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プーチンついに「核使用」決断か。ロシア軍“不気味な撤退劇”の裏側

プーチン大統領によるウクライナ軍事侵攻により、一気に高まった核の脅威。しかし世界にその混乱を拡散するのは、ロシア一国のみにとどまらないようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、北朝鮮やイランをはじめとする「欧米によって孤立させられている国々」の核を巡る思惑を解説。さらに南アジアで突如亢進した核の危機を紹介するとともに、周囲を核兵器保有国に囲まれる日本の安全保障の捉え方に疑問を投げかけています。

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プーチン核兵器使用の可能性を高める様々な危機のシナジー

「プーチン大統領のロシアは“いつ”核兵器を使用するのか?」

2月24日にロシアが予想に反してウクライナ全土に侵攻してから、頻繁に問われてきた質問です。

最初は「使うのか否か?」という質問でしたが、ロシア軍がウクライナ軍による勇敢かつ計算された反攻攻勢に苦しめられ、“ロシア不利”説が出てくるにつれ、使うか否かという問いは、“いつ使うのか?”に変わってきました。

そしてロシアによる核兵器使用のprobabilityは、プーチン大統領が一方的にウクライナ東南部4州を“住民投票”による結果をベースにロシアに編入してから、様々なかたちで語られるようになり、高まりました。

例えば、「ロシアの核兵器使用に関するドクトリンでは、ロシアの国家安全保障に対する重大な危機に直面した際に使用する」という内容がありますが、欧米(特にアメリカ)からの軍事支援を受けて東南部4州での反攻攻勢を強めるウクライナ軍を“ロシアの安全保障を犯す重大な敵”と認識した場合、ロシア側に核兵器使用の根拠が成立するというものです。

これは最近お話しした“各国が試しあうレッドライン”の内容にも重なるのですが、ウクライナ軍とその後ろ盾となるNATOは、“プーチン大統領が本当に核兵器使用に踏み切るか?”、“あるとしたらどのポイントでその決断をするのか”という【プーチン大統領とロシアにとってのレッドライン】を探りつつ、外交的に核不使用のための圧力をかけ続け、非常に危なくデリケートなラインを突いているように見えます。

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そこに11月9日から10日にショイグ国防相がロシア軍に命じたヘルソン州ドニエプル川西岸からの撤退を巡り、いろいろな憶測が出ています。

「ロシアはウクライナ軍からの予想以上の抵抗に圧倒され、一旦退くことで体制の立て直しをする」というオーソドックスな見方から、「クリミア半島に接し、すでに“ロシアに編入した”ヘルソン州をみすみす明け渡すことはなく、ウクライナ軍をおびき寄せて壊滅させるためのおとりではないか」という見方もあります。

そしてextremeな見方では、ウクライナ軍に対する小型戦術核爆弾の使用を実行し、今回の侵攻の性格をがらりと変え、レベルを一気に上げてしまうというものもあり、これは【核兵器使用のドミノ現象】につながる恐れがあります。

最悪のシナリオを回避するために、アメリカは水面下でロシアおよびウクライナに停戦協議の交渉再開を強く促しているようです。

一部メディアでも報道されましたがホワイトハウスのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)がロシア・ウクライナ双方に【交渉による解決を模索するように要請した】ようで、評価は分かれますが、一応、交渉に向けた動きは見えてきています。

ロシアの外務次官は「前提条件なく交渉に応じる用意がある」と発言していますが、ロシアのstand pointがよく見えず、どの程度本気かは測りかねます。

またウクライナのゼレンスキー大統領は、アメリカからの強い要請に応えるかたちで【交渉再開のための5つの前提条件(完全な領土回復、損害賠償、戦争犯罪人の処罰、国連憲章の遵守、2度と侵略しないとの確約)】を提示しました。

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ただゼレンスキー大統領が掲げた5つの前提条件をロシア側が聞き入れることはないため、実質的にはウクライナはまだ交渉による解決を考えていないというメッセージだと理解できます。

つまりアメリカ政府は“交渉による解決”を目指すように要請したものの、当事国双方はNot ready for negotiationというメッセージを送ったのだと考えます。

特にウクライナ側は欧米から供与される武器弾薬のおかげでロシアの侵攻を押し戻し、今後も徹底的に抗戦するという意思を示しているので、“交渉”は選択肢の上位には来ませんが、これは非常に危険な賭けに出たと私は見ています。

どのようなケースでもやはり、例えそれが水面下で行われる非公式な話し合いであっても、意思疎通を図るためのチャンネルはキープしておくのが筋ですが、その選択肢は断っているようで、ウクライナサイドはかなり強気の姿勢に見えます。

ただし、これを支えているのは、アメリカからの膨大な支援の存在ですが、まだ結果が出ていない中間選挙の結果によっては、共和党が掲げるように【対ウクライナの白紙小切手は切らない】という姿勢が優勢になった場合、頼みの支援が途切れ、ウクライナ軍が一転大きなドツボにはまる可能性があります。

また先日も書きましたが、アメリカ軍の兵器の在庫にも問題が出てきているようで、今後、台湾情勢や北朝鮮への対応、そして同盟国防衛のための資材などに鑑みた際、ウクライナに供与できる武器の数も質も大きく落ち込む可能性が指摘されています。

一説によれば、2023年1月以降は対応できない状況になりかねないとされていますが、その“アメリカの穴”を欧州各国が迅速に埋めることが出来るかというと、かなり疑問です。

戦争がすぐに終結することはないと見ていますが、終結に向けたnext stepは、核使用という悪夢の方向ではなく、あくまでも交渉による話し合いであるべきだと考えます。

しかし、その格好の機会と見ていたG20サミットも、今週になってプーチン大統領の不参加が囁かれる中、行き詰まりを打開する場にはなれないかもしれないと危惧しています。

話は少しそれますが、今回、プーチン大統領が本当にG20出席を回避するとしたら、私はとてももったいない戦略上の失敗をすることになると考えます。

もし本当に自らが行っている行動が正しいことを証明したいのであれば、たとえ話が平行線を辿ったり、他のリーダーたちが効く耳を持たなかったりしても、生の声で直接訴えかける姿は、もしかしたらG20メンバー国のリーダーのシンパシーを勝ち取れるかもしれません。

そこには中国の習近平国家主席もいますし、ロシアに辛口のコメントをしていてもロシアとの関係強化を進めるインドのモディ首相もいます。そしてロシアとの距離を一気に縮めるサウジアラビア王国のモハメッド・ビン・サルマン皇太子もいます。ロシアの侵攻や核兵器使用の脅しに対しては非難するかもしれませんが、ロシアの立場にも一定の理解を示そうとするかもしれません。

代理としてラブロフ外相を派遣するのは実用的かもしれませんが、与えうる効果は限定的でしょう。

しかし、プーチン大統領が物理的な参加を見合わせる理由はほかにもあります。戦況が悪化していると言われる今でも、実際にはプーチン体制が崩壊することは早晩には起こりえないと考えますが、開戦当初に比べると、強硬派からの支持の度合いは低くなってきているように感じます。

また軍部の中にも明らかな戦術上の間違いを指摘する強硬派が存在し、彼らの存在はプーチン大統領とその側近たちにとっては脅威となりかねません。

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もしかしたら、今、モスクワを物理的に空けることは、クーデター発生のチャンスを与えてしまうかもしれないと恐れている可能性もあります。

そして核のコントロールも緩むことになり、望まない核兵器使用を誘発することになりかねません。

もしそれを明確に懸念し、予防しようとしているのであれば、G20の欠席は理にかなっているかもしれませんが、確実にウクライナでの戦争の終結の機会は遠のくか、扉が閉ざされることになるかもしれません。

世界から孤立していると自身も認識していると一説には言われていますが、そこに付け込もうとしているのが、イランや北朝鮮などの“欧米によって孤立させられている国々のリーダー”です。

イランについては、自国の核合意協議再開に向け、少しでもアメリカに対して有利な条件を引き出すためにロシアにドローン兵器、革命防衛隊の兵士、そしてミサイルも供与することでロシアの後ろ盾を絶対のものにしようとしています。

その見返りはほかに、核兵器に関する技術、または核兵器の供与とも言われており、もしそれが本当であれば、核兵器をめぐるバランスは大きく崩れることになるでしょう。そしてイスラエルとイランが核によって対峙することで、中東地域は一気に不安定化し、サウジアラビア王国などは自国も核を持つべきという議論に流れる可能性が高まります。それを防止するには、アメリカが核の傘を提供するという選択肢はありますが、すでにこのスタイルは限界に達していると言われています。

中国もイランとの関係性を深めていますが、あくまでも現時点まではピュアに経済的な協力強化とエネルギー資源の調達元の確保が主眼ですから、軍事的な側面での影響力は限定的と思われます。

このような流れに乗ってきているのが、最近、異常な頻度で繰り返される北朝鮮による弾道ミサイル発射です。

金体制にとっては、国際情勢の中で忘れ去られること、無視されること、相手にされないことへの焦りからの行動という理由もあるでしょうが、同時にロシアのウクライナ侵攻を見て、自国に対する中国とアメリカの出方を見極めるための手段というようにも見ることが出来ます。

言い換えるとアメリカと中国のレッドラインがどこにあるのかを見極めつつ、金体制の存続の確保を図るということなのでしょう。

最近、ICBM級のミサイル発射がありましたが、それは北朝鮮にとっては非常に危ない賭けであったはずですが、現時点までは、国連安保理決議違反だと認識されているにもかかわらず、ロシアと中国に守られることで、お咎めを受けていません。

北朝鮮による挑発行為は、アメリカのバイデン政権をかなり苛立たせており、政府内でも「これ以上は看過できず、次のICBM発射があり、かつ核実験を再開するような事態になった場合には、それは北朝鮮の存在に終止符を打つことになるだろう」という非常に過激な発言も目立つようになってきています。

クリントン政権時に一度、真剣に北朝鮮を攻撃する計画が立てられ、実施一歩手前まで行ったという記録がありますが、バイデン政権内ではその時以来の攻撃を計画すると同時に、クリントン時代にはなかったICBMと小型化された核弾頭の存在を念頭に、やるならば非常にdecisiveな一撃(核攻撃)でせん滅するか、または秘密ミッションで核施設を爆撃してしまうという作戦を取るか、考慮されていると聞きます。

ただし、ペンタゴンの分析官曰く、もし北朝鮮に反撃の機会を与えるようなことになったら、北東アジアの安定は瞬時に吹っ飛びかねず、それは韓国、そして日本に対する直接的な被害を意味するという声もあります。

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北朝鮮はアメリカがウクライナ対応と台湾海峡問題への対応に追われ、かつアフガニスタンとイラクからの撤退という大失態を犯している間に淡々と核開発を進め、かつミサイル技術も格段に向上させ、「核兵器こそが北朝鮮生存のための手段」と信じて軍備拡張を行っています。

そのような中、ウクライナおよび台湾への対応に追われてどうしても北朝鮮対応に時間もエネルギーも割くことが出来ない現実に直面し、アメリカとしてはextreme wayしかないとする声が高まっています。

もちろん、作戦として「事故に見せかけた核爆発によって…」というシナリオがしっかりと存在するようですが。

このような状況を中国はどうも掴んでいるらしいですが、どこまで北朝鮮に肩入れすべきか政府内で議論が割れているようです。ICBM級が発射された際には、苦言を呈し、かつ北朝鮮への対応において安全保障上high alert体制になったとのことですが、まだ韓国および日本、そして在日米軍に対する防波堤・緩衝材的に北朝鮮を使う姿勢になっています。

ただこれが核実験の再開になると、確実に習近平国家主席および政権のレッドラインを超えることになり、もしかしたらその時点で北朝鮮を見捨てることになるかもしれません。

その場合、北朝鮮を止める重しがなくなりますので、歯止めがきかなくなる恐れがあります。そのような場合にも何とか存続できるように、今、北朝鮮はイランと同じく、ロシアに武器と人員を提供し、特にシベリア方面の管理を買って出てロシアに恩を売り、中国との間のパワーバランスを測ろうという狙いが透けて見えます。どこまでうまく行くかは、現在の中国の実力と能力を考えると分かりませんが。

すでにデリケートな安定のバランスが崩れ始めている中、気候変動による大洪水に見舞われ、国土の3分の1が水面下に沈んだ核保有国パキスタンの動向が、混乱をさらに深める可能性を秘めています。

大規模な災害に見舞われたパキスタンですが、現政権がこれまでのところ全く対応できておらず、国民の不満が高まる中、カーン元首相の勢力が盛り返してきており、対外強硬派への支持が高まってきています。

それにより、災害に加え、パキスタンの政情が不安定さを増し、軍部の中にも分裂状態が生まれていると言われています。それは直にパキスタンにおける核兵器管理の体制にも悪影響を与えてきているようです。

このalertは隣国で同じく核兵器保有国であるインドから提起されており、報じられていませんが、インドも核兵器をstand-by状態にまでレベルアップさせているようです。

それゆえでしょうか。インドの外相とロシアのラブロフ外相が最近会談を行うことが多くなり、同時にインド政府によるロシアの核問題への厳しい指摘も鳴りを潜めているように感じます。

インドの首相府の補佐官の言葉を借りると、「今、インドはプーチン大統領とロシアがもつ隣国に対する恐怖感を共有できるように感じる」とのことで、「隣国に核兵器保有国を持つ身としては他人事とは言えない」とロシアに対する非難の度合いを下げているようです。

現在、インドとパキスタンの間でも密かに(?)核兵器のにらみ合いが熱を帯びてきているようで、新たな核兵器の懸念が南アジアに生まれてきているようです。

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ちょっと大げさな言い方で、かつこじつけかもしれませんが、ロシアによるウクライナ侵攻とロシアによる核兵器使用の脅しを機に、世界における核兵器をめぐる非常にデリケートなバランスが崩れ始め、そこに人類にとっての別の脅威である気候変動による被害が加わって、広島・長崎へ原爆投下以来、続いてきた核兵器不使用の誓いが破られようとしているように感じられます。

どこかで箍が外れるようなことがあれば、それは言葉では言い表すことが出来ないほどの悲劇を招くことになります。

このような先の見えない世界において、そして北東アジアにおいて、周囲を核兵器保有国に囲まれているという稀有な環境に置かれている日本は、どのように国家の安全保障問題を捉えているのでしょうか?

「今回の中間選挙の結果がどうであれ、日米関係に大きな影響はなく、かつ日米安保条約の適用にも影響はないと思われる」

そう予想しているようですが、果たしてどうでしょうか?

その答はもしかしたら近日中に出るかもしれません。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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