらおうとする。また、大国間が厳しい交渉に入った時、日本が間に入ることを希望する。これが国際社会における日本の役割であり、それは誰が首相でも変わらない。

安倍首相は、長い在任期間に、ドナルド・トランプ米大統領、習近平中国国家主席、ウラジーミル・プーチン露大統領、アンゲラ・メルケル独首相(以上、当時)など、世界の海千山千の指導者の信頼を得ることに成功し、その日本の役割をよく全うできたということだ。だが、裏返せば「在任期間が長かった」から、普通にやるべきことができたということで、それ以上ではない。安倍外交は、国葬を実施するに値するほどのものではないと考える。

要するに、岸田首相が国会で説明した、安倍元首相の国葬を実施する4つの理由は、説得力に欠けると言わざるを得ない。ゆえに、私は国葬実施には疑問を持っている。

しかし、国葬をめぐって国論が二分され、感情的な対立となっている現状は非常に残念に思う。特に、反対派の国会議員が、届いた国葬の招待状をSNSで公開し、「国葬に参加しない」と訴えたりしているのは、非常に見苦しいことだと思う。

1つ提案をしたい。今後、首相経験者がお亡くなりになった時は、すべて「国葬」を実施すると国会で法律を制定してはどうだろうか。これは、自民党の首相経験者だけでなく、非自民党の元首相である細川護熙氏、村山富市氏、鳩山由紀夫氏、菅直人氏、野田佳彦氏がお亡くなりになる時も、国葬を実施ということだ。野党側も話に乗れるだろう。首相という重責を担った人物に対しては、党派や思想信条、政策志向や業績にかかわらず、国民が一定のリスペクトを示そうということだ。

もちろん、国葬は国民から集めた血税を使って実施するのだから、その適正な規模はどうあるべきか、海外からの参加はどの程度とすべきか、国会で徹底的に議論すればよいと思う。これならば、国民も納得できるだろう。

安倍政権期に、さまざまな問題をめぐって国民の「分断」が起こった。その安倍元首相の国葬をめぐって、さらに「分断」が広がることはよくないことである。感情論を排し、落ち着いて今後を考える1つの方策として、今後すべての首相経験者を「国葬」とすることを議論してもいい。それは、多様な人々が、多様な思想信条を持つことをお互いに尊重し合う日本社会を再構築する契機となるのではないだろうか。

image by: 安倍晋三 - Home | Facebook

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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