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中国と衝突、ロシアに資金援助。外交的取引で復権を狙うトルコ・エルドアン大統領の企てと焦り

混迷を極める国際社会において、大きな存在感を放っているトルコのエルドアン大統領。かつては「アラブの父」とも呼ばれた彼の最終目標は、一体どこに設定されているのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、昨今のトルコの外交的取引を詳しく紹介。その上で、エルドアン氏の「狙い」がどこにあるのかを考察しています。

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米露中相手に一歩も引かず。ロシアの裏庭荒らす元“アラブの父”

「衝突前夜とまで言われたサウジアラビア王国と急に和解することとなった」

サウジアラビア人の反政府系ジャーナリストと言われていたカショギ氏がイスタンブールの在トルコサウジアラビア王国領事館内で殺害されて以降、その“証拠”を盾にサウジアラビア王国政府に圧力をかけ続け、経済・安全保障・エネルギーなど複数フロントでの妥協を求めていたトルコのエルドアン大統領とトルコ政府が昨年、急にサウジアラビア王国との和解を、サウジアラビア王国と共に発表し、実質的にカショギ事件を闇に葬ったことには驚きましたが、昨年夏ごろから現在に至るまで、様々な外交フロントで“問題解決”を急いでいるのはどうしてでしょうか?

大きな理由の一つとして考えられるのは、今年6月までに実施される大統領選挙と総選挙前に懸案事項を整理し、国内の有権者に対してリーダーシップを示すことでしょう。

首相から大統領になり、大統領権限を自ら強めることで、実質的に独裁的な態勢を確保したかに思われたエルドアン大統領とその政権ですが、年々、国内でのエルドアン大統領批判が強まり、必ずしも立場が安泰とは言えないのが現状となってきました。

エルドアン大統領といえば、首相当時、secular politics(宗教色の弱い政治形態・世俗的な政治)を実施することで国内の広い支持を集め、アラブ諸国からも、アメリカ政府からも評価されていましたが(中東ではエルドアン大統領は“アラブの父”を呼ばれて、地域のリーダーとして評価されていました)、年々、イスラム色が濃くなり、評価にもばらつきが出てくるようになりました。

2020年にイスタンブールのアヤソフィアをイスラム化し、かつてのアタチュルク氏の世俗化政策を全面否定して、東西融合のシンボルとしてユネスコの文化遺産登録されていた“博物館”をモスク化したのはその一例で、自らの権力基盤確立のために国内のイスラム勢力の取り込みに走ったのが理由だと考えられています。

またアメリカのオバマ政権末期からトランプ政権時代にかけて、徹底的にアメリカに反抗する政策を推し進め、NATO加盟国でかつ国内の空軍基地にアメリカの核弾頭を有する国であるにも関わらず、思い通りにならないアメリカへの当てつけとして、ロシアからS400ミサイルを購入して国内に配備するという大きなギャンブルに出ました。結果、欧米諸国からの経済制裁に直面することとなりました。

それに加えて、自らのraison d’etreとも言えるクルド人勢力への攻撃は、人権重視の欧米諸国の怒りを買い、結果として制裁の厳格化が行われましたが、それがどうもエルドアン大統領にとってはwakeup callになったようです。

対トルコ制裁が発動されてすぐ、エルドアン大統領は「これまで欧州連合への加盟を夢見、トルコをヨーロッパの仲間にしようとEUの要請にも応え、機嫌取りをしてきたが、金輪際、それを求めず、代わりにトルコ系民族の再結集に方針転換する」とトルコ外交の方針転換を行いました。

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その典型例が中央アジア・コーカサス地方への勢力拡大です。まだ記憶にも新しく、かつ今でもロシア・ウクライナ戦争の背後で火種が燻るナゴルノカラバフ紛争では、同じトルコ系でイスラム教徒のアゼルバイジャンを全面支援し、最新鋭の無人ドローン兵器をはじめ、アルメニアを圧倒する兵力を与えることで、ロシアからアゼルバイジャンを奪い取った形になりました。

一応、停戦合意上は、【ナゴルノカラバフはロシアとトルコが平和維持部隊を駐留させて紛争の再発を防ぐ】とのアレンジになりましたが、実質的には、ロシアはウクライナ戦争で忙しく、ナゴルノカラバフ地方はもちろん、アルメニア(ロシアと軍事同盟を結んでいたが、最近になってあからさまにロシアへの不満を述べている)にも影響力を拡大するようになっています。

昨年には自らが主宰する形でトルコ系人民が暮らす国々と協力関係を結び、これまで北西(欧州)に向いていた関心を、一気に東に向けて勢力拡大に乗り出しています。

その動きは、中央アジアを自らの裏庭と認識して縄張りを主張するロシア・プーチン大統領を苛立たせるには十分すぎるほどだと思われますが、2014年のクリミア併合以降、スランプに陥るロシアには、裏庭の手入れをする余裕はなく、トルコ勢力の“侵入と拡大”を阻止できていません。

中央アジアといえば、最近、影響力を一気に拡大しているのが中国です。数本あると言われている回廊(一帯一路)の北ルートは中央アジア諸国を通るデザインになっており、実際に中国からの資本・投資が拡大し、ロシアの裏庭を同じく浸食しています。

ここでトルコと中国がぶつかり合うことになりますが、トルコとロシアの間の関係によく似て、衝突と協力が入り混じった持ちつ持たれつの関係になっているように思われます。

例えば、中央アジアにおける勢力争いは過熱化していますが、経済面ではパイを分け合うような動きも見せています。

しかし、問題がウイグル民族の扱いとなると、両国は真っ向から対立することとなります。最近も中国政府からトルコ領内に逃げ込んだウイグル人(東トルキスタン・イスラム運動‐ETIM)の中国への引き渡し要請がトルコ政府に対して行われましたが、エルドアン大統領は明確に拒否し、関係悪化の懸念が強まっています。

しかし、どうしてここまでこだわるのでしょうか?

1つは新疆ウイグル自治区のウイグル族は、実はトルコとは民族、言語、そして宗教(イスラム)面で同系統とされ、先述のように、トルコ系の勢力を終結させて一大勢力にまとめたいエルドアン大統領としては、アゼルバイジャン人と同じく、同胞として守るべき対象と認識することになります。

2つ目は、大統領選挙が行われるまでに(遅くとも6月末までに)、「ロシアにも米国にも、そして中国にも真正面からモノ言うリーダー」という“強い外交ができ、トルコを再び輝かせることができるリーダー”というイメージを鮮明にしたいとういう狙いもあるようです。

ただし、気を付けたいのは、トルコはべつに中国と対立したいのではないということです。

米中対立が激化の一途を辿る中、NATO加盟国内で“反中国の機運”が高まっても、トルコ政府は一度も反中国の立場を取らず、対話と相互理解による緊張緩和を訴え続けており、また中国政府が執る新疆ウイグル自治区への対応に対しても一定の理解を示しているため、中国政府もその点を評価し、トルコを敵視することはなく、デリケートなバランスに立脚した関係を認め合っています。

その最たる例は、中国政府はトルコ政府によるクルド人への攻撃に対する非難は行わず、エルドアン大統領が訴えかけるクルド人に対する“懸念”に理解を示しています。

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そのクルド人問題を巡って、トルコはまた様々な外交的な取引を繰り広げています。

欧米からの制裁の一因となり、かつプーチン大統領にも窘められた“シリア領内のクルド人居住地への越境攻撃”以降、緊張関係が続いていたシリア政府とも、急に対話を持ち掛け、トルコ政府によるダマスカス(アサド政権)への不干渉を確約する代わりに、アサド政権にトルコによるクルド人問題の“解決”を黙認することを飲ませています。

シリアとトルコの停戦を担ったプーチン大統領は、ウクライナ戦争の実行と国際社会への対応に手がいっぱいであるため、エルドアン大統領とアサド大統領との取引に口出しも手出しもできない状況で、アラブ諸国およびアフリカへの勢力拡大に乗りだすプーチン大統領としては不本意ながら、黙認するしかない状況に陥っています。

先のカショギ問題の手打ちを通じて、トルコ批判の矛先を収め、スンニ派諸国を纏めてトルコとの友好関係を築いたサウジアラビア王国も、国内の人権問題に一切口出ししないことを条件に、エルドアン大統領によるクルド人勢力の駆逐を黙認するという取引を成立させています。

また経済的に孤立を強いられつつあったロシアに手を差し伸べ、必要な物資をロシアに供給する代わりにエネルギー資源を安価に手に入れるというdealを成立させることで、インドと共に物流のハブの立場を獲得し、物資を原資に新たな勢力圏の中心に座ろうとしています。

それが新たな自信となったのか、または既得の取引カードを最大限活用して欧州と米国を困らせたいのか、フィンランドとスウェーデンのNATO新加盟申請(注‐加盟国の全会一致が要件)への支持を出したり引いたりしながら、両国が匿うクルド人勢力のトルコへの送還を求めて、NATO内での結束を乱して、トルコの要求を叶えさせようという取引を行っています。

NATO憲章の改定にも加盟国の全会一致の合意が必要となるためトルコ外しは不可能であり、かといってトルコをNATOから排除することも、バイデン大統領(トルコ・エルドアン嫌い)が“まるで囲いの虎を野に放つのと同じ”と例えるように、NATOにとっても、まだまだ足並みがそろわない欧州各国にとっても、トルコを囲いの外に出すことは、すぐ隣に強力な敵対国を作ることに繋がりかねないため、法的な根拠とともに、伸びつつあるトルコの外交・経済・軍事力、そしてトルコ系の連帯という力の源泉を前に、強硬手段に訴えられなくなっています(そしてウクライナ紛争に欧米諸国が注力しているため、今、トルコに構っていられないという実情もある)。

ロシアを経済面で助け、トルコ系の周辺国を束ねてロシアと欧米諸国との間に壁を作ることで、ロシアへの発言権を強めているトルコは、同時に中国とも中央アジアを“折半”する状況を作ることでデリケートな距離感の下、衝突を回避するという姿勢を確立させていることで、次第に【ユーラシア大陸において中ロの間に入って利益を確保し、影響力を拡大するバランサーとしての立ち位置】を確立するようになってきていると見ています。

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ロシアとウクライナの間で繰り広げられる戦いにおいても、これまでまだ停戦を実現するという成功は収めていませんが、両国に対して確実に物言うことができる立ち位置を獲得していますし、ロシア・ウクライナ双方に対して支援を行っているという“両サイドに賭ける”という姿勢は、分断が鮮明化し、混乱が深化する現在の国際情勢において、非常に強力かつ稀有な立ち位置を可能にしています。

ウクライナの隣国であり、アラブ諸国、欧州、北アフリカ、中央アジア、イランなどを結ぶハブに位置するという地政学的な特性も最大限活かし、国連と共に、黒海の穀物輸送のアレンジを監視する立場を得ることで確実に国際情勢におけるパワーハウスに復活しようとしています。

それがかつてのオスマントルコ帝国の再興に向かっていくことが出来るか否かは、今年行われる選挙の結果次第と言えるかもしれません。もしエルドアン大統領が負け、退陣を余儀なくされたら、恐らくトルコはまた世俗的な政治体系(secular politics)に回帰し、欧米諸国に懐柔されることになってしまうかもしれません。

エルドアン大統領に対しては好き嫌いがあるかと思いますが、トルコを国際情勢におけるパワーハウスに引き上げることができるのは、現在の混迷を極める国際社会に対してはエルドアン大統領しかいないのではないかと(長くお付き合いがある立場から見ても)私は思います。

ウクライナ問題の解決策について話し合うためにも、また全体的な国際情勢のグランドデザインを描くためにも、しばらくはトルコ、およびエルドアン大統領の動静から目が離せません。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: kafeinkolik / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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