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プーチンの痛恨。ウクライナ侵攻で壊滅的に低下したロシアの影響力

各地での激戦が止まぬ中、2月24日に開戦から1年を迎えたウクライナ戦争。この間、国際社会はどのように変化したのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、軍事侵攻開始から1年を経た現在、各国が置かれている立場と今後の行く末を解説。さらに長期的・歴史的見地から、「最大の負け組」となる国家を予測しています。

ウクライナ侵攻開始1年~世界はどう変わった?

2022年2月24日は、まさに「歴史的大事件」のはじまりでした。ここ1年で世界はどう変わったのかを見てみましょう。

ウクライナの可能性

まず、ウクライナ。突然「世界2位の軍事力を持つ核超大国」から侵略された。これほどの悲劇はありません。昨年夏時点で、1,000万人が国外に脱出したといわれています。

プーチンは昨年9月、ウクライナのルガンスク州、ドネツク州、ザポリージャ州、ヘルソン州を併合する決定を下しました。哀れウクライナ。クリミアを含め、約2割の領土を奪われてしまいました。

ちなみにウクライナのGDPは2022年度、約30%減少したそうです。まさに「踏んだり蹴ったり」ですが、そんな中にも、よいことはありました。それは、国際社会におけるウクライナの評判が上がったことです。

私は、フィンランド人、ポーランド人、トルコ人などから、「日本はすごい!日露戦争に勝ったから」あるいは、「日本が好き!日露戦争でロシアを打ち負かしてくれたから」と褒められたことがあります。「この人たちは、100年以上前のことを覚えているんだな」と驚きました。

そう、世界一広大な国、地政学でいうハートランド・ロシアと戦うのは、大変なことなのです。今、ウクライナは、それをやっています。

開戦当初、アメリカとイギリスは、ゼレンスキーに「脱出して亡命政権を作れ。サポートするから」と提案しました。しかし、ゼレンスキーは、米英のオファーを断り、キーウに残って戦うことにした。この決断によって、ゼレンスキーは、ウクライナだけでなく世界的英雄になったのです。

今は、世界一悲惨なウクライナですが、戦後は明るい展望が見えます。莫大な額の復興支援と投資が流れ込んでくるでしょう。

ただウクライナはこれまで、「汚職国家」として知られてきました。ゼレンスキーが戦後、汚職撲滅に失敗すれば、せっかくの名声が失われるかもしれません。

影響力の低下が著しいロシア

次にロシア。私は2021年の12月から、ロシアがウクライナに侵攻する可能性について言及していました。そして、侵攻の結果については、「ウクライナでの戦闘に勝っても負けても、【 大戦略的敗北は不可避 】である」と繰り返し主張してきました。これは、何でしょうか?

ロシアは2014年3月、ウクライナからクリミアを奪いました。鮮やかな【 戦術的 】大勝利です。しかし、その後日本と欧米は、ロシアに経済制裁を科した。それで、ロシアの経済成長は、止まってしまったのです。

ロシアは、プーチンの1期目2期目、つまり2000年から08年まで、年平均7%の成長をつづける高成長国家でした。ところがクリミア併合後、2014年~2020年の成長率は、年平均0.38%まで落ち込んだのです。

つまり、ロシアは、クリミアを奪ったことで経済成長できない国になった。これを私は、【 大戦略的敗北 】と呼んでいます。

今回は、「クリミア併合」で起こったことが、もっと大規模に起こっています。ロシアは国際社会で孤立し、厳しい制裁で、経済はボロボロになっていきます。

特筆すべきは、プーチンのミスにより、ロシアは、「旧ソ連圏の盟主」の地位を失いつつあること。どういうことでしょうか?

ウクライナ侵攻後の旧ソ連諸国の動きを見ると、

というわけで、ここ1年間、EU、トルコ、中国が旧ソ連諸国での影響力を強めました。それだけ、ロシアの影響力は低下したのです。

ちなみにウクライナ侵攻開始1年目にあたる2月24日、国連総会では、「ロシア軍の即時撤退を求める決議」が圧倒的多数で採択されました。BBC2月24日を見てみましょう。

国連総会は23日、ロシアのウクライナ侵攻開始から丸1年となるのに合わせて開催された緊急特別会合で、侵攻を非難する決議案を圧倒的多数で採択した。141カ国が賛成し、ロシアを含む7カ国が反対、中国やインドなど32カ国が棄権した。

 

決議案は、ウクライナからのロシア軍の撤退や戦闘の停止、可能な限り早期に平和を実現することなどを求めるもの。

国連加盟国は193か国。そのうち141か国、つまり73%の国々が「ロシア軍の即時撤退」を求めています。

そして、インドや中国など32か国が棄権。これらの国々は、中立の立場。親プーチン派は、中立の国々をちゃっかり「ロシアの味方」にしていますが、中立は、中立です。

この決議に反対し、「ロシア支持」の立場を明確にしたのは、6か国だけ。ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、マリ、ニカラグア、シリア。なぐさめにならない面子です。

というわけで、ウクライナ侵攻から1年。プーチンの大戦略的ミスによって、国際社会におけるロシアの影響力は破滅的に低下しています。

アメリカの得と損

アメリカは、どうでしょうか?これは、得と損があるでしょう。得とは何でしょうか?主に欧州との関係です。

トランプ時代、アメリカと欧州の関係は、かなり悪化していました。トランプが、「事実上アメリカ一国が、他のNATO加盟国29か国を守っている。不公平だ」と主張していたからです。それで、トランプは、欧州でとても嫌われていました。

今回、ウクライナ侵攻が起こり、アメリカと欧州の結束は大いに強まりました。さらに、欧州がロシアからのエネルギー輸入を止めたことも、アメリカに追い風です。欧州は、アメリカ産の液化天然ガス(LNG)を大量に輸入しはじめたからです。

では、損は何でしょうか?ロシアは、原油生産世界3位、天然ガス生産世界2位、小麦輸出世界1の「エネルギー、食糧超大国」です。この国が戦争を開始したことで、世界のエネルギー価格、食糧価格が暴騰しました。それで世界的インフレが起こった。アメリカでも歴史的なインフレ(IMFによると2022年は8.05%)になり、バイデン政権を苦しめました。

損といえば、アメリカは「大戦略的損」もしています。それは、米中覇権戦争の最中に、ロシアが中国に接近したこと。20年前から、「アメリカの敵は中国だけ」と主張しつづけてきたミアシャイマーの憤りは、ここにあります。

金より安全を選んだ欧州

次に欧州は、どうでしょうか?欧州の動き、プーチンには、驚きだったでしょう。

ウクライナ侵攻前、欧州一の大国ドイツは、天然ガスの55%をロシアから輸入していました。それでプーチンは、「欧州は、ロシアに強い制裁をできない」と予想していた。

ところが、ドイツをはじめとする欧州は、ロシアに対し遠慮なく厳しい制裁を科してきた。そして、たとえばドイツは、ここ1年でロシアへのエネルギー依存をほぼゼロにすることに成功しています。ガスは、ノルウェー、アメリカ、アラブ首長国連邦などからの輸入に切り替えました。

しかし、パイプラインで直接くるロシア産ガスに比べ、液化天然ガスは高い。それで、欧州のエネルギー価格は暴騰しました。欧州のほとんどの国々は、それでも、ロシアとの関係を切る選択をしました。

私が常々書いていることがあります。それは、

です。欧州は2022年、「安いエネルギー」と「安全保障上の脅威ロシアを止めること」の選択を迫られました。そして、「ロシアを止めること」を選んだのです。

しかし、「金か安全か」というジレンマは、今もつづいていて、欧州のリーダーたちを悩ませています。

最大の勝者中国

ウクライナ侵攻でもっとも得をしたのは中国です。

欧米日とロシアの関係が切れた。それで、中国は、ロシア市場をほぼ独占することが可能になりました。そして、中国は、ロシアが欧州に売れなくなった石油、ガス、石炭を激安で輸入することができます。

さらに、ドル圏、ユーロ圏から追放されたロシアを、「人民元圏」に取り込むことに成功しています。ロイター2022年11月30日。

モスクワの投資会社カデラス・キャピタルのマネジングディレクター、アンドレイ・アコピアン氏は、外貨を預金している銀行が制裁を受ける危険に触れ、「ドルやユーロ、ポンドなど、伝統的な通貨を預けておくことが突如として非常に危険になったということだ」と説明。「誰もがルーブル、もしくは人民元を筆頭とするその他の通貨に切り替えようと思ったし、そうせざるを得なくなった例もある」と語った。

 

事実、取引所データによると、10月の人民元/ルーブル取引高は計1,850億元と、ロシアが月末近くにウクライナに侵攻した2月の80倍超に膨らんでいる。

 

モスクワ取引所・外国為替市場部門の幹部、ドミトリー・ピスクロフ氏は、外為市場における人民元のシェアが年初の1%未満から今では40~45%に急拡大したと述べた。

SWIFTから排除されたロシアは、「中国版SWIFT」と呼ばれるCIPSを使うようになっています。というわけで、ウクライナ侵攻によって中国は、「ロシアを属国化するチャンスを手にした」といえるでしょう。

というわけで、ウクライナ侵攻1年の結果を勝ち組から並べると

という感じでしょう。ただ長期的、歴史的に見ると、「ウクライナ侵攻で、ロシアの没落が加速した」となるでしょう。

1年で見ると、最大の負け組はウクライナ。しかし、長期的、歴史的に見ると最大の負け組は、ロシアになるでしょう。

(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル2023年2月25日号より一部抜粋)

image by: Володимир Зеленський - Home | Facebook

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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